『郡司正勝 刪定集 第六巻 風流の象/総索引』 (全六巻)

「風流のもつ脱社会性」
(郡司正勝 「風流と見立」 より)


『郡司正勝 刪定集 
第六巻 風流の象/総索引』


白水社
1992年3月5日 印刷
1992年3月20日 発行
309p 索引193p 口絵(モノクロ)4p
四六判 丸背布装上製本 
ビニールカバー 貼函
定価6,500円(本体6,311円)
装丁: 石黒紀夫

月報第6号 (10p):
郡司さんの学問と遊び心(廣末保)/郡司先生映画夢(落合清彦)/風流と身体動作の研究(吉川周平)/永い時の流れの中で(高橋秀雄)/折口さんと郡司先生(茂原輝史)/郡司学――演劇研究の最高到達点(工藤隆)/『童子考』について(澁澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』より抜粋)/校正をお手伝いして(和田修)/編集縁起――表裏(須永朝彦)



本書「あとがき」より:

「個人の選集本を出して貰えるなどということは考えてもいなかったことで、望外の幸せと思っている。
 選集ということでもないものをと考えた末に、『北越雪譜』に用いられていた刪定という語を借りて、新しく構成し直した集ということにしたのである。」
「郡司学などという、誰が言い出したのか嫌な言葉が出てきたのに驚いているが、こんな筈ではなかった戦後の世の中には、どうして私の嫌いなことばかりがこう多くなってきたのだろうか。」
「学問というものは、大変なものだと思っているので、私のものなどは、学問に入らぬはみだしもの、あるいは踏み外したものだぐらいに考えてもらえばいい。
 ただ私の生き方と視点が反映しているところに、同感してくれる読者があったら、以て瞑すべしだとおもう。」



最終巻である本巻は『童子考』と『風流の図像誌』の二冊の単行本の全文(あとがきを除く)と、風流関連論文4篇によって構成されています。
巻末に索引が付されていますが、全集ならともかく、選集である本刪定集には索引は必要ないのではないでしょうか。
本文中図版多数ですが、やや小さめです。


郡司正勝刪定集


帯文:

「異形の人間たちの冥界からの発信を解読する記号論風傑作「童子考」と、日本的コスモロジーの豊饒な可能性を示す「風流の図像誌」を中心に編集。「郡司学」の全貌を明らかにする全六巻の詳細な索引を付す。」


帯背:

「日本的コスモ
ロジーの集積」



帯裏:

「各巻内容
第一巻 かぶき門
 四百年におよぶ歌舞伎史を掘り下げた、独自の点描史。
第二巻 傾奇の形
 戯曲・演技・演出などの構造を、新たな切口で捉える。
第三巻 幻容の道
 人間の原初の動きに立ち帰って伝統舞踊の理念を探る。
第四巻 変身の唱
 放浪芸や見世物などの民間芸能を踏査に基づいて考察。
第五巻 戯世の文
 江戸の戯作者、狂言作者、芝居風俗などの諸論を収録。
第六巻 風流の象
 記号論を越えた記号論風傑作「童子考」を軸に編集。
各巻順に隔月配本。」



目次 (初出):

童子考 (初出題「文芸と芸能のもう一つの随想」/「國文學」昭和52年4月号~12月号 増補し『童子考』と改題して昭和59年7月に単行本刊行(白水社))
 流亡抄
 小人と蜘蛛と
 侏儒考
 笛吹童子
 星の影
 土佐の星神社
 負の七数
 七曜剣
 寅の一天
 瓠の花
 呪詛の人形
 百足と蛭
 蛭の地獄
 一本足の案山子
 髪の形
 王子の誕生
 児ケ淵

山と雲――風流の図像誌 (「現代思想」10巻9号 昭和57年7月 増補し『風流の図像誌』と改題して昭和62年6月に単行本刊行(三省堂))
 はじめに
 動く山
 死出の山
 造り山
 山を移す
 料理の山
 床の山
 「造る」と「見立てる」
 崑崙山と蓬莱の島
 島山
 剣山と剣の山
 「山車」の山
 笠の性
 踊り笠
 笠と傘と
 笠着連歌
 舞台と傘
 唐傘の正体
 天井から吊るす蓋の雲
 雲の意味

