別冊幻想文学 『中井英夫スペシャル II』

「とにかく本当に僕って物知らずなんですよ。何かいろんなこと知ってるような顔はしててもね。(中略)いちいち何かにびっくり驚いて書いてる。それがかえってよかったのかもしれませんね。」
(中井英夫 インタビュー「塔晶夫は語る」 より)


別冊幻想文学 
『中井英夫スペシャル II 
虚無へ捧ぐる』


幻想文学出版局 
1993年2月15日初版
240p 
A5判 並装 
定価1,700円(本体1,650円)
編集人: 東雅夫
表紙デザイン: 建石修志



巻頭グラビア16p、本文中図版(モノクロ)多数。


中井英夫スペシャルII 01


中井英夫スペシャル II 虚無へ捧ぐる 目次:

翳の祭典 乱歩と私 (中井英夫)

【新作短篇】
若い豹への手紙 (中井英夫)

【未収録作品復刻】
地底から (中井英夫/画: 建石修志)
光あれ (中井英夫/画: 梅木英治)

【秘蔵資料公開】
虚無なる日々に――未公開日記抄 (中井英夫)

【インタビュー】
塔晶夫は語る (中井英夫)
奈々村久生の回想 (尾崎左永子)

【虚無への供物論集成】
私の見つけた本/可能性の極限 (埴谷雄高)
十年間の孤独な情熱 (日高普)
虚無への〈書物〉 (相澤啓三)
ひろく読者の手へ (大井廣介)
たくらみぬいた不可能犯罪 (開高建)
『虚無への供物』の回想 (荒正人)
難攻不落の城の企み (赤江瀑)
中井英夫論 (斎藤慎爾)
完全犯罪としての作品 (笠井潔)
ペダントリーの饗宴 (原田邦夫)
サファイアの光芒 (渡辺啓助)

【充実の資料集】
中井英夫研究・参考文献目録 (本多正一 編)
『虚無への供物』幻学百科事典 (幻想文学編集部 編)

【虚無へのコラム】
実録・乱歩賞選考委員会 迹見富雄氏に聞く
カルト〈虚無〉 
戸川安宣氏に聞く 文庫版中井英夫全集発刊について



中井英夫スペシャルII 02



◆本書より◆


「塔晶夫は語る 中井英夫インタビュー」より:

中井 (中略)そのころ有吉佐和子さんと二人で原稿用紙を作ったのね、一連四千枚を二千枚ずつ分けて、彼女はそれを全部、原稿料に換えて、あっという間に売り出しちゃったけど、こっちは全部書き損じにして、それからそのあと自分だけでまた何回か、一連ずつぐらいかな、作っては潰し、作っては潰し。だから一万枚以上は書き潰してるわけです。だって、四十一枚目で失敗をすると、そこから書き直せばいいのに、始めへ戻って、もう一回通して書かないと、その四十一枚目の壁が飛び越せないんですよね。(中略)そこを飛び越すためには、またスタートへ戻らないと。それが四十枚、五十枚ならいいけど、四百枚ぐらいいってもやってたの(笑)。反故もできるわけだよね。
――そうまで難航したいちばんの理由は?
中井 話言葉でそれぞれの人物が明らかになるように、つまり「~と藍ちゃんは言った」とか、「~と、久生は言った」なんて書かなくても、喋り言葉だけで、そのキャラクターが出るようにしたかった。ところが牟礼田というのが、それが出ないんですよ。それでやっと「氷沼家の悲劇は悲劇で、それらしい終りにしてやるのが、友情といったものだろう。ところが奈々じゃ、それを喜劇にしかねない。そんな立会いはお断りだね」という、最後に藍ちゃんたちが蒼司と対決しようとする前に牟礼田が言うセリフ、それが思い浮かんでね、ああ、この口調で喋らせれば、というんで、また第一章から書き直して(笑)。つまり喋り言葉の文体まで気にする奴って、あまりいないかもしれないけれど。僕にとってはそうだったですね。」

