北村昌士 『キング・クリムゾン ― 至高の音宇宙を求めて』

「ジャズ・ギタリストだとか、クラシック、ロックという具合に、自分を考えたことは一度もないね。私はそんな多芸ではない。だから自分のイディオムを自分なりに完成させる必要があった」
(ロバート・フリップ)


北村昌士
『キング・クリムゾン
― 至高の音宇宙を求めて』

 
新興楽譜出版社 
1981年7月10日 第2刷 
282ページ(うち口絵モノクロ図版6p) 
ディスコグラフィー84p
四六判 並装 カバー 
定価1,500円
装幀、本文レイアウト: 本多博隆、木村穣一



本書はヤフオクで1,000円(710円+送料290円)で購入しました(2011年10月)。
これは第2刷で、第1刷の発行年月日は記載されていません(たぶん1981年6月です)。
そういえばシンコー・ミュージックのクリムゾン本は当初たかみひろし氏が書く予定だったのではないでしょうか。


北村昌士 キングクリムゾン 01


「キング・クリムゾンの基本的な目標は、アナーキーを組織化し、カオスの潜在的な力を利用し、さまざまな異なる影響を相互に作用させ、それらの厳密な力の均衡を発見することである」
(ロバート・フリップ)


北村昌士 キングクリムゾン 02


目次:

第Ⅰ章 カオスの収束(一九六七~一九六八)
第Ⅱ章 永遠の宮殿(一九六九~一九七〇)
第Ⅲ章 流動と変遷(一九七〇~一九七二)
第Ⅳ章 創造者の権利(一九七二~一九七四)
エピローグ

附録 ディスコグラフィー



北村昌士 キングクリムゾン 03



◆本書より◆


「一九四六年五月十六日、ウィンボーンの不動産業者の息子として生れたフリップは、田舎のブルジョア階級特有の保守的で厳格な家庭と自らの少しばかり鋭敏な感受性の間で、ただならぬ孤立感を覚えながら幼少時代を過ごした。自分と人々の間にある距離に非常な苦悩を経験し、知らず知らずのうちに寡黙な性格へと固着していくが、フリップ自身の告白によれば、「イギリス人としてのハードな儀礼的、抑制的社会通念がとても重く、また白々しく感じられた。父親は私にイギリス紳士としての修練を積ませ、彼の相続人としての条件を満たすことを考えていたようだが、私はそれに反してひどい変り種だったようだ」といい、幸福とはほど遠い、疎外感にたっぷりと浸された少年時代を思い返している。
 「十歳の時、小学校の校庭に立ってはっきりと感じた。『自分は違っている』ってね。それ以来、十歳から二十五歳までの十五年間、自分自身とそれを取り巻く環境とを努めて同化しようと心がけたが、それは惨めなまでの失敗に終った」
 フリップが早くから、自己に対しての客観的洞察の視野を持ち込み、関係論的視座でものごとを考えるような早熟な少年であったことには驚かされる。しかし、彼の少年時代が彼自身をして「この先誰にもあんな辛い目には合わせたくない」と言わしめるほどの不幸な経験とは何だったのだろう。
 「私は実際にはまったく利発で、あふれんばかりに元気な性格だと思うのだが、それを表現する仕方がまずかったようだ。変人あつかいされて除け者にされることが多かった」
 抽象的な言いまわしだが、ここにフリップの本音がある。彼の少年時代とは自らの感覚の内で滞りなく流れる“世界への限りない違和感”との対立、そして戦いだったのだ。」
「まごうかたなく、ロバート・フリップは先天的なアウトサイダーだったのである。少年時代の彼の眼に映るもの、耳に入るもののすべては、彼の観念の世界に入ると、例えようもなくくだらない、取るに足らないものに堕してしまう。社会全体の営為がおそろしく希薄で無意味に映り、彼の旺盛な知的興味は現実とはまったく逆方向の、より自らの感覚に忠実な普遍的性質を秘めた限りない抽象へと向かっていく。
 芸術――ロバート・フリップが選択した唯一のもの。それは彼の存在にとってかけがえのない、同時に自らの持って生まれた素晴しい感覚と思考の能力を、“生きるため”という積極的な目的のために使用することを可能にする、きわめて重大で必然的な決定だった。
 あまたの優れた芸術作品や芸術家が世界におけるほんの気まぐれや偶然で生まれたと考えるのは大きな間違いだ。(中略)近代社会以降の芸術家のほとんどが、自己の創造活動に至るまでの軌跡の上で、ロバート・フリップと同じような道徳的、理性的社会規範からの逸脱を経験している。芸術家ばかりでなく、犯罪者、自殺者、異常性欲者、ある種の精神病患者、麻薬中毒患者、過激な政治テロリストなど、社会生活からの内面的な離脱によって発生するアウトサイダーたちが法律的にいくら取り締まっても続々発生する理由の裏側には、今日の社会と人間との病的な関係が克明に反映されていて、こうした反社会的な衝動を唯一社会的に行使でき得るのが、今日では芸術のみであることも重要な問題だ。ロバート・フリップには犯罪者として闇の社会の帝王たることを志すことも、過激な政治犯として世界中を恐怖に陥れることも、また自殺してこの世と縁を切ることもなく、そうした行動への素質は充分あったにもかかわらず、芸術へと向かっていった。結局はそれだけのことであり、それだからこそ彼は重要なのだ。」
 


北村昌士 キングクリムゾン 04


北村昌士 キングクリムゾン 05


北村昌士 キングクリムゾン 06











































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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