『ポオ全集 第二巻』 (全三巻)

「が、そもそも人間の願いがかなえられたためしがあるだろうか。」
(ポオ 「ミイラとの論争」 より)


エドガー・アラン・ポオ 
『ポオ全集 第二巻』

編集委員: 佐伯彰一/福永武彦/吉田健一

東京創元社
1969年11月25日 新装版 初版
1973年3月15日 5版
649p 目次3p 口絵(モノクロ)4葉
A5判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価3,000円
装幀デザイン: 真鍋博



東京創元社版ポオ全集は装幀がよいでありますな。


ポオ全集


目次:

口絵 (ハリー・クラーク)
 メエルシュトレエムに呑まれて
 マリー・ロジェの謎
 黄金虫
 黒猫

モルグ街の殺人 (丸谷才一 訳)
メエルシュトレエムに呑まれて (小川和夫 訳)
妖精の島 (松村達雄 訳)
悪魔に首を賭けるな (野崎孝 訳)
週に三度の日曜日 (宮本陽吉 訳)
楕円形の肖像 (河野一郎 訳)
赤死病の仮面 (松村達雄 訳)
庭園 (松村達雄 訳)
マリー・ロジェの謎 (丸谷才一 訳)
エレオノーラ (高橋正雄 訳)
告げ口心臓 (田中西二郎 訳)
黄金虫 (丸谷才一 訳)
黒猫 (河野一郎 訳)
陥穽と振子 (田中西二郎 訳)
鋸山奇談 (小川和夫 訳)
眼鏡 (佐伯彰一 訳)
軽気球夢譚 (高橋正雄 訳)
催眠術の啓示 (小泉一郎 訳)
早まった埋葬 (田中西二郎 訳)
長方形の箱 (田中西二郎 訳)
不条理の天使 (永川玲二 訳)
「お前が犯人だ」 (丸谷才一 訳)
ウィサヒコンの朝 (野崎孝 訳)
シェヘラザーデの千二夜の物語 (高松雄一 訳)
ミイラとの論争 (小泉一郎 訳)
天邪鬼 (中野好夫 訳)
タール博士とフェザー教授の療法 (佐伯彰一 訳)
ヴァルドマアル氏の病症の真相 (小泉一郎 訳)
盗まれた手紙 (丸谷才一 訳)
アモンティリャアドの酒樽 (田中西二郎 訳)
アルンハイムの地所 (松村達雄 訳)
メロンタ・タウタ (高橋正雄 訳)
ちんば蛙 (永川玲二 訳)
×だらけの社説 (野崎孝 訳)
フォン・ケンペレンと彼の発見 (小泉一郎 訳)
ランダーの別荘 (松村達雄 訳)
スフィンクス (丸谷才一 訳)

作家論
 アレン・テイト 〈わが従兄ポオ氏〉 (沢崎順之助 訳)

解説 (佐伯彰一)



ポオ全集2 01



◆本書より◆


「モルグ街の殺人」より:

「ぼくたちが知りあったのは、モンマルトル街の仄暗い図書館においてである。」
「ぼくのパリ滞在中、二人はいっしょに住むことになった。ぼくの経済状態は彼のそれよりいくらか良かったので、ぼくが彼の許しを得て金を出し、フォーブール、サン・ジェルマンの奥まった寂しいあたりにある、迷信のせいで長いあいだ打ち捨てられていた(ぼくたちは、どういう迷信なのかと訊ねはしなかった)、今にも倒れそうな、古びたグロテスクな邸を借り、そして、ぼくたち二人の共通の気質であるかなり幻想的な沈欝さに似つかわしいスタイルで、家具をととのえた。
 もしこの邸におけるぼくたちの日常が世間の人に知られたならば、彼らはぼくたちを狂人――ただしたぶん無害な狂人――と思ったにちがいない。ぼくたちの、世間からの隔絶ぶりは完璧であった。客の来訪は許さなかったし、この隠れ家のある場所は、ぼくの知りあいにも秘密にして置いた。それに、デュパンを知る者がパリの街に一人もいなくなってから、かなりの歳月が流れていた。すなわち、ぼくたちはまったく二人きりで生きていたのである。
 夜そのものの故に夜に魅惑されること、それがぼくの友人の趣味(ほかにどんな呼び方があろう?)であった。そしてぼくはこの奇癖(ビザルリー)にも(他のものの場合と同様)いつとはなしにかぶれてしまい、彼の奔放な気まぐれに徹底的に身をゆだねた。もちろん漆黒の女神はぼくたちと常に一緒にいるわけにはゆかぬ。しかし彼女を贋造することは可能であった。夜明けの最初の兆(きざ)しが訪れると、ぼくたちは邸じゅうの重く大きな鎧戸を閉ざし、一対の蠟燭をともす。すると蠟燭は、きつい香りをはなちながら、この上なく蒼ざめた、この上なく仄かな光を投げるのだ。こうしてぼくたちは、真の《闇》の到来を時計が告げるまで夢想に耽り――読書、執筆、会話に没頭するのだった。ぼくたちはそれから、腕を組み合って通りへ散歩に出かけ、その日の話題について語りつづけたり、遅くまで遠歩きしたりして、ただあの静かな観察のみが与えてくれる無限の精神的興奮を、人工稠密な都会の、兇暴な光と影のなかに求めたのである。」



