中井英夫 『薔薇幻視』 (平凡社カラー新書)

「こんな間の悪さを救うのは自然な目礼や態度で済む筈なのに、それが出来ないということが私にはこたえた。さらにはオヤという表情の前に、ボンスワール、マダムの一言が出ていれば何ということもないだろうに、私の内部で衣紋掛けみたいに突っぱっているもの、ぎくしゃくと自由にならぬものに溜息をつく他はない。」
(中井英夫 『薔薇幻視』 より)


中井英夫 
『薔薇幻視』

平凡社カラー新書 13

平凡社 
1975年5月8日初版第1刷発行
143p(うち別丁カラー62p)
新書判 並装 カバー 
定価550円
写真: 佐藤明 中井英夫 亘理俊次
画: 直江博史
レイアウト: 島津周夫
編集協力: 前川文夫



本文中図版(カラー/モノクロ)多数。


中井英夫 薔薇幻視01


カバー裏文:

「地上の薔薇はいかにも美しいが、世の薔薇作り薔薇愛好家がもっぱらその外側にだけ心を奪われて、内部の、もうひとつの薔薇の美を探ろうとしないのが私には不満であった。かつて桜の樹の下には屍体が埋まっていたように、薔薇の内部にはなおいっそう神秘な何物かが、ひそんでいはしないか。『薔薇幻視』は、いわば新しい旅への誘いである。」


中井英夫 薔薇幻視02


目次:

薔薇の迷宮
地下の薔薇園への招待
青の神秘について
薔薇ならぬ薔薇の旅 I
パリ・バガテル
薔薇の幻種
薔薇連禱
薔薇ならぬ薔薇の旅 II
地中海へ
薔薇を語る (前川文夫)
小説・薔薇の罠
あとがき・薔薇への詫びごと



中井英夫 薔薇幻視03



◆本書より◆


「七四年から私は自分の棲処(すみか)をひそかに“流薔園(るそうえん)”と名づけた。それは流刑された薔薇の地の謂(いい)で、それまでの家を黒鳥館と称していたのに対応する。二百年ほど前までは北半球の人間にとって黒鳥は信じられない存在であり、キャプテン・クックの一行が口を酸っぱくして説いても悪い冗談としか受け取られなかった。裏返しの、反世界の鳥。実際にいまも黒鳥はその漆黒の翼の陰に眼に沁みるほど純白な風切翅を隠しており、私は戦後の何十年か、それを私の恥の紋章に見立ててともに暮した。いまそれは小さな青みどろの池を墓として水没し、さらに狭い檻として流薔園が与えられた。
 薔薇の流刑。
 私が下手な薔薇つくりで、折角の優良種も徒らに葉を繁らせるばかりだとか、花をいじけさせてしまうといったたぐいとは関係なしに、どれほど美しく咲き盛ろうと日本の風土の上でこの花はついに流刑囚であり、“本土”はあまりに遠いと思わぬわけにはゆかないからである。」

「昭和二十年八月の敗戦以来、日本人はひたすら戦争の記憶から逃れようとして経済再建につとめた。それが結果的には「強兵がダメなら富国があるさ」という裏返しの侵略にまでエスカレートするとは夢にも思わず、ただただ復興を願った。その間の十年、豊かな色彩に囲まれその深みを探ることなど思いもよらず、服は軍服や国民服からようやくドブねずみ色の背広にまで昇格したものの、実質は色盲状態といっていい生活態度を続けてきた。(中略)そのとき(中略)“青いバラ”は出現したのであった。
 それが最初から無気味な胎児のいろをしていたのは偶然ではない。青い花はついに“蒼ざめた花”であり、ノバーリスの時代にはどうあろうとも、もはやそれは輝かしい未来の幸福などを予感させ、保証してはくれない。」

