『江戸川乱歩全集 第22巻 ぺてん師と空気男』

「「なあんだ、きみ、一つ目小僧じゃなかったのかい」
 中井君が、安心したように、いいました。
 「ええ、お化けのまねをしていただけよ」」

(江戸川乱歩 「鉄人Q」 より)


『江戸川乱歩全集 
第22巻 
ぺてん師と空気男』

光文社文庫 え 6-26

光文社
2005年9月20日初版第1刷発行
749p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価1,048円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



第25回配本。
昭和34年から35年にかけて発表された少年探偵もの3篇と、乱歩最後の長篇小説とショートショート、それに昭和36年から38年にかけて刊行された桃源社版『江戸川乱歩全集』各巻の「あとがき」のうち、本全集に「自作解説」として分散収録されている部分を除いた前文のみが(重複する部分は割愛して)収録されています。


江戸川乱歩全集22


目次:

仮面の恐怖王
電人M
鉄人Q
 読者のみなさんへ
ぺてん師と空気男
 作者のことば
 自作解説

 自作解説

桃源社版『江戸川乱歩全集』あとがき

解題 (新保博久)
註釈 (平山雄一)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (芦辺拓)




◆本書より◆


「電人M」より:

「有田くんも港区にすんでいたのですが、ある夕方、ひとりで、さびしいやしき町をあるいていました。ながいコンクリートべいばかりつづいた、人どおりのない町です。
 ふと気がつくと、百メートルもむこうから、まっ黒なからだの、へんなやつが、ちかづいてくるのです。
 だんだんちかよるにしたがって、そいつの姿が、はっきりしてきました。
 ロボットのようなやつです。しかし、こんなへんてこなロボットは、まだ、いちども見たことがありません。」

「機械の上に、大きな鉄のじょうごのようなものがついていて、そこに、べつの鉄の箱から、黄色い粉(こな)のようなものが、ザーッとながれこむ、これがいきもの製造の原料なのでしょう。
 その粉が、機械の中をくぐっていくうちに、だんだん、形ができ、さいごに、下のほうの口から、はきだされるときには、ちゃんと、火星人のすがたになっているのです。人間ぐらいの大きさの、あのタコのような怪物です。
 電人は、それを、両手で、だきあげて、治郎くんにみせました。
 「ほら、これはゴムのようなものでできた人形だよ。まだいきちゃいない。いいかね。こんどは、電気の力で、こいつに、息をふきこむのだ」」

「「時限爆弾のようなものですね」
 「そうです。しかけはあれとおなじです。銀色の玉の中に、そのしかけがはいっているのです。」」

「「殺してしまってはいけない。生きかえらせなければならない。わたしの苦心はそこにあったのです。
 しかし、とうとう、完成しました。もう、われわれは、一てきの血も流さないで、戦争にかつことができるのです。
 仮死粒子のある分量をロケットにつんで、敵の大都会の上で爆発させれば、大都会の何百万の人が、いっしゅんに、仮死状態におちいるのです。なんの苦痛もありません。百二十時間のあいだ、ぜったいにさめることのない、ふかいねむりにおちいるのです。
 この粒子爆弾を十発とばせば、大きな国の人民を、ぜんぶ仮死させることができます。」」



「鉄人Q」より:

「なんだかへんな男です。からだのかっこうが、みょうに角ばっていますし、顔がおしろいでもぬったように白っぽくて、くちびるは女のようにまっかです。
 幸一君は、ふしんに思って、たずねてみました。
 「おじさん、だれなの?」
 「わたし、人間です。あなた、ミドリさんの兄さんですか」
 男が、レコードのような声で、聞きかえしました。「人間です」なんて、じつにふしぎないい方です。それに、声も、人間ののどから出る声とは、ちがっているのです。」

「すると、じつにへんてこなことがおこったのです。
 鉄人Qは、両手で、自分の頭をつかんで、ぐっと上の方へ、持ちあげました。つまり、自分の首を、すっぽりと、ぬいてしまったのです。
 ああ、やっぱり、こいつはロボットです。鉄でできた人造人間だから、首をぬいても、へいきなのです。
 Qは、ぬきとった自分の首を、そばのテーブルの上におきました。そして、こんどは、両手を、ぐるぐるまわして、ぱっと、いきおいよく、上へふりあげました。
 すると、両手が胴体を離れて、さあっと、てんじょうの方へとびあがり、どこかへ、見えなくなってしまいました。
 Qは、胴体と、足ばかりの、みょうな姿になりました。首と手のない人間なんて、じつに、きみの悪いものです。
 やがて、Qは、とことこと、足ぶみをはじめました。そして、しばらくすると、胴体は、もとのところに残して、二本の足だけが、前に歩きだし、部屋の中を、ぐるぐる、まわりはじめたではありませんか。
 二少年が、
 「あっ」
と目をみはっているうちに、その足も、どこかへ消えてしまい、あとに残った胴体が、宙に浮いて、フラフラしていましたが、これも、スーッと、、とけるように見えなくなってしまいました。
 そのとき、机の上に、ちょこんと、乗っているQの首が、ニヤッと、笑ったのです。まっかなくちびるで、ニヤッニヤッと、笑ったのです。」

