ペトロニウス 『サテュリコン』 国原吉之助 訳 (岩波文庫)

「じっさいわしはこの眼でシビュラが瓶の中にぶらさがっとるのを、クーマエで見たよ。子供がギリシア語で彼女に『シビュラよ、何が欲しい』と訊くと、彼女はいつも『死にたいの』と答えていたものさ」
(ペトロニウス 『サテュリコン』 より)


ペトロニウス 
『サテュリコン
― 古代ローマの諷刺小説』 
国原吉之助 訳
 
岩波文庫 赤/32-122-1 

岩波書店 
1991年7月16日 第1刷発行
408p
文庫判 並装 カバー
定価670円(本体650円)



本書「凡例」より:

「本書は、第五代ローマ皇帝ネロの治下、「趣味の権威者」として名高かった文人ペトロニウスの手になる悪漢(ピカレスク)小説『サテュリコン』の翻訳である。あわせて付録として、ネロ帝の師傅(しふ)をつとめた哲学者セネカの短篇諷刺小説『アポコロキュントシス』を収めた。」


冒頭に引用した部分はT・S・エリオットの詩「荒地」のエピグラフとして有名ですが、オウィディウスの『転身(変身)物語』によると、クーマエのシビュラ(予言者)はアポロンから不老長寿の長寿の方は与えられたものの、不老の方は与えてもらえなかったので、老いてどんどん縮んでしまい、小さなアンフォラ(陶器の瓶)の中に住んでいるのであります。


ペトロニウス サテュリコン


カバー文:

「美貌の少年奴隷をはさんで争いながら南イタリアを放浪する2人の青年を中心に、好色無頼の男や女が入り乱れる。小説『サテュリコン』は、まさに古代ローマの爛熟が生みおとした「悪の華」だ。とりわけ、奴隷あがりの成金富豪が催す《トリマルキオンの饗宴》の場面は古来有名。セネカの諷刺短篇『アポコロキュントシス』を併載。」


目次:

凡例

サテュリコン
 プテオリにて
 トリマルキオンの饗宴
 エウモルポス
 クロトンへの道
 クロトンにて

付録
 アポコロキュントシス――神君クラウディウスのひょうたん化 (セネカ作)

訳注
解題




◆本書より◆


「サテュリコン」より:

「「あの方こそあなたがたが御馳走になる家の主人です。そしていま、あなたがたは饗宴の始まりを見ているのですよ」
 まだメネラオスが話しているうちに、トリマルキオンは指をぱちっと鳴らした。その合図で、宦官が遊んでいる主人に尿瓶を差し出した。彼は膀胱を軽くすると、手洗い水を要求した。そして少し水をかけた指を少年奴隷の髪で拭いた……」

「「さて、あの解放奴隷席で横になっとる男はどうか。その昔、彼はどんなに幸せであったことか。あの野郎のことはくささんよ。百万セステルティウスも持っていたのに、すっかり落ちぶれてしもうた。彼は髪の毛まで抵当に入れとるのではないかとわしはにらんどる。だがな、断じて罪は彼にない。じっさい彼ほどのお人好しはいないよ。悪党の解放奴隷どもが何もかも着服横領してしまったのだ。ところであんたも知っとるように、仲間の鍋がうまく煮えなくなったら、そして運がひとたび悪い方へ傾きだしたら、友だちは離れてゆくものさ。彼は何と立派に職をこなしてきたことか。そんなふうに見えるだろう。葬儀屋だったのだ。彼はいつも王侯のような食事をとっていた。(中略)他人の家の地下室に貯蔵されている以上の葡萄酒が、食卓の下へこぼれていたものさ。あいつは夢幻(ゆめまぼろし)だ、人間ではないのさ。」」

「詩を朗唱しているエウモルポスを目がけて、逍遥柱廊を散歩していた者たちのあいだから小石が飛んできた。エウモルポスはかねがねこれをおのれの天賦の才能に対する賞讃の意志表明と承知していたので、頭を着物で覆い隠すと神殿の境内から外へのがれた。」
「そこで逃げていく彼のあとを追い、海岸の方へやってきた。飛礫(つぶて)の射程距離から遠ざかり、立ち止まることが許されるやいなやぼくは言った。
 「後生です。あなたのその病気はなんとかなりませんか。あなたといっしょになってからまだ二時間もたっていないが、その間、あなたは再三再四、人間としてよりもむしろ詩人として話をしていたのです。だから民衆があなたに石を投げつけてもちっとも不思議はない。ぼくだって懐ろに石を詰めておこうかという気になりますね。あなたが忘我の境地におちこむや、そのつどあなたの頭から悪血を瀉出させてやろうと思って」
 彼は顔色を変えた。「おお、わがいとしき若者よ。かような目にあうのは、何も今日が初めてではない。のみならず、何か朗読しようとして劇場に入るたびに、群衆はわしの到着を歓迎してこんなふうにもてなしてくれるのだ。それはさておき、そなたとはいさかいを起したくない。されば、今日