『日夏耿之介全集 第四卷 日本文學』

「浪曼主義文學とは、凡そ自然に相反するやうでゐて、實は最高義の自然をよく遵奉する可能性の爲の文學の謂に外ならない。」
(日夏耿之介 「メロドラマの藝術性に就て」 より)


『日夏耿之介全集 
第四卷 日本文學』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1976年6月30日初版発行
1991年11月30日2版発行
487p 目次1p 
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 6 (8p):
書簡一通のこと (伊藤信吉)/『轉身の頌』雜談 (尾崎一雄)/したたかな鑑賞家 (佐伯彰一)/日夏耿之介と禪 (高橋新吉)/稀有の詩人批評家 (中村眞一郎)/日夏耿之介と佛文學 (窪田般彌)



本書「解題」より:

「本卷は内外の文學に造詣深く、何よりも詩人であつた著者の獨自な日本文學論を知るべく編集した。
 それは「萬葉の美學」にはじまり、明治・大正・昭和「三代の象徴詩風」にいたる廣汎なもので、いはゆる國文學者の研究とはその趣を異にしてゐる。(中略)例へば、俳人松岡靑蘿の發見や支那傳奇小説と關連づけて語られてゐる江戸期怪談文學の評價、あるいは明治浪曼文學の見事な分析は、この學匠詩人にしてはじめてなしえた仕事であらう。」



本文二段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集


目次:

古典文學
 萬葉の美學 (『萬葉集大成 美論篇』 昭和30年8月 初出)
 能の懸詞冠辭序詞縁語としぐさとの聯關に就て (『涓滴』 昭和43年11月 収録)
近世文學
 松岡靑蘿の象徴句風 (『論集文學』 昭和23年12月 初出)
 德川恠異談の系譜 (『日本文學講座 近世の文學』 昭和30年11月 初出)
 怪談牡丹燈の源流 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 上田秋成の煎茶 (「須貴」 昭和24年9月)
 メロドラマの藝術性に就て (「悲劇喜劇」 昭和24年1月)
明治浪曼文學史
 浪曼文學の序説 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第一章)
 詩――浪曼派初期 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第二章)
 詩――浪曼派中期 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第三章)
 詩――浪曼派後期 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第四章)
 詩――明星派運動 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第五章)
 散文形式の浪曼主義 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第七章)
 明治浪曼派の結末 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 第九章)
明治文學襍考
 明治煽情文藝概論 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 家庭文學の變遷及價値 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 三代の象徴詩風 (「表現」 昭和23年2月)
日本藝術學の話
 日本藝術學の話 (『日本藝術學の話』 昭和32年9月)
  緒説
  第一章 西洋藝術學の獨立性
  第二章 我國輓近の藝術學理論
  第三章 自然美の本質
  第四章 藝術美の約束
  第五章 民族の内からの藝術理念

收録作品一覽
解題 (窪田般彌)




◆本書より◆


「萬葉の美學」より:

「このセンティメンタリズムを裏返すと、客觀的敍法の間にも作者のセンティメンタリズムが發揮せられてゐるといふことをも併せ考へさせられるやうになる。枕言葉・序詞の類が、後生の歌人のやうに純技巧の具として因襲的に用ゐられず、(中略)最初に發明せられたる砌の純感激がその純粹に極めて近い程度に尚温存せられ使用せられてゐる。例へば内日さす、石走之、といひ、足曳の、樂浪之といひ、茜根刺す、大伴乃、といふやうなそれぞれの枕詞が、山や紫以下を形容にあたつて、足曳きとか、茜根刺すとかいふ原事態の説き明し的冠辭形使用の間に、作者固有の感傷を十分罩めて生々と、その足曳くことの感覺、茜根さすことの感覺に即して敍述せられてゐる。「足曳きの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかもねむ」と、さても長々しい冗駄げな枕詞序詞のあとに、獨り寐の情をちよつぴり添へただけであるに、枕詞序詞の退屈なるべきコンヱ゛ンショナルな外的飾りつけを、枕詞序詞の本然の使命に歸つて、原初的感覺的に鑑賞する心眼の態度を以て、改めて之れを外飾以上として對する時は、長サの感じのひとり寐の衷情が、山鳥の夜泊のどうにもならぬ禽鳥學的習性と映發して、改めて千餘年後の昭和のわれらの時代の戀の子の胸に迫る度合がつよい。(中略)感傷の歌だけが詩人の感傷でなく、客觀敍事の歌にも詩人の感傷が別の形相を攝(と)つて現はれてをり、而もリアリズム詩人の小さい感傷が客觀の間に見られるにとゞまらず、浪曼的な感傷のスケエルの大きい詩人の感傷も亦、(中略)この客觀のかたちを攝る場合が少くない。家持の「あし曳の八峰(やつを)の雉(きぎし)なきとよむ朝けの霞見ればかなしも」の調べ高や、「見渡せば向つ峯の上の花にほひ照りて立てるは愛しき誰が妻」といふ、江南の美女を館門にあつて見惚れて作れる即興にも、この詩人の客觀性と感傷との結合の模樣、本質・度合を別口に證すべき補足的對偶の吟法の特色といふものがある。
 これらは何も萬葉にとどまらず、悉有ゆる時代の悉有ゆるアントロジイに見られる作例であるが、萬葉にあつては、萬葉末期の繊細歌風と雖、尚蒼古雄勁の餘響を全くは喪はず、その間にセンスなき萬葉學者らには、一口に一樣に呆け歌であるかのやうに毒言せられようとも、古今・新古今にない一味骨つぽい別種の繊細殉情があり、又そこにわたくしの所謂補足對偶的存在理由といふものがある。」