風流と見立
 風流と見立 (『国際日本文学研究集会会議録(第12回)』(国文学資料館) 平成元年3月)
 役者評判記――「見立」の発想と趣向 (『歌舞伎評判記集成 第二期 6』(岩波書店)月報 平成元年7月)
 見立の伸縮法――巨人と小人のイメージ (「伝承された巨人と小人のイマージュ」改題/「季刊自然と文化」1985年秋季号 昭和60年9月)
 風流とやつし (「風流とは心の美食」改題/「ぱいぷ」6月号 昭和50年4月)

解題 (上原輝男)

略年譜 (筆者提供の資料に基づき作製: 須永朝彦)
初出一覧

あとがき (郡司正勝)

郡司正勝刪定集総索引
 一般事項
 演目
 書名
 人名




◆本書より◆


『山と雲』「はじめに」より:

「受け売りであるが、もともと「象」は、動物の「ゾウ」(エレファント)の文字で、これを「かたどる」意と転じたのは、「人希見生象也。而得死象之骨、案其図以想其生也。故諸人之所以意想者、皆謂之象也」と『韓非子』にあるのに拠るという。つまり稀にしか見ることのできぬ、あるいは見たこともない象という動物を、意想をもって形象化したことに発するのだということであろうが、逆に、その原像を、図像とか造り物として形象化したものによって、はじめて接し、あるいは想うことができるということなのだとおもう。人間がなんらかの理由があって、想念で造り出した形象で、しかも、ある共同体で、大勢の認識を得たもの、そうした装置・仕掛、それを象徴とも、記号ともいうと考えてみたい。
 そのうえで、問題は、なぜ、人間は、そんな装置・仕掛を必要とするのか。その答を、山口昌男のいう「あちら側」を見るためにという一言で代理させて、私としては、その装置の仕掛としての「風流」という見立の飾り物に焦点を当て、山と雲という一つの主題を鳴らして、人間の創造力や表現力の働きを詠めてみたい。」



「山を移す」より:

「山を移すには、移すための秘儀、手段が必要である。呪物と呪術が、そのための働きとなる。役の行者の後裔を称する山岳信仰の修験道を享けて、室町時代から成立した富士信仰は、江戸時代に入って、当時世界屈指の大都会であった江戸の市中に、富士講が組織され、その隆盛によって多くのミニ富士塚が市中に出現した。(中略)この富士を移すためには、必ず、駿河の本家の富士山中熔岩の石をまず移し、しかるのちにそれを信仰の核として形造る必要があった。富士の生命をまず、小石に移さねばならなかったのである。」
「「うつす」という語は、移動する意のほかに写生するの意もある。「うつし取る」ことは動かす意とともに、生かしたまま撮すのである。江戸の思惟をもった明治人が、写真を撮すことを嫌ったのは、その影を「移し取られる」ことによって寿命が尽きると考えたことを想えば、「移す」ということの民俗信仰の根元の心意伝承の意味がわかる。」



「剣山と剣の山」より:

「天から降り下った剣は、そのまま神の高御座であった。」
「天孫降臨のとき、その使者の建御雷神と天鳥船神の二神が、出雲の伊那佐の小浜で、十掬(づか)剣を柄を下に、浪の穂に刺し立てて、その剣の先に跌(あぐ)み坐し、大国主神に、国譲りの交渉をするという構図には、剣の先を座として勝利の標示が読みとれまいか。
 しかし、剣の座は、仏教説話にもあったとおもわれるのは、『神道集』の「諏訪縁起事」のなかの次のごとき挿話によって知られる。南インドの拘留吠国の玉餝大臣の末娘に好美女がいた。草皮国の大王が大臣を殺し、娘を后に望んだが従わないので、領内から追放したとき、この国ばかりが自分の住処ではないといって抜提河の真中に抜鉾という鉾を立て、その上に好玩団という布団を敷いて住んだ。しかし、その川も自分の知行だといわれ、姫は、早船に乗って日本へ渡り、信濃と上野の国境の笹山の峰に飛び下りた。いま、荒船山といっているのがそこだという。」



