『江戸川乱歩全集 第25巻 鬼の言葉』

「そうなると、世間全体の人々と私自身とは、全く別の生きものであるという、あの異端者の心理が私の全心を支配した。私は、醜貌(しゅうぼう)を恥じてどこかの山の中の窟(あなぐら)に隠れたまま、生涯明るい世界へ出なかったという、あの伝説の女性の血筋を引いているのに違いない。」
(江戸川乱歩 「探偵小説十五年」 より)


『江戸川乱歩全集 
第25巻 
鬼の言葉』

光文社文庫 え 6-20

光文社
2005年2月20日初版第1刷発行
683p+1p 口絵(カラー/モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価933円+税
カバーデザイン: 間村俊一
カバーオブジェ・コラージュ: 勝本みつる
オブジェ撮影: 松浦文生



本書「解題」より:

「【鬼の言葉】
 『悪人志願』に続く二冊目の随筆集として、昭和十一年五月、春秋社より刊行された。」
「【鬼の言葉・拾遺】
 春秋社版『鬼の言葉』には、月刊誌「ぷろふいる」連載の「鬼の言葉」前七回のすべてが収録されたわけではない。『随筆探偵小説』に抄録された第六回「不可能説に関聯して」を除いて、春秋社版に収録されなかった箇所をここにまとめた。」
「【探偵小説十五年】
 昭和十三年九月から翌十四年八月まで刊行された、新潮社版『江戸川乱歩選集』第一巻より第九巻までの巻末に連載。」
「【随筆探偵小説】
 昭和二十二年八月、清流社より刊行された。」



第10回配本。
探偵小説評論集二冊と補遺2篇を収録、重複する文章は表題だけ残して割愛されています。
「私と乱歩」中に鬼海弘雄氏による写真(『東京迷路』より)図版4点。


江戸川乱歩全集25


目次:

鬼の言葉
 自序
 日本探偵小説の多様性について
 探偵小説壇の新なる情熱
 探偵小説と芸術的なるもの
 探偵小説の範囲と種類
 探偵小説の限界
 本格探偵小説の二つの変種について
 探偵文壇の「垣」について
 スリルの説
 不可能説
 「謎」以上のもの
 探偵小説と瀉泄(カタルシス)
 「赤毛のレドメイン一家」
 マッケンの事
 群集の中のロビンソン・クルーソー
 幻影の城主
 日本の探偵小説
 江戸川乱歩著書目録

鬼の言葉・拾遺

探偵小説十五年
 亡き先輩・同僚のこと(その一)
 亡き先輩・同僚のこと(その二)
 「悪霊」前後
 「石榴」囘顧
 「鬼の言葉」前後(その一)
 「鬼の言葉」前後(その二)
 「鬼の言葉」前後(その三)
 探偵雑誌囘顧
 全集・選集・叢書

随筆探偵小説
 自序
 推理小説随想
 アメリカ探偵小説の諸相
 フダニット随想
 人花
 カー覚書
 密室殺人の作家
 入口のない部屋
 「ビッグ・ボウ事件」
 「本陣殺人事件」
 グルーサムとセンジュアリティ
 魔術と探偵小説
 手品師クィーン
 「Yの悲劇」
 クィーン・カー交友記
 アメリカの探偵雑誌
 評論家ヘイクラフト
 爆笑探偵トリオ
 探偵小説の方向
 二つの角度から
 トリックの重要性
 一人の芭蕉の問題
 探偵小説の意欲
 「文学少女」
 探偵小説と文芸的なるもの
 探偵小説の定義と類別
 不可能説に関聯して
 探偵小説に現われたる犯罪心理
 「赤毛のレドメイン一家」
 附録
  探偵小説研究文献
  世界探偵小説傑作表
  Ellery Queen 著書目録
  John Dickson Carr 著書目録
 総索引

解題 (新保博久)
註釈 (新保博久)
解説 (新保博久)
私と乱歩 (鬼海弘雄)




◆本書より◆


『鬼の言葉』「自序」より:

「探偵小説というものは、実に不思議な魅力を持っている。マニアックという言葉がしっくりあてはまる嗜好物(しこうぶつ)である。一般文学のマニアという用語は殆んど聞かぬところだけれど、探偵小説の愛好者は、多くはマニアの境地に入っている。その執着(しゅうちゃく)の度は切手蒐集(しゅうしゅう)とか古書蒐集とかのマニアと選ぶところがない。一度その味を覚えると、探偵小説でさえあれば、洋書と和書を問わず、新本と古書を問わず、片っぱしから蒐集しないでは気がすまなくなる。」
「この狂熱には何となくただ事でないものがある。憑物(つきもの)がするのに違いないというところから、私は仮りにその憑物を「探偵小説の鬼」と名附けた。探偵小説マニアの身中には「鬼」が巣くっているのだ。探偵小説嗜好症に罹(かか)るのも、嗜好の果てに自から探偵作家を志すのも、皆この「鬼」の為(な)す業(わざ)に違いないのである。」