「卷十六末尾の怕ろしき歌三首は、(中略)特に一章を設ける價値が十分ある歌柄である。
 詩の鬼氣なるものは、李賀の昌谷詩にしても、ゴシシズムの英獨佛伊露浪曼詩にしても、鬼氣の存在性に篤信なる者だけが作り、作つて興がり、讀んでその流風の讀者も亦一入興がるもので、その興なき者には、索然として縁もゆかりもなき風馬牛のエトランゼである。」
「リアリスト日本人の生める古代大アントロジイである萬葉にも、異風の作品を蒐めた卷十六の、それも末尾に、この鬼氣詩をサムプルのやうに、編者が三首だけひよこなんと置いたことにまづ興味が持たれる。三首だけそつと置かれても、この時代にこの鬼氣の情の品類の歌が作られてをり、一部にそれが愛弄せられてゐた事の證には十分なる。」
「怕ろしき歌の一、
  奧國 領君之 染屋形 黄染乃屋形 神之門渡
  おきつくに、しらせるきみが、そめやかた、きそめのやかた、かみのとわたる
について、十分はつきりした訓解は尚得られないのであるが、それでも之れは、詩の鬼なるものとして、太だ興味がふかい。」
「さてこの歌は、沖津國領(し)らせる君が染屋形、黄染(キゾメ)の屋形神(カミ)の門(ト)わたると書き下せば尚感じがはつきりしよう。黄染の屋形が妖異の色合を漂はせるが、(中略)この黄色色彩感覺を中心にして、恠異の異情が、文字の上文學の上では赤色碧色以上に效果的に發生して、沖津國と神の迫門とを柱として、極めて客觀的タッチで、畏怖の感情とその美しさ(畏怖が美にトランスフォウムしたるもの)を表現することに奏效すべく、屋形を故ら重ねたかつたところである。」
「遊戲的タッチの筆は、詩人の生のスケエルの廣さも深さも示すと共に、客觀の心度ポオズ如何が重要なので、表面だけで簡短に揣摩し去ることは聽(ゆる)す文學的トレランスを自覺する詩人が肯(あ)へてする詩的方法であるから、多くは單純なリアリスト詩人でなくて、日本にはその數の本來少い浪曼的詩人のゴシシズムの文學であるところに、興味がある、價値がある。特色がある。
 怕ろしき歌のその二、
  人魂乃 佐靑有公之 但獨 相有之雨夜葉 非左思所念
  ひとだまの、さをなるきみに、ただひとり、あへりしあまよは、さびしくおもほゆ」
「黄色が土色に關係があつても(中略)、古代船舶の祭式に關係がなくても、それは註訓家に任せておいて、この歌を端的に誦んで、端的に今日のわれらがわれらの空想的感覺に感ずる怪異感は、やはり黄色に彩られた屋形船が海洋を渡る光景の想像で、その黄色といふ色彩なるが故に、神怪の感じ伴つて一入怪異の情がつよいと重ねて云ひたい。ここに上代日本人の想像力の操作して造立したゴシシズムのポイントがある。」
「人魂の歌は、人魂のやうな靑面の男としきや訓めさうにないが、人魂そのものと、少し無理をすれば訓めぬ事もない歌柄で、さうあれば尚一段と面白い。が、それでは「寂しく」では物足らぬ、「久しく」では舌足らずになる。(中略)その點が惜しまるる作品である。それだけと見て、人魂を用ゐてゐる處だけが只われらにとつて興が深い。人魂の畏怖といふ情だけでもはつきりしてゐるところが、せめても珍稀として貴重すべき歌であると云ひたい。」

「萬葉ノンセンス歌は戲咲の歌で、只夫れ一向支離不通の滑稽なればこそ興趣が永續したので、夫(か)の折目高なる貴族文學の畑の中で、その窠臼を脱して、譬へば西洋近代文明下の分裂病的孤兒のやうなダダイズム文學といふものの風にも逸脱したげな、一種のモダン風さへ不測にそのうちに釀し出されてゐることが看取せられる。日の下に新らしきもののありや、千載の昔にも、たまたま或る日、こんな王朝的常識の軌道を故ら踏みたがへて見せたげなる人間の心匠心法のそぞろな逸興といふ程のものをば悦ぶ藝術制作心理があつた。」



