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『ノヴァーリス作品集Ⅲ 夜の讃歌・断章・日記』 今泉文子 訳 (ちくま文庫)

「メルヒェンに見られるのは、自然の真のアナーキー状態である。」
(ノヴァーリス 「一般草稿」 より)


『ノヴァーリス作品集Ⅲ 
夜の讃歌・断章・日記』 
今泉文子 訳

ちくま文庫 の-8-3

筑摩書房 
2007年3月10日 第1刷発行
424p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,300円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和
装画: C.D. フリードリヒ筆



「あとがき」中図版(モノクロ)2点。


ノヴァーリス作品集 03


カバー裏文:

「ドイツ・ロマン派の「天才」(ベンヤミン)ノヴァーリスの多岐にわたる作品を、本邦初訳も含む新訳で編む文庫初のコレクション。第3巻は、神秘的なまでに深い感性の奔出「夜の讃歌」と、今こそ斬新なエンサイクロペディア的企図「一般草稿」の他、「聖歌」、「信仰と愛」、最後の「断章と研究」、「日記」等を収める。」


目次:

夜の讃歌
聖歌
キリスト教世界、またはヨーロッパ
信仰と愛
 花
 信仰と愛、または王と王妃
 [政治的アフォリズム]
一般草稿――百科全書学のための資料集(一七九八―九九年)
断章と研究 一七九九―一八〇〇年
日記
 〔Ⅰ〕 ゾフィー死後の日記
 〔Ⅱ〕 一八〇〇年四月十五日―九月六日 ヴァイセンフェルス
 〔Ⅲ〕 高次の生き方の修業時代――心情陶冶の研究

解題
あとがき (今泉文子)




◆本書より◆


「夜の讃歌」より:

「いまこそわたしは知る、最後の朝が到来する時を――光が、もはや夜と愛とを追い立てなくなる時を――まどろみが永遠となり、ただひとつの尽きせぬ夢となる時を。わたしは身内にこの世ならぬ疲れを覚える。――聖墳墓への巡礼の道は遠く、わたしは疲れ、十字架は重くのしかかった。墓丘の暗いふところに、俗なる感覚にはうかがい知れぬ水晶の波が湧きいで、墓丘の根かたで地上の洪水は砕け散る。この水晶の水を味わった者、この世の境をなす山の頂きに立ち、新たな領国、夜の住処を、眺めやった者は――まこと、この世の営みに戻ることなく、光が永遠に落ち着くことなく住まう国に還りはしない。
 この者が、山上に小屋を、平和の小屋を建て、憧れ愛しつつ、彼方を見はるかしていると、ついにはあらゆる時のなかで最も好ましい時が到来し、かれをあの下方の湧き出ずる泉へとひきこんでいく――地上的なものは水面に浮かびあがり、嵐によって元の場所へ引き戻される。だが、愛に触れて聖化されたものは、溶けて流れゆき、隠された道をたどって彼岸の領域に入りこみ、さながら香りが混じりあうように、眠れる愛しき者らと融けあう。」

「大地の胎へ下ろう、
光の国をあとにしよう、」

「永遠の夜こそ、称えられよ、
永遠の眠りこそ、称えられよ。」



「一般草稿」より:

「最良のものはあまねく病気でもってはじまりはしないか。半端な病気は災いであるが――すっかり病気というのは快楽であり――しかも高次の快楽である。」

「無一物に近い状態からゆっくりとはじめれば――それだけいっそう完全なものになりうる――ぜったいに。わずかのもので多くのことが為せるようになれば――多くのものでいっそう多くのことが為せるようになる。ひとつのものを愛せるようになれば、すべてのものを愛することができるようになる――これがいちばん良いやり方である。」

「道徳的な宿命――法則的な関係――ほど、メルヒェンの精神に反するものはない。メルヒェンに見られるのは、自然の真のアナーキー状態である。」

「雲の戯れ――自然の戯れ――は、最高に詩的である。自然はアイオロスの琴のようなもの――つまりは楽器であって――その音色はさらに、われわれの胸内にある高次の琴線に触れるのである。(観念連合。)」

「メルヒェンとはそもそも、夢の像のようなもので――脈絡がない。不思議な事物や出来事のアンサンブルであり――たとえば幻想曲や――アイオロスの琴の奏でる一連の和音のようなものであり――自然そのものなのである。」

「気分〔調律 Stimmung〕という言葉は、音楽的な魂の状態を指し示す――魂の音響学は、まだ未知数ではあるが、もしかしたら非常に重要な分野かもしれない。」



「断章と研究 一七九九―一八〇〇年」より:

「神の苦しみに共感する〔同情する〕という宗教的な課題――宗教のかぎりない憂愁。われわれが神を愛するべきだとすれば、神は助けを必要としているにちがいない。」

「奇妙なことに、すぐれた物語には、つねになにかしら秘密めいたもの――理解しがたいものがある。物語は、まだ開かれていない内なる眼を開いてくれるようで――物語の世界から戻ってくると、われわれは、それまでとはまったく別の世界に立っているのである。」

「観相学の宗教性。どの人間の姿にも見られる無尽蔵の神聖な象形文字(ヒエログリフ)。真に人間を見ることの難しさ。美しい人間、醜い人間という概念の相対性と虚偽性。まったく醜い人間が無限に美しいということもありうる。」

「病気を病気によって治療する――という着想を追究。」

「生命のない事物に対する真の愛――植物や、動物や、自然への愛――さらには、自己自身に対する愛も――おそらく、考えられるだろう。人間は、真に内的な〈あなた〉をもってはじめて――きわめて精神的でかつ感覚的な交わりと、この上なく激しい情熱が可能になる。天才とは、もしかしたら、そのような内的な複数性のもたらす結果にほかならないのかもしれない。」

「詩に対する感性は、神秘主義に対する感性と多くの共通点がある。それは、独自のもの、個性的なもの、未知のもの、神秘的なもの、示現すべきもの、必然的に偶然的なものに対する感性である。それは表現しえないものを表現し、目に見えないものを見たり、感じられないものを感じたりする。詩を批評するのは、ばかげたことである。判定を下すのがそもそも難しいのだが、唯一可能な判定は、それがポエジーか否かということである。詩人は真に感覚を奪われて〔熱狂して〕いるが――そのかわり、いっさいがかれの内部で生起するのである。」

「われわれを幸福にしてくれるのは、たんなる知ではなく――知の質、すなわち、知の主観的性質なのである。完全な知とは確信であり、この確信こそが、われわれを幸福にし、満足させてくれるのである。」



「日記」より:

「ぼくは自分の運命を久しい以前からみずから選びとっているのではないのか。
 陰鬱な考えはみな、地上的な、かりそめの不安の思いなのだ。
 陰鬱な気分はみな錯覚なのだ。
 不安な気持ちは夕方の五時までつづいた。そのあとではものすごく明るい気分になった。(中略)深更にまた不安が訪れた。(中略)これはじきに去り、心から宗教的なことを思い浮かべたおかげで、ものすごい恐怖は免れることができた。起床後と食後の何時間かはとりわけ不安な気持ちに陥りやすい。」











































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

すきなことば: 「だれもいない」「ギブアウェイ」「ウポポイ」「隠密」
きらいなことば: 「人と人とのつながり」「キャリアアップ」「ほぼほぼ」「三密」

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。
歴史における自閉症の役割。

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