原子朗 編 『大手拓次詩集』 (岩波文庫)

「光はうちにやぶれ、闇はそとにひらき、ひたすらなる渾沌に沿うて風は木の実をうむのである。
 それら怪奇なる肉身の懊悩にぎらぎらと鱗(うろこ)を生やす心霊は、解体して、おぞおぞとし、わたしの足は地をつらぬき、わたしの手は天をつらぬき、わたしの身は空間にみちあふれる。
 すべてはうしなはれるのである。
 すべてはきえさるのである。
 すべては虚無である。
 この虚無にうつりすむにあたり、はじめてわたしは生れるもののすがたにうつりゆくのである。ひろがりは、わたしにきたるのである。充たされも、わたしにきたるのである。まことの創造の世界にうつるのである。」

(大手拓次 「日食する燕は明暗へ急ぐ」 より)


原子朗 編 
『大手拓次詩集』
 
岩波文庫 綠/31-133-1 

岩波書店 
1991年11月18日 第1刷発行
434p
文庫判 並装 カバー
定価720円(本体699円)



本書「解説」より:

「これはもう極わめつきの孤独癖、含羞症(がんしゅうしょう)といえるほどの内向・寡黙(かもく)の性格だった。」


新字・正かな。各セクション扉に大手拓次によるカット7点。


大手拓次詩集 01


カバー文:

「生と死の交錯する妖しい夢幻世界の実在を、口語自由詩で表現した大手拓次(1887-1934)。孤独と病魔にさいなまれながら、フランス象徴詩を道標として、詩人は生の証しを詩作に求めた。全作品約2400篇から232篇を厳選して年代順に配列し、詩人の生涯の営みをうかがえるよう配慮した。散文詩や訳詩も紙幅の許す限り採った。」


目次:

初期詩篇(明治期)
 華奢な秘密
 頭のはじの微笑
 果物の誕生
 ふし眼の美貌
 二行の蛇
 凋落の祈り
 死の絵姿
 絵すがた
 お前は
 水仙のにほひ
 幽霊さん
 くちびる
 丁字の花
 おののき
 剣を持つ愛
 香炉の墓場
 羊皮の紙
 胞衣を着た祈禱の笛
 円柱の主人
 運命の脣

『藍色の蟇』時代Ⅰ(大正前期)
 くちなし色の散歩馬車
 水の上にをどる女
 藍色の蟇
 慰安
 青銅の丘
 砂人形
 なまけものの幽霊
 蛇の道行
 わたしは盲者
 女よ
 撒水車の小僧たち
 象よ歩め
 しなびた船
 綠の締金――私の愛する詩人リリエンクローンへ
 美の遊行者
 あゆみ
 妖気
 陶器の鴉
 ちらちら見える死
 みどり色の蛇
 五月の姉さんへ
 くちなし色の車
 くさむらよ!
 のび上る無智の希望
 雪をのむ馬
 転生の歌
 野よ立てよ
 ふくろふの笛
 密猟者
 香炉の秋
 球形の鬼
 走る宮殿
 廻廊のほとり
 むらがる手
 とも寝の丘
 木立の相
 冬のはじめ
 名も知らない女へ
 法性のみち
 妬心の花嫁
 ゆあみする蛇
 黄色い馬
 銀色のかぶりもの
 日輪草
 足をみがく男
 血をくむ柄杓
 夜会
 『悪の華』の詩人へ
 黒い手を迎へよ
 暁の香料
 母韻の秋