「フランス。そして、ことにパリ。
 それは物ごころついてからの憧れの国で、世界のどこへ行きたいかといわれれば、まずフランスとしか答えようはない。そこの薔薇、そこの香水、そこのワイン。物書きの常で桁外れな自信と、それに輪をかけたコンプレックスとが同居しているとはいえ、本場中の本場でオレごときが何を見てこれるだろう、もう少し専門の知識をふんだんに持った人が行くべきだという逡巡は最後まであった。
 ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠しという朔太郎の嘆きを共にしてから三十五年あまり経っている。いつかは荷風の『ふらんす物語』のような世界をさまようことがあるだろうかと考えていた中学生時分からのその国は、しかしうかつに足を踏み入れる気持にならず、五年前、初めての外国旅行のチャンスに恵まれた時も、わざと皆があまり行こうとしない南の果てのタスマニア島を選んで、世界一醜悪な獣といわれるタスマニアン・デビルを、鏡に映ったオレの姿だと眺めてきたのに、まだしもそのほうが心は安らぎ、慰めもあったというのに、薔薇の鏡、香水の鏡は、残りなくオレの本当のみっともなさを映し出すことだろう。」

「日本の高級レストランでみられるような奇妙なもったいぶり、つくろい、てらいといった窮屈でぎこちのない態度はかけらもなく、親しい者同士の家庭の食事がそのままルドワイヤンでもマキシムでも続けられるそのためには、たぶん行儀作法というものの考え方をすっかり改めるほかないだろう。つけ焼刃で大げさな表情をしてみたって反対に取り澄ましてみたって無駄な、ただ自然に人間らしくふるまうことの難さ。なんだってオレはこうぎくしゃくと操り人形みたいな動きと、硬ばった表情しか出来ないんだろうとつくづく思い知らされたのは、翌日の明るい日曜、リュクサンブール公園を散歩しているときであった。
 老人たちがワイワイ騒ぎながらトランプをしている。子供は他愛もない紙テープをくるくる廻すだけの遊びに熱中している。噴水の傍でためらわず裸で日光浴する若い男女。木蔭でチェス盤を囲む中年と青年。読書する老婦人。誰も彼も何ひとつ気がねなくしたいことだけをしながら、みごとに市民の憩いの場をつくり出しているのが私にはほとんど奇蹟のように眺められた。」
「人は二つの故郷を持つ、一つはパリという諺の意味がいまこそ判った、オレはついに許されて故郷へ帰ったのだと走り出そうとして、何ということだろう、私はその故郷の言葉もまったく忘れ、顔かたちも無残に変型し、そして何より写す必要もないものを写すために、カメラさえ肩からぶらさげていることに気づいたのである。」

「車内での経験というのは、掛値なしに小さなことだけれども、あえて記しておこう。合席はほとんど中年の婦人で、健康に日焼けして逞しい体つきだったが、私が日本から持ってきた薔薇の本を読んでいるのに眼をとめて、文字が縦に書いてあるんだってと驚いている。一度その縦に書くところを見せて欲しいというので披露に及んだというぐらいから始まって、リヨンだったか、私らの箱はノン・フュメの自由席なので、通路に出て煙草を吸って帰ってくると、見慣れた向い側の婦人が違うひとになっている。むろん降りてしまって入れ替ったのだが、一瞬のオヤという表情を咎められたと思ったのか、すぐ立って予約席かどうかを確かめ、念入りに同室の紳士に訊いて、さてというふうに坐り直した。彼女が立上ったときから私は慌てふためき、すみません、そんなつもりで見たんじゃないんですと謝りたくても言葉が出ない。こんな間の悪さを救うのは自然な目礼や態度で済む筈なのに、それが出来ないということが私にはこたえた。さらにはオヤという表情の前に、ボンスワール、マダムの一言が出ていれば何ということもないだろうに、私の内部で衣紋掛けみたいに突っぱっているもの、ぎくしゃくと自由にならぬものに溜息をつく他はない。」

「こういう私にとっては、たぶん地上の薔薇、その実現のためのたゆまぬ努力や苦闘の歴史、要するに薔薇そのものがもしかすると無縁の存在であり、この旅行もあるいは猫に小判のたぐいだったのかも知れない。(中略)薔薇の鏡は容赦なく私の裸身を映し出し、タスマニアン・デビルどころではない醜い正体を残りなく曝いている思いは、ようやく切実に自分のものとなった。」



中井英夫 薔薇幻視04





























































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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