アプレイウス 『黄金のろば』 呉茂一・国原吉之助 訳 (岩波文庫) 全二冊

「私は黄泉の国に降りて行き、プロセルピナの神殿の入口をまたぎ、あらゆる要素を通ってこの世に還ってきました。真夜中に太陽が晃々と輝いているのを見ました。地界の神々にも天上の神々にも目のあたりに接して、そのお膝元に額ずいてきました。
 こういった所が私の話です。皆さんはお聞きなられた今でも、何のことやら、ちんぷんかんでしょう。でもそれはみんなみなさんのせいです。」

(アプレイウス 『黄金のろば』 より)


アプレイウス 作
『黄金のろば 上巻』 
呉茂一 訳
 
岩波文庫 赤/32-118-1 

岩波書店
1956年1月25日 第1刷発行
1983年4月1日 第9刷発行
213p
文庫判 並装
定価350円



アプレイウス 作
『黄金のろば 下巻』 
呉茂一・国原吉之助 訳
 
岩波文庫 赤/32-118-2 

岩波書店 
1957年2月5日 第1刷発行
1983年4月1日 第8刷発行
196p
文庫判 並装
定価300円



本書上巻「解題」より:

「この伝奇小説の作者、――小説という形式では、世に伝わるあらゆる文学のうちで、同じくローマの、第一世紀中頃に属するペトロニウス(あの暴帝ネロの側近として知られ、「風流の目利(めき)き役」と呼ばれた)の悪漢小説(ピカレスク)『サティリコン』を除けばもっとも制作年代の古いものであり、これと並んで正統派的(オルソドクス)な古典文学中に異彩を放つ Novelle の作者については、彼がおよそ西暦第二世紀中頃に栄えて、ローマ帝政下のアフリカに生れた修辞家(レートル)である、ということなどのほか、あまり委しいことが解っていない。」


アプレイウス 黄金のろば


上巻帯文:

「古代ローマの伝奇小説。ろばに変身した人間が種々異様な体験を重ねる。有名な《愛と魂》(クピードーとプシケー)の物語は本書の一部。」


下巻帯文:

「“黄金の”とは“素晴しく面白くて楽しい”という讃辞の意。ローマ帝政期の世相を作者は鋭い諷刺の眼でつぶさに描き出している。」


上巻目次:

はしがき

巻の一
 発端、アリストメネースと魔女メロエーの奇譚、テッサリアでミロオの邸に泊ること
巻の二
 小婢フォーティスと馴染をかさねること、ピュラエナの邸での奇怪な物語
巻の三
 皮袋の化けた賊どもを殺した顛末、ミロオの妻、幻術で梟に化すること、それを真似てルキウスろばになること
巻の四
 ろばのルキウス、押入強盗に曳かれて山寨にゆくこと、熊に装った盗賊の小頭(こがしら)トラシュレオーンの最期、攫(さら)われた少女に老婆クピードーとプシケーの話を物語ること
巻の五
 クピードーとプシケーの物語(つづき)・不埒な姉たちの話、プシケー禁ぜられた夫の寝姿を見ること
巻の六
 「愛とこころ」の物がたり(つづき)・プシケー、愛神をたずねて苦労のこと、ろばのルキウス少女を乗せ脱走のこと

略註
解題



下巻目次:

巻の七
 盗賊ハエムスを装ったトレーポレムスの冒険、ろばのルキウス、馬丁の家や牧場でさまざまの難儀のこと
巻の八
 トレーポレムス、恋敵トラシュルスに殺されること、その復讐を妻のカリテーがする一部始終、ろばのルキウス、逃亡する馬丁らとともに苦労し、ついでシリア女神の信徒一行とともに流浪すること
巻の九
 ろばのルキウス危く屠殺を逃れること、シリア女神の信徒らの悪業露見、土牢にぶち込まれること、ろばのルキウス、粉屋に奉公のこと、粉屋の女房と情人の話、粉屋の亭主、魔法使に殺されること、ろばのルキウス、畠作人の手にわたること、正直な三人兄弟が相ついで不幸に陥る物語、兵士が畠作人からろばルキウスを奪うこと
巻の十
 夫や義子を毒害した後妻を裁く賢い老医者の話、ろばのルキウス、新しい親切な主人に買取られること、ある貴婦人との逸話、ある女囚の話、ろばのルキウスその女囚と見世物に出されようとし、これを恐れて逃走のこと
巻の十一
 ろばのルキウスの祈り、イーシス女神来迎のこと、イーシスの祭にろばのルキウス、人間に生れ返えること、ついでイーシスの信徒に加えられ、献身の秘儀にあずかること、ローマに赴き浄福の生活を送ること