「妖精の島」より:

「わたしは心に思った――「もし魔法の島があるとすれば、これこそまさにその島だ。これこそ、わずか生き残ったやさしい妖精たちの住み家だ。あの緑の塚は妖精の墓だろうか――それとも、彼らもまた人間同様に息絶えてその愉しい生涯を終るのだろうか。まさに死のうとするとき、彼らはむしろ悲しげにやせ衰えてゆくのではなかろうか。これらの木々が一つまた一つと影を放出して、その実体を消滅させてゆくように、彼らもその生命を少しずつ神へ返してゆくのであろうか。やせ細ってゆく木と、木の影を呑み込んで、このえじきのおかげでいっそう黒ずんでゆく水――この両者の関係はまさに、妖精の生命とそれを呑みこんでゆく『死』との関係にも相通ずるのではあるまいか」」


「庭園」より:

「高度の天才は必ず野心的だとしても、最高度の天才はつねにいわゆる野心などは超越している、といったことは果して考えられないことだろうか。もしそうだとすれば、詩人ミルトンよりもはるかに偉大でありながら、満足して「鳴かず飛ばず」で終った者も数多く存する、といったことにもならないだろうか。より豊かな芸術における、人間の能力の極致ともいうべき輝かしい成果などは、いまだこの世には現われなかったし、何かいくつもの偶然が重なって、最高の精神を鞭打っていとわしい努力に駆り立てることがなければ、今後もおそらく現われることはないだろうと思う。」


「エレオノーラ」より:

「私は盛んな空想力と烈しい情熱で有名な人種の出である。人々は私を狂人と呼ぶが、狂気が最も崇高な知性であるかどうか――光輝あるものの多くが――深遠なもののすべてが――病める思考から――月並みの知性を犠牲にして高められた精神状態から――生れるものかどうか、この疑問はいまだに解決されていない。白昼夢を見る人は夜しか夢を見ない人の気づかない多くのものを認識する。ぼんやりした幻想の中で、彼らは永遠をのぞき見し、眼ざめた時、自分が大変な秘密の瀬戸ぎわにいたことを知って、戦慄をおぼえる。」
「しかし、人々は私を狂人というだろう。」



「タール博士とフェザー教授の療法」より:

「メーヤール氏が語った、患者を煽動して叛乱を起した男というのは、どうやら彼自身のことであった。この人物は、二、三年来この院長を勤めてきたのだが、そのうち発狂して、自身が患者となったのだ。」


「ヴァルドマアル氏の病症の真相」より:

「「死んだんだ! 死んだんだ!」という叫びが、患者の唇からではなしに舌から、ほとばしり出るのを聞きながら、私が急いで催眠術の按手を施していると、彼の全身は、一分も経たぬうちに、いやそれよりも短い時間に、だしぬけに縮(ちぢ)まり――崩れ、私の手の下ですっかり腐り果ててしまった。一座の人々全部の眼前で、ベッドに横たわっているのは、胸がわるくなるような――いまわしい腐敗物の、液体に近い塊(かたま)りだった。」


「アルンハイムの地所」より:

