塚本邦雄 『百花遊歴』

塚本邦雄 
『百花遊歴』


文藝春秋
1979年3月5日 第1刷
326p
四六判 丸背布装上製本 貼函
定価2,700円
装幀: 川島萬里
本文割附: 政田岑生
写真: 伊藤隆夫/大橋治三/川島敏生
カット: 加藤敏彦



本書「詞苑馥郁」より:

「私の愛する花花に關して克明なデータを殘しておかうと思ついたのは既に十數年も前のことだつた。すべての植物を、たとへば歳時記風に分類して、俳句のみならず、詩歌全般に亙つて作品例を擧げる試みは、既に幾つかの書が公刊されてゐる。通覽したところ、やむを得ぬことながら、そこに羅列してある歌や句は、怖るべき偏りがあり、その上秀吟絶唱に乏しい。どうやら實際に肉眼でその植物を視て歌ひ吟じたと思はれる、狹義の冩實作品のみを採用の對象とするつもりだつたらしい。二十一代集の四季に現れる和歌は九割九分まで、戰後短歌の主流は八割八分方、失格となるのは火を睹るよりも明らかである。
 できることなら、これらの書の一切を私の手で補正改變すべきであつた。だが、それは個人の能力を超えた一種の重勞働であらう。せめて、私一人の執著する一部のみでもと思ひつつ、花の名を選び始めてゐた頃、「小原流插花」(中略)から連載の依賴を受けた。私撰「詞華植物園」は、「百花遊歴」のタイトルで、昭和五十一年四月から二十四囘、月月に、趣向を凝らした鮮烈な冩眞を配して掲載される。一花一花、私の幼時から青春、壯年にかけての、魂の遍歴に、かけがへのない精彩を添へてくれた。二十四科、各科平均四、五種の草木を含み、眞に秀作と呼ばるべきものを飾つた。」



正字・正かな。


塚本邦雄 百花遊歴 01


帯文:

「繚亂たる詞華植物園
古今東西にわたる詩・歌・句の膨大な詞華の饗宴に盛られた『花』の眞髓を、十數年の歳月と薀蓄とを傾けて渉獵し、著者獨自の深耕を施しつつ色彩も匂ひやかな夢の花圃に培つた本邦初刊の言語美術庭園」



塚本邦雄 百花遊歴 02


帯背:

「本邦初刊の
詞華植物園」



帯裏:

「――花は歌人を象徴する。たとへば晶子・白秋・茂吉・牧水の四人を擧げてみても、その特徴は歴然としてゐる。晶子の蓮や牡丹、茂吉の苧環に通草、牧水の櫻、そして白秋のまさに植物園的多彩性、いづれも、それぞれの意味で目を瞠らせる。詩歌は花花によつて綴られ、花花は詩歌人の人生を反映し、代代の歌人は一莖一花におのが魂を託して來た。ここに設けた詩歌植物園の二十四の花圃は、有り得べき、壮大な言語美術庭園のささやかな縮圖に過ぎない。志ある朋達は、一人また一人、みづからの手で、ここに缺落した花花の領分を補つてほしい。
(著者『跋』より)」



塚本邦雄 百花遊歴 03


塚本邦雄 百花遊歴 04


目次:

《序》開花の詞

登場植物一覽

馬醉木  花馬醉木(はなあしび)風にかわきてうつしみは編目弛びし悲しみの籠
椿  一人(いちにん)の刺客(しかく)を措(お)きてえらぶべき愛なくば 水の底の椿
菫  すみれ咲く或る日の展墓(てんぼ)死はわれを未だ花婿のごとく拒まむ
罌粟  罌粟播きてその赤き繪を標(しめ)とせりはるけきわざはひを待つ家族
薔薇  薔薇、胎兒、慾望その他幽閉しことごとく夜の塀そびえたつ
勿忘草  少年の戀、かさねあふてのひらに光る忘れな草の種子など
茴香  靑春は一瞬にして髭けむるくちびるの端(は)の茴香(うゐきやう)の oui!
百合  ダマスクス生れの火夫がひと夜ねてかへる港の百合科植物
ジギタリス  赤い旗のひるがへる野に根をおろし下から上へ咲くジギタリス
泰山木  泰山木雪白の花ふふみたり靑年を棄てて何を愛する
燕子花  かきつばたこの夜男ら亂鬪に破れたる衣(きぬ)胸に飾らむ
海芋  花屋には海芋(かいう)蒸(む)れつつクー・デタァこころ戀ふわが皮膚呼吸(ペルスピラチオ)
梔子  くちなしの實煮る妹よ鏖殺(あうさつ)ののちに來む世のはつなつのため
紫陽花  人は幼き日より老いつつあぢさゐに晝たまゆらの靑とどまらず
ダリア  買手きまらぬ庭園の隅 贅肉のごとき白ダリアを放置せり
朝鮮朝顏  棄てたる愛否や朝鮮朝顏のあたり明るむ七月の闇
晝顏  不惑とてなに惑はざるひるがほのゆふべ咲きのこれる一つ花
木槿  別離燦爛たるこの刻よ靑年の肘(ひぢ)白妙の木槿(むくげ)にふれて
合歡  ひる眠る水夫のために少年がそのまくらべにかざる花合歡(はなねむ)
蓮  わが修羅のかなた曇れる水のうへに紅(あか)き頭韻の花ひらく蓮
曼珠沙華  いたみもて世界の外に佇(た)つわれと紅(あか)き逆睫毛(さかまつげ)のの曼珠沙華
鳥兜  愛を病むものらなべてに鳥兜咲けり慄然たる濃(こ)むらさき
桔梗  桔梗苦しこのにがみもて滿たしめむ男の世界全(また)く昏れたり

《跋》詞苑馥郁



塚本邦雄 百花遊歴 05



◆本書より◆


「馬醉木」より:

「元來、躑躅類は皆多少とも毒を含有するが、蓮華躑躅、それも黄花種は、馬醉木と同じアンドロメドトキシン C31H50O10 が抽出されてゐる。中毒症状も馬醉木に等しい。たとへば今一種、これを食った羊は毒にあたり、足掻いて苦しむゆゑに羊躑躅(やうてきちよく)なる漢名があるといふ、中國産の唐(たう)蓮華躑躅 Rhododendron molle G. Don. に鑑みても、この類の毒性は信ずべきか。思へば、使ひ馴れた漢名「躑躅」も、もとを尋ねればこの「羊躑躅」、共に「足摺りして行き惱む」の意、中毒症状が花の名とは、世にも奇怪な、まさに知らぬが佛の事實ではあるまいか。」


「椿」より:

「椿落ちて昨日の雨をこぼしけり 與謝蕪村」

「落ちざまに水こぼしけり花椿 松尾芭蕉」



「罌粟」より:

「大らかで單純でそのくせ妖艷な阿片罌粟にせよ、華奢(きやしや)で鮮麗でヒステリックな雛罌粟にせよ、私は花の始めから終りまで觀察して飽きることがない。開花前日の蕾がまづ見ものだ。鎌首をもたげた子蝮(こまむし)、あるひは切斷して笞の先に刺した龜の頭、いづれをも聯想させるあのエロティックな小惡魔は、剛毛密生した雛罌粟の方がなほさら面白い。翌朝日の輝き初める頃、苞がはらりとほぐれ、壓縮された、箔状一つまみの花瓣が、ふるふるふるつと顫へつつ擴がつてゆく樣は、視てゐても胸騒ぎを覺える。完全開花まで約三分。鮮黄の睫毛の雄蘂は刻刻に葯の花粉を浮上らせ始める。苦い香が冷やかな空氣を穢す。まさに「穢す」としか言ひ樣のない不吉な異臭であり、これに匹敵する「匂=臭」は、女郎花、否、纈草(かのこさう)、否、私の知る限りでは時計草くらゐだ。そして私は告白するが、この苦い香を殊の他愛してゐる。花瓣の千筋縦横の皺はほぼ一時間で悉く消え、甲斐絹(かひき)状の光を帶びる。花は三日ばかりで散り、一週間内外で雌蘂の子房は膨れ上り、諧謔味と潔さとをこもごもに持つ罌粟子(あうぞくし)が生れる。漢字名も粟(あは)の罌(かめ)に他ならぬ。」


「薔薇」より:

「私は庭にも鉢にも薔薇を植ゑない。あの驕慢で繊細な木は、片手間仕事の栽培ではろくな花をつけない。曲りなりにも華麗な花を咲かすと葉が汚れたり蝕まれたりする。旱(ひでり)も霖雨(ながあめ)も嫌ひ、肥料は存分に吸ひたいくせに、施し方がいささか狂ふと、途端に葉ばかり茂り出す。剪定しないと藪、しすぎると先祖還りして野茨の花をつける。薔薇の主たる品種一通り植ゑるなら、すべてを廢してひたすらこの女王に仕へ奉る園丁とならねば、結果は知れてゐるのだ。だから私は薔薇を植ゑない。そして週に一度花店を訪れて一抱へほど買つて來る。鮭紅(サーモン・レッド)に檸檬黄(レモン・イエロウ)、純白に臙脂。靑を除けばどんな色でも手に入る。專門の薔薇栽培人(ばらつくり)が營利のために飼ひ馴らした、無慙に美しい薔薇をさかさに提げて家へ歸る。一週間客間の壷に插した上で、これらはすべて書齋の天井から吊す。逆磔(さかさはりつけ)の薔薇を時時仰ぎながら、私はそれに肖た絢爛たる慘劇を孜孜(しし)として綴る。夏は一週間で乾き上り、薔薇の木乃伊(ミイラ)は微風に擦れ合つて儚い音を立てる。
 私は去年の晩秋、大和の斑鳩(いかるが)に近い縁戚を訪ねた歸途、ふと思ひ立つて秋篠の舊い知人の家へ無沙汰を詫びに廻つた。二十年振だつた。何となく疎遠になつて賀状のみのつきあひが續きそれも近年は絶えた。その昔は五十坪ばかりの庭に薔薇が百株以上ひしめき、園丁代りの近所の若者が三日に上げず通つてゐたやうに記憶する。五月の晴天にでもこの薔薇館へ伺候すると、その光彩陸離たる眺めに、しばし眩暈を覺えて立ちつくしたものだつた。園主はその頃ローザ・シネンシス・ビリディフローラの栽培に熱中してゐた。綠の薔薇である。マクレディやコルデスの靑薔薇は、言はば不可能への挑戰であるが、綠薔薇は決して不可能ではない。花瓣を悉く萼に變へてしまふのだ。幅が萼なみの狹いはなびらは尖端が靑銅色、中ほどから下端は雲母引(きららび)きの綠靑(ろくしやう)、これが何十枚となく、ぎつしり重なり合ふ。不吉な感じである。神の御心に逆ふ業(わざ)と人は言はう。花は日を經ると次第に赤銅色(しやくどういろ)に移ろふ。これも亦慄然たるものあり、ゆゑにこそ今一つの學名を「ローザ・モンストローザ」すなはち妖怪薔薇と言ふのだらう。神に背く妖怪薔薇(モンストローザ)の飼育人は、しかし、私に向つてひややかに言つたものだ。
 「靑薔薇も綠薔薇も神に背くといふ點では同じながら、罪はいたつて輕いものです。重罪犯人はむしろ八重咲を創つた人でせう。雄蘂を全部花瓣に變へて實らぬ薔薇を咲かせ始めた人こそ地獄に墜ちねばなりますまい。薔薇に限つたことはありません。實らぬ園藝種の多瓣花卉はみな惡の花です。そしてそれだから美しい」
 私はあの乾いた笑ひ聲がもう一度聽きたくて呼鈴(よびりん)を押してみた。出て來たのは白髪の老女と化した夫人で、主人は旅行中と呟く。私の顏も辛うじて覺えてゐる程度、何用なと問ひ訊す口吻もいかにも煩はしさうだ。行く先はいづこか知らね、さきくませと祈りつつ引上げた。丈を越す矢來牆(フェンス)越しに薔薇園を覗くと、一目でそれと知れる荒れやう。徒長した枝枝が騒がしく絡み合ひ、秋咲きの品種はしどけなく開き崩れてゐる。それを遮るかに立竝ぶ外側の枝には、錆朱色の實が風に搖れる。三つ四つ、否遙か向うまで見渡すと百以上の薔薇の果實が、折からの夕映に輝いてゐた。その後さる筋から傳へ聞いたところでは、薔薇園主の旅先は、堺のある精神病院であつた。」



「曼珠沙華」より:

「曼珠沙華の花梗は九月上旬の或日、突然何もなかつた地上へすつくと頭を出す。薄綠の、苞を冠つた蕾は一日に五糎以上も伸びるのか、五、六日の間に三、四十糎に達し、秋彼岸の入(いり)前後に、一齊に開花する。」
「花は九月一杯咲き盛る。そして十月中旬には鏖殺(あうさつ)の後さながらの血の海も、すべて掃き消され、莖も溶け腐つて土に歸する。そして、それを待ちかねてゐたかに、暗綠色の葉が簇簇(ぞくぞく)と伸び上つて來る。血の海の後に濃い綠の細葉の藪が生れた頃、霜月となる。この葉群は翌年晩春になると次第に枯れ、溶けて腐り、夏三箇月は、どこに曼珠沙華があつたかも判らぬ土に變る。晩夏何氣なく突き刺したショヴェルが、ぐさつと球根を割(さ)き、愕然とすることもある。不意打めいた眞紅の痙攣、葉の缺如、しかも全く香(かをり)を持たぬこと、更に有毒であること等、この植物はもともと日本人に忌み嫌はれるやうにできてゐる。あの躊躇も含羞もかなぐり捨てて居直つた美しさも亦反感を呼ばう。私はそれが好きだ。同科のアマリリスの中途半端な濃艷さより、どれほど潔いことか。」



塚本邦雄 百花遊歴 06














































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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