『日夏耿之介全集 第五卷 作家論』

「ロマンチシズムは距離の文學で、その距離には、空間の距離と時間の距離とがある。」
(日夏耿之介 「芥川王朝文學の出生」 より)


『日夏耿之介全集 
第五卷 作家論』

監修: 矢野峰人/山内義雄/吉田健一

河出書房新社
1973年9月30初版発行
1991年11月30日3版発行
487p 目次2p 
B5判 丸背布装上製本 貼函
装本: 杉浦康平・辻修平
装画: 長谷川潔

月報 2 (8p):
信陽舎時代 (印南喬)/錬金術師の雄 (小川國夫)/素人の見巧者 (篠田一士)/眞に耽美の高踏性に徹した (成瀬正勝)/耿之介と杢太郎との交情 (野田宇太郎)/『聖盃』について (井村君江)/図版1点



本書「解題」より:

「本卷には日本の作家についての論考すなはち明治・大正・昭和の三代にわたる現代作家十四人に關する四十一篇を收録した。」
「これら單行本のかたちにまとめられてゐる評論を一應分解して新たに作家別に章を起し、重要と思はれるものを選擇して再編成した。(中略)またそれ以外、雜誌記事及び草稿のかたちで殘つてゐるものからも幾つかを收載した。」



本文二段組。
正字・正かな。


日夏耿之介全集


目次:

森鴎外
 鴎外その日本的造立 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外の日本的思想型態 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 永遠の雅文小説 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 靑年心理の探求 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 煩惱の嚴色 (『鴎外文學』(改訂版) 昭和22年12月 収録)
 樣式及び表現美 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 翻譯文學の師子座 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外の詩 (『鴎外文學』 昭和19年1月 収録)
 鴎外創作力の發展と終局 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 師承の系譜 (『わが師を語る』 昭和26年4月 収録)
夏目漱石
 漱石の小説 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 カラマアゾフ兄弟と漱石 (「藝林閒歩」 昭和21年4月 初出)
泉鏡花
 名人鏡花藝 (『鏡花・藤村・龍之介そのほか』 昭和21年11月 収録)
 『高野聖』の比較文學的考察 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 収録)
幸田露伴
 露伴文學襍説 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 露伴の學問 (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 露伴の名人もの (『鴎外と露伴』 昭和24年6月 収録)
 三人浦島 (『露伴全集』 月報 昭和25年6月 初出)
島崎藤村
 告白文學としての『新生』 (『鏡花・藤村・龍之介そのほか』 昭和21年11月 収録)
 「舊主人」に就て (「龍」 昭和23年8月 初出)
高山樗牛
 詩評家としての高山樗牛 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
樋口一葉
 一葉の日誌文學 (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
與謝野晶子
 『みだれ髪』の空想的感覺 (『明治浪曼文學史』 昭和26年8月 収録)
上田敏
 上田敏の譯詩に就て (『明治文學襍考』 昭和4年5月 収録)
 海潮音以後の上田敏氏 (『黄眠零墨』 昭和17年9月 収録)
芥川龍之介
 芥川王朝文學の出生 (「新文學」 昭和22年1月 初出)
 芥川の遺書文學について (「國土」 昭和22年11月 初出)
 齒車讀後 (草稿 昭和21年)
堀口大學
 堀口大學の藝術 (『詩壇の散歩』 大正13年10月 収録)
齋藤茂吉
 齋藤茂吉君の歌 (『書齋の中の嗟嘆』 昭和29年10月 収録)
永井荷風
 永井荷風の藝術 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 永井荷風とその時代 (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 荷風の私窩子文學 (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 永井荷風の思想的立場を論ず (『荷風文學』 昭和25年3月 収録)
 好色の在り方 (『現代日本小説大系』 月報 昭和25年6月 初出)
谷崎潤一郎
 谷崎文學の民蔟的性格 (『輓近三代文學品題』 昭和16年1月 収録)
 荷風の影響と谷崎文學の出發と (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『春琴抄』とその對蹠文學と (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』上卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』中卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)
 『細雪』下卷細評 (『谷崎文學』 昭和25年3月 収録)

收録作品一覽
解題 (井村君江)




◆本書より◆


「露伴の學問」より:

「若い頃の彼は、いつたん一事に凝ると、爲めに萬事すたれるといふ風の凝性の性分であつたらしい。釣や將棋に凝つて忠言を受けたやうなこともあつたやうすであるが、彼が凝るのは棋戲垂綸にはかぎらない。彼は天地觸目の庶物の悉皆本末について悉皆知悉したいといふ生れ乍らの熱情があつた。」


「芥川王朝文學の出生」より:

「ロマンチシズムは距離の文學で、その距離には、空間の距離と時間の距離とがある。」

「わが邦の文學は、幾んど一貫したリヤリズムの歴史で、時に秀拔な秋成の小説如きがあつたが、之れとて「秋成好き」といふ少數のファナティックに愛好せられるに止まり、怪異小説も秋成と前後して展開したが發達は文學集團としてはせず、明治に入つて一鏡花の卓出した文學を出したにとどまつた。一貫したリヤリズムの國日本に複雜多岐な文學感情の歴史は無かつた。」