「普通アルンハイムにゆくには河を利用する。訪問者は朝早く市を出る。午前中は、人里近い、静かで美しい眺めの両岸にはさまれて、舟を進める。そこには無数の羊が草をはみ、ゆるやかに起伏する牧場のあざやかな緑を、真白な羊毛で点々と彩っていた。次第に農耕を連想させるものが乏しくなり、牧畜を思わせるものに変っていった。そして、その印象に徐々に隠遁的な感じが加ってゆき――それがまた、やがて寂寥をおぼえるような風光へと移っていった。夕暮が迫ってくるにつれ、川幅はさらに狭くなり、両岸はますますけわしくなってゆき、しかも、いっそう欝蒼と茂る木の葉に掩われるようになった。水はますます透きとおって見えた。流れは幾たびとなく曲りくねるので、光る川面はいつでも二百メートル以上は見通せなかった。木の葉の茂みが、越えがたく抜けがたい壁となってまわりを取りかこみ、床こそないものの、紺青の襦子のような屋根となって上からかぶさり、舟はつねに魔法の輪の中にとじこめられたかのようだった。何かのはずみで逆さにひっくり返った幻の舟が、まるでほんものの舟を支えようとするかのように、いつもつき従って浮んでいたが、ほんものの舟の竜骨は、いともたくみに幻の舟の竜骨の上に載っているのだった。」

「この羊腸と曲折する流れを縫うように上ってゆくこと数時間、陰欝な木下闇(こしたやみ)は刻一刻と深まっていったが、その時とつぜん舟は思いがけず急角度に曲って、峡谷の幅に比較してはかなり広い、丸い池のようなところへ、まるで天から舞い下りたかのようにすべり込んだ。(中略)この池は非常に深かった。しかし、水がとても透きとおっているので、まるい石花石膏の小石が分厚く敷きつめられているらしい水底は、それに眼をやりさえすれば――もっとも、水中深く倒さに映る天空に、丘の傾斜の花々がそっくりそのまま水に映って咲き乱れているので、それに眼を奪われてはだめなのだが――はっきりと見すかせた。(中略)しかし、くっきりと水際に接するあたりから、おおいかぶさる雲の層にいつとはなく交わるあたりまで、限りなく色とりどりの丘の斜面を下からずっと見上げてゆくと、おびただしいルビー、サファイア、オパール、金色の縞めのうなどが、音もなく空からこぼれ落ちてきて、さながら宝石の滝のパノラマをくりひろげている、としか思いようはなかった。」
「ここで旅人は今まで乗ってきた舟から下りて、象牙づくりの軽やかな丸木舟に乗りかえる。」
「舟はゆっくりと池をめぐって、やがてその舳(へさき)は太陽の方に向う。そして、静かに、しかし次第にその速力を加えながら舟は進み、かすかに起るさざ波は、象牙の舟べりに砕けて、えもいわれぬ美しい調べを奏でる――おどろいた旅人は、いったいこの調べはどこから起るのかと、あたりを見まわしてみても何も見当らぬままに、慰めるような悲しませるようなこの楽(がく)の調べは、どうやらこのさざ波の立てる音としか思いようもないことを悟る。
 丸木舟は休みなく進んで、行く手の奥深いながめに通ずる岩の門に近づいてきた。そこでその岩の奥までがいっそうはっきりと見分けられるようになった。」
「速度をやや早めながら、静かに舟を進めてゆくうち、幾度となく小さく曲ってから、旅人は、巨大な門というか、それとも磨き上げた黄金の扉ともいうべきものに、どうやらその進路がさえぎられていることに気づく。その扉は、丹精こめた彫りものをほどこし、稲妻模様で飾られてあって、今やあわただしく落ちてゆく夕日の光をまともに反射して、その輝かしさは、まわり一帯の森を焰に包むかと思うばかりである。(中略)丸木舟はこの支流に入って、門に近づく。その重たい扉が美しい響きを立ててゆっくりと開かれる。その間を舟はすべり込み、すみやかに流れを下りはじめて、ついに、紫の山々にまわりをぐるりと取り巻かれた、広々した円い盆地へと入ってゆく。(中略)アルンハイムの楽園の全景が突如として今や眼前に展開される。心を酔わすような楽の調べが流れてくる。ふしぎな芳香が胸苦しいまでに感ぜられる。ほっそりと丈高い東洋の木々、茂る灌木、金色や真紅の鳥の群れ、ゆりの花に縁どられた湖、すみれやチューリップやけしやヒヤシンスや月下香の咲き乱れる牧場、多くの銀色の小川が長くもつれ合った線――さながら夢のように、こうしたものが入り交って眼に映る。そして、すべてこうしたものの真唯中から、半ばゴシック風、半ばサラセン風の一群の建物が、無数の張り出し窓やミナレットやピナクルを見せてまるで奇蹟のように中空に懸りながら、真赤な太陽の光に染まって光り輝いている。そしてそれは、空気の精や妖精や魔神や地の精がみな力を合せて造り上げた、さながらまぼろしの建物とも見えるのであった。」



