『江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼』

「蛇の様に冬眠が出来るといいなあ」
(江戸川乱歩 「猟奇の果」 より)


『江戸川乱歩全集 
第4巻 
孤島の鬼』

光文社文庫 え 6-1

光文社
2003年8月20日初版第1刷発行
653p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価933円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



光文社文庫版乱歩全集、第1回配本は本巻と第10巻『大暗室』の二冊同時刊行でした(以降は毎月一冊ずつ)。
本巻には昭和4年から5年にかけて発表された長篇2篇が収録されています。


江戸川乱歩全集03


目次:

孤島の鬼
 自作解説
猟奇の果
 自作解説

解題 (新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (横尾忠則)




◆本書より◆


「猟奇の果」より:

「一寸余談に亙(わた)るが、彼はこの九段坂というものに、変な興味を抱いていた。と云うのは、彼の非常に好きな村山槐多という死んだ画家があって、その槐多に探偵小説の作が三つばかりあるのだが、ある探偵小説の主人公は、舌に肉食獣の様なギザギザのある、異様な男で、その男が遺言状か何かを、この九段坂の石垣の石のうしろへ隠して、その場所を暗号で書いて、誰かに渡すという様な筋なのだ。
 で、青木は、九段坂を上る度に、槐多の小説を思い出し、現在では当時とはまるで変っているけれど、道路のわきの石垣を、変な感じで眺めないではいられぬ次第であった。
 「あの石の形が、少し他のと違う様だが、若(も)しや今でもあの下に何か隠してあるんじゃないかな」
 愛之助は事実と小説を混同して、そんな妄想を楽しむ体(てい)の男なのである。」

「坂の半程(なかほど)に、オランダ渡りと云った風で、お月様の顔を覗かせる、遠眼鏡(とおめがね)屋が商売をしていた。安物の天体望遠鏡を据えて一覗き十銭で客を呼んでいるのだ。見ると、いつの間にか、中天に楕円形(だえんけい)に見えるお月様が姿を現わしていた。」

「で、愛之助はチラとあることを頭に浮べた。と云うのは、彼が予(かね)て知っていた、アサクサ・ストリート・ボーイズのことだ。猟奇家の彼が、そういうものの存在を知らぬ筈はないのだから。
 愛之助は、十二階を失い、江川娘玉乗りを失い、いやにだだっ広くなった浅草には、さして興味を持たなかった。強いて云うならば、廃頽(はいたい)安木節と、木馬館と、木馬館及水族館の二階の両イカモノと、公園の浮浪者群と、そしてこのストリート・ボーイ達とが、僅かに浅草の奇怪なる魅力の名残りをとどめているのだ。そういうものの醸(かも)し出す空気が、やっと二月(ふたつき)に一度位の程度で、彼の足を浅草へ向けさせた。
 青年はじっと、愛之助を見つめていた。紺がかった春服を着て、同じ色の学帽の様な一種の鳥打帽子の、深いひさしの下から、闇の中に柔軟な線の、ほの白い顔が浮上っていた。美しい若者だ。
 愛之助は決してペデラストではないので、嬉しくもなかったが、併し、別に不快を覚える程でもなかった。
 「蛇の様に冬眠が出来るといいなあ」
 突然、すぐ側でそんなかぼそい声が聞えたので、見ると、目の前のベンチに若い栄養不良な自由労働者がいて、隣りの少し年取った同じ様な乞食みたいな男に、話しかけていたのだった。
 「冬眠て何だよ」無学な年長者が力のない声で尋ねた。
 「冬中、地の底で、何にも食わないで眠っていられるんだ」
 「何にも食わないでかね」
 「ウン、蛇の身体は、そんな風に出来ているんだ」
 そして、二人とも黙ってしまった。静かな池の中へポチャンと小石を抛(ほう)り込んだ様な会話だ。
 池の向うの森蔭から、絶間なく木馬館の十九世紀の楽隊が響いて来た。風の都合で、馬鹿に大きな音になったり、或時(あるとき)は幽(かす)かになって、露天(ろてん)商人の呼声に混り合って、ジンタジンタと太鼓の音ばかりが聞えたりした。うしろの空地では、書生節のヴァイオリンと、盲目乞食の浪花節とが、それぞれ黒山の聴手(ききて)に囲まれて、一種異様の二重奏をやっていた。二重奏と云えば、つまるところ、公園全体が一つの大きなオルケストラに相違なかった。ジンタ楽隊、安木節の太鼓、牛屋(ぎゅうや)の下足(げそく)の呼声、書生節、乞食浪花節、アイスクリームの呼声、バナナ屋の怒号、風船玉の笛の音(ね)、群集の下駄のカラコロ、酔っぱらいのくだ、子供の泣声、池の鯉(こい)のはねる音、という千差万別の楽器が作る、安っぽいが、しかし少年の思い出甘いオルケストラ。」

「愛之助は、もうお金なんか、ごみか何ぞの様に思っていた。」




「孤島の鬼」については、こちらをご参照下さい:

江戸川乱歩 『孤島の鬼』 (創元推理文庫)















































































































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