「雲の意味」より:

「山にかかる雲は、五雲、紫雲はいうにおよばず、黒雲・白雲にしろ気象を示すものであるから、山と雲の関係から、あるきざしや天象をよみとることができる。これを人工の山と雲に見立ててきた歴史は古い。江戸の庶民は、これをショーに仕立て、見世物とした。
 足芸などもその一つだが、足の上に船形を乗せ、その中から水を吹き出させ、いちばん上に雲の旗が棚引いている形をみせる。見世物ほど記号論の明確なる図像を私は知らない。人間が地上に寝て、天に向かい、宇宙を足蹴にしている図など、まことに諷刺的でショッキングな記号的なショーだといえよう。
 演劇の根源は、まず見世物であって、人生の模擬に熱中することによって、人生を、社会を、変革してゆく記号・旗印・標識なのだとすれば、「見立」こそは、いつも新しい活力の源泉なのだということになろう。仮象の山や雲を造り出して、人間は、その後ろの本体をつねに透視するのだとおもう。いや人間には、仮装の造り物を作り出すほかに、本質に迫る「しかけ」は与えられていないということになるのである。
 こうした想を喪ったとき、人間は枯れ疲れ変わり果ててしまうだろう。なにかを待っている印をわれわれは見失ってはならないのだとおもう。
 一九八二年、富山市で開催された「全国ちんどん屋大会」に出席した。しばらく忘れられていた山と雲に出会ったのは嬉しかった。ここに、山と雲の見事な民衆の伝承の力を見ることができた。傘を背に、幟を棚引かせて奮闘しているチンドン屋の姿は、まさしく機械文明への、蟷螂の斧の姿なのか。」



「風流と見立」より:

「『万葉集』(巻十六)の「乞食者が詠ふ歌」の乞食祝言職の「讃めことば」は、口唱文芸のはじまりともいうべきものであった。「見立」の呪力は、広く深く民間に浸透し、「松魚(かつお)武士」とか「養老昆布」(喜昆布)などとなり、豆腐の「おから」は「卯の花」といい、塩を「波の花」と見立てて、言い直すことにより、讃め言葉は、「世直し」の力を持つものとなる。」


「風流とやつし」より:

「芸能にあっても、風流は、この趣向によって飾られ、かぶき狂言は、その趣向のよしあしによってきまる。したがって、この心の働き、気働きによって、成立する芸術が、風流の系譜ということになる。十分に金を使った豪奢な芸術は、風流に遠いので、(中略)金をかけたようには見せぬ趣向がなくてはならない。
 あるいは「風流」とは、貧乏な国で展開した押し詰められた芸術心ともいうべきものであるのかもしれない。」
「今日、著しく風流心が衰えたのは、やはり経済大国に成り上がった現代日本人に成金趣味の心が生じたからである。風流とは貧乏の働きでなければならない。」




◆感想◆


落語に、引越しをしたけれど家財道具がないので家具を絵に描いて壁に貼って家具があるつもりで生活していたら泥棒が入ってきて箪笥の引き出しをあけようとしたけれど絵なのであかないからなるほどそれならとあけたつもり、中身を盗んだつもり、金庫もあけて大金をぬすんだつもりで帰ろうとしたら、寝ながらみていた住人が起きあがって絵に描いた槍を手に取って泥棒を刺したつもり、刺されたつもりの泥棒のわき腹から血がだくだくと出たつもり、という話がありますが、それをきいて、子どもだったわたしはたいへん感動しました。そうか、なくても、あると「見立」てればよいのだな。あるとおもえばある。じっさいはないけれど、ないものは盗まれないし、ない武器でなら刺されても相共に血を見ないで済みます。
それと、ジャック・フィニイの短篇に、独房に閉じ込められた囚人が壁に描いたドアを開けて故郷に帰っていくというのがあって、このふたつのものがたりによって子どもだったわたしは芸術の意義を知るとともに人生の要諦をまなんだのでした。
そしてそれが「風流」というものであったことが本書をよんでわかりました。



こちらもご参照ください:

郡司正勝 『童子考』





































































































































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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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