ユルスナール 『ハドリアヌス帝の回想』 多田智満子 訳

「われわれの大きな誤りは、各人から、彼がもっていない徳をひき出そうとして、彼がもっている徳を涵養(かんよう)せしめることを無視する点にある。」
(ユルスナール 『ハドリアヌス帝の回想』 より)


ユルスナール 
『ハドリアヌス帝の回想』 
多田智満子 訳


白水社
1985年9月20日 第1刷発行
1988年5月30日 第3刷発行
338p(うち口絵4p)
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,000円(本体1,942円)



Marguerite Yourcenar "Mémoires d'Hadrien" (1951)。
多田智満子訳『ハドリアヌス帝の回想』は1963年、白水社「新しい世界の文学 14」として刊行され、1979年に「白水社 世界の文学」の一冊として再刊、本書はその新装版です。のちに同社刊行の「ユルスナール・コレクション」に編入されました。
口絵図版4点(ハドリアヌスの横顔、アンティノウスの立像と横顔、幼年時代のマルクス・アウレリウス)、地図「最大の版図に達したるローマ帝国(第三世紀)」。
「作者による覚え書き」は1958年以降付け加えられたものの抄訳です。
「訳者による注」「解説」はニ段組です。


ユルスナール ハドリアヌス帝の回想 01


目次:

ハドリアヌス帝の回想
 さまよえる いとおしき魂
 多様 多種 多形
 ゆるぎなき大地
 黄金時代
 厳しい修練
 忍耐

作者による覚え書き(抜粋)

訳者による注
解説 (多田智満子 1978年11月)



ユルスナール ハドリアヌス帝の回想 02



◆本書より◆


「Animula vagula, blandula,
Hospes comesque corporis,
Quœ nunc abibis in loca
Pallidula, rigida, nudula,
Nec, ut soles, dabis iocos...
    P. Aelius Hadrianus, Imp.

さまよえる いとおしき魂よ
汝(な)が客なりしわが肉体の伴侶(はんりょ)よ
汝(なんじ)はいまこそ辿(たど)り着かんとする
青ざめ こわばり 露(あらわ)なるあの場所に
昔日の戯れも もはやかなわで…
    皇帝アエリウス・ハドリアヌス」

「すでにわたしの生のある部分は、広大すぎて落魄(らくはく)した持ち主が全部使用することをあきらめた宮殿の、備品のとり去られた裸の広間に似ている。わたしはもう狩りをしない。もし彼らの反芻(はんすう)や戯れのじゃまをする者がわたし一人しかいないのであれば、エトルリアの山の鹿(しか)たちは心静かに暮らせることだろう。」
「乗馬をあきらめるのはもっとつらい犠牲であった。野獣は敵にすぎないが、馬は友だからである。仮にわたしに自分の状態を選択する余地が残されているとすれば、わたしは半人半馬(ケンタウロス)になることをえらんだであろう。」
「水泳についても同じこと。わたしはそれもやめてしまったが、いまだに水の愛撫(あいぶ)をうける泳者の甘い喜びをともに感じることができる。(中略)今でも気分のよい時はそう考えるのだが、かつてわたしは次のように信じていた――こんなふうにしてすべての者の存在を頒ちもつことが可能であろう、そしてこの共感こそはもっとも取り消しがたい類(たぐい)の不死性なのであろう、と。この理解が時としては人間的なるものを越え、泳者から波へと向かおうと努力した折り折りもあった。しかしそこではなにひとつ確実なものに導かれることなく、わたしは夢幻的な変身(メタモルフォシス)の領域にはいりこんでしまうのだ。」