「ちんば蛙」より:

「しかしちんば蛙は、足の畸型のために道路や床板のうえでは大きな苦痛や困難なしに歩けないけれども、いわば下肢の欠陥のつぐないとして自然が彼の腕に異常にたくましい筋肉をあたえたのであろうか、樹木、綱、そのほか、よじのぼることが問題になる場合には、さまざまの離れ業を彼はみごとにやってのける。そんなとき彼は蛙どころか、たしかに栗鼠(りす)や小猿を思わせるのだった。
 ちんば蛙の出身地がどこであるかを、正確には私は知らない。とにかくそれは、だれも聞いたことがない未開の地方――われらの王の宮廷から極めて遠いところだ。ちんば蛙と、もうひとり彼と大差ないほど小人めいた(しかし見事な均整をそなえ、すばらしい踊り手である)少女とを、国境をへだてたそれぞれの故郷から強制的に連れだして王への贈り物にしたのは、常勝を誇る彼の将軍たちのひとりだった。
 こうした状況のもとで、小さなふたりの囚われびとのあいだに親密な友情が芽ばえても不思議ではない。」

「「やっとはっきり見えたぞ」と彼は言った。「この仮面の奴らがどんな人間だったか。偉大な王様と、その七人の大臣さまだ――無防禦な娘を平気でなぐる王様、それに、その乱暴をけしかける七人の大臣さまだ。俺のことなら、俺はただのしがない道化、道化のちんば蛙さ――そして、これが俺の道化の最終回だ」
 麻糸と、その下塗りのタールと、両者がもつ高度の引火性のおかげで、小人がこの短い演説を終ったころには復讐の作業はすでにほとんど完了していた。八つの死体は鎖につながれたまま、悪臭を放つ、黒焦げの、醜怪な、区別のつかぬひとつの塊りになって揺れ動いていた。びっこは彼らに炬火を投げつけてから、ゆっくりと天井までよじ登り、天窓をくぐって姿を消した。
 おそらくはトリペッタが、あらかじめ大広間の屋根にひそんで、彼女の友人の激しい復讐の共犯者をつとめたのだろう、そして彼らは手をたずさえて自分たちの故国への脱出を果したのだろうと思われている。なぜなら、以来このふたりは二度と姿を見せなかった。」



「スフィンクス」より:

「七十四門の砲を備えた、我が国古戦艦の姿は、この怪物の外形について何がしかの観念を伝えるかもしれない。太さは普通の象の胴体ぐらい、長さは六、七十フィートほどある鼻のさきに、口があるのだ。そして鼻の根本には、水牛二十頭分の毛を集めたよりも多い、厖大な量の黒い毛が密生している。この毛すら下方に、二本の光り輝く牙が垂直に突き出ているのだが、それらは猪の牙を途方もなく巨大にしたようなものである。鼻を平行に、左右から、長さ三、四十フィートの棒状のものが前に出ている。これは純粋の水晶で出来ているらしく、形は完全なプリズムを成し――落日の光をこの上なく豪奢に反映していた。胴体は、大地に尖端を突きつけた杭のような形をしている。そしてそこから二対の翼が生え――一つの翼が長さ百ヤード――一対は他の一対の上にあって、すべて金属の鱗でおおわれている。一つ一つの鱗は、どうやら、直径が十ないし十二フィートあるらしい。上段、下段の翼が強靭な鎖で連絡してあることをぼくは認めた。しかしこの恐ろしい怪物の主たる特徴は、ほぼ胸全体を覆っている髑髏(されこうべ)の絵であった。それは体の黒地の上に、まるで画家が入念に描きあげたかのように正確に、眩ゆい白で描かれてあったのだ。
 この恐ろしい動物、特に胸のあたりの様子を、恐怖と畏怖のいりまじった或る感情で――理性によってはどのようにしても追いやりがたい不吉の到来の予感をいだきながら、ぼくが見まもっていたとき、鼻の尖端にある巨大な顎が突然ひろがり、哀傷にみちた轟然たる響がそこから発せられたのだ。それはまるで葬いの鐘のようにぼくの心を打ちのめした。そう、この怪物が麓へと姿を消した途端、気を失って床へと倒れるほどに。」








































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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