『藍色の蟇』時代Ⅱ(大正後期)
 蛙の夜
 青い異形の果物
 手の色の相
 水草の手
 リラの香料
 ベルガモットの香料
 スヰートピーの香料
 ナルシサスの香料
 小用してゐる月
 月下香(Tubéreuse)の香料
 白薔薇の香料
 Jasmin White の香料
 香料の墓場
 Glycine の香料
 ヘリオトロピンの香料
 香料のをどり
 罪悪の美貌
 すみれの葉の香料
 をとめのひざ
 あをざめた僧形の薔薇の花
 白面鬼
 温室の亡霊
 Tilleul の香料
 仏蘭西薔薇の香料
 盲目の鴉
 Wistaria の香料
 香料の顔寄せ
 疾患の僧侶
 一人のために万人のために
 そだつ焰
 木の葉のしげりのなかをゆく僧侶
 氷河の馬
 ちりぎはのばらの香
 木立をめぐる不思議
 夏の夜の薔薇
 色彩料理
 霊の食器
 ひびきのなかに住む薔薇よ
 赤い幽霊
 石竹の香料
 日光の靴をはいて
 よみがへり
 西蔵のちひさな鐘
 秋
 ふかみゆく秋
 マリイ・ロオランサンの杖――ロオランサンのある画を思ひて
 四月の顔

『藍色の蟇』以後(昭和期)
 ペルシヤ薔薇の香料
 さかづきをあたへよ
 明日を待つ薔薇
 昨日の薔薇
 夜の薔薇
 ふりつづくかげ
 空華
 心のなかの風
 Néant
 春の日の女のゆび
 夜の時
 昼の時
 朝の時
 黄色い接吻
 煙草の時
 かをる四月
 五月は裸体である
 動物自殺倶楽部
 恋人のにほひ
 腐つた月光
 死は羽団扇のやうに 
 骸骨は踊る
 野を匍ひ歩く耳
 陰鬱な羽根をひろげた烏蛇
 白布にとりまかれた霊魂
 病気の魚
 脣の刺
 青くいろどられた瞼
 はるかに偲ぶこゑ
 しろい影
 時の香
 心を化粧する
 青い鐘のひびき
 Fantastique な卵
 水底の嘆きの歌
 火を探す
 くさむらの裸のうへに
 黄金の梯子をのぼる蛇
 白い言葉
 薔薇の讃歌
 薔薇はゆれる
 梨子の花色のマドモアゼエルへ
 手に薔薇は繁けれど
 わたしの側には
 陶器の玩具
 霧にかくされた言葉
 風の言葉
 ゆふぐれ
 冬の夜の蛍
 重たい月を荷つた心
 言葉は魚のやうに歩く
 こゑ
 雪色の薔薇
 みづのほとりの姿
 そよぐ幻影
 薔薇の散策

散文詩
 手箱の嫁入
 とび色の歌
 枯草の囚人
 岡よりくる夏
 緑の悪魔
 言葉の香気
 香水夜話
 白い鳥の影を追うて
 噴水の上に眠るものの声
 霧のなかに蹄を聴く
 指の群
 日食する燕は明暗へ急ぐ
 鋏で切りとつた風景
 内部にひらく窓
 初めの言葉
 病間録――無為の世界の相に就て
 幻は月を刻む

文語詩篇
 まへがき
 序詩
 ひとひらの花あるごとく
 春の断章
 心ふたがれ
 白くあれ
 ゆふぐれ
 水に浮く花
 浮べる水草
 あをき刃の
 死

訳詩篇
 温雅 (カミーユ・モークレール)
 湿気ある月 (アンリ・バタイユ)
 亡霊 (シャルル・ボードレール)
 夜の歌 (ポール・フォル)
 踊る蛇 (シャルル・ボードレール)
 信心 (ギュスターブ・フォルク)
 秋のはじめ (カール・ブッセ)
 河をよぎりて (リヒャルト・デーメル)
 「薔薇の連禱」の一部 (レミー・ド・グルモン)
 お前はまだ知つてゐるか (リヒャルト・デーメル)
 秋 (アルベール・サマン)
 夢幻の彫刻 (シャルル・ボードレール)
 ふくろふ (シャルル・ボードレール)
 見事な菊 (ライナー・マリア・リルケ)
 田舎のワルツ (D・フォン・リリエンクローン)
 イカールの嘆息 (シャルル・ボードレール)
 幻想 (シャルル・ボードレール)
 憑き人 (シャルル・ボードレール)
 交通(コレスポンダンス) (シャルル・ボードレール)
 信天翁 (シャルル・ボードレール)
 STANCES (ジァン・モレアス)
 異国のにほひ (シャルル・ボードレール)
 輪舞歌(ロンド) (ポール・フォル)
 ギタンジヤリ (ラビンドラナート・タゴール)
 若い女のやうな春 (ローラ・ベネット)
 幽霊 (シャルル・ボードレール)
 踊る蛇 (シャルル・ボードレール)
 美しい船 (シャルル・ボードレール)
 墓鬼 (シャルル・ボードレール)
 音楽 (シャルル・ボードレール)

