M・セシュエー 『分裂病の少女の手記』 (村上仁・平野恵 共訳)

「私は世界から除け者にされており、生活の外側にあって自分が一度もその中に加わったことのない混乱したフィルムが、眼の前で絶え間もなく繰り広げられているのをみている傍観者でした。」
(M・セシュエー 『分裂病の少女の手記』 より)


M・セシュエー 
『分裂病の少女の手記』 
村上仁・平野恵 共訳


みすず書房
1955年11月30日第1刷発行
1971年7月5日改訂第1刷発行
1974年8月10日改訂第7刷発行
161p 著者・訳者略歴1p
18.8×13.2cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価700円

M.-A. Sechehaye: Journal d'une schizophrène, 1950



本書「あとがき」より:

「本書の本文は仮にルネと呼ばれている少女が、精神分裂病に罹り、(中略)全快するに至るまでの経過を、ルネ自身が回復後に回想的に記録したものである。本書の後半をなす「解釈」の部分では、治療者セシュエー女史が、ルネの罹病及び回復過程を心理的に分析・説明している。」
「なお本書はセシュエーの前著と独立に読んでも、充分理解できるようになっているが、ルネの病前の生活歴を知っておく方が都合がよいと思われるので、前著「象徴的実現」から、ルネの生い立ちと病気の部分だけを抄訳して、付載することにした。」



セシュエー 分裂病の少女の手記


目次:



第一部 物語
第二部 解釈

付録 ルネの生活歴及び病歴
文献

あとがき (訳者)
改訂版へのあとがき (訳者)




◆本書より◆


「第一部」より:

「私は「それ」が現われた最初の日のことをとてもよく憶えています。ちょうど私達が田舎にいて、独りで散歩にいったときのことでした。私が学校の前をぶらぶら通りすぎようとしたとき、突然ドイツの歌が聞えて来ました。子供達の唱歌の時間でした。私は歌を聞こうとして立止りましたが、ちょうどその瞬間に、ある名状し難い感覚(中略)に襲われたのです。もはや学校はそれとは認めることができなくなり、兵営のように大きくなって、歌を歌っている子供達は囚人で、歌うことを強制されているように思われました。そして、学校や子供達の歌は、まるで世界から切り離されたもののようでした。同時に私の目は果てしなく続いている麦畑に止ったのです。無限の黄色が、太陽の光にぎらぎらしながら、滑らかな石造りの兵営のような学校に閉じこめられている子供達の歌と結びついて、私は不思議な不安に満たされ、泣きじゃくりながら家に帰りました。私は庭へ行って「事物をもと通りにさせる」ために、つまり「現実」に帰るために、ひとりで遊び始めました。これは後になって、いつも「非現実の感覚」として現われた、無限の広さとか、ぎらぎらした光、ぴかぴかしてしかもつるりとした物体等々の要素の最初の出現だったのです。」

「ある日のこと、私達は休憩時間に繩跳びをしていました。二人の少女が繩のはしを持って回している間に、他の二人の少女が交互に跳ぶあの方法でした。私の順番になって、相手の少女が私の方に向って跳ぶのをみた時、突然私はパニックに襲われました。私には彼女がわからなくなったのです。彼女だということは目で見て知っているのに、やっぱり彼女ではないのです。向うの端に立っている時は小さくみえるのに、お互いに近よると彼女はふくれ上って大きくなるのです。」

「その枯草の中の針の夢というのは、電気でぎらぎら証明された納屋――壁は白ペンキ塗で、とてもつるつるして光っている――と、細いとがった、堅い、きらきら輝いている無限に沢山の針と、なのです。(中略)枯草堆は最初は小さかったのが、どんどんふくれ上り、その真中に強力な電力を賦与された針が枯草への充電を行なっていました。」