「「びっくりしなくってもいいわよ。あたし、お化けじゃないのよ。三千代(みちよ)ちゃんというのよ」
 少女は、ほがらかな声でいって、かぶっていた、はりこの頭を、両手で、スッポリと、ぬいでみせました。
 すると、その下から、目の二つある、ふつうの少女の顔が、現われたではありませんか。
 「なあんだ、きみ、一つ目小僧じゃなかったのかい」
 中井君が、安心したように、いいました。
 「ええ、お化けのまねをしていただけよ」
 「きみは、ここのうちの子かい」
 「そうじゃないわ。ロボットに、さらわれてきたのよ」」

「「まだ、いってきかせることがある。きみはふしぎな老人がつくったロボットだと、見せかけているが、そうじゃない。きみはロボットの仮面をかぶった人間だ。怪人二十面相の世間をあっといわせるたくらみだ。鉄人Qには、ほんとうのロボットと、二十面相の化けたのと、二色(ふたいろ)あるんだ。」



「ぺてん師と空気男」より:

「わたしは青年時代から、物忘れの大家(たいか)であった。人間には忘れるという作用が必要なのだが、わたしのは、その必要の十倍ぐらい物忘れするのである。きのう、あんなにハッキリ話し合ったことを、きょうはもうケロリと忘れている。相手にとって、これほどたよりないことはない。ある時、友だちのひとりが、空気のようにたよりない男だといい出して、それから『空気男』のあだ名が生れた。
 抽象的(ちゅうしょうてき)なことは割によく覚えているが、具体的な数字とか、固有名詞とかを忘れてしまう。時間のこともハッキリしない。きのうの何時に何をやっていたかというような記憶(きおく)がダメなのである。
 わたしの記憶には物事が写真のようには焼きつかないで、その奥にある、何かへんてこな抽象的な漠然(ばくぜん)とした形のものが焼きつくのであろう。」
「喜びも、悲しみも、恨(うら)みも、忘れてしまうことが早かった。そのために、ときには忘恩(ぼうおん)の徒とののしられ、また、あきらめのよい男とほめられることもあった。」

「わたしはそういう凡人よりもダメな男であるが、そのくせ、世の中の平凡なことには興味がない。風変りなもの、異常なことに惹(ひ)きつけられる。といっただけでは充分でない。どんな異常な出来事でも、実際にあった事件、新聞や秘密通信が知らせてくれるような事件には興味がない。実際の人殺しには全(まった)く興味がないけれども、人殺し小説には、それもできるだけ架空(かくう)なやつに、大いに惹きつけられる。写真ではなくて、画空(えそら)ごとの方が好きなのである。」

「(わたしは『空気男』のことだから、固有名詞をこんなにそらで書けるわけがない。むろん、座右(ざゆう)のその方面の本を、字引きのように参照しながら書いているものと御想像ください。(中略)伊東のしゃべった固有名詞なども、それぞれ本やノートを参照しているのです。『空気男』は文章一つ書くのにも、人にわからない苦労をするわけです)」

「ここでまた探偵小説のことになるが、探偵小説の殺人トリックも、プラクティカル・ジョークと同じ性質のものだよ。両方ともペテンにかけるのだからね。しかし、ペテンといえども、決して軽蔑(けいべつ)はできない。たくみなペテンは、やっぱり一つの芸術あるいは科学といってもいいのだから。デ・クィンジイは芸術としての殺人を論じ、ポーは科学としての詐欺を論じている。
 或(あ)る日本の探偵作家が、随筆にこんなことを書いていたことがある。おれは年中、巧みな殺人手段ばかり考えている。それが好きだから探偵作家になったのだが、今に小説だけでは満足できなくなって、実際人殺しをするんじゃないかと怖くなることがある、とね。たしか『悪人志願』という題の随筆だった。」
「なんだか変な話になってしまったが、これがぼくの近頃の感想です。つまり、プラクティカル・ジョークと犯罪とは紙一重だということ、われわれは、いくらジョークの発明を競(きそ)ってもいいが、その紙一重の境界線を越えてはならないということだね。」

「その醜悪な肉塊(にくかい)が、(中略)まだ物を言っていた。
 「もう一つだけだよ。これでおしまいだ。きみ、ぼくの頭に両手をかけるんだよ。そして、ぼくの首を力いっぱい引き抜くんだ」」



「解説」より:

「この長編(引用者注: 「仮面の恐怖王」)で最も興味深いのは、小林少年は「おとうさんも、おかあさんも、死んでしまって、いません」と、初めて(中略)作中で明言されることだろう。もっとも戦前、第二作『少年探偵団』連載中のころ早くも、江戸川乱歩先生に「名探偵の話を聞く」(「少年倶楽部」夏休み大増刊。昭和十二年八月)と題する雑誌記者との座談会で、(中略)「小林少年はどういふ子供であるかと申しますと、お父さんやお母さんの所へ帰つたといふ話を一度も聞きませんから、孤児に違ひない。それで明智探偵を父とも兄とも思つて慕つてゐるんです」(中略)と、重要な情報が洩らされたことがある。」







































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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