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『ノヴァーリス作品集Ⅰ サイスの弟子たち・断章』 今泉文子 訳 (ちくま文庫)

「人間はだれしも自分固有の言語をもつ。」
(ノヴァーリス 「断章と研究 一七九八年」 より)


『ノヴァーリス作品集Ⅰ 
サイスの弟子たち・断章』 
今泉文子 訳

ちくま文庫 の-8-1

筑摩書房 
2006年1月10日 第1刷発行
445p 付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,300円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和
装画: C.D. フリードリヒ筆



口絵(モノクロ)1点、「あとがき」中図版(モノクロ)2点。


ノヴァーリス作品集 01


カバー裏文:

「ドイツ・ロマン派の天才的な詩人・哲学者ノヴァーリスの多岐にわたるテクスト群を、本邦初訳も含む新訳で編む文庫初のコレクション。第1巻は、澁澤龍彦も愛した自然研究の記念碑的小説「サイスの弟子たち」ほか、「花粉」、「断章と研究 1798年」、「フライベルク自然科学研究」など、哲学・詩・科学をめぐる鋭く深い考察の数々を収める。」


目次:

サイスの弟子たち
花粉
対話・独白
 対話「その一」―[その六]
 独白
断章と研究 一七九八年
 来るべき哲学のための断章 [Ⅰ]
 来るべき哲学のための断章 [Ⅱ]
 詩について
 批判的詩論
 さまざまな断章
 断章、あるいは思考課題
 逸話
 さまざまな断章
 [テプリッツ断章]
 [テプリッツ断章の補遺]
 [ゲーテ論]
 [さまざまな断章]
 [造形芸術研究]
フライベルク自然科学研究
 [化学ノート]
 数学ノート
 [大きな自然学研究ノート]
 自然学的断章
 [シェリング『世界霊』研究]
 [ムルハルト数学研究]
 数学的断章
 [ティーデマン『思弁哲学の精神』研究]
 [ヴェルナー研究]
 普遍算術
 [ド・ラランドの天文学とさまざまな研究]
 一般自然学――あるいは代数学的自然学
 [医学・自然科学研究]

解題
 サイスの弟子たち
 花粉
 対話・独白
 断章と研究 一七九八年
 フライベルク自然科学研究
あとがき (今泉文子)




◆本書より◆


「サイスの弟子たち」より:

「人間は、種々さまざまな道を歩む。そうした道の跡をたどり、たがいに突きあわせてみるならば、奇異な象(かたち)が現れてくるのに気づくだろう――こうした象は、鳥の翼や、卵の殻、雲や、雪、結晶や、石のさまざまな形、凍った水面、はたまた山や、植物や、動物や、人間の、その内部や外部、さては天空の星辰、また、触れたりこすったりした瀝青板や硝子板、磁石のまわりに蝟集するやすり屑、あるいは不思議な偶然のめぐり合わせなど、いたるところに認められるあの大いなる暗号文字をなすようにみえる。」

「「やがてわしは何ものもそれのみで見るということをしなくなった。――五官が知覚したものは、寄り集まっていくつもの大いなる多彩な像となった。わしは一挙に聞き、見、触れ、そして考えた。まったく異質のもの同士を組み合わせてみるのが楽しみだった。わしが見れば、あるときは星が人間に、またあるときは人間が星に、石が動物に、雲が植物になりもした。あれこれの力や現象を意のままに操って、しかじかのものはどこでどのようにしたら見出せるのか、あるいは、呼び出すことができるのかを心得た。また、みずから弦をつまびいて音色や音の運びを探りもした。」」

「かれはいつも悲しげな様子をしていた。もう何年もここにいるのに、なにひとつうまくできなかった。みんなで水晶や花を探しに行っても、かれにはなかなかうまく見つからなかった。見通しを立てるのが苦手で、雑多なものを整理する術も心得ていなかった。なんでもかでもすぐに壊してしまった。が、見たり聞いたりすることにかけては、誰にも負けない熱意と喜びを抱いていた。
 ある時から(中略)にわかにかれは快活になり、器用になった。ある日のこと、悄然として出かけていったが、夜になっても戻らなかった。わたしたちはみなかれの身を案じた。空が白みはじめた頃、不意に近くの杜(もり)でかれの声が響いた。喜ばしげに讃歌をうたっているではないか。わたしたちはみなびっくりしてしまった。師は東方の空に目を向けられたが、あのような眼差しを見ることはおそらく二度とないだろう。やがてかれはわたしたちの集まっている真ん中へやってきて、えも言われぬ幸福そうな面持ちで、あまり見栄えのしない奇妙な形の小石を差し出した。師はそれを手にとると、長いことかれに口づけをされた。それから涙に濡れた目でわたしたちをじっとご覧になり、他の石にかこまれてぽっかり空いていた場所にその小石を置いた。するといくつもの石の列が互いに接する形になり、放射状をなした。
 この瞬間のことをわたしはこれからも決して忘れないだろう。わたしたちはみな、この不思議な世界についてのあるはっきりとした予感が、ほんの束の間、胸に兆したような気がしたのだった。」

「「岩は、わたしが話しかければ、特別の「汝(あなた)」にならないでしょうか。また、わたしが物悲しい心で川波をのぞき、そのよどみない流れに百千の思いが没し去るとき、わたしは川以外のなにものでしょうか。楽しみを知る物静かな心だけが植物の世界を理解し、快活な子供や野性人だけが動物を理解するでしょう。――石や星辰を理解していた人がすでにいたかどうかわたしにはわかりませんが、もしいたとすればきっと崇高な人であったにちがいない。」」

「二重の道――個別から――全体から――内面から――外面から。」



「花粉」より:

「生は、死の始まりである。生は、死のためにある。死は、終わりであると同時に、始まりであり、分離であると同時に、いちだんと緊密な自己結合である。死によって還元が完了する。」

「人間が、あるものの芽を自分の内にもっていないのであれば、どうしてそのものが感知できようか。わたしが理解すべきことは、わたしの内部で有機的に生長していかなければならない。だから、わたしが外から学ぶように見えるものも、有機体の栄養物、刺激剤にすぎないのである。」

「あらゆる知識の最高に緊密な共同体、あるいは学問の共和国が、学者たちのめざす高き目標である。」

「夢を見ている夢を見るとき、目覚めは近い。」



「断章と研究 一七九八年」より:

「人間はだれしも自分固有の言語をもつ。言語は精神を表現する。個人的な言語。」

「あらゆるものが、生命を維持する食糧とならなければならない。あらゆるものから生命を引き出す術。あらゆるものに生命を吹き込むことが、生命の目的である。」

「すべては種子である。」

「たいていの人は、自分がほんとうはいかに興味深い人間か、また、自分がほんとうはいかに興味深い事柄を語っているか、自分では知らずにいる。もし、みずからを真に表現するならば――みずからの発話を描写して判断を下すならば――自分自身についてこの上ない驚きを覚え、それをもとに自分のなかにまったく新しい世界を見出すことになるだろう。」

「切れ端のような断章をたくさん作り、日常世界での有効な見解や考えのすべての基底をなすものは断章だということを証拠だてること。」

「通常の意味で、普遍妥当の読みというのはない。読書とは自由な営為である。わたしがなにを、いかに読むべきかは、だれもわたしに指図できない。」

「いったいすべての人間が人間でなければならないだろうか。」

「可視のものはみな不可視のものと境を接し――聞き取れるものは聞き取れないものと――触知しうるものは触知しえないものと――ぴったり接している。おそらくは思考しうるものは思考しえないものに――。」


















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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