「それ以来、学校での娯楽の時間は、しばしば非現実感の原因になりました。私はまるで本当の囚人ででもあるかのように柵によりそって、他の生徒達が校庭を大声をあげて走りまわるのをみつめていました。私には生徒達はちょうど陽光の下の蟻のように思われました。学校の建物は巨大で滑らかな非現実となり、名状し難い苦痛が私をおさえつけるのでした。(中略)ときどき私は、もう他には逃れるすべもないのだというような気がして、まるで気狂のように、現実の世界に戻りたがっている狂人のように、椅子をがたがたとゆすぶりました。」

「授業の間じゅうあたりの静けさの中で、トロリーの通る音や、人々の話し声や、馬の嘶きや、警笛の鳴る音などの街の騒音が聞えてきましたが、それは皆現実を遊離した動きの無い、音の源から切り離された無意味なものでした。私のまわりにいる他の児童達はうつむいて一生懸命仕事をしていましたが、彼らはまるで目に見えないカラクリで動いている、ロボットか操り人形のようでした。教壇の上では先生が話をしたり、身振りをしたり、字を書くために黒板を上げたりしていましたが、それもまたグロテスクなびっくり箱の人形のようでした。そしてこの幽霊のような静けさは、はるかな彼方から聞えてくる騒音によって破られ、無慈悲な太陽が生命と動きを失ったその室を照らしていました。」

「精神分析の最初の二年間は、恐怖と「光の世界」に対する戦いに費やされました。それは非常につらい戦いで、私は、私が「光の国」と名づけていたものに直面するにはあまりにも弱く、無能でした。」

「それはむしろ、現実界に対抗する一つの世界、無慈悲な、目もくらむ、影になる場所もあたえない光が支配し、果てしもない広漠たる空間や、無限に続く、平べったい、鉱物的な、冷たい月光に照らされた、北極の荒地のように荒涼とした国でした。このはりつめた空虚さの中で、すべてのものは不変であり、不動であり、凝結し、結晶していました。物体は意味もない幾何学的立方体として、そこここに配置された舞台の小道具のようでした。そして私は――私はその光のもとに、切り離され、冷えきって、裸にされ、目的もなく、失われてしまっていました。真鍮の壁がすべての人や、すべてのものから私をひき離していました。荒涼とした、名状し難い苦悩の中にあって、絶対的な孤独の中にあって、私はただひとりでおびえており、だれひとりとして私を助けるものはありませんでした。これこそはあの狂気、「あの光の」あの非現実の感覚だったのです。永遠にあらゆるものを取りかこんでいる非現実こそ狂気そのものだったのです。私はそれを「光の国」と呼んでいましたが、それは、そのきらきらする照明や、眼もくらむ光や、星のような光や、冷たさや、あらゆるもの、私自身も引くるめて、すべてのものの極端な緊張状態や等々のためでした。それは恰も、異常に強い力を持っている電流が恐るべき爆発をひきおこすまであらゆる物体や建物の中をかけめぐっているようでした。」

「私は何時もなぜそんなにひどく罰せられるのか、なぜそんなに罪悪感を感ずるのか理由を知りたいと思っておりました。
 ある日のこと私は私の悩みの見知らぬ創造者、未知の迫害者へ、「何時かは知れることだから一体私がどんな悪事を働いたのか聞かせてほしい」という問合せの手紙を書きました。しかし、その手紙をどこへ送ったらよいのかわからなかったので、私はそれを破り棄てました。」

「たとえば私が椅子とか、水差とかを眺めると、その使用法とか機能を考えるのではなくて、――たとえば、水やミルクを入れるものとしての水差とか、腰掛けるものとしての椅子ではなくて、その名前や、機能や、意味を失ったものとして感じるのでした。すなわちそれらは「事物」となり、生き始め存在し始めるのでした。」
「それらのものの生命は、それらのものがそこにあるということ、その実存そのものにより独特な方法で構成されていたのです。
 それから遁れるために、私は手で頭を隠したり、隅の方に立ったりしました。」

