郡司正勝 『地底の骨 ― ヨーロッパの旅』

「みわたす限り荒涼たる、第三紀の花崗岩の岩肌もあらわに、氷河の爪跡を残した島の姿は、まるで地底の骨が、海上に浮び上がったという感じ。その岩盤に、白亜の家が、二、三軒づつしがみついて、吹きさらされている。」
(郡司正勝 「地底の骨」 より)


郡司正勝 
『地底の骨
― ヨーロッパの旅』


アルドオ
1973年7月7日 発行
216p 図版(モノクロ)48p
四六判 角背布装上製本 貼函
私家版 500部



本書「あとがき」より:

「それまで一度も考えたこともなかった海外への旅の機会が、突然与えられて、(中略)思い切って出発したのが、一九六八(昭四三)年の春のことであった。」
「そののち、韓国とインドへゆく機会もわりに容易にきて、西洋と東洋へ躰で入ってゆくことができたのは幸であった。」
「これらの覚えの記録は、大半は、(中略)「国文学」誌上へ、半年に亘って掲載された。(中略)「遁水の記」は、(中略)「文学者」に掲載された。アラン島の「地底の骨」は、写真とともに、「朝日ジャーナル」(一九六九・五・一一)に発表した。その他、断片的に、新聞や雑誌に載ったものもあり、また、こんどの出版にあたって、穴を埋めたところもある。
 挿入した写真版は、すべてカラーで自分が撮ったものであったが、もう色が褪せかけた。」



郡司正勝 地底の骨 01


モスグリーンの函に背文字だけが印刷されています。
タイトルがかっこよいので購入してみました。ネット古書店で1,084円(送料込)でした。見返しに毛筆で「吉岡実様恵存 郡司正勝」とありました。


目次:

露国の春
モスクワの芸術家たち
ソ連でみた舞台
北欧の初夏
イギリスの夏
ロンドンの文楽
ダブリンのバラッド酒場
グリーンダローの峡谷
ゴルウェー行
地底の骨〈アラン島〉
巴里の屋根の下
遁水の記〈スペインの夏よさらば〉
スペインの酒
西洋古寺巡礼〈マリアの首〉
希臘・羅馬の悲夏
花の伊太利
美の都・水の都・雪山の国

韓国民俗芸能の旅
インドのかぶきと舞踊
インドの道で

あとがき



郡司正勝 地底の骨 02



◆本書より◆


「モスクワの芸術家たち」より:

「かなり広い木立の前庭のある廃屋のような病院の前には、亡霊のように裾を曳いた、丈の高いドストエフスキーの巨大な銅像が、上から覗きこむようにつっ立っている。
 明治調のレンガ建ての町並を、小さな電車がゆく。町角で、カスピ海から捕れたという化物のような鯉を二匹、三尺ほどある奴をただそれだけ、店の屋台に乗せて、売っている店が絵のように幻想的である。」



「巴里の屋根の下」より:

「突然、爆竹の裂ける音がして、街路が騒がしくなる。カーテンの隙間から、見下ろすと、オデオン座の方から、白い警棒をもった警官に追われてきた学生が、二人、三人、街角を曲って消えた。遠くの建物の向うで、警官をからかうような口笛がして、火炎ビンの裂ける音。
 やがて、しーんとして、暮れてゆく街角をぼんやり見下ろしていると、哀調をおびた単調なサキソホンのくり返す音が、向い側の屋根裏の窓から聞えてきて、赤いネオンが、舗道の敷石に映り、やがてパリの夜が訪れる。」



「遁水の記」より:

「宿を出て、サンダルで、廃墟の城址に登る。上からみ下ろすと、海口の三角州の上にできた町らしい。古い六世紀頃の寺院の屋根に可愛らしい怪物の彫刻が付いていて、われわれを見下ろしている。ふと藪のなかで、足に触ったものをみるとほの白い。髑髏であった。土葬の国では、こんなことに驚かないのであろうか。
 黒衣の尼僧が、三三五五、丘の下を、野の花を摘みながらゆくのに、雲が切れて、夏の雷が鳴る。」

「旧教の国スペインは、どこへ行っても、マリヤは観音さまであった。俗悪なということばを使うなら、まるで、見世物の生き人形のような、生々しさから出ようとしていない。これが大衆というものの力かも知れない。芸術などには、なってやるものかという力が、そこにある。」
「それにしても、寺院の壁画や、キリストの責め、聖使徒を殺したものの堕地獄の生々しいばかりの血生臭い、絵画・彫刻はどうしたものだ。浄土を静寂においた日本の寺院とは、なんという大きな違いなのか。
 民衆は、その血生臭い形象に、罪の意識を繰りかえし繰りかえし実感しなければならないのが、カソリックの世界なのであろうか。生きながらの地獄を、ことごとく見てしまった者の罪、見たということの原罪なのであろう。」



郡司正勝 地底の骨 03



こちらもご参照ください:

郡司正勝 『古典芸能 鉛と水銀』


「地獄芝居」より:

「いまでもどこかにあるのだろうか。子供の頃には、地獄極楽の見世物というのがお祭りの日にかかったものであった。」
「極彩色に汚された幕に隠された気味悪い世界、代はお戻りと呼ぶ三途川から出張してきたような中婆に呼びとめられて、ふわふわとしたテント張りの密室のなかに吸いこまれていった中学生のある日の後姿は、悪場所に踏み入れた魂が分離した日でもあった。残された魂は悲しみを知り、入っていった魄は恐ろしい楽しみを知った。」
「なぜ地獄には、かずかずの面白い地獄がたくさんあるのに、極楽はたった一つの退屈な場面しかないのであろう。私は春風に吹かれながら、冥府の鬼たちが、亡者を臼に入れて、等間隔に搗く、コトコトコトコトという音が、いつまでも後から追ってくるのを聞いた。まだ、その頃にはわからなかったが、私は視るということの罪悪感を、やっとこの齢になって識ることができるようになった。視るということは、すなわち地獄を見ることであるということを。人間がみることが出来るのは堕ちてゆくものの姿であって、極楽は、ただ想うものにすぎない。」




その他の紀行文:

武田百合子 『犬が星見た ― ロシア旅行』 (中公文庫)
島尾敏雄 『夢のかげを求めて 東欧紀行』
井上究一郎 『ガリマールの家』















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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