『続 幻影の人 西脇順三郎を語る』

『【続】 幻影の人 
西脇順三郎を語る』
編: 西脇順三郎を偲ぶ会


恒文社 
2003年12月10日 第1版第1刷発行
301p 口絵(モノクロ)4p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円+税
装丁: 本田進
装画: 西脇順三郎「北海道の旅」



『幻影の人 西脇順三郎を語る』に続く、小千谷市立図書館における「西脇順三郎先生を偲ぶ会」記念講演集。
それぞれの講演者の演壇での写真と「染筆」が図版(モノクロ)掲載されています。


西脇順三郎を語る 続 01


帯文:

「没後20年記念出版
西脇順三郎の世界と魅力とを語る
詩人、英文学者、芸術家、評論家など
西脇順三郎と生前からゆかりの深い
14人の論客の講演を収めた記念講演の続編。
[1994年から2002年までを収録]」



帯背:

「没後二十年記念出版」


目次:

座談会: 「幻影の人」 (飯島耕一/飯田善國/那珂太郎/新倉俊一 1994年7月)
西脇先生の思い出 (池田満寿夫 1994年7月)
対談: 萩原朔太郎と西脇順三郎を語る (萩原葉子/西岡光秋 1995年7月)
善なる詩――素晴らしい生命 (江森國友 1996年6月)
西脇順三郎と瀧口修造――その詩と絵画をめぐって (鶴岡善久 1997年6月)
私の出会った西脇順三郎――孤独と郷愁の人 (白石かずこ 1998年6月)
西脇順三郎先生の後姿 (藤富保男 1999年6月)
ユーロオヂヤンJ・Nの幻影 (松田幸雄 2000年7月)
西脇先生と良寛 (吉増剛造 2001年6月)
西脇順三郎における反文人性 (海上雅臣 2002年6月)

刊行によせて (新倉俊一)



西脇順三郎を語る 続 02



◆本書より◆


萩原葉子「萩原朔太郎と西脇順三郎を語る」より:

「父はおしゃれで着るものにもこだわるのですが、その一方で仕事のあとなど普段着で外出してしまうところがあって、祖母が困っていましたが西脇先生もやっぱり奥様の世話がないと何もできないところがあるらしいです。」
「父は酔ってくると子供みたいな無頓着になっちゃうのね。だけど、西脇順三郎先生の方は崩さないというか、おしゃれというか、変わらないんじゃないですか。」
「父は霞食べているようでこぼす方が多くほんの一口でしたが、西脇先生もやっぱり似ていて食べるのを見たことがありません。ちょっとつまむぐらいかしら。飲むばかりですね。(中略)大体大食いで太っている詩人というのは大した詩人じゃない(笑)。(中略)繊細で傷つきやすい裸の神経が見えるようでした。」

「私も「お元気ですか」等の挨拶は嫌いです。偉い人は謙虚ですから、向こうが「お元気ですか」と言えば何とか答えて挨拶はするけれど、自分から「お元気ですか?」など世間的なことは言わないと思うわね。父は小さい子供にも挨拶を返していました。でもその一方で私と道で会っても気がつかず、慌てて帽子とっておじぎするんですよ。(中略)いつも現実以外のことを考えている。第四次元の世界を考えているような感じでね、何考えているのかは本人しかわからない。西脇先生もそういうところあったわ。本当の詩人というのは無駄口はきかないし人物が大きくて謙虚ですね。それなのに喜劇役者みたいなところもある。人間と言うよりほかの世界から来た人の感じ(笑)。」

「父は大阪で十二代続いた医者の長男に生まれ、昔は長男は家業を継がなくてはならない鉄則があった。それを継がないで、詩を書いたり、マンドリンやギターを弾いたり、父は一生懸命だったけどアートの世界の分からない普通の親からみれば収入がないのでぶらぶら遊んでいるとしか見えないので両親は怒り、「萩原家の先祖に何の祟りがあって、ばか息子が生まれたのか」と、ののしり、隣村まで評判が立った。それが本当の証拠に私の息子が赤ん坊のとき耳鼻科へ行ったら、「父親のお国はどこだ」と言うから、前橋だと言ったら「前橋には偉いお医者さんの先生がいたけど、気の毒にばか息子がいた。あれはどうしたか知ってますか」と聞くから(笑)、「父なんです」と言ったら気の毒そうな顔をされました。これは本当の話です。室生犀星が隣村の床屋へ入ったら、萩原医院のばか息子のうわさをしていたので、犀星が怒って、床屋の人とけんかしたっていう話もある(笑)。
 祖父は、勤勉努力の人だったもんですから、働かないのならば死んでくれと、ピストル送って来て自決しろとまで言われたほどです。それも四十になってその道では詩人として認められたころです。朔太郎研究家の中には、父は良家のおぼっちゃんでお金の苦労なくすくすく育った羨ましい身分と書いている人が多いけどまちがいで、父も苦しんだのです。」
「父は医者を継がなかったので道を歩いていて、つばをかけられたり、ばか息子と言われました。」
「父はお金のこと分からない人で、戦後、室生犀星の家へ行ったときに、クリーニング屋が来て、室生犀星さんは財布を持って自分で払ったのを見てびっくり仰天してたわ。」
「群馬で若い頃の朔太郎にバカ息子とつばをかけたことのおわびも含めて、「研究会」の発足が起ったのです。そして最初は三好達治さんが会長をして下さった。でも亡くなったので、西脇先生にお願いをして次の会長になってもらって、「会長なんて嫌なんだけど、朔太郎さんのためだから」と受けてくれました。」

「私は詩の本質は「魂の叫び」だと思う。」



白石かずこ「私の出会った西脇順三郎」より:

「でも、私は緊張の余り全然口がきけなくて、そしたら、私そのとき離婚したばかりで、娘が小学校の一、二年だったのです。その娘を連れていったら、「お嬢さんは愛嬌がいいのに、あなたはちっとも愛嬌がよくない」とおっしゃるのです。だから、私が「先生、私は自分の子どもが生まれたとき、恥ずかしくて丸一ヵ月間彼女の名前を呼ぶことができなかったのです」と御返事したのです。本当に皆さんも不思議に思うかも知れないけれども、私の詩はすごくダイナミックで、大胆で、この人の頭はどうなっているのかとよく思われるくらいなのですけれども、人間というのは振り子のように反対な面がありまして、とってもシャイなところがあって、自分の子どもなのだから初めから「ユウコちゃん」というふうにほかの人が呼ぶみたいに呼べばいいのですけれども、人がいないところでまるで声が出ないのです。一ヵ月目についに物すごく苦しんでやっと「ユウコ……」と声が出てきて呼ぶことができたという話を先生に申し上げたら、やっと私のことを分かってくださったのです。」



こちらもご参照下さい:

『幻影の人 西脇順三郎を語る』










































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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