シュペルヴィエル 『火山を運ぶ男』 (嶋岡晨 訳/妖精文庫)

「彼は自分の内に聞いた、何千羽という鳥たちの野生の叫び声を。未知なるものたちが彼の体のなかを飛びめぐっていて、彼はいわば、それらのものを閉じこめた燃える大きな鳥籠であった。不意に、チョッキのなかから、白黒まだらのテルテロ鳥が、焦げくさい匂いをのこして飛び立ってゆき、シャンゼリゼの通りのプラタナスの木にとまった。ほかの鳥たちも、燃えながらわっと飛び立った。」
(シュペルヴィエル 『火山を運ぶ男』 より)


シュペルヴィエル 
『火山を運ぶ男』 
嶋岡晨 訳

妖精文庫 24

月刊ペン社
昭和55年11月15日初版発行
188p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,300円
表紙絵・装丁: 奥村靱正

新・妖精画廊 1 (4p):
V・F・ステレット (荒俣宏)/カラー図版3点



本書「解説」より:

「月刊ペン社の〈妖精文庫〉の一冊として今ここに訳したのは、L'Homme de la Pampa ――(原題を直訳すれば『大草原(パンパ)の男』すなわち、(中略)シュペルヴィエルが、最初に試みた長篇小説である。内容から、また主題をふまえて、訳者は題名を『火山を運ぶ男』とした。南米の大草原(パンパ)をわがものとしている五十男、大地主(エスタンシエロ)のグアイナミルは、人生への倦怠をまぎらわせるため、人工的に火山を構築するが、新聞でたたかれる。生まれた国への愛想づかし。グアナミルは、火山を解体し、パリに運ぶことを思いつく。「未来」と名付けられていた火山は、気をきかして、みずから小さな雛形(ひながた)になり、グアナミルの旅行鞄にもぐりこむ。そうして、かれらはついにパリに着き、いよいよ大事業にとりかかろうとするのだが……」


「解説」中にモノクロ図版2点(「ウルグァイの大農場にて」「子供たちとシュペルヴィエル夫妻」)。


シュペルヴィエル 火山を運ぶ男


帯文:

「旅行鞄に火山を詰めて
華の都に、さあ、旅立とう!
広大な宇宙的空間感覚の詩人、シュペルヴィエルの書いた〈大人のためのオトギバナシ〉」



帯裏:

「南米の大草原をわがものとしている五十男、大地主のグアナミルは、人生への倦怠をまぎらわせるために、人工的に火山を構築するが、新聞でたたかれる。自国に愛想づかしをした彼は、パリに旅立つが、彼の旅行鞄には、小さくなった火山がしのび込んでいた……」


目次:

I 角(つの)のはえた曠野(こうや)
II 燃える山
III 辞書
IV 海のさくらんぼ
V パリの地図
VI 血族の事件あるいは影の裏返し
VII 自由
VIII 自己拡大そして新たな自己拡大

解説 (訳者)




◆本書より◆


「燃える山」より:

「ある日、図書館で本をあさっているうち、彼の手は未知のちからに引きよせられ、フックス著『火山』をとった。
 「山地のやわらかい岩をつきぬけて、自由な道をきりひらくには、ガスと水蒸気の圧力だけでいつも充分だとはいえない」と、十四ページに書いてあった。
 この文章を読み、グアナミルは長いこと空想にふけった。つぎに、目にとまった文章は、こうだ。「泉といってもとかく涸(か)れがちな島、パンテラリア島の羊飼いたちは、火山の噴気孔のまえに薪(たきぎ)のたばを積みあげるならわしである。水蒸気がゆっくり薪のなかをくぐりぬけるうち、冷却され水になってしたたるからである。羊の群れに飲ませる水を、かれらはそうやって手に入れる」
 翌々日、頭のなかで考えていることの、目に見えるけれどもはかない延長のような、髪の毛を、グアナミルはしげしげと見ながら、彼の頭を刈っている床屋に向かって(少なくとも今の場合、頭に浮かんだことを床屋にかくしてみても、はじまらないと思ったらしく)こういった。「わしは、火山をひとつ、つくろうと思っとるんだ。この地方の名誉となるような火山をね」
 この計画は、前の晩、窓から侵入してきたものだった。何か重大なことが起きそうな気がして、ぬかりなく彼はいっぱいに窓を開けておいた。そのアイデアは、うなりながら何回か彼の頭のまわりを旋回し、とつぜん頭蓋のなかに侵入すると、ここちよくその場に住みついた。」