「――特に印象に残っているスピーチなどは。
中井 それがせっかく三島や寺山が話をしてくれてるのに、ちっとも覚えてないんです。ドイツ文学者の高橋義孝さんに「中井さんて、あなた、本当にヘンな人ですね。どうせならこのままヘンな人を貫きなさい」って言われたのはよく覚えてますけど。確かに貫いちゃったわけです(笑)。」

「最近も、朝の九時半から、八チャンネルかな、「おはようナイスデイ」とかいうのをやるんですよね。まったくそれはネタにことかかない。全国津々浦々から、やれ、少年が教師に突き飛ばされて意識不明になったとか、連続首吊り自殺が起こったとか、そういうことってすごく気になるけれど、それはつまり、どこかに裏側がほの見えてこないかということですね。それは現実と呼ばれることだけれど、もしかして非現実が根本にあって、それが顔を出してきた事件ではなかろうか、と。そうでないと僕はまったく興味がないんです。
 ただ、このごろ困るのは、僕自身が非現実に住んでるもんだから(笑)、とにかく有名になることとお金儲けが何より嫌いなので、うまく現実に適応できなくなってきた。」



「サファイアの光芒」(渡辺啓助)より:

「ここではその全部に触れる余裕がないので試みにこの多面体の一つの面――特に私が心惹かれる――だけを取りだしてみよう。その面の作品は、いわゆる未熟児的発想にもとづくと考えられがちであり、いわゆる現実的な生活の知恵とやらに毒されてしまった分別ありげな成人者たちからすればおよそ無縁な系列がある。――『黒鳥の旅』『幻想博物館』『悪夢の骨牌』『人外境通信』などの類である。」
「とりわけ私が偏愛するのは『人外境通信』中の諸篇である。
 人外は、にんがいと呼ぶべきであると彼は考える。一口言うとにんがいとは広辞苑によると①人倫にははずれること。ひとでなし。②普通の人間の取扱いを受けられぬ下賤のものとなっている。
 しかし、中井英夫のいわゆる「人外」はもっと含蓄のあるリリカルな余韻を漂わしているもののごとくである。
 冒頭の一篇「薔薇の縛め」には――
  
  人外(にんがい)
  それは私である
  ことごとしくいい立てることでもない、殊更に異端の徒めかすつもりもない。ただ、いまは用いられることも少なくなったこの言葉に、私はなお深い愛着を持つ。人非人というニュアンスともまた異なる、あるいは青春の一時期に誰しもが抱くあの疎外感、いわれもなく仲間外れにされたような寂しさなどではもとよりない、ついにこの地上にふさわしくない一個の生物とでも定義すれば、やや近いかも知れない。どこかしら人間になりきれないでいる、何か根本に欠けたところのある、おかしな奴。そう呟きながらも、なお長く地球の片隅の小さな席にへばりついている哀れな微生物。

 これが作者の人外なるものの定義である。この『人外境通信』よりもずっと前に書かれた『幻想庭園』には、その第一頁に、

  子供のころ、母の訳してくれたバーネット夫人の『秘密の花園』に読み耽ってからというもの、私にはいつかこの地上のどこかに、この世ならぬ神秘な花の咲き乱れている庭があるという確信が棲みついたらしい。それも突飛な場所ではなく、ふだん見慣れてよく知っているところに、ある日思いもかけぬ小さな入口が見つかり、猫のように体をしなわせて潜りこんでみると、妖しい色の花がいちめんに咲いている人外境に突然出る筈だといういわれない確信である。

 以上によって作者のいわゆる人外ならびに人外境なるものの概念が、おぼろげながら解る気がするのであるが、しかし、だまされてはいけない。何か根本に欠けたところがあるおかしな奴とか、地上の片隅にへばりついている哀れな微生物などという劣等感めいた言葉の魔術にひっかかってはいけない。そのレトリックの口裏には、常に、したたか幻夢者の傲慢(ごうまん)さがかくされていると見るべきであろう。なぜならば、詩人であるかぎり、この種の傲慢さは当然持っているはずであるから。
 そしてあの程度の傲慢さがなかったら、血紅と漆黒のみが支配する人外境館(やかた)のあの華麗無残な薔薇綺譚は生まれるはずがないのだから、」






































































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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