『入澤康夫 〈詩〉集成』 下巻 (全二冊)

「爺さん、繰りごとはよせ。
もうお前たち人間の時代は終るのだ。」

(入澤康夫 「春の散歩」 より)


『入澤康夫 
〈詩〉集成 
1951~1994 
下巻』


青土社 
1996年12月10日 印刷
1996年12月30日 発行
622p 
A5判 丸背紙装(背クロス)上製本 函 
定価9,270円(本体9,000円)
装幀: 高麗隆彦
装画: 加納光於



本書「後記」より:

「この『入澤康夫 〈詩〉集成』上下巻は、同じ版元青土社から上梓された、同名の書物(一九七三年)、およびそれを増補した同名の書物(一九七九年)を、さらに増補・改訂する形で編まれたものである。ここには一九五五年の処女詩集以来今日までに出版された入澤康夫の全ての詩集を(引用者注: 「全ての詩集を」に傍点)、刊行年次順収録してある。」


入沢康夫全詩集。


入沢康夫 詩集成下 01


帯文:

「言語の魔的空間に幻想の深淵を露出させる未踏の地平――現代詩の到達点。」


帯裏:

「高橋英夫
詩壇のかずかずの前衛・実験・難解の中でも、入澤康夫の詩業はかつて誰も眼にしたことのない景観を刻印している。これは詩界の最奥だ、と感じられる。一つだけ明らかなのは、この言語行(言語―行動)が精神の地獄くだりとして敢行されてきたことである。景観は虚数化され、虚としてたえず失われつつも作品へと収斂されてゆく。言語=作品なのか、それとも言語>詩なのか、はたまた言語<詩か、誰にも分らない。それにもかかわらず入澤康夫はこの言語行を貫ぬき、きわめている。

林光
入澤康夫さんの、きびしくととのえられ、機知あふれる詩句。けれどひと皮めくると、きこえてくる魂たちの叫びとうごめき。ぼくは、この両方が好きで、ひそかに憧れてもいる。

四方田犬彦
故郷とは何か。起源とは、そして帰還とは……。その悉くが蜃気楼のように現出した言葉に他ならないという認識から、入澤康夫は詩を書き始めた。出雲への遡行の途上でオデュッセウスの冥府行を引いたとき、彼は日本の現代詩を一挙にアトピックな物語の網状組織へと参入せしめたばかりではない。はるかに年少の中上健次にすら、出雲に感応する熊野を語らせるだけの根拠を与えたのである。」



入沢康夫 詩集成下 02


目次:

『「月」そのほかの詩』 1977
 碑文
 私は書く(ある校訂記録)
 かつて座亜謙什と名乗つた人への九連の散文詩(エスキス)
 《やはらかい恐怖》
 愛されない男の唄
 冬(反記録)
 Mare Tenebrarum
 薄明の中の中二階の思ひ出
 お伽芝居
 異海洋からの帰還
 異海洋の航海者・異聞
 「異海洋の航海者」のための断片
 かの地への舟旅にありて
 「旅の男たち」の断片
 「月」そのほか
 ある沼の記憶
 五人の失踪者たちへの挽歌
 火の川についての三つのエスキス
 七月・船旅の思ひ出

『かつて座亜謙什と名乗つた人への九連の散文詩』 1978

『牛の首のある三十の情景』 1979
 牛の首のある六つの情景
 牛の首のある四つの情景
 「牛の首のある八つの情景」のための八つの下図
 牛の首のある三つの情景
 牛の首のある二つの情景
 牛の首のある七つの情景

『駱駝譜』 1981
 四悪趣府
 泡尻鴎齋といふ男
 CATALYSE
 かはかりにきさりもたしめ
 熊野へ参らむと
 蟻の熊野・蟻の門渡り
 フウイヌムの国へ
 待つ男(ウェイティングマン)・馳せ男(ランニングマン)と海
 TEMPUS EST IOCUNDUM

『春の散歩』 1982
 胸底の馬たち
 足首の五章
 その老人に会ふ
 今一つの舟旅の想ひ出
 部屋さがしの想ひ出
 浅春
 葬制論
 未確認飛行物体
 夢の中へ
 わが一族
 楽園の想ひ出
 磔刑場からのメッセージ
 死者たちの集ふ場所
 春の散歩
 バラッド二つ、四行詩一つ
 廃都へ
 亡霊の国
 「誕生」へ
 《春が鳥のゐない鳥籠に》

