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駒井哲郎 『増補新版 銅版画のマチエール』

「銅版画は硬い金属版材を様々の方法で処理して、
その版にインクが溜まり、
好ましい状態で紙に密着するように、
つまり印刷されるように操作を行なうのである。
そして、銅版画の場合、マチエールは印刷された時、
一瞬にして決定的なものとなる。――」

(駒井哲郎 『増補新版 銅版画のマチエール』 より)


駒井哲郎 
『増補新版 
銅版画のマチエール』



美術出版社
1992年11月10日 発行
205p 口絵24p
折込「銅版画の道具・材料の名称」1葉
A5判 角背紙装上製本 カバー
定価3,800円+税
装幀・口絵レイアウト: 大渕真一



本書「あとがき」より:

「銅版画の技法についてのあらましを第一部とし、ぼくの敬愛している画家、版画家のことを書いた小文をまとめて第二部とし、ようやっと一冊の本にしてもらった。ほとんどの文が美術出版社の諸雑誌等の求めに応じて書いたものだけれど、シャルル・メリヨンとロドルフ・ブレスダンについては、こんど新しく書いた。」


本書「増補新版刊行の機に」(駒井美子)より:

「本書が最初に刊行されたのは、今から十五年余り前の昭和五十一年十二月、駒井の死の直後のことであった。」
「今回、この本の巻頭に技法解説を付した駒井の主要作品を口絵として加え、装いを新たにして出版してはどうかとの提案を出版社から受け、駒井の遺志にも添うことと信じ、喜んでお受けした。」



本文中図版(モノクロ)101点。



駒井哲郎 銅版画のマチエール 01



目次:

口絵作品23図 (解説: 中林忠良)
 「足場」 エッチング 1942年
 「孤独な鳥」 メゾチント、ソフトグランド・エッチング、ドライポイント 1948年
 「夢の推移」 メゾチント 1950年
 「束の間の幻影」 アクワチント 1950年
 「海底の祭」 メゾチント、ソフトグランド・エッチング、ドライポイント 1951年
 「鱶とマルドロオル」 アクワチント、エッチング 1951年
 「時間の迷路 B」 アクワチント 1952年
 「フューグ・ソムナンビュール」 ビュラン 1952年
 「教会の横」 ビュラン、メゾチント 1955年
 「夜に」 メゾチント 1956年
 「食卓Ⅰ」 アクワチント 1959年 (カラー)
 「樹」 エッチング 1958年
 「果実の受胎」 アクワチント、エッチング、ドライポイント 1959年
 「黄色い家」 アクワチント、モノタイプ、一版多色 1960年 (カラー)
 「手」 アクワチント、シュガーアクワチント 1961年
 「貝」 エッチング、アクワチント 1961年
 「食卓にて、夏の終りに」 エッチング 1965年
 「カタツムリ」 シュガーアクワチント、ディープエッチング 1966年
 「よごれていない一日 3」 ディープエッチング、一版多色 1970年 (カラー)
 「残像」 エッチング 1968年
 「平原」 エッチング 1971年
 「帽子とビン」 エッチング 1975年
 「題名不詳(新潮10月号表紙)」 モノタイプ 1972年 (カラー)
 エッチング制作のために、ニードルで銅版に描画する著者

Ⅰ 
 1 銅版画のマチエール
  銅版画のマチエールとは
  さまざまな技法
 2 材料と道具
  プレートの準備
  銅版画技法の基本
  製版のための道具
  防蝕剤及びプレートの防蝕法
  腐蝕剤とその使用法
 3 製版Ⅰ
  はじめに
  ドライ・ポイント(ポワン・セッシュ)
  エッチング(オー・フォルト)
 4 印刷
  インクの条件
  紙の選択
  インクをつめる
  印刷機(プレス)
 5 製版Ⅱ
  ビュラン(エングレーヴィング)
  アクワチント(アクワタント)
  シュガー・アクワチント(リフト・グランド・エッチング)
  メゾチント(マニエール・ノワール)
  むすび
 附: 製版法の種類と道具・技法の表(折り込み)


 銅版画の起源とマイスターE.S.
 ペーテル・ブリューゲルの銅版画
 ジャック・カロ――黒と白のドラマ
 パリの明暗を刻むシャルル・メリヨン
 ロドルフ・ブレスダン――神秘な線のアラベスク
 わが内なるオディロン・ルドン
 至純の芸術家・長谷川潔

あとがき
増補新版刊行の機に (駒井美子)




駒井哲郎 銅版画のマチエール 02



◆本書より◆


「ドライ・ポイント(ポワン・セッシュ)」より:

「ドライ・ポイントは針の先で銅板に傷をつけたり、ひっ掻いたりして簡単に製版できる素朴な技法だといったが、実際にやってみると鉛筆や木炭で紙に描くほど自由ではない。だが恐れることはない。鋼鉄製のニードルを鉛筆を持つようにして、紙に描く時よりは幾分力強く版面を切りさくような気持で絵を描いていく。その時の手の力の強弱で印刷した時の線の濃淡ができるのである。」


「エッチング(オー・フォルト)」より:

「腐刻凹版はドライ・ポイントほど簡単ではない。(中略)版材にグランドをひいていぶしたり、腐蝕液の準備もしなければならない。」


「防蝕剤及びプレートの防蝕法」より:

「エッチング(腐刻凹版)をやるためにはどうしても防蝕剤が必要だ。プレートの表面に防蝕剤をひき、そこに針で絵を描き、裏にも防蝕剤をほどこし酸のなかにつけて、針で描いた線の部分を腐蝕させて凹みをつけるのである。」


「ビュラン(エングレーヴィング)」より:

「ビュランという道具は焼きを入れた鋼鉄の棒で、きのこ状の握りにつけてあるのはご存知の通りである。」
「ビュランによる銅版画のマチエールは、ビュランの刃先が鋭角で鋭いから、彫られた溝は腐蝕の線のようにざらざらではなく、じつに彫り込んだという言葉そのままに溝の内側は銅そのものの光沢を発して美しい。また線の縁は明確で、そこに詰められたインクが紙に刷りとられて鋭利なくっきりとしたものとなる。」



「アクワチント(アクワタント)」より:

「今まで述べてきた技法はすべて版面上に主として線の凹みを作るためのものだったけれど、そうではなく、松脂やアスファルトの粉末を用いて版面上に多孔質の防蝕層を作り、腐蝕時間の長短によって、さまざまな調子の段階を作り出し、その調子の変化によって画面を構成する技法がある。それがアクワチントである。」
「ゴヤはこのアクワチントとエッチングを併用してみごとな作品を作っている。最初にエッチングの線だけで全体の構図をまとめ、さらにその上でアクワチントを加えている。」



「メゾチント(マニエール・ノワール)」より:

「この技法は長谷川潔氏が現代において創造的な版画作品として復活させたものであり、また浜口陽三氏もこれに似た技法を用いて制作しており、氏はまたメゾチントに色彩をも加味されて、非常にみごとな作品をわれわれは見て知っている。」
「メゾチントはフランスではマニエール・ノワール(黒の方法)と呼ばれている。印刷された黒い絵肌は柔らかいビロードのようだ。この技法は一七世紀中期にペイパア(現在のオランダ地方)在住のルドウィヒ・フォン・ジーゲンが発明したといわれる。その後ヨーロッパ各地に伝えられ、とくにイギリスでは非常に流行した。」
「メゾチントで一番注意しなくてはならないのは、描くという気持ちをまったく捨て去ることである。それは描くのではなくて版面上にレリーフを作り出していくような気持で彫ってゆくのがよいと思う。レリーフを作るというと、かなり凹凸のある版面を想像するだろうが、そうではなくてロッカーで平均につけられた微細な点とそれに付随する銅のささくれ、つまり版面上に準備されたほとんど一ミリ内外の深さの中でレリーフをほどこすのである。全然手をつけないところは一番強い黒色になるが、レリーフをほどこしたところは濃淡の調子が得られるわけである。」



「パリの明暗を刻むシャルル・メリヨン」より:

「これらの極めて強烈な創意にみちた版画は、メリヨンが貧窮の中に精神の錯乱におびえながらまったく一人きりで制作したものである。この版画は最初は、ほとんど売れなかった。また、メリヨン自身も、自分の作品を少しも売ろうとしなかったらしい。制作に熱中していたのである。
 メリヨンの狂気について書くのは、非常にやり切れないことであるが、それは一八五六年に表面に現われる。狂気と悲惨との混淆状態が数ヵ月続き、メリヨンはブリュッセル近くのダランベルク公爵のお城にひきとられるが、一八五八年の春、お城から逃げ出してパリに舞い戻る。彼は完全な精神錯乱者になっている。そして、フォーブール・サンジャック街の友人の所に身を寄せる。その年の五月十二日にシャラントンの精神病院に監禁されるのである。病院で彼は幾らか仕事もしてだんだん癒ったように見える。翌年の八月二十五日には精神病院を出て、新しい友人の許に身を寄せる。メリヨンの狂気や妄想がすべて矯正されたように見えるが、実際には彼の頭脳は苦悩に充たされていたのではないだろうか。メリヨンがボードレールに会うのはこの年である。その時の印象をボードレールは、メリヨンが「狂人になる為に必要なものをすべて持っている」と手紙に書いている。メリヨン自身は、「僕は自分の未来を破滅させた。一切が僕にとって、苦悩でしかない」と書いている。」
「一八六六年ふたたびメリヨンはシャラントンの精神病院に監禁された。そして、一八六八年一月頃から錯乱状態がひどくなり、二月十三日、四七歳でこの不幸な、また稀有の銅版画家は世を去ったのである。」



「あとがき」より:

「パリで実際にいろいろな人に会ってみると、そんなにたくさんの人ではないけれど、ぼくの印象としては本当の仕事をしている人は、自己に沈潜して、ゆっくり、静かに仕事をしているように見えた。そういう人たちの仕事にはじつに興味がある。はなばなしく売り出している画家、版画家もいないではないが、あまり惹かれなかった。パリにはまだまだ本物がひそんでいるように思えるのだった。」





こちらもご参照下さい:

駒井哲郎 『白と黒の造形』 (新装版)
『駒井哲郎 1920―1976』 (2011年)
『ランボオ全作品集』 粟津則雄 訳
『埴谷雄高作品集 1 死靈』
『京都国立近代美術館所蔵 [長谷川潔作品集]』
















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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