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西岡兄妹 『神の子供』

2011年10月21日。


「衝撃的に、悪は野放しにされ、官能と美は解放され、教訓臭はどこにもなかった」
(三島由紀夫)




西岡兄妹 『神の子供』

太田出版 2010年12月18日第1版1刷発行
180p あとがきにかえて2p 
A5判 並装 カバー 定価1,333円+税



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帯背には「美しき残酷劇(グランギニョル)」と書かれていて、アルトー贔屓としてはわくわくしてしまうものの、これはいつもの青林工藝舎ではなく太田出版だし、「西岡兄妹の新境地!!」とか帯に書いてあるし、新しいものや環境の変化が苦手なので、躊躇しましたが、気になったので買ってみました。そして読んでみました。

表紙の色調が赤と黒だから、ついついスタンダールを連想して、権力志向の主人公の権謀術数の話なのかなー、そして宗教と戦争の話なのかなー、という先入観で読みました。

アンチ・キリストものですが、もともとキリストというかイエスじたいが既存の宗教や社会に対する鮮烈でアクチュアルな「アンチ」であったわけで、それゆえ「あいつらは乱交パーティをしたり、赤ん坊を殺してその肉を食べている」などと誹謗中傷され、迫害されて凶悪犯罪者と同じように処刑されてしまったのです。

本書の主人公は母親の胃の中で成長してトイレの便器に産み落とされます。「わたしの薄くぼんやりした視界のなかに黒い太陽が浮かんでいた」。この場合の黒い太陽というのは肛門のことだと思うので、「ロード・オーシュ(トイレ閣下)」に「太陽肛門」、となるとジョルジュ・バタイユの名前を出さないわけにはいきません。
(このような異常な出生をした子供は特異な能力をもつ、というのはフォークロアの約束事です。)
しかしバタイユ著作集も処分してしまったので、さっき読んだ井村君江『サロメの変容』(新書館)に引用されていた三島由紀夫の発言を孫引きしたいと思います。べつに引用しなくてもいいわけですが、引用が大好きなので、できれば自分の文章なんか無しで、引用だけでブログを書けたらいいなと思っています。

「ぼくの内面には美、エロティシズム、死というものが一本の線をなしている」
(三島由紀夫)

「ぼくの考へでは、エロティシズムと名がつく以上は、人間が体をはつて死に至るまで快楽を追求して、絶対者に裏側から到達するやうなものでなくちやいけない。だから、もし神がなかつたら、神を復活させなければならない。神の復活がなかつたら、エロティシズムは成就しないんですからね。ぼくは、さういふ考へ方をしてゐるから、無理にでも絶対者を復活させて、そしてエロティシズムを完成します。これは、その辺にある日常的なセックスなんかと、まるで次元が違ふ。まあ一種のパン・エロティシズムなんですよ。」
(三島由紀夫)

































































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