「徐々にわたしから失われてゆくすべての幸いのなかで、眠りはしごく平凡なものながらもっとも貴重な幸いの一つである。」
「ここにわたしが関心をもっているのは、それ自身のために味わわれる眠り特有の神秘――毎夜武装を解いた独(ひと)りの裸の人間によって敢行されるある大洋への潜入――であって、その海では、すべて色彩も密度も、呼吸のリズムそのものまで変わってしまい、われわれはそこで死者たちに出会ったりもする。眠りについて人を安心させるものは、われわれが眠りの中からまた出てくる、しかも前と変わらぬ状態で出てくる、という事実である。なぜなら、みた夢のなごりをそのままの形で眠りから持ち帰ることは、奇妙なことだが禁じられているのだから。またもうひとつ人を安心させることは、眠りが疲れを癒(い)やすということだが、それも、しばしの間人をして存在することをやめさせることによって癒やすという、もっとも徹底的な荒療治なのだ。」
「狩りまた狩りに疲れきった日々のあとに、森の中で、地面にじかに横たわったときの、あの荒々しい突然の眠りをわたしは思い出す。犬のほえ声や、胸にのせた犬の足がわたしをめざめさせたものだった。その間の自己喪失はまったく完全なものであったから、わたしは目がさめるたびに別の人間に生まれ変わっていてもふしぎはなかった。それでわたしは、あのように遠くまで連れて行きながら、必ずわたし自身というこの狭い器(うつわ)のなかにわたしを連れもどすこの厳格な仕組みに驚きもし、時としては悲しみもしたのであった。眠りの中で解放された者にとって、われわれがいちばん執着しているこれらの委細が何であろう、彼にとってそれらがほとんど無意味であり、ハドリアヌスの皮膚の中に残念ながらもどってくる前の一秒間に、この空虚な、過去をもたぬ存在の妙味をほとんど意識的に満喫できるところであったというのに?」

「わたしはあまり人に好かれなかった。それに、好かれる理由もなかった。」

「われわれの大きな誤りは、各人から、彼がもっていない徳をひき出そうとして、彼がもっている徳を涵養(かんよう)せしめることを無視する点にある。」

「その地でわたしはずっと尋常ならぬ意気高揚の一時期を生きたのであるが、その興奮はひとつにはアジアの奥の駐屯(ちゅうとん)地から見知らぬ神々を持ち帰ったわたしの取り巻きの将校の小グループの影響のせいでもあった。ミトラ礼拝は――この宗教はわれわれのパルティア遠征以後ひろまったが、そのころはまだ珍しかった――意志の弓をはげしく緊張させるきびしい禁欲の要求と、死と血と鉄とに憑(つ)かれた執念とによって、一時、わたしの心を征服してしまった。その苛烈(かれつ)さはわれわれの軍人生活のありふれた辛苦を世界苦の象徴にまで高めるものであった。戦争についてわたしがいだきはじめていた見解にこれほど矛盾するものはなかったのだが、入信者たちを生と死のきずな(引用者注: 「きずな」に傍点)で結ぶその野蛮な儀式は、現在にいらだち、未来に確信のもてぬ、それゆえに神々に向かって心開かれた若い男のひそかな夢をよろこばせた。わたしの入信の儀式は、ダニューブの岸辺の、木と葦(あし)とでこしらえた小塔の中で、軍隊での同僚マルキウス・トゥルボを介添えとして行なわれた。わたしは思い出す、格子(こうし)の床(ゆか)がもがき苦しむ雄牛の重みであやうく破れ落ちそうであったのを。その格子の下でわたしは血みどろな灌水(かんすい)を受けるために横たわっていたのだ。後年わたしはこの種のほとんど秘密の結社がかよわい君主のもとでひきおこすかもしれぬ危険を考慮して、ついに弾圧にふみ切ったが、実をいえば、敵に直面したとき、この秘教はまるで神がかりのような力を信者に与えるのである。われわれはみな人間的条件の狭い限界からのがれたと信じ、獣の姿で殺されるとも、人間の姿で獣を殺すとも見える神そのものに同化して、自分が自分自身であると同時に敵であるかのように感じた。この奇妙な幻想は、今ではわたしを時々慄然(りつぜん)とさせるのだが、弓と標的との同一性についてのヘラクレイトスの理論とさして異なるものではなかったのだ。その幻想は当時のわたしに人生を耐え忍ぶ力を与えた。勝利も敗北も、同じ太陽から発するそれぞれ異なった光線として、まじりあいもつれあっていた。わたしが馬蹄(ばてい)にかけるあのダキア人の歩兵、また後に、乗馬が棒立ちになって互いの胸前(むなさき)を咬(か)みあうような白兵戦のさなかに落馬したあのサルマティア人の騎兵、彼らを自分と同一視したからこそいっそうやすやすとわたしは彼らを撃ち倒したのであった。もしも戦場にうちすてられ、衣服を剥(は)ぎとられて横たわっていたならば、わたしのからだは彼らのからだとたいして変わりがなかったであろう。剣で刺されるとどめの一撃も同じようなものであったろう。わたしはいまわたしの生のもっともひそかな秘密である異常な思想を、また、それ以後一度も厳密に同じ形では体験しなかったあるふしぎな陶酔を、そなたに告白しているのである。」

