逆柱いみり 『ノドの迷路』

「デニッシュ生地のパンの中に
酢飯とウニか…」

(逆柱いみり 『ノドの迷路』 より)


逆柱いみり 
『ノドの迷路』


青林工藝舎
2016年7月30日初版第1刷発行
183p 
A5判 並装 カバー
定価1,200円+税
装幀: 渋井史生(PANKEY)



honto で予約しておいた、逆柱いみり氏の最新単行本が届いたのでよんでみました。
わたしは古い本しかよまないので、新作を予約してまで購入したりする作家は逆柱さんとジム・ウードリングさんだけであります。


逆柱いみり ノドの迷路 01


目次:

ノドの迷路
解説 (三木聡)

初出:
「アックス」 VOL. 94~VOL. 100 (2013年8月31日~2014年8月31日発行)
WEBアックス「放電横丁」 (2013年9月25日~2016年2月25日更新)



逆柱いみり ノドの迷路 02


カバーをはずしてみた。



◆感想◆

わたしがすきな逆柱作品は『馬馬虎虎』は別格として、なんといっても主人公のアンヌ(女工さん)が大活躍する『はたらくカッパ』です。それゆえエロ要素アリの『赤タイツ男』やBL要素アリの『空の巻き貝』にはささやかな拒絶反応をおぼえつつ堪能しましたが、本作は前作『空の巻き貝』同様の、二少年を主人公にした幻想おつかい冒険物語らしいので、やや引きましたが、『はたらくカッパ』ではアンヌのお父さんが奇病にかかってケキャール人になってしまったように、本作では二少年の一人が口の中に虫の町ができノドに虫の迷路ができてしまう奇病にかかって保健室で治療してもらったところ怪物(怪人)になってしまう話なので、引き込まれました。そうです、「ノドの迷路」の「ノド」とは「咽喉」のことで、エデンの東にあるというノドの地のことではないようです。が、ほんとうのところはわかりません。ノドの地の「ノド」は「流離」という意味だそうです。さらにいうと二少年がさまよい歩く(流離する)謎の町が「ノドの迷路」つまり少年のノドにできた迷路であって、少年の体の中に少年自身とその連れの少年が入り込んでしまう入れ子構造なのかとおもったらそうではないようでもあるし、やはりそうなのかもしれないし、よくわかりません。二人の少年がカインとアベルなのかどうかもまた然り。
さて、この怪物は『MONSTER』の絵本にでてくる怪物にちょっと似てますが、そのへんに置いてある観葉植物の葉っぱとかいろんなものを食べます。あまり人っぽくない人(じつは猫)も食べようとするので連れの少年に「人喰いは犯罪だっ」と止められてしまいますが、あとで別の人(猫ではない人)を食べています。このなんでも食べちゃう性質がハッピーエンド(?)に至る複線になっているあたりはなかなか用意周到です。
二人連れのおつかい冒険物語といえば、『はたらくカッパ』もそうですが、最初の単行本『象魚』所収の、影の上しか歩かない友だちといっしょに帰宅した思い出を描いた「影」とか、病院に行くために学校を早退したけれど一つ目ウサギと町を歩き回ってしまう「金魚」とか、『ネコカッパ』所収「クルマってえやつを見に行くのさ」等に、すでにそのプロトタイプがありましたが(ついでにいうと本作には『ネコカッパ』所収「岩助劇場」でおなじみの岩助さんも登場します。乗り物にのって妙な場所をひたすら走りぬける『馬馬虎虎』所収「道楽者の海」テーマももちろん再現されています)、乱歩が愛した村山槐多の「二少年図」とか宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』とか、つげ義春の二人連れ旅行漫画とか『ねこぢるまんじゅう』、ついでにドン・キホーテとサンチョ・パンサとかトウィードルダムとトウィードルディーとかブッチ・キャシディとサンダンス・キッドとかを微妙に連想しつつ、やはりわたしはじぶんが友だちがいないせいか、「アメリカ」(『馬馬虎虎』所収)のような単独行動ものがしっくりくるなーと思わざるをえないものの、結局のところ、三人になると弁証法的に人間社会が発生してしまいますが、反社会的なあり方という意味では二人でいるのも一人でいるのと同じことだ、というか二人になると二倍に一人になるのだといってもよいです。
つげ義春といえば、本書にでてくる「先生!手術をしてくださいっ」とか迷路のようなビルとか眼科の看板とかは「ねじ式」の、「ひやうっ ちべたい」は「コマツ岬の生活」の引用というか引喩ですが(ついでにいうと楳図かずお風タッチの老夫婦との出会いのエピソードなどはなかなか感動的です)、しかし引用だのオマージュだのパクリだのそんなことはどうでもよいほど逆柱いみり作品はオリジナルです、というか、そもそもオリジナリティとは妄想や夢や集合的無意識の別名なのであります。
うっかり心理学用語を持ち出してしまいましたが、いたるところに「説教室」や「反省室」がある抑圧的な学校生活によって培われた少年の心の闇という怪物が、海=自然に回帰/沈潜することによって治癒されるサイコセラピー(タラソセラピー)まんがとして本書をよむのもどうかとおもうので、このへんでやめますが、海から「財宝」をたっぷりもらったから「もう少し遊んで帰ろう」という本書の結論は、気のせいかもしれませんが、いまの社会に対する切実なメッセージであるなとおもいました。

「デニッシュ生地のパンの中に酢飯とウニ」――このどうにもやりきれない和洋折衷地獄こそ、いまだに欧米風の立身出世主義(植民地主義)的教育制度の亡霊の呪縛下にある(遊びの世界においてさえ新記録を出したりすることを強いられる)、本来タオイストであったはずのわれわれ東洋の子どもたちの現状にほかならないです。
「タオイスト」で検索すると「老荘思想で成功を掴め」などという曲学阿世なフレーズがでてきたりする世の中であります。「逆柱いみりを読んでお金持ちになろう」というようなものであります。

















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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