中井英夫 『人形たちの夜』 (講談社文庫)

「貴腐。貴と腐。この矛盾する二つの概念がこともなく一つの言葉に納まり、腐敗がすなわち高貴に変じ、高貴はまた腐敗を伴わずにいない世界がそこにあった。」
(中井英夫 『人形たちの夜』 より)


中井英夫 
『人形たちの夜』 

講談社文庫 A 530

講談社
昭和54年2月15日第1刷発行
262p
文庫判 並装 カバー
定価280円
デザイン: 亀倉雄策
カバーデザイン: 平野甲賀
写真: 斎藤秀一



本書「あとがき(潮出版社版)」より:

「この小説は雑誌「潮」に昭和五十年三月号から五十一年二月号まで連載されたもので、連作長編としたのはここ四、五年その形式にひどく愛着を持ってしまったためである。全体の構成は一話一話が独立した短編でありながら、また春夏秋冬の季節に従って三話ずつで一つの纏った話となり、読み通したときには長編ともなり得るように配慮した。ただしIIIだけは一話ずつが短編とならず、全編を人形尽し・職業尽しとするつもりでいた意図もまた思うにまかせなかったことをお断りする。」


写真(モノクロ)12点。


中井英夫 人形たちの夜01


カバー裏文:

「夜は夢魔が目覚める時。夜に生をうけた人形たちは、人の世の原罪を、哀しみをまた憎悪をその糧として生きているのであろうか。……日常の営為の底にひそむもう一つの世界を人形たちと共に旅する時、季節の移ろいは我々をより深い酩酊へ、迷宮へそして破局へと誘う。著者五十年の苦い想いをもこめて描く魔術の書。」


目次:

I 春
 異形の列
 真夜中の鶏
 跛行(はこう)
II 夏
 夢のパトロール
 海辺の朝食
 水妖(オンディーヌ)
III 秋
 笑う座敷ぼっこ
 三途川を渡って
 影人(えいじん)
IV 冬
 憎悪の美酒
 歪む木偶
 貴腐(プリチュール・ノーブル)

あとがき

解説 (高橋康也)



中井英夫 人形たちの夜02



◆本書より◆


「憎悪の美酒」より:

「十二月といえば忠臣蔵の季節だが、これもまた壮大な復讐劇に他ならない。何やらもっともらしい肩書がついて、国民演劇の代表のようにいわれるけれども、根本は“怨”の一字に憑かれた人びとの狂乱図で、それを晴れやかな舞台に変えたのは、もっぱら竹田出雲らの心得ぬいた作劇法に他ならない。数々の名場面もさることながら、私はやはり幕明きの大序に、もっとも心をときめかす。それというのが登場人物のすべてが人形振りで演じられるからである。
 鶴岡八幡の社頭に、裃もくにゃりと崩折れ打伏せていた人物の一人ひとりが、そろそろと軀を起し、やがて入魂の術が行われたように徐々に生気に充ちて確かな人間となり、眼を輝かせ、台詞を発する。人形から人間へのみごとな変化(へんげ)。歌舞伎ではその転換も当り前といえばそうだが、もともと人形の文楽でもまた、無機物の、魂のない人形がみるみるうちに生きて動き出すその不思議さは、見守って倦きることがない。そして私の考える“復讐”とは、これとは逆に人間から人形へと返すその一点にあった。思えばひととき私は、人間が次第に人形めいて物を言わず、互いに理解もし合わぬ生き方をし始めたならばと怖れたこともあったが、人形研究家という立場からすれば、それだって格別不快なことではない。聾唖者の会合に行き合せて、その物静かな微笑とともに交される手話に、音声という下卑た手段で会話をする風習がひょっと恥ずかしいもののように省みられる場合もあるように、動かぬ人形たち、物言わぬ人形たちといるときの安らぎはこよない。もし、いっさいの暴力手段を伴わず、人間から人形へという不思議を成就することが出来たならば。」

































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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