「探偵小説十五年」より:

「それらの長篇は皆、感興が湧こうが湧くまいが、筋があろうが無かろうが、兎も角も書きはじめたものばかりであった。兎も角も書きはじめるという度胸が出なかったら、私という人間は、恐らく処女作から二三年後には、もう小説家を廃業していたに違いないのである。」
「兎も角も書きはじめなければならなくなった時の苦痛は、他人には想像の出来ないようなものであった。
 そういう出発の仕方で、無理に始めたのだから、碌(ろく)なものが出来る筈(はず)はない。その長篇小説の表題は「悪霊」というので、昭和八年十一月号から翌九年一月号まで辛じて書きつづけたが、そこでパッタリ行き詰まってしまった。「兎も角」にしろ、雑誌が「新青年」なのだし、それに推理のある探偵小説を書く積りだったので、いくら私でも凡(およ)その荒筋は持っていた。だがその細目までは出来上っていず、書いて行くにつれて、色々の矛盾(むじゅん)が生じ、それを克服出来なかったばかりか、それまで書いた部分を読み返して見ると、我ながら少しも面白く感じられないので、私の癖の熱病のような劣等感に襲われ、どうにも書きつづけられなくなってしまったのである。」
「その小説中絶を申出(もうしい)で兼ねて、休載の形で苦慮をつづけていた三月の間に、私は恥かしさの為に、家庭にもいたたまらなくて、よく当てもない旅をしたし、誰にも知らせず市内のホテルに泊りづつけていたこともある。これは追いつめられた犯罪者の所業である。そうなると、世間全体の人々と私自身とは、全く別の生きものであるという、あの異端者の心理が私の全心を支配した。私は、醜貌(しゅうぼう)を恥じてどこかの山の中の窟(あなぐら)に隠れたまま、生涯明るい世界へ出なかったという、あの伝説の女性の血筋を引いているのに違いない。」



「「文学少女」」より:

「木々高太郎君の「文学少女」(新青年十月号)を読んでひどく敬服した。無論探偵小説ではない。全く探偵小説でない事が、すっきりしていて、僕には一層快かったのかも知れない。」
「僕は彼の作品に、スリルにまで高められた「情熱」と「自尊心」とを感じる。それが人を打たぬ筈はない。「文学少女」で云えば、態と学校の答案を間違って書くという下(くだ)り、「恋愛は二人のことだけれど文学は孤独の業である」という下り、大心池(おおころち)博士が具体的表現ということから女主人公の文学素質を看破(かんぱ)する下り、有名な小説家に自作を剽竊(ひょうせつ)されて怒るよりも喜ぶ心理、(中略)そして、女主人公が獄中で一躍流行作家となる運命。
 「先生、痛みなどは何でもありません。私は始めて人生を生きたいと言う希望に燃えて来ました。(中略)文学というものは、何と言う、人を苦しめ、引きちぎり、それでも深く生命の中へと入って消すことの出来ないものでしょう。でも、私はもう七度(たび)も生れて来て、文学の悩みを味いたいのです。私は骨の髄まで文学少女なのです」
 これは女主人公が、普通の人には堪えられぬ程の骨の腫瘍(しゅよう)の痛みに堪えながら、大心池先生に叫ぶ言葉であるが、僕はそれを作者木々高太郎の絶叫ででもあるように錯覚して、快い戦慄を禁じ得なかったのである。
 そして、
 「お願いが一つあるのです。――それは私はもう一度生れて来て、文学を致します。そしたら、やっぱり先生が見出して下さいますわね」
 「――ミヤが心の内で、先生に接吻しているのを許して下さい」
と痩(や)せ細った手を上げたが、それは先生を身近く招く為ではなくて、近づこうとする先生を、近づかぬように制する為であった。
 という幕切れの、パッと消えて行く情熱の花火が、消え行く刹那(せつな)、忽ちその色彩を一変して見せるかの如き、スッキリとしたあの味。」
「僕は「文学少女」を読みながら、なぜかアンドレ・ジイドの「ドストエフスキイ論」の中の一節を思い出した。
 「ドストエフスキイの作中人物は、ただ謙譲と傲慢とが同一平面上に群がり段階を為しているだけであるが、その平面は我々を当惑させ、最初は判然とした姿を捉え得ない。その理由はただ通常我々はそういう意味では人類を区別したり等級づけたりしていないからに過ぎない。例えばディケンズの作で云えば、彼の人物は悉く善悪の秤(はかり)で計られ、善良さによって等級づけられているが、それがドストエフスキイの場合は、作中人物を等級づけているのは、彼等の善良さの多寡(たか)によるのでなくて、却って彼等の『自尊心』の多寡によっているのである」(大意)」








































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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