「世界じゅうのあらゆる哲学者の力をもってしても奴隷(どれい)制廃止に成功するかどうか疑わしい。たかだかその呼び名を変えるくらいのことであろう。わたしはわれわれの奴隷制よりももっと狡猾(こうかつ)で目だたぬゆえにもっと悪質な奴隷制の形態を想像することができる。たとえば、自分が仕事に縛りつけられているのに自由だと信じている白痴的に満足した機械に人間を変えることとか、人間的な閑暇や娯楽をとりのぞいて、人間の内に、蛮族が戦いに対していだく情熱のようにがむしゃらな労働への嗜欲(しよく)を助長することなど。この精神の隷属、あるいは人間的想像力の隷属よりは、事実上の奴隷制のほうがましである。」

「われわれの悪の一部分は、あまりに多数の人間が恥知らずなくらい富み、あるいは絶望的に貧しいという事実からきている。」

「わたしの一生をして、エレウシスの道ほど隠密(おんみつ)ではないがそれと結局平行した道を辿(たど)らせたひとつの習慣について、ここで語っておきたい。それは星の研究のことである。わたしはいつも天文学者の友であったし、占星術師の顧客であった。占星の術は不確かなもので、細部においては誤りを犯すが、全体としてはたいてい真実を告げる。宇宙の小片たる人間は天を統御する法則と同じ法則によって支配されているのであるから、われわれの人生の問題と、われわれの成功や過誤を頒(わか)ちもつ冷ややかな共感とを、天上に捜し求めるのはばかげたことではない。」

「一生に一度だけ、わたしはもっと特筆すべきことをした、というのはまる一晩を星座に捧(ささ)げたのだ。それはオスロエスとの会見の後、シリアの砂漠(さばく)を横断しているときのことだった。何時間かの間、人間くさい雑事を放念して、わたしはあおむけに横たわり、目をみひらいて、夕べから曙(あけぼの)までこの炎と水晶の世界にわが身をゆだねたのだ。それはわたしのかずかずの旅の中でもっとも美しい一夜であった。」

「しばしば小アジアに滞在するうちに、わたしは魔術の探求に真剣に専念している学者の小グループと知り合った。どの世紀にもそれぞれ大胆な人々がいるものだが、今世紀の最上の精神たちは、しだいにアカデミックな朗読調になってくる哲学に倦(う)んで、人間に禁じられた境界のあたりを好んでさまよっていた。ティルでビブロスのフィロンが古いフェニキアの魔法のある秘密をわたしに明かしてくれた。彼はアンティオキアまでわたしについてきた。この地ではヌーメニオスが魂の本性についてある解釈を下していた。その解釈はまだ遠慮がちなものだが、もっと大胆な精神ならばもっとつきつめた結論に導かれたであろう。彼の弟子(でし)たちは精霊を呼び出したが、これはありふれた魔法であった。わたしの夢の精髄でつくられたように見える奇異な姿かたちが、安息香の煙のなかに現われ、ゆらめき、そして溶け去って、あとには、わたしの知っている生きた人間の顔と似ていたという感じだけが残った。たぶんこれはみな手品師の単純なトリックにすぎなかったのであろうが、それにしてもこの手品はなかなか堂に入っていた。わたしは若いころ少しかじったことのある解剖学の研究をふたたびはじめたが、それはもう、からだの構造をじみちに考察するためではなかった。そこにおいて魂と肉体とがまじりあい、夢が現実に答え、時には現実に先だち、また生と死とが属性と仮面とを交換しあうあの中間的領域に対する好奇心がわたしをとらえていたのである。」