「彼の念頭には、煙を出すもののことしかなかった。町で火事でもあればすぐ、とんで行って、いろんな燃えやすい素材のみごとな燃えっぷりを確かめた。あるときなど、はばかりなく乱暴なことばで火事を讃美し、ホースの先からほとばしる水を悪しざまにののしっているところを、消防夫たちに見つかった。
 「すばらしい火だ、すごいぞ(ブラヴォー・フエゴ・ヴラヴォー)」と叫び、嬉しさのあまり、ステッキと帽子を炎のなかに投げこんだだけでなく、ハバナ葉巻まで投げこもうとして、その腕を、消防団長の星の徽章(きしょう)のついた腕に強くおさえられた。半分燃えたステッキを炎のなかから引っぱり出すとともに挑発的言辞をもただちに取り消さなかったら、そのすじに訴えるぞ、と彼はおどかされた。
 「わしは芸術家だぞ」とグアナミルはどなった。「この気持ちがおまえらにわかってたまるもんか」」



「海のさくらんぼ」より:

「手すりから身をのり出したグアナミルは、あるものに気づいた――夜とおなじまっ黒なかたまりに見えたが、そのものは、舳先(へさき)の稜材(りょうざい)にしがみつき、腰をのたうたせ、その超自然の力でもって商船の向きを変えようとしていたのだ――そのへんの海域で、船乗りならだれでも知っている、三二七Kの暗礁に、船を坐礁させるため。
 もはや疑う余地はなかった。それは、今も赤道近くのアフリカ沿岸で見かけられるような、黒い人魚(セイレン)だった。
 すでに船長は、船首に探照燈のひかりをあびせていた。人魚(セイレン)は、黒いというより夜的存在であることが、わかった。」
「メガホンを口にあて、グアナミルはすでに三回もどなっていた。
 「危険はきりぬけた。ごらんの女性は人魚(セイレン)ですぞ」息をついで、金属の管をとおして彼は叫んだ。「とにかくこいつは神話的事件ですぞ」興奮して、ことばはとぎれとぎれになった。いっぽう人魚は部屋着(ガウン)を要求していた。
 事務長と客室係長が、毛ぶかいシーツのなかに、まだ濡れて光っている人魚の体をアルジェリア歩兵みたいにくるみこむ役目をひきうけた。」
「グアナミルは、訊問にたちあうことを許された。
 「まだいるんですかね、人魚たちが」おどろきをふくらませながら、火山の男はきいた。船長は、海水から出れば二時間しか生きられない海の女性が、何時(なんじ)ごろ死ぬかをさぐる目で、柱時計をじっと見ていた。
 「あらゆる海域は、申し分なく人魚に荒らされています」と、船長は慇懃(いんぎん)な口調でいった。
 「ご存知なかったのですか。初めての船旅だからですな。船乗りたちはだれでも人魚に出会ってるんですよ。ですが、迷信をおそれて、いっさい口外しませんし、また、人魚たちはそれぞれ別の呼び名で呼ばれていますからね。たとえば、戦時中のことですが、彼女たちは、こう呼ばれていました――海底敷設機雷(ふせつきらい)、魚雷、兇暴なやつ、自然発生的爆燃(ばくねん)、とね。あのマリノ・マリーヌはどうなりましたかなァ、一九一四年から一八年にかけてさんざんわたしどもを悩ませてくれた人魚は」
 「元気でやってると思いますわ」と大洋の若い娘は、いった。「もうずいぶん会ってませんけど」
 人魚の肌は、夜のいろから、青みをおびたいろに、変わっていた。船長もグアナミルも、それに気づかぬふりをしていたが、興奮しいささか体をこわばらせた。
 「ご存じですか」と、完全な平静さをよそおって、船長はグアナミルにいった。「あの人魚に、どうしてそんな呼び名がつけられたか。それについて、マドモワゼルにひとつうかがってみたいですな、わたしの解釈がまちがってないかどうか確かめるために」
 「その呼び名は、マリノ・マリーヌが沈めた何隻かの船の頭文字でできてるんですわ。もともと名前は、わたしたちの情報局で識別記憶の便宜(べんぎ)のために付けられていたものですけれど、だんだん今のやりかたが正規のものになったのです。何人かの人魚たちは、とても美しい名前を獲得することに成功しました。たとえば、淡青(アジュリーヌ)、大佐(コロネル)、年ごろの娘(ギャルス)、オペラ座広場(プラース・ドペラ)……。でもだれでもが、そんなぐあいにうまくいくとはかぎりません。ある人魚は、新しい(ヌーヴェル)ジュリーと呼ばれたがってましたが、新しい(ヌーヴェル)ジュリップという名前になってしまいました。情報のまちがいから、鷲(イーグル)という名のイギリスの石炭船を慎重にえらんだつもりが、祖国(パトリス)というギリシアの貨物船を最後に沈没させてしまったからです」
 「そのとおりですよ」と船長は、いった。「ところで、あなたのお名前は?」
 「g分団の八二五号ですわ」
 「それはどうも、しかし、あなたほどの方(かた)なら、お名前が……」
 「まだ一隻も船を沈めてないんですもの」
 「まさか……」
 「ほんとうですよ」
 そして人魚は、青みをおびた黒いいろから、サフラン色に変わった。
 「船長。しつれいながら――」とグアナミルは、いった。「ちょっと、興味ぶかく思われることについて、愚考を述べさせていただきたい。人魚のからだの下の方は、生きた魚のしっぽでできていると、こう以前、教わったものですがね。このマドモアゼルの場合、そうではないようですな」
 「ええ、そういわれてますわ」と、人魚が口をはさんだ。 
 「でも、今どき、どうして鱗(うろこ)のはえたしっぽなど、付けてるひつようがあります? そんなもの付けてるのは、もう、遠いいなかの海奥(うみおく)の、としよりだけですわ」」