「自ら選びたる靑年われらは、一面西洋にあくがれ最も支那を尊敬した。われらは、現代を欣び同時に古代に憧憬した。われらは、銀座街のブラジル珈琲店で一杯のカフェをすすると共に、本町二丁目の丸善の二階のひろい階段を上ることを怠らなかつた。われらは諸外國語をかじることを嗜んだが、しまひには、空想の氾濫感性の放埒のまゝに、(中略)初め習ひ覺えた英語一本槍であらゆる諸國の詩小説を濫讀漫讀耽讀して學課を些かも顧みなかつた。佛のアナトオル・フランスとともに、清の蒲松齡を喜んだ。米のアンブロオズ・ビヤスとともに、故國の宇治大納言物語を悦んだ。」



「芥川の遺書文學について」より:

「この時、彼は已に文名隆々たるものあつた。予は批評家の投げてくれた、古風な象徴派といふ草小舎に入つて跼蹐蟠居してゐた上に、われらの詩は小説程俗眼を聽さず市價がないため、從つて價格の評價に附隨する認容が社會人の間に生じないから、之れを宜いことにして、恬として氣儘氣隨に孤獨で暮してゐた。國家との關係は、寄留屆を鎌倉署や大森署に出しておけば、所得税も出すには及ばぬ郊寒島痩の徒であつた。かくして芥川は、予と書籍珍玩のみの詩侶雅友であつた。」


「谷崎文學の民蔟的性格」より:

「見巧者といふものが小説にもある。必ずしも正統派批評家はあづからぬ。いかな長篇でも冒頭を讀めばきつぱりと正確な見當をつける。部分をとび讀みして巧みに全體を揣摩する。讀後の印象を談るに、ポテンシャルな柔かな俚語づかひで、あつといふやうな旨い譬喩をする。さういふ素人を私は知つてゐる。見巧者出身の作者兼評者に故人綠雨があつた。
 又、書き巧者といふものが小説にある。必ずしも所謂大家と限らない。初見參(デビュ)の比から早くも文體を成してゐる。段々旨くなるのでなく、最初から旨いのである。さういふ人は、その代り途中に激しい浮沈が非道い。大きくなる爲の浮沈である。書き巧者といふと一見小型作者を聯想し易いが、之はもと作柄の形容で、作ゆきにも自ら大小があり、谷崎はそのうち最も大規模な作者である事いふまでもない。」

「本來この作者は、神經系統について神經質ではないが、肉體について神經質であり、俗人としては線が太くて豪快な一面もあると共に、殘忍な迄にその逞しい健康を酷使して、藝に於ても生に於ても羸弱な變質者心理に向つて不斷にあこがれてゐた。が、渠自らは決して變質者ではない。その扱ふ變質境は時に餘りにあくどくて眼を蔽はしめるけれど、この種の變質的動作は、原來常人の肉體的に夢想して時に片足を踏み込みうる程度の變質であつて、冷徹凄切を極めた本來の變質者世界の陰慘なる消息そのものとは違ふ。もし他日眞の異常變質天才の文學が登場したならば、少くとも變質文學としての谷崎文學(それも主として第二期以後の)は、倏ちにその光芒を文壇から失つて了ふだらう。」



「荷風の影響と谷崎文學の出發と」より:

「併し、谷崎は決して天才でも天才肌でもなかつた。天才と見えたのは、その華美なる出發の扮妝と出立の身振とであつて、芥川や佐藤のやうな浪曼的要素の文學を造立した同輩が天才でなかつたとおなじやうに、そしてかれらが實は浪曼的惝悦を有ちながら日本人的リアリズムをその面の黄なるごとく固着せしめてゐたと同樣に谷崎も浪曼主義的憧れのやうなものは、その心匠の一部に老齡まで持ちつづけてゐたと共に、實は日本人プロパアのリアリズムが實在論としてその世界觀にも寫實主義としてその藝術觀にもめいめい基盤となつてゐたので、華やかなる出立のポオズは、時代の要求した文學の樣體の作者として當然身につけるべきかたちであつて、只夫れ豪奢にして人目を眩めかしたとはいへ、凡そ天才の有するオリヂナリティとエラチックと飛躍と氣六づかしさとは、出發早くもそのスティルを決した觀あつたるその文體のなかには無かつた。天才ではないが、人の眼を瞠らしめたタレントであつたことは申すまでもなかつた。」


「『春琴抄』とその對蹠文學と」より:

「かう見てくると、日本のいまの文學がどんな境涯のものかといふことが、はつきり判つてくるであらう。
 小説『春琴抄』は昭和の小説の傑作であつて、まづこれを代表小説として海外に送り出しても別に不平はなささうであるが、この作者は別に天才肌の作者ではなく、天才風の神經も感覺もタッチもない。たゞ感じ考へ見たものを、常識的ながら周到に再三思考しその前後左右を考へた上で、そつのない意匠にちりばめて、くまなく足らぬところのない意くばりの上で悠々描寫してゆくだけの事である。構文は至極常識的である。趣味はアブノオマルを好むけれど、本人は至つてノオマルで至つて世俗的である。」



「『細雪』上卷細評」より:

「鴎外や露伴や鏡花や一葉や荷風をば、好んで取り上げてわたくしが批評をするのは、それらの人の人柄と作品との合致したものをわたくしが特別に喜むからであるが、谷崎潤一郎著『細雪』を批評するのは、さういふ好みや立場のそれとは些しちがふ。つまりわたくしは、谷崎文學の愛讀者ではないのである。」















































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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