略註
あとがき (呉茂一)




◆本書より◆


「巻の一」より:

「「まったくのこと、私だって、こないだの晩チーズでまぶした丸麦の塊りを、友達と会食の席でしたが、ほんのちっとばかり大きいのをおくれまいと嚥(の)み込んだところ、食物が軟くてねばりこく咽喉にくっついちまって、呼吸の通うみちを塞いだものですから、もうすんでのところで死にかねませんでした。それがついこの間もアテーナイで、しかもあの画廊(ストア)の前でもって、この両眼で見たばかりじゃありませんか、手品師が砥ぎすました騎士の刀を、鋒(きっさき)を下にむけて嚥みこんじまったのを。そいからつづいて僅かばかり銭をやったら、猟につかう槍をですよ、いまにも命を取りそうな鋩から、腸のなか深くつき入れちまったんで。
 しかもですよ、その槍のはがねの先の、ちょうど刃物の柄がのどくびを抜けて頭のてっぺんに向うところに、しなやかな様子のいい小童(こども)が登って、いろいろと体をねじり曲げ、骨も筋もないみたいに踊りつづけたので、居あわせた我々の誰ひとり感心しない者はありませんでした。まるで医術の神アエスクラーピウスのお杖に、――半分小枝を切りとって瘤だらけなのをお持ちでしょうが――それへ見事な蛇がぬらぬら巻きついてるようといってもいいくらい。」」



「巻の六」より:

「こうがつがつと貪欲に何もかもむさぼり食うひまにも、一同はもう私たちをどう罰して、どんな腹癒せをしたらいいかと、よりより相談をはじめました。そいでこうした騒々しい集まりのことゆえ、てんでに勝手な意見を述べるのでしたが、一人が生きながら乙女を焼き殺しちまえと唱えれば、も一人は野獣の餌食にしろと勧める、また次のは磔にするがいいといえば、今度は拷問にかけて引き裂いちまえと主張するなど、とりどりながらいずれもみな、どうにかして乙女を殺すことには評議が一決してるようです。
 そのとき一同の中から一人が立って騒ぎを押し鎮めると、落ちついた口振りでこう言い出しました。
 「いや我々一党の慣習(ならわし)からしても、また一人一人の慈悲心からも、それに第一俺の節度を守る心にしても、皆に度を超え犯した罪の限界を超えて、無法なことをさせるわけにゃいかないぞ。野獣も磔も火炙りも拷問も、そういった尋常以上に早まって殺す仕方を、何も急いで採ることはない。まあ、だからよ、俺の考えをよく聞いてから、娘を生けとくことに、勿論分に応じた生き方でな、するがよかろうぜ。
 それにお前たちはともかく先刻決めといたのを忘れたわけじゃあるまい、あのろばのことをな、いつも全く怠けてやがるくせにとても大食いな奴さ、それが今度はおまけに人を誑(だま)して怪我したふりをしやがって、そいであの娘が逃げるのを共謀(ぐる)になって手引きしたりさ。
 だから彼奴を明日にもぶち殺してやろうよ、そいですっかり臓物を抜き取ってから腹腔のまん中に娘を裸にして縫い込むんだ、俺達より娘の方が好いてんだからな。で顔だけ外へ出さして、娘の体の他のところは獣の胎内に閉じ込めとくのさ。そうしといてからどこかの尖った岩の上へ、腹へしこたま詰物をしたろばを置いとき、太陽の炎熱に曝すんだ。
 こうすりゃお前らがさっき定めといた正当な処刑(しおき)も、みんなそっくりこの二人が受けることになろうからな。つまりろばのほうは当然な報いとして死ぬ、娘のほうはまた蛆虫に体中を食い裂かれるんだから、野獣に咬まれる目にもあう。太陽のひどい暑熱がろばの腹を焦がすときには、燃える火に焼かれるわけだし、犬らや禿鷲どもが臓物を引きずるときには、磔の苦を受けるんだ。
 だがその他にも娘が受ける苦しみや痛いめはまだいくらも数え上げられようぜ、死んだ獣の腹ん中に身は生きながら入れられている、次にはひどい臭気に鼻を責めさいなまれ、熱さと長いあいだのひもじさに死ぬまで餓鬼の苦を受ける、その上、いっかな自由な手で自殺を企てることさえも叶(かな)うまいからな。」
 こう言いおわると、山賊たちは(元老院みたような)足ぶみではなしに、みな全心全意で、その男の意見に賛意を表しました。それをこんなに大きな耳でいちいち聴いてる私としまして、明日の日はもう屍となる我が身の上を歎きいたむよりほかに、どういたされましょう。」