『死者たちの群がる風景』 1982
 Ⅰ 潜戸から・潜戸へ
 Ⅱ 潜戸へ・潜戸から
 Ⅲ 銅の海辺で
 Ⅳ 個人的に・感傷的に
 Ⅴ 友よ
 Ⅵ 《鳥籠に春が・春が鳥のゐない鳥籠に》

『水辺逆旅歌』 1988
 水辺逆旅歌(すいへんげきりょか)
 死者の祭
 潜戸(くけど)、三たび
 薄濁る河のほとり
 丘の上の古い町
 廃塔のある風景
 古京古意
 水府暮色
 コトシロ

『歌――耐へる夜の』 1988
 Ⅰ 「賤しい血」およびその三つの変奏
  賤しい血
  悪胤
  蛇(ナギ)の血脈
  DNAの汀で
 Ⅱ 歌――耐へる夜の
  理不尽な出発
  J・Nの頭文字を持つてゐた人に
  賠償権
  一月の詩
  いやはての舟旅の思ひ出
  神話
  歌
  妻とふたり
  LES BAKHEMMONS
  「ブラキストン氏の船」の難破
  見に来るがいい、幻怪の天空に
  冥界の会話
  贋のすとらだむす
  鳥髪の東の谷
  海浜の鶏舎
  風岸警策歌

『夢の佐比』 1989
 夢の錆 あるいは過去への遡及
 「夢の錆」異稿群

『漂ふ舟』 1994
 到来まで
 到来
 梯子
 舟
 「前表」の追認
 帰途 または舟**

題名索引
後記



入沢康夫 詩集成



◆本書より◆


『春の散歩』より:

「葬制論」より:

「「フィジー諸島のナモシの酋長は、髪の毛を刈ら
せる場合には用心のために必ず人を一人食べるこ
とにしてゐた」とさる有名な書物に書いてあり、
そして、その書物は、ほとんどすべてが厖大な文
献を渉猟して成つたものであることは、著者の明
言してゐるところであつてみれば、この一条も、
いづれ何らかの別な書物に典拠を有するのではあ
らうけれども、いかやうにもあれ、他人の肉体を
おのれの墓とした人々が古来数へ切れぬほどゐた
ことは、間違ひのない事実である。」

「当然、鳥けものをわが墓とした者たちも無数で
ある。」

「何人かの科学者の言に従ふならば、かつてプラ
トンの肉体を構成してゐた原子の一個乃至は数個
が、いま私の肉体を構成する原子の中に混入して
ゐる確率はかなり大きい。」

「死人の髪の毛を煮たのをフォークにからめて、
スパゲッティのやうに喰べようとする夢を何年か
置きに見る。この私の肉体も、何ものかの墓であ
るのだらうか。さう、それはほとんど間違ひのな
い事実だけれども。」


「亡霊の国」より:

「(みんな、おれが思つてゐたやうには真面目ぢやなかつた。
 本気ぢやなかつた、おれが考へてゐたやうには。)」



『死者たちの群がる風景』より:

「常夜(とこよ)の
闇の底で輪になつて踊る
白い幻たち。
音のない手拍子。

暴風(あからしまかぜ)の一夜が明けると
浜辺に寄り着く目のない蛇。
天の奈落から
鵠(くぐひ)の笑ひ声が石のやうに落ちて来る。」

「北に小さな山脈があつて
いつも帯のやうな雲がかかつてゐる。
あの雲の下へ行け。
あの雲の下で、最愛の者を殺せ。」

「あの隻眼の西方の遊行びとは問うてゐる。
「われわれの行為は、ことごとく、
われわれの内部にある死者の行為なのではあるまいか。」
おそらくは然りだ。われわれの生存の道順に従つて
死者の群がる風景は展開する、鈍重に、時としては過激に。」




入沢康夫 詩集成下 03



こちらもご参照下さい:

『入澤康夫 〈詩〉集成』 上巻 (全二冊)
入沢康夫 『宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告』
入沢康夫 『ネルヴァル覚書』



















































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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