ルキアーノス 『神々の対話 他六篇』 呉茂一・山田潤二 訳 (岩波文庫)

カロオン ええ、見えますが、どうやらとても色とりどりな混雜ですね。(中略)ですが、あの人間どものまわりを飛んでる、朦朧とした形の群は、ありゃ何ですかえ。
ヘルメス あれか、望みや恐れ、無思慮や快樂、それから金錢欲とか憤怒とか憎惡とか、そういった者どもさ。」

(ルキアーノス 「カロオン」 より)


ルキアーノス 作 
『神々の対話 他六篇』 
呉茂一・山田潤二 訳
 
岩波文庫 赤/32-111-1 

岩波文庫 
1953年6月5日 第1刷発行
1985年11月7日 第3刷発行
324p
文庫判 並装
定価500円



本書「序説」より:

「所收七篇のうち、「カロオン」「にわとり」「トクサリス」の三篇は呉茂一譯、「神々の對話」「イカロメニッポス」「歴史は如何に記述すべきか」「無學なる書籍蒐集家に與う」の四篇は山田潤二譯である。」


正字・新かな。各篇冒頭にそれぞれの訳者による解説が付されています。


ルキアーノス 神々の対話


帯文:

「犀利な筆をもって人間の虚栄・宗教・政治を諷刺したこの古代作家の作品はルネッサンスから現代に至るまで大きな影響を与えてきた。」


目次:

序説

カロオン
神々の對話
にわとり
イカロメニッポス
トクサリス(友情について)
歴史は如何に記述すべきか
無學なる書籍蒐集家に與う

譯註




◆本書より◆


「カロオン」より:

カロオン ええ。ヘルメスさん、(中略)何しろ私はこの浮世のことがらは全く不案内なんで、からきし解りませんから。
ヘルメス 要するにだね、カロオン君、どこか高いところに登るってのが眼目さ、そこから萬象を眺め下すってことにするのさ。」

ヘルメス そいでそいつらは先ずこんな具合としておいて、今度は大衆のほうを見てごらん、カロオン、船へのっかってくやつらだの、戰をしてるやつらだの、裁判を受けてんのや田畑を耕してんのや、金貸をやってんのや乞食をしてんのや。
カロオン ええ、見えますが、どうやらとても色とりどりな混雜ですね。どこもかしこも大さわぎな生活(くらし)で。あいつらの都市ってのは蜂の巣にそっくりでさあ。そん中にいるめいめいが、てんでに自分の針をもってて隣りの奴を突っつく、また何人か數は少いが熊蜂みたいに、力の弱いやつを餌食にする。ですが、あの人間どものまわりを飛んでる、朦朧とした形の群は、ありゃ何ですかえ。
ヘルメス あれか、望みや恐れ、無思慮や快樂、それから金錢欲とか憤怒とか憎惡とか、そういった者どもさ。」