「巻の十一」より:

「刺繍のある縁飾りに、外衣の地と同じような星が鏤められて輝き、それらの星の真中に焰の色の満月が皎々と照っていました。それにこの素晴しい曲線を流す外衣の至る所にすき間なく、花という花、果物という果物でもって編まれた花飾りが、とりつけられてありました。一方女神のお持ちの物と云えば、全くさまざまなものがありました。先ず右手に、青銅の振鈴(シストルム)を持ち給い、その振鈴(シストルム)は剣の革紐のように彎曲した狭い青銅の葉片の中に、小さな数本の桿が横切っていて、御手を三度震わせられる度に、清朗たる音を響かせていました。弓手には、ゴンドラの形をした黄金の燭台を吊り、その把手の出張った部分に、毒蛇が頭を高く持ちあげ、頸を大きく膨ませて這い昇っていました。神々しい御足には、勝利の象徴の棕櫚の葉で編んだサンダルを穿いておられました。女神はこのような麗しいお姿をして御口からアラビアの至福な薫香を発散させながら、私に向ってこのような御言葉を賜りました。
 「ルキウスよ、私はお前のお祈りに大変心をうたれてここに参りました。私は万物の母、あらゆる原理の支配者、人類のそもそもの創造主、至上の女神、黄泉の女王、天界の最古参にして、世界の神々や女神の理想の原型。そして私は輝く蒼穹と海を吹きわたる順風と地獄の恐しい沈黙を、意のままに統御できます。私の至上至高の意志は、世界の至るところで、それぞれの地方の習慣から、さまざまの儀式で祭られ、いろいろの名前で呼びかけられています。最も古い人類の種族プリュギア人は、神々の母ペシヌンティアと呼び、生抜きのアッティキー人はケークロピアのミネルヴァと呼び、更に海に洗われたキュプロス島の人々は、パポスのヴェヌス、箭持つクレータ島の人は、ディクチュンナのディアーナ、三ヶ国語を話すシクリー人はスチュックスのプロセルピナ、古いエレウシナの住民たちはアッティカのケレースと呼びなしています。ある地方ではユーノー、又の地方ではベッローナ、或る所ではヘカタ、またラムヌーシアとも呼ばれています。そして太陽神が朝生れたての光線を寝床の上に輝かせるエティオピアの人々と、学問の古い伝統にかけては世界に冠たるエジプトの人々とは、いずれも私にふさわしい儀式を捧げ、私の本来の名前でもって、イーシスの女王と呼びならわし尊んでいます。かく申す私が、今迄のお前の不幸に同情し、お前の味方となり慰めてあげようと思ってやってきたのです。だからルキウスよ、涙を拭き泣くのはもうおよしなさい。悲嘆をさっぱり流しなさい。
 今や私の力でお前を救う日が、到来したのです。」
























































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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