「すると、人魚の肌のいろは、サフランいろから、ヴァレンシア産オレンジのいろに、「緑岬(カップ・ヴェール)」のエメラルドいろに、純粋なオパールのいろに、と変わった。」

「とつぜん、彼女は、(中略)よろめき、息をつまらせ、床に倒れた――死の恐怖を顔にあらわすことなく。倒れるひょうしに、ガウンの前がはだけられたので、グアナミルと船長は、ていねいになおしてやった。
 「ああ、死んでしまった!」もはや蜜蜂が見すてて飛び去った一輪の薔薇の花にすぎない娘の胸に、耳をあてて、船長はいった。
 「死んだら悪いとでもいうのかね」泣きじゃくりながらグアナミルは叫んだ、自分が何をいっているのか、わからなくなりながら。
 「このすばらしい肉体も、もうここに置いておくことはできないのですよ、航海法規で禁じられてましてね。海に投げこまねばなりませんな」
 「さっさとやりましょう」やけっぱちな気分で、グアナミルは、いった。」
「五十男のぶこつな慎重さを総動員して、舷側から(きよらかな思いで)かれらは彼女を投げた。船長は無帽のまま、型にはまった海の静けさを眺めていた。グアナミルは跪き、二十五歳のときから口にしてない祈りのことば、「天にましますわれらの父よ(パードレ・ヌエストロス・ケ・エスタス・エン・ロス・シエロス)」をつぶやいていた。
 波間に身をゆだねるやいなや、海の愛撫をうけて、人魚は生きかえり、普通よりやや長めの幻想的な真珠いろの片手を高くあげて、別れのあいさつをした。底の方から明るんだ波のおもてに、夜光虫がえがいた「ありがとう(メルシ)」の文字を、船長とグアナミルは読みとった。
 「生きている、生きているぞ!」とグアナミルは叫んだ。」




◆感想◆


「火山」とは何なのかというと、たぶん「無意識」です。魅力的な人魚もどうやら鞄の中の火山が生み出したアニマだったようです。火山とともにパリに着いたグアナミルは自我のインフレーションを起こしてしまったのでしょう、グアナミルの体も自己拡大してどんどん大きくなり、巨人になってしまいます。













































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本