カロオン 何てまあ笑止なことでしょうね、ヘルメスさん。
ヘルメス いや全くさ、とてもひどくてお話にもならないんだよ、その馬鹿げたことったらね、カロオン君。ことにそれがあんまり本氣で夢中になってるんだもの。しかもいろんな希望や期待のあいだで、あの賴もしい死神さんにかっ浚われて、去(い)ってしまうんだ。彼(あれ)にはとても多勢な使者(つかい)や子分どもがいるんだからな、君も知ってのとおり。おこりだとか熱病とか結核とか肺炎とか、それに刃物や強盗や毒藥やお仕置き、專制君主なんてのまであるんだ。
 しかもこういったもののどれ一つもてんでみな頭にないんだね、あいつらの調子がいい時分にゃあ。ところが落日になってくると、たちまち嘆息や泣きごと、愁嘆の連續なんだよ。それがいきなり初めから自分らは死ぬべき者だってのをわきまえ、いましばしの間をこの世に逗留したら、まもなく夢からと同樣何もかもこの世において立去るんだってことを考えといたら、もそっとは生活(くらし)にも分別をもてようし、死ぬのにもそうもがき苦しむことはなかろうてんだがなあ。ところが實際は手許にあるものを永久にもっていられるように思いこんでて、(死神の)手下が傍へ來て呼びたて熱病や結核で身をいましめて連れてこうとすると、出てくのをとても嘆き悲しむんだ、今迄ちっともそんな物を奪られちまおうって思いがけもしてなかったもんでね。
 たとえばあの男はいま大急ぎで自分の家を建築中で大工らを急(せ)き立ててんだが、それがやっと出來上っていま屋根を葺いたというところで自分は死んじまい、一度もその中で食事もしないどいて可愛想に、その樂しみはすっかり後嗣ぎに遺していくんだってのを覺ったら、一體どうするだろうかね。そいからあの男はいま妻君が男の兒を産んだって喜んでいて、そのために友だちを招んで馳走をし親爺の名前をつけるってとこなんだが、もしその子が七歳になって死んじまうってのを知ったら、子の産れたのを喜んだもんだろうか。」
「そら、あの地界(さかい)を爭ってる奴らをごらん、ずいぶん多勢じゃないか、それに錢(かね)を掻き集めてる奴らも。しかもみんなその錢を自分がつかうまえに、先刻いった死神の使いや子分に呼び立てられるんだよ。
カロオン ええ、すっかり皆見えますよ、そいで自分に對って思案してるんです、一體人間たちが生きてるあいだにどんな樂しみがあるものか、またあいつらがそれを奪われてああまで嘆くものは一體何かってね。だってたとえばその中の王樣たちを見たってさ、まあ中でいちばん幸せらしいとこなんですが、不確かなおっしゃるとおりごくあいまいな仕合せを別にすると、樂しみよりは苦しみの方がよけいに附いてるんじゃありませんか、恐れとかごたごたとか、憎しみや陰謀や憤りやおべっかなんどの。その上にまだいろいろおまけがあります、悲嘆とか病氣とか惱みとかいう、誰しもを勿論無差別におそうものは別にしてもです。さてこういった人たちの仕合せがこんなひどいもんだったら。普通の人間はどんなものか十分察しがつこうってもんでしょう。
 ところでヘルメスさん、人間やその生(よ)といったものが、何にそっくりか、一つ私の考えをお話したいと思うんです。あんたもいつか泉の流れ落ちる下に涌き立つ水泡(みなわ)をごらんだったでしょう。あのふくらんだ泡のことですよ。それが集って一面のあぶくになるね。ところでその中には小さなのもあります、そいですぐとはじけて消失せちまいます。だがもっと長く保(も)つのもあって、それに他のが寄りたされるとふくれ上り、とても大きなかさにまで達します。しかしそれでもやっぱりとどの詰りは同樣にはじけてしまうんです。他にはどうにもなり樣がないんですからね。
 人間の生というのもつまりそういったものです。みんながみな、息を吹き込まれた中に大きいのもあるし、小さいのもある。少しの間きり持たないでふくらみがすぐ消える運(さだ)めのもあれば、でき上ると同時になくなるのもあるって譯です。しかもその孰(いず)れにも割れて消えるのは定命なんです。」



「歴史は如何に記述すべきか」より:

「さてピロオン君、こういったことを見たり聞いたりしているうちに、私はあのシノーペ人の話を思い出したのだった。ピリッポス王の軍が眞近く迫ると聞えた時、コリントス人の悉くが驚愕して立ち働いた。或者は武器を整え、或者は石を運び、或者は城壁を修理し、或者は胸壁をかため、又他の者もそれぞれ何かしら役に立つことをやっていた。ところで、ディオゲネースはこれを見ていたが、する事がなかったので――というのは彼を何かに使う人もなかったから――弊衣の上の方を脱いで腰に卷き付け、彼も亦一生懸命に彼がその中に住んでいた甕を轉がして、クラネイオンを上ったり下りたりした。知人の誰かが、「ディオゲネース君、それは一體何の眞似かね。」と尋ねた時、彼は答えていった、「こんなに多くの連中が働いている中でわたしだけがのらくらしていると思われんように甕を轉がしてるのさ。」そこでピロオン君、私も亦こんな饒舌な時代に私だけが無口でいたり、喜劇の端役(はやく)のように大口あけて默って立っていたりしないように、恰好よくあろうと決心した次第だ。つまり私の出來る程度に甕を轉がそうと決心したのだ。」



こちらもご参照下さい:

ルーキアーノス 『遊女の対話 他三篇』 高津春繁 訳 (岩波文庫)
ルキアノス 『本当の話 ― ルキアノス短篇集』 呉茂一 他 訳 (ちくま文庫)



















































































































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