「わたしの公の務めは終わった。わたしは今後ティブルにもどり、病気という隠居所にはいって自分の苦しみで実験をし、残された快楽に耽(ふけ)り、亡霊との中断された対話をまたつづけることができる。」

「わたしの呼び起こした幻が、わたしの記憶の辺境からきたのか、それとも幽冥(ゆうめい)界の境からきたのか、もうどっちでもよいのだ。わたしの魂は――もし魂があるなら――亡霊と同じ実体でできている。ふくれた手、鉛色の爪(つめ)をもつこのからだ、半ば解体しかけたこのあわれなかたまり、病と欲望と夢を入れたこの皮袋は、亡霊よりもたいしてしっかりしたものでもなければ実質的なものでもない。(中略)死者の生活はある意味ではわたしの生活以上に保証されているように見える。」

「生涯のある時期に、わたしは自分の夢を記録しておいた。祭司や哲学者や占星家たちと、夢の意味について議論したりもした。この夢を見る能力はここ何年間も鈍っていたのだが、最近の病苦の年月を経るうちに、またわたしにもどってきた。めざめている時のできごとは、それらの夢にくらべて、現実味において、時には重要さにおいて、劣っているかのように見える。」

「予兆もまた数を増しつつある。近ごろではあらゆるものが神秘な告知、もしくは徴(しるし)と思われるのだ。」

「人々はわたしをバイアエへ連れて行った。この七月の暑熱のさなかに、その旅程は苦しいものだったが、しかしわたしは海岸のほうが呼吸が楽なのだ。岸によせる波はきぬずれのような愛撫(あいぶ)のささやきをつぶやき、わたしは今なお薔薇(ばら)色の夕暮れをたのしむ。」

「小さな魂、さまよえるいとおしき魂よ、汝(な)が客なりしわが肉体の伴侶(はんりょ)よ、汝(なんじ)はいま、青ざめ、硬(かた)く、露(あらわ)なるあの場所、昔日の戯れをあきらめねばならぬあの場所へ降り行こうとする。いましばし、共にながめようこの親しい岸辺を、もはや二度とふたたび見ることのない事物を……目をみひらいたまま、死の中に歩み入るよう努めよう……」



「作者による覚え書き」より:

「失意と無気力の最悪の折り折りに、わたしは美しいハートフォード美術館(コネクティカットの)に、カナレットのローマふうの絵、夏の午後おそくの青い空を背にした褐色(かっしょく)と金色のパンテオンの絵を見に行ったものだ。そしていつも気が晴れ、心暖められてそこを去るのであった。」

「利益を得ようなどと考えもせずに、人が自分のために為(な)すことはすべての有用性。異郷に日を送ったこの年月の間に、わたしは古代の作家たちを読むことをつづけていた。ロイブ・ハイネマンの赤表紙あるいは緑表紙の古典選集はわたしの一部となってしまった。一人の人間の思想を再創造する最良の方法の一つは、彼の図書室を再現することだ。この年月に、このようにしてわたしは、まえもって、それと知らずに、ティブルの図書室の棚(たな)に皇帝の読んだ本を備えつけていたのである。」

「十九世紀の考古学者が外側からやったことを、内側からやり直すこと。」

「片足を博識に、片足を魔術に、もっと正確にそして比喩(ひゆ)でなしに、思考の中で他者の内部に入りこむあの《交感の魔術》に。」

「人間の実体と構造とはほとんど変わることがない。踝(くるぶし)の曲線、腱(けん)の位置、趾骨(しこつ)の形以上に不変のものはない。しかし履(は)きものが今ほど足の形をそこなわない時代があった。わたしの物語るあの世紀には、われわれのすぐそばに、まだ素足の自由な真実があった。」

「人が生きるべき選ぶ土地、時代を離れて人が自分のために建てる目に見えぬ住み家。わたしはティブルに住んだ。そしてそこで死ぬであろう、ハドリアヌスがアキレウスの島で死ぬように。」




Mémoires d'Hadrien
7 decembre 1979
Marguerite YOURCENAR parle d'Hadrien, empereur romain, amateur de la vie grecque, pacifiste, dont les périodes d'ombre et de pénombre en font un personnage extrêmement complexe .























































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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