巖谷國士 『ヨーロッパ 夢の町を歩く』 (中公文庫)

「ここには水平の道というものもほとんどなく、坂や階段ばかりだといってもよさそうなところで、ときには踊り場のような空間からふいに視界がひらけ、そろそろ淡い薔薇色をおびはじめた空の下に、銀の光沢をとどめる河口の水面がのぞまれる。だがそこをすぎればまた建物の谷間である。迷路は水平面にだけでなく、垂直の方向にもひろがっているかに思われる。」
(巖谷國士 「リスボン 夢の町を歩く」 より)


巖谷國士 
『ヨーロッパ 夢の町を歩く』
 
中公文庫 い-89-2

中央公論新社
2000年6月10日印刷
2000年6月25日発行
281p
定価667円+税
デザイン: 菊地信義
カバー写真: 著者撮影


「本書は、『ヨーロッパ 夢の町を歩く』(一九九三年十一月、筑摩書房刊)に、新たに写真を増補したものです。」
「写真はいずれも著者撮影。」



本書「あとがき」より:

「ヨーロッパの町々をめぐる私の二冊目の本ができた。」
「収録エッセーのほとんどは、「シグネチャー」誌の連載からとったもので、いずれもこれを機に手を加えた。」
「また「バルセロナ」「ヴェローナ」「ローテンブルク」の三篇は、「一枚の絵」、「クリエイト」、「教育じほう」の各誌に掲載されたものであり、「ベルリン」一篇のみは、私の本『反ユートピアの旅』(紀伊國屋書店刊)にすでに収録されているものである。」



本書「文庫版あとがき」より:

「今回の文庫本収録にあたっては、本文に手を加えることはほとんどしなかった。変化をつけてみたのはむしろ写真のほうである。とくに再訪、再々訪した町については新しい写真に入れかえた場合が多い(中略)。さらに本文のページ数のゆるすかぎり、写真点数を大幅にふやして面目を一新したことを付記しておこう。」


本文中図版(モノクロ)多数。巻末地図3点。


巌谷国士 ヨーロッパ夢の町を歩く 01


カバー裏文:

「どこかの通り、どこかの広場、どこかの建物の光景が、不思議な現実感をともなって目の前にあらわれ、そのままさそいこまれてしまうような……そんな体験をゆるす夢の町がある。奇妙に夢見心地にさせる、ヨーロッパ21都市魅惑のガイドブック。著者撮影の秘蔵写真多数。」


目次:

I
リスボン 夢の町を歩く
エヴォラ 遣欧少年使節とともに
ファティマ 聖地の変りやすい空
II
マドリード 新しい美術空間
セゴビア 仔豚と貴婦人
バルセロナ 都市の磁力について
III
マルセイユ 初夏の地中海をのぞむ
ヴェローナ 糸杉のある光景
ナポリ バスとスパゲッティ
IV
ドゥブロヴニク アドリア海の処女
ソフィア 優しいブルガリア人
プラハ いちばん美しい町
V
ワルシャワ 冬の明るい寒さ
クラクフ ヴィスワ川の怪獣
カルロヴィ・ヴァリ 温泉と鉱石の不思議
VI
ドレスデン 失われた街景
ベルリン 天使の豚
ローテンブルク 「ロマンティック街道」をゆく
VII
ロンドン おかしなホテルと美術館
コペンハーゲン アンデルセンを追って
ベルゲン フィヨルドのはてに

あとがき/文庫版あとがき
地図索引



巌谷国士 ヨーロッパ夢の町を歩く 02



◆本書より◆


「リスボン 夢の町を歩く」より:

「ずっとまえにいちど行ったことがあるだけなのに、ときどきふと思いだして、想像のなかでふたたびそこをさまよいあるいてみたくなる、そういうタイプの町がある。どこかの通り、どこかの広場、どこかの建物の光景が、不思議な現実感をともなって目の前にあらわれ、そのままさそいこまれて、直接その空間のなかへ一歩ふみだしてしまっていることに気づく、そんな体験をゆるす夢の町である。
 いま夢の町といったけれども、そういう町はじっさいに夢に出てくることもある。道が細く入りくんでいて、坂や階段が多く、角をまがるとふいに視界がひらけ、晩夏の陽光のもとに人影がくっきりとうかんで見えたり、石畳の路上を市電がごうごうと走りぬけていったり、遠くには海がきらめいていたりする。どこの国どこの町とも知れない。なにやら私の生まれ育った東京の一角を思わせるところもあるが、しかし、むしろ、名前のない町といったほうがよさそうなところだ。それにしても、私の夢にときどきあらわれるこの不思議な町は、いくつかの実在の町ともよく似ているのである。
 そんな町のひとつが、西のかなたの都リスボンであることはまちがいない。私は十数年まえにいちどおとずれたきりなのだが、その後も夢や想像のなかでくりかえしそこに降りたち、あの通りやあの広場やあの建物の前を、そのままゆっくりと、遠い海の風を感じながら歩きなおしている自分に気づく。」

「リスボンのなつかしさを、その歴史的・地理的な条件だけで説明してしまうのは口惜しいし、そもそも妥当ではないだろう。この町はすでに人格として(引用者注: 「人格として」に傍点)不思議な哀愁をたたえている。ポルトガル人がみずからの国民感情をあらわすためにしばしば用いる「サウダーデ」という言葉が、その大きな部分を形容してくれるだろう。
 この言葉は翻訳できない。ラテン語源では「孤独」を意味するが、いまではもっと複雑なニュアンスがこもっている。「郷愁」という訳語でもじゅうぶんとはいえない。あえていえば、(永遠に)失われてしまったものへの愛惜の情――に近いかもしれない。去っていった愛する人、遠くはなれた母国、はるかむかしの出来事への想いが、「サウダーデ」の内実を占めている。リスボンの夕陽と、その夕陽にそまる街路の色あいのなかに、まさしくその心情がうつしだされる。」
「「サウダーデ」にはいつも運命感がつきまとう。だれもが知っているポルトガル独特の歌謡「ファド」の語源が、ほかならぬ「運命」であったことを思いおこしてみてもいい。事実「ファド」がしばしば歌いあげているのは、運命にもてあそばれるポルトガル人の心情である。みのらぬ恋や、船出してもどらぬ男への想いがまた、「サウダーデ」の成分となる。」
「夢にあらわれる町リスボンのなつかしさは、風のように、空気のように、私の想像にまつわりはじめている。歴史的・地理的な条件のふかく溶けこんだ「サウダーデ」の気分が、想像の眼に作用してきそうになる。しかもそれだけではすまない。不思議な町の魔法というものは、眼をもういちど心情かた解きはなち、いわば無一物の、裸の、野生の状態にもどしてくれるだろう。」




アマリア・ロドリゲス 「暗い艀(はしけ)」




































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本