「松岡靑蘿の象徴句風」より:

「一茶の句は一口に言つてしまへるが、句らしいものはざつと十四五句を出でず、もつとも高い佳品は
  山の月花盗人を照し給ふ
 で、この句には
  梅の花爰を盗めとさす月か
 の等類があるが、高さがまるでちがふ。彼の口吻だが
  人の爲しぐれておはす佛かな
 のやうなアクのつよくない句風もわるくない。こんな所で、あとは誰人も作り何人も感じる凡句駄句でなければ、いや味な素人だまし小學校の校長先生だましの、人情を大道の赤毛布の上で賣ります買ひませうの下等な俗句で、山の月の一句あればこそ、わたくしは一茶を決して捨てたものでないと相當には高いところへ据ゑるが、この句がなければ、化政度の四十腕、天保の總たるみの眞中に打ち込んでも少しも惜くはない。」

「靑蘿はこころといふ文字を何となくしきりに使ひたがる俳人で、彼ほどこころ何々と吟じた俳人は、俳諧史を通じて別に較べる者がない。」
「秋のくれこころの花の奧を見む」
「心の花といふ修辭は本より古いが、下の句の奧を見むと信によく合つて、合うた上の累積の效果がしたたか利いて、それが新しきものとして生き、秋夕の思が蒼然と深まつて胸にきこゆる。」



「浪曼文學の序説」より:

「原來ロマンティケルには、本然の純粹浪曼者と、その若きが故の浪曼家なりしものとの二つの重き別がある。」
「それのみでなく、別に更にリアリストにして自ら適度にロマンティックなるものも亦尠くなかつた。我國にはこのやうな第三種がこの民族性の國柄故に太だしく多い。決してロマンティケルでないが、リアリストにして少なからぬロマンティック・スピリットを持ち合せてゐるものである。二種峻別の差別觀に囚はれると、この第三種を第一種と見まがふ惧れがあるが、決してそれは純浪曼家ではない。嚴密に見たる純リアリストがさう澤山居ないと同時に、純ロマンテックも亦澤山は居ない。」
「ロマンティシズムと對立するものは、一はクラスィシズムで、いま一つはリアリズムである。」



「散文形式の浪曼主義」より:

「荷風の手法はリアリストの筆さばきを一生棄てないが、荷風の心法は浪曼的エキゾティシズム(外國と祖國の昔とに對する)の連續であり、性格の角度から浪曼的インドレンスを最も巧用したるものでもあり、浪曼的藝術至上主義と浪曼的ラヴとは早くから彼の内部で意氣地なく雪折れしてしまつたが、生活者荷風の夢は、夢の中味を更へつつも不斷に浪曼的に生のなか藝のなかに延々つづいてゐる。明治末葉時代の生活=浪曼者荷風は、その浪曼的リアリストの手法と、リアリスティックな浪曼者の心法とをかたみがはりに採り用ゐて、夫(か)の生に於ては北國金澤者で、藝に於て純浪曼者たり得たる稀有の人物泉鏡花と花やぎて併立し、この暢然たる過渡時代の精神を詩に於て飾つた二人の代表的なる詩人であつた。若きが故の若い頃だけの浪曼家は世に草箒で掃くほど多く、特に日本にはこの種の小振りでかげろふのやうなプチ浪曼擬詩人が昔から夥しかつた。明治浪曼文學史とは、そんな録々たるポエタスタズの間に數箇はつきり光つた大才の本然的な動きの記述である。」


「明治浪曼派の結末」より:

「個性と幻想と孤獨と怪畸との浪曼的開花的四つの色調は、西洋に於ける如く、日本の明治浪曼文學史上にもはつきりその特色を保つてゐた。
 個性のあらはれは我の展開であり、幻想のふくらみは現實の再檢討であり、孤獨の自覺は平俗への批判であり、怪畸の表出は凡常への抗議であつた。」



「三代の象徴詩風」より:

「靑蘿はもと江戸と關西とに育つた人であつたが、彼ほどに情趣を重んじ之に倚りかゝつて俳腸を吐いた人は外に無かつた。成美は江戸育ちで、氣分に我を托す場合の多い都人丈けに、靑蘿と一點太甚だよく酷似した部分がある。」
「  うぐひすのうすぐろくなるゆふべ哉   成美
 の氣分に涵れる吟ある所以、
  このゆふべ鬼に喰れし牡丹かな   成美
 の空想を結ばしめる所以、
  秋の夜は松しまの松もかぞふべし   成美
 の想像力の手まさぐりで靑蘿に迫る所以、
  秋の日は雁の羽風に落にけり   成美
  眼のまへに蝶死でなく鶉かな   成美
 のごとき、一は感受性と空想との混交、一は感覺の奧底にのぞかれるより(引用者注: 「より」に傍点)ふかきものへの探りを試みる術を心得たる都會詩人であつた。」






























































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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