「私がありったけの力をふりしぼって、「光の国」の中に沈みこまないように戦っている間、私は「事物」が、その置かれている場所から私を嘲笑し、脅迫的に罵るのをみました。(中略)私は自分がその中心になっているこの混乱から逃れようとして眼を閉じました。しかし私が実際に身体的な感覚として感じたほど生き生きしたこの恐ろしい印象に攻めたてられて休息することもできませんでした。また実際のところそれらをはっきり見たともいえませんでした。それらは明瞭な表象ではありませんでした。むしろ私はそれを感じたのでした。あるときは歯で噛みくだかれた鳥の羽や、血や、折れた骨で口の中が一杯になっているような気がして窒息しそうでした。またあるときは自分が牛乳瓶の中に埋葬した腐った死体をみ、それを食べなければなりませんでした。あるいは私は猫の頭を貪り食い、その頭がまた私の内臓を食べました。」

「私は世界から除け者にされており、生活の外側にあって自分が一度もその中に加わったことのない混乱したフィルムが、眼の前で絶え間もなく繰り広げられているのをみている傍観者でした。」

「罪悪感のために混乱した期間は道徳的な苦痛を伴って存続し、私は数時間の間、涙を流しながら Räite, Räite, was habe ich gemacht? (私は一体何をしたというの?)と叫び、私固有の「言葉」、無意味な反覆的な “icthiou, gao, itivare, gibastow, ovede.” やそれに似たシラブルで嘆いていました。(中略)それらを通して私の心の激しい悲しみと果てしもない嘆きを注ぎかけながら、私は悲嘆にくれました。私は普通の言葉を使うことができませんでした。なぜなら私の苦しみや嘆きは、何らの現実的根拠をも持たないものだったからです。」



「付録 ルネの生活歴及び病歴」より:

「ルネが一歳二ヶ月の頃かわいらしい兎を遊び友達にしていたが、ある日父親が子供の見ている前でその兎を殺した。その後、彼女は絶えず兎をさがし求め、食事をしなくなった。」
「ルネが一歳六ヶ月のとき、妹が生れて母親は妹の世話に夢中になった。この頃彼女は強い攻撃性を示し、だれにでも唾を吐きかけた、ことに妹とちょうど戻って来た祖母に対して。」
「やがて祖母はルネが奇妙な動作をするのに気づいた。ルネは何も欲しがらず、玩具を買ってもらうのを拒んだ。そして玩具屋の玩具は皆自分のものだといった。また玩具の車をひっぱるとき、ひっくりかえしにして引張り、人がそれをなおそうとすると怒った。散歩の途中勝手に人の庭へ入りこみ、母親に「ママをさがしているのよ」と言った。」
「七歳のとき、ルネは汽車の軌道に大きな石を置いて汽車を脱線させて、だれかを殺そうとした。彼女は殺そうとした人がだれかはいわなかったが、その汽車は何時も父親の来るものであった。彼女は「鉄のように堅く」なりたいと言って鉄棚を噛み、「石のように冷たく固く」なりたいと言って石を吸ったりした。」
「十二歳頃、ルネは幻視を体験した。ある家の広間へ入ったとき、彼女は数人の人が乳母車にとり囲まれてお茶を飲んでいるのを見た。そして彼女はこの幻想的な人々を邪魔するのを恐れて、その部屋へ入ることができなかった。(中略)また子供達の集りですべての子供の頭の上に小さい鳥が止っているのを見て驚いた。」
「ルネは栄養不良と過労で苦しめられながらも、学校ではよい生徒であった。それは彼女の知能が優れていたためである。教師は彼女をボンヤリして、落着きがなく、ちょっと変だと思った。彼女は上着を着るのを忘れたり、昼近くになって学校へ来たりし、授業中にも大きな声で独り言をいったり、「天国への鍵をもっているのはだれですか」などと聞いたりした。」

「孤独! これが彼女の最大の望みであった。彼女は木曜毎にどこへ行くあてもなく、どこを歩いているかも気づかないで数時間も散歩した。お茶やコーヒーを飲んで、一晩中起きていた。何のためというわけでもなく、夜になるとひとりになるのが嬉しかったからだ。」
































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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