小池滋 『ロンドン ― ほんの百年前の物語』 (中公新書)

「これを読めばディケンズが公開処刑に反対したのが、ただの甘っちょろい人道主義者だったからとは思えなくなるだろう。マス・サディズム、マス・ヒステリアの芽が、狩りをする原始人時代から一貫してわれわれ人間の心の奥底にひそんでいること、文明の発達はそれを摘み取るどころか、逆に促進するばかりであること、マスコミや政治的野心家がそれを利用して、いわゆる「民衆の敵」「非国民」その他、近代的村八分や貝殻追放の対象を今後も簡単に作る可能性が十分あることを、彼は鋭く指摘しているだけだ。」
(小池滋 『ロンドン』 より)


小池滋 
『ロンドン
― ほんの百年前の物語』
 
中公新書 495

中央公論社
昭和53年2月15日 印刷
昭和53年2月25日 発行
221p 目次・ロンドン略図5p
新書判 並装 ビニールカバー
定価400円
装幀: 白井晟一



本書「あとがき」より:

「だから、実感で知り得たロンドンについて何か言おうとか、ましてや日英文化についての比較論をやろうなどというつもりは毛頭ない。私がここで試みたことは、他人の目が見てそのペンで記した文献をかりて、ほぼ一世紀前頃のロンドンを描くこと――スケッチではなくて、文字どおり貼りあわせのコラージュを制作することであった。」


本文中図版(モノクロ)多数。


小池滋 ロンドン


帯文:

「有名無名の人びとが彩る都市の多面的な素顔、驚くべき真実」


帯裏:

「産業革命で急激に肥大するこの町は、旺盛な消化力によってあらゆるものを呑み込むばけもの都市の観を呈した。オペラと裁判と青物市場が隣り合わせ、泥棒と売春婦の数は数えきれず、なんと窮貧者の監獄まで出現する有様であった。テムズの河さらい、拾い屋、俗謡売りなど、しがない無名の人々の哀歓と、小説の中に見え隠れする当時の名探偵、大盗、不幸な女たちの実の姿を描いて、イギリス光輝の時代の陰影を鮮やかに隈どる。」


目次:

序章 大きなおできの町
 コベットの日記
 増殖する腫れもの
 ディケンズ一家

第一章 逃れの町
 音楽市場
 有名無名の亡命者たち
 貧困からの逃亡者
 円形長屋の住人たち

第二章 コヴェント・ガーデン盛衰記
 劇場・法廷・青物市場
 尼僧院の庭
 朝の街頭風景
 フィールディング――法律と文学
 ウェストミンスターの判事殿
 奉行と大盗ワイルド
 フィールディング旦那の一党
 十八世紀の犯罪白書
 ジョン・フィールディングの活躍
 その後の界隈

第三章 スコットランド・ヤード交響曲
 テムズ河畔の往時
 ラトクリフ大通りの殺人事件
 警察近代化への着手
 ピーラーとラナーズ
 ラング判事をめぐる挿話
 特別犯罪捜査班のはしり
 名探偵のモデルたち
 新しい時世のなかで

第四章 犯罪者の監獄と貧困者の監獄
 大きな汚水溜
 ニューゲイト・カレンダー
 処刑のショウ化
 監獄の近代化
 貧困者の監獄
 マモンの神への怨み

第五章 薔薇と堆肥
 万国博の輝かしい年に
 下水道で生活する人びと
 テムズのさらい屋
 ロンドンのごみ集め
 煙突の町の掃除少年
 詩の大道商人
 乞食商売さまざま
 ストリート・ガールズ
 ヴィクトリア朝ロンドンの憂鬱

あとがき




◆本書より◆


「地獄はロンドンによく似た町――
  人ごみと煙にあふれた町だ。
あらゆる種類の人間が破滅し、
面白いこと楽しいことはまるでなく、
  正義はごく稀、
   憐れみはさらに稀にしか見られぬ。
(P・B・シェリー『ピーター・ベル三世』第三部)」


「きみ、ロンドンに倦(あ)きた人は、人生に倦きているのさ。だってロンドンには、人生が与え得るものすべてがあるのだからね」
――『サミュエル・ジョンソン伝』一七七七年九月二十日」



「序章 大きなおできの町」より:

「「なんということだ! これが『繁栄』というものなのか。これが『戦争景気』というものなのか。腐敗によって生まれ、犯罪と悲惨と奴隷状態を生み出す、この不自然な膨張、この白い腫れもの、このいまわしいできものの存在を、私はこの二十年の長きにわたって歎き続けてきたのではなかったか」

 ウィリアム・コベットは、イングランド南部に生まれて育った自作農、そのままでいけば骨の髄からの頑固なイギリス人、保守主義者、愛国者となるはずの男だった。ところが周知のとおり、十八世紀末から十九世紀の初頭にかけて、社会の大激変がやってきた。」
「農村出身者のコベットの目に、人為的な都市の膨張が、ひどく不自然で不安定で、病的なおできのように映ったのも無理はない。」
「囲い込みがはなはだしくなるにつれて、農業牧畜でほそぼそと生計をたてていた人びとはしだいに追い立てられ、文字どおりルンペンとなって放浪せざるをえなくなる。大都市周辺の農村地帯は、土地を生活の基盤としてではなく、投資と金儲けの対象としてのみ考える、都会の旦那方に蚕食され、汚染されていく。彼らは勝手に都市をふくらましたり、逆に「焚きつけのガラクタ」の廃墟にしたりする。コベットはこの不条理を「二十年の長きにわたって歎き続けてきたのではないか」といっているが、これは予言者として自分の先見の明を得々として吹聴しているのではなく、事態がちっとも改善しないことにいらだっているのである。」

「「だが、すべてのおできの大親玉、ジャーナリストどもが愚かにも気取って『大英帝国のメトロポリス』と呼ぶばけものの運命はどうなるのか。そのまわりにくっつけられた多くの町は、どうなるのか」

 人で急激にふくれあがった都会を「おでき」(wen)と呼ぶこの比喩が、彼はよくよく気に入ったのか、これ以後のべつまくなしに使っている。とくに首都ロンドンに対しては、頭文字を大文字にしたり(the Wen)、「大きな」(great)という形容詞をつけたりしているが、彼の文章には「ロンドン」という語があまり見かけられず、そう呼ぶべきところはほとんどいつも、この「おできの親玉」で代用されている。」

「この文章に見られるコベットの態度には、熱血漢と臨床医の奇妙な混合のようなものがある。彼の目の前には大きなおできをこしらえた病人の、不健康な、醜い、吐気をもよおすような身体がある。ひと思いにすっぱり切開してしまえば、医者としては気持がいいだろう。しかし一回切ったくらいではこのおできは治りっこないし、へたに切れば患者の生命そのものを脅かすことを、彼はよく知っているのだ。だから彼はいらだち、しつこいほど例の「おできの親玉」という言葉をくりかえす。彼の文章上の先達だった、ジョナサン・スウィフトの墓碑銘ではないが、「激しい憤怒に心もひき裂かれる」ばかり。
 だが、コベットにはスウィフト司祭のような狂気はない。彼の精神を健康にしてくれたのは、結局のところ自分はあの「おでき」のなかの哀れな住人ではない、という確信である。彼はロンドンに住んではいたものの、あくまで農村社会と対比して、そこからおできを観察し、診察する人間なのだ。自分はおできの親玉のなかの「あらゆる種類の病気と悲惨」をこの身に体験した人間ではない、と知っていればこそ、冷静に客観的に現実を直視できた。
 だから、コベットの文章にあえてないものねだりをするならば、それは次のようになるだろう。大都会の悲惨と病気の実の姿を、医者ではなくて患者として、感覚的に、いわば悪夢にうなされたような筆で描いてくれれば、もっと読者の心を強くゆさぶったであろうに。おできの膿(うみ)に自分自身がまみれて、泥棒や売春婦を描いてくれたら……そうすれば不愉快な大都会ロンドンにも、思いもかけぬ魅力があることを、自らも発見し、読者にも伝えてくれることができたできたかもしれない。」

「というわけで、ウィリアム・コベット氏にはこの辺でお引取り願って、これからはしばらくチャールズ・ディケンズ一家の後について、(中略)ロンドンに入って行くことになるが、行く手にあるのは、ジョンソン博士が「人生そのもの」と呼び、詩人シェリーが「地獄そっくり」と呼んだおできの親玉である。ダンテすら地獄へ行く時には案内人としてウェルギリウスを必要としたのだから、明暗交錯するこの都会へ足を踏み入れるには、私たちも誰かに導いてもらわねばなるまい。ディケンズを中心にして、そのほか多数の有名無名の人びとが、その役を分担してくれるはずである。」













































































































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