年譜
解説 (原子朗)



大手拓次詩集 02



◆本書より◆


「二行の蛇」:

「青黒い森のなか
遠くの森の齢(よはひ)のなか、
恐ろしくそしてなつかしい
楽しみは群がり生れてる。
そこへ行かう。
ただかよわい足のもろさに
路を迷ひ、路をはぐれ、
あの、青くよどむ楽しみの森へ
ひとすぢにゆく事が出来ない。

うすうすと化粧(けはひ)した
お前やわたしの心のなかには
美しい
二つならびの蛇がのびてゐる。」



「球形の鬼」:

「あつまるものをよせあつめ、
ぐわうぐわうと鳴るひとつの箱のなかに、
やうやく眼をあきかけた此世の鬼は
うすいあま皮に包まれたままでわづかに息をふいてゐる。
香具をもたらしてゆく虚妄の妖艶、
さんさんと鳴る銀と白蠟の燈架のうへのいのちは、
ひとしく手をたたいて消えんことをのぞんでゐる。
みよ、みよ、
世界をおしかくす赤いふくらんだ大足(おほあし)は
夕焼のごとく影をあらはさうとする。
ああ、力と闇とに満ちた球形の鬼よ、
その鳴りひびく胎期の長くあれ、長くあれ。」



「銀色のかぶりもの」:

「空はこつくりとはれてゐる。
ものものしいものは、みんな光線のうちにかくれ、
とほくとほく、ともがらをよぶ霊気のこゑ、
わたしのよろこびとくるしみとは、
これも、れいろうとした霊気のほとぼりをうけて、
アミーバのやうにのびてひろがる。
さても、ふしぎなのは、
この感じにわたしのからだがひろがるとき、
まばゆい、銀いろのものが、
かろく、わたしのあたまのうへにのつかつた。
これはおそらく神の栄光であらう。
空をとぶ鳥よ、地をはふ虫よ、
それはみんなわたしの化身である。」



「蛙の夜」:

「いつさいのものはくらく、
いつさいのおとはきえ、
まんまんたる闇の底に、
むらがりつどふ蛙のすがたがうかびでた。
かずしれぬ蛙の口は、
ぱく、ぱく、ぱく、ぱく、……とうごいて、
その口のなかには一つ一つあをい星がひかつてゐる。」



「罪悪の美貌」:

「めんめんとしてつながりくる火の柱、
異形のくろい人かげは火のなかにみだれあうて、
犬の遠吠のやうにうづまく。
くろいからだに
真珠の環(わ)をかざり、
あをいサフイイルの頸環をはめ、
くちびるに真紅の眼をにほはせ、
とろ火のやうにやうやうともえる火の柱のなかに、
あるひは めらめらとはひのめる火の蛇のうそぶきに、
罪の美貌の海鼠(なまこ)は
いよいよくさり、
いよいよかがやき、
いよいよ美しく海にしづむ。」



「温室の亡霊」:

「花がいちやうにゆれて、
うすむらさきのゆふやみが、
やはらかい毛のいきもののやうにあつまつてきた。
まつきいろにたれさがる異形の蘭の花、
恐ろしい繁みのまぼろしをうむ羊歯(しだ)の葉のそよぎ、
まつかな夢をひらめかす名もしらぬ毒草の花、
けむりのやうに手をのばす蔓草(つるくさ)のあをあをしさ、
むらがりきえるにほひのつよいまどはしに、
あたまをうたれ、
眼(め)をうたれ、
しびれる手をうたれて、
わたしはをんなの蜘蛛のやうにおづおづとうづくまる。
わたしは、この温室のなかにうまれでた、
かたちもないひとつの亡霊だ。
わたしはじめじめとした六月の湿気のかげに、
うすばかげろふのやうな透明のからだをねかせて、
にがにがしくあまいもろもろの花のにほひをかぎながら、
ふけてゆくわたしの年月(としつき)のうへに笑ひと夢とをなげる。」



「疾患の僧侶」:

「みつめればみつめるほど深い穴のなかに、
凝念(ぎようねん)の心をとかして一心にねむりにいそぐ僧侶、
僧侶の肩に木(こ)の葉(は)はさらさらと鳴り、
かげのやうにもうろうとうごく姿に、
闇をこのむ虫どもがとびはねる。
合掌の手のひらはくづれて水となり、
しづかにねむる眼(め)は神殿の宝石のやうにひかりかがやき、
僧侶のゆくはれやかな道路のまうへに白い花をつみとる。
底のない穴のなかにそのすみかをさだめ、
ふしぎの路をたどる病気の僧侶は、
眼もなく、ひれもなく、尾もあぎともない
深海の魚のすがたに似て、
いつとなくあをぐろい扁平のかたまりとなつてうづくまる。
僧侶のみちは大空につながり、
僧侶の凝念は満開の薔薇となつてこぼれちる。」



「色彩料理」:

「人間の眼玉をあをあをと水のやうに
藍絵(あゐゑ)の支那皿にもりそへ、
すずろに琴音(ことね)をひびかせる蛙のももをうつすりとこがして、
みづつぽいゆふべの食欲をそそりたてる。
あぶらぎつた蛇の花嫁のやうな黒い海獣の舌、
むしやきにしたやはらかい子狐の皮のあまさ、
なめくぢのすのものは灰色の銀の月かげ、
とかげのまる煮はあをざめた紫の星くづ、
むかでの具足煮は情念の刺(とげ)、
かはをそのそぎ身はしらじらしい朝のそよ風、
まつかな極彩色の大どんぶりのなかに、
帯のやうにうづくまる蛙の卵はきらめく宝石のひとむれだ。
病毒にむくんだ手首の無花果(いちじゆく)は今宵の珍果、
金いろにとけるさかづきにはみどりの毒酒、
ふかい飽くことをしらない食欲は
山ねずみのやうにたけりくるつてゐる。」



「ひびきのなかに住む薔薇よ」:

「ひびきのなかにすむ薔薇よ、
おまへはほそぼそとわだかまるみどりの帯をしめて、
雪のやうにしろいおまへのかほを
うすい黄色ににほはせてゐるのです。
ふるへる幽霊をそれからそれへと生んでゆくおまへの肌は、
ひとつのふるい柩のまどはしに似てゐるではありませんか。
ひびきのなかにすむふくらんだおほきな薔薇よ、
おまへは あの水の底に鐘をならす魚の心ではないでせうか。
薔薇よ、
ひびきのなかにうろこをおとす妖性(えうせい)の薔薇よ、
おまへはわたしのくちびるをよぶ、
わたしのくちびるをまじまじとよんで、
月のひかりをくらくするのです。

うすく黄色い薔薇の花よ、
ぷやぷやとはなびらをかむ羽のある蛇が
いたづらな母韻(ぼゐん)の手をとつて、
あへいでゐるわたしのこころに
亡霊のゆくすゑをうたはせるのです。

ああ
しろばらよ しろばらよ しろばらよ、
おまへはみどりのおびをしめて、
うすきいろく うすあをく にほつてきました。」



「赤い幽霊」:

「おまへは星のさきみだれる沼からあがつてきた
一ぴきの幽霊だ。
封じられた感覚をのりこえて、
さびしいいなづまのやうにとびさる。
おまへは一ぴきの赤い幽霊だ。
あでやかにとぎすまされた白い骨壷のなかへ、
ふたたび影をおとさうとするのか。

ああ、おまへは瘴地(しやうち)にさく緋色の蘭のやうに、
そのくちびるに水をふくみ、ふはふはとうかんで、
にげてゆく月の舌をおひかけるのだ。」



「夜の時」:

「ちろ そろ   ちろそろ
そろ そろ そろ
そる そる そる
 ちろちろちろ
され され されされされされされ
びるびるびるびる びる」



「昼の時」:

「あを あを あを あを あを
いを いを いを
 はむ はむ   はむ はむ

あう あう 
 ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ」



「朝の時」:

「あ あ あ あ あ
ろ ろ ろ  ろろろ  ろ ろ ろ
  め ろ  め ろ
  ろろろろろ  ろろろろ  ろろろ」



「白布(はくふ)にとりまかれた霊魂」:

「ひとむらの雑草の ながくのびたくびのほとりに、
まがまがしいうめきをたてつらねるのは
とげだつた くされかかつた魂の流れ身だ。
たえまもなく けむりかかる そのだらだらと呵責(さいな)まれた身体(からだ)ぢゆうに
よごれた白い布をまきつけて、
ただ ひとめのない時空のなかに
石のやうに おともなくたたずんでゐるのだ。」



「病気の魚」:

「ひとつの 渚(なぎさ)のなかに暮れ、
はぎとられた 青い鱗を鳴らしてかなしむ
病気の魚(うを)の やさしい顔。」



「ゆふぐれ」:

「ゆふぐれは そこにちかづいて
ことばを さしいれる、
きえてゆかうとする あをいことばを。

ゆふぐれは うすいろのきものをきて、
こころのおもてに
うまれない星を ちりばめる。

ゆふぐれは あのひとの こゑのないことばを
そよそよと そよがせ、
みづのやうに こころをふかくする。

ゆふぐれは はなればなれの思ひを
けむりのやうに つなぎあはせ、
かくれてゐる おどろきを そだててゆく。」



「冬の夜の蛍」:

「あをい宝石をつらぬいて
この くらいことばの飾りとし、
その ひとつびとつの ふれあふ音をかくし、
みだれ咲かうとする 思ひを
眼と眼のあひだに とざしいれた。
わたしの くらいことばは
冬の夜(よ)の 蛍のやうにおほきく、
あをあをとして ふかく しづんでゐる。」



「重たい月を荷つた心」:

「わたしは しろい幽霊のむれを
ゆふぐれごとに さそひよせ、
わたしの顔も わたしの足も
浮動する気体に とりまかれる。

わたしは そのなかに
ゆふぐれの かなしみを よろこび、
ゆふぐれの あをい思ひを 食べ、
おさへつけられるやうな
月のひかりの おもみをになつて
木の葉の ささやくあたりに
眼をあけたまま たたずんでゐる。」




「日食する燕は明暗へ急ぐ」より:

「言葉の円陣にわたしは空間を虐殺して、遅遅とする。
 この表現の飛翔する危険をむすんで、逸し去らうとする魚は影の客である。
 かたちももとめず、
 かげももとめず、
 けはひももとめず、
 にほひももとめず、
 こゑももとめず、
 おもひももとめず、
 わたしは、みづからを寸断にきりさいなみ、ふみにじり、やぶりすてて、うららかに消えうせ、
 ひとつの草となり、
 ひとつの花となり、
 ひとつの虫となり、
 ひとつの光となり、
 ひとつの水となり、
 ひとつの土となり、
 ひとつの火となり、
 ひとつの風となり、
 ひとつの石となり、
 この必然の、しかも偶然の生長に対して、わたしは新しい生命をむさぼり得つつ流れゆくのである。
 蛍のやうにひかる十二頭の蛇の眼がぢれぢれとする。
 わたしは、そこにはてしない森林をひろげる怪物料理をゆめみる。
 太陽のラムプが足をぶらさげてでてきたのである。
 青狐は、はらわたをだしてべろべろとなめる。
 あたらしい DIABOLISME のこころよい花園である。
 ブレエクより、ビアヅレエより、モロオより、ロオトレエクより、ドオミエより、ベツクリンより、ゴヤより、クリンゲルより、ロツプスより、ホルバインより、ムンクより、カムペンドンクより、怪奇なる幻想のなまなまと血のしたたるクビンである。
 鬼火はうづまいて、鴉(からす)は連れ啼き、もろもろの首は、疾風のやうにおよいでゆき、水中に眼をむく角(つの)をもつ魚、死体の髪をねぶる異形なる軟体動物、熱帯林の怪相、蛇とたはむれる微笑の首は睡蓮の咲く池のうへに舞ひ、女体の頭部に鑿(のみ)をうつ化物、寝室の女怪、のつぺりの淫戯、髑髏(どくろ)と接吻する夫人、昆虫と狎れあそぶ巨人、空腹にみづからの腕をかむ乞食、酒のごとく香水を愛する襤褸(ぼろ)の貴族、桃色大理石のやうな肌をもつ片眼の娘、あをい泡を鼻から吹きだす白馬の沈黙、足におほきな梵鐘をひきずる男…………
 迷路に鳥はわたり、かすかな遠啼きのなかに心は蝉脱する。
 光はうちにやぶれ、闇はそとにひらき、ひたすらなる渾沌に沿うて風は木の実をうむのである。
 それら怪奇なる肉身の懊悩にぎらぎらと鱗(うろこ)を生やす心霊は、解体して、おぞおぞとし、わたしの足は地をつらぬき、わたしの手は天をつらぬき、わたしの身は空間にみちあふれる。
 すべてはうしなはれるのである。
 すべてはきえさるのである。
 すべては虚無である。
 この虚無にうつりすむにあたり、はじめてわたしは生れるもののすがたにうつりゆくのである。ひろがりは、わたしにきたるのである。充たされも、わたしにきたるのである。まことの創造の世界にうつるのである。
 なにものかが、わたしの手をひくのである。なにものかが、わたしのなかにあふれるのである。それは不死の死である。不滅の滅である。永遠の瞬間である。
 わたしは、白い蛙となつて水辺にうかぶ。
 雨はほそくけぶり、
 時はながれる。」



「病間録――無為の世界の相に就て」:

「ながいあひだ私は寝てゐる。
 何事もせず、何物も思はない、心の無為の世界は、生き生きとして花のさかりの如く静かであつた。
 わたくしは日頃から、眼に見えないものへ、また形のないものへのあこがれを抱いてゐたのであつた。この願ひは、いつ果されるともなく、わたくしの前に白く燃え続けてゐた。
 偶然にとらへられてその白く燃えてゐる思念が、この無為の世界のなかに此上もなくふさはしく現はれてきたのであつた。
 その時、心の「外へのよそほひ」は凡てとりさられ、心は心みづからの真の姿にかへつて、ほがらかに動きはじめたのであつた。
 心は表面の影を失ひ、内面の自由な動きの流れへ移つたのである。
 わたくしは見知らぬ透明な路をあるいてゆくのである。
 心のおもては閉ざされて暗い。けれど形よりはなれようとする絶えざる内心の窓はらうらうとして白日よりもなほ明らかである。
 感情は青色の僧衣をきてかたはらに佇んでをり、たえず眠りの横ぶえをふいてなぐさめてゐるではないか。」



「白くあれ」:

「わづらひは 草のごとくしげれども
ただ しろくあり
とらへがたなく はびこれり

ひびきを咬(か)みて あらはるる
その くろき言の葉は
さまもなく たたずみをれり

しろくあれかし
なにごとも かたちなく かたちなく
しろくあれかし」



「死」:

「しろきうを
かさなりて 死せり」


























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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