バーナード・マッギン 『フィオーレのヨアキム』 宮本陽子 訳

バーナード・マッギン 
『フィオーレのヨアキム
― 西欧思想と黙示的終末論』 
宮本陽子 訳

監修: 上智大学中世思想研究所

平凡社
1997年5月19日 初版第1刷発行
310p 著・訳者紹介1p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,500円(税別)
装丁: 中垣信夫



本書「訳者あとがき」より:

「ここに(中略)訳出したのは、Bernard McGinn, The Calabrian Abbot: Joachim of Fiore in the History of Western Thought (New York: Macmillan, 1985) である。ただし訳出にあたっては、一般読者の便を考えて、原書の註のうち参考になりそうな個所は適宜本文中に移動し、そのかわり本文に英文翻訳で引用されている原典のラテン語原文および細かい出典個所註、研究史に関わる専門的なコメントなどは割愛させていただいた。」
「聖人、似非予言者、マルクスの先駆、はたまたヒトラーの第三帝国の理念の祖先とまで、多種多様な評価のなされているフィオーレのヨアキムについてはすでに多くの研究書が書かれているが、本書は今までに書かれた最良のヨアキム入門との評価を享けており、また国際ヨアキム研究所(中略)のヨアキム研究叢書の一冊としてイタリア語にも訳されている。」
「マッギン教授の著作に共通して言えるのは、個々の思想家の思想がその個々の思想の枠組においてばかりでなく、同時に西欧思想史の大きな流れ全体のうちに捉えられて解明されていることである。この『フィオーレのヨアキム』にしても、ヨアキム入門としてばかりでなく、十二世紀思想(歴史神学)入門としても読める。」



本文中「図」10点、「表」3点。


マッギン フィオーレのヨアキム


帯文:

「西欧の歴史観を大きく規定する歴史神学を樹立した
異貌の神秘家――フィオーレのヨアキムの
晦渋なテクストと図像を読み解き、その思想の
背景・主題・影響を明らかにする第一級の研究。
類書皆無、本邦初紹介。跋=M. エリアーデ。」



帯背:

「予言/幻視
としての歴史」



帯裏:

「【エリアーデによる跋】より
ヨアキムの歴史神学が誤解され、さらに1263年には誤謬宣言を受けたことは、西方キリスト教世界に不幸な結果をもたらした。しかし今やわれわれはヨアキムの三つの〈時代〉または〈段階〉の論理――ヨアキムによればこれらはそれぞれ父と子と聖霊によって支配される――の孕むリスクをよりよく理解することができる。このような概念は疑いもなく大胆で独創的、かつ実り多いものであった。アウグスティヌスの意見に反して、このカラブリアの修道院長は、歴史はいくつかの艱難を経た後に精神的な至福と自由の時代を迎えると予告した。これはキリスト教の完成は現世の歴史としての未来において達成されるという意味になる。」



目次:

図版・表一覧
フィオーレのヨアキムの主要著作刊本および写本、その他略記一覧

ミルチャ・エリアーデによる跋

序文

 序章 歴史的に見たフィオーレのヨアキム
  十二世紀の諸相
  フィオーレのヨアキムの生涯
  ヨアキムの真正の著作
第一部 ヨアキムの思想的背景
 第一章 キリスト教歴史神学の発展
 第二章 ラテン・キリスト教世界における「黙示録」釈義
第二部 ヨアキムの思想の主題
 第三章 象徴主義者ヨアキム
 第四章 〈霊的理解〉――ヨアキムの聖書解釈
 第五章 「巻物を受け取って食べよ」――ヨアキムと「黙示録」
 第六章 歴史における三位一体
第三部 ヨアキムの影響
 第七章 修道院長と博士たち――ヨアキム、トマス・アクィナス、ボナヴェントゥラ
 トマス・アクィナス
 ボナヴェントゥラ
 比較検討

結論

文献抄
訳者あとがき
索引




◆本書より◆


「結論」より:

「本書の基本的な主題は、ヨアキムの体系の詳細が今やよりよく理解されうるためばかりでなく、キリスト教神学の歴史におけるその役割の重要性が再認識されているがゆえに、西欧思想史におけるヨアキムの位置を見直す必要があるということにあった。修道院長の才能をどう評価すべきかは、第一部でしたように、彼をその先行者と比較することによって明らかにすることができ、それは、第三部で行ったように、その思想の影響の少なくともいくつかの局面を示すことによってさらに強調されようものの、なぜヨアキム修道院長が重要なキリスト教思想家であるかを理解するためには、その著作と〈形象〉とを仔細に探求するほかはない。キリスト教信仰の意味を説明する際、ヨアキムは三つの主題が一つの〈偉大なる神秘〉(magnum mysterium)、すなわち聖書に啓示された三位一体の神の歴史における働きにおいて分かちがたく混合していると考えた。
 最近のヨアキム研究は、以前の最高の研究成果を踏まえ、ヨアキムの歴史理論の詳細と意義に関して、彼の三〈段階〉理論の単純な教科書的説明が与えるものよりもはるかに明快な理解を生み出した。だが、歴史の意味を彼が解釈する仕方と不可分なヨアキムの〈偉大なる神秘〉のもう二つの側面――釈義理論と三位一体論――に関しては研究が少ない。この理由で、本書第二部は、彼の教えの全体的意義を評価するための広い視野を提供しようとして、このカラブリアの修道士の聖書理解(第四章、第五章)と三位一体の神秘の理解(第六章)を集中的に扱った。
 ヨアキムは新しい歴史神学を創造する気は毛頭なかった。そのような考えを彼は唾棄したことだろう。彼の言わねばならないことはすべて、〈霊的理解〉に与った者には聖書において明白に啓示されていることなのであり、自分はすでに明らかなことを指摘しているだけなのだと、彼は確信していた。だが彼が言わなければならなかったことは新しいことであり、ある意味で衝撃的に新しいことだったのである。」
「このカラブリアの修道院長は、主要なキリスト教歴史神学者のなかのヤヌス的存在であるとでも形容できよう。一方では彼は反動主義者、自身の時代に支配的となってきた神学と教会統治の思想にそりの合わない、限られた背景と教育しかもたない修道士思想家である。しかし彼はまた前向きで、ほとんどどの古典的キリスト教神学者よりも深い、現世内における未来への希望をもっている。改革の磁場を過去よりむしろ未来に、すなわち使徒の理想に戻ることや現在を栄光化することよりも、到来しつつある聖霊の〈段階〉に求めることによって、彼は多くの者に刺激を与え続け、また他の者たちにとっては論争の火種であり続けるような仕方で、以前のさまざまな歴史神学から離脱したのである。現代においては、彼の時代におけると同様、ヨアキムの思想は、未来の霊的位相への責任を忘れかけているように見えるすべての教会制度に対する挑戦であり続けている。
 ヨアキム修道院長は、悪しき者たちに艱難が迫り来っていると力強く説き、慰めを必要とする者にはそれを与えるのにも劣らず巧みであった。苦しんでいる者には、平和と調和と霊的洞察の新時代――聖霊が人類史におけるすべての霊的なものを完成に導くであろう時代――への希望を指し示した。彼が聴衆にこう諭すとき、この予見の力と頼もしさは明白である。「地の塵芥から心の目を上げなさい。人込みの喧騒と啀(いが)み合う言葉を後にするがよい。聖霊のうちに、天使に従って砂漠へ行きなさい。天使とともにかの巨大にして高い山に登りなさい――古の日々より数知れぬ世代の人々から隠されてきた深遠なる教えを知ることができるように」(中略)。これがヨアキム修道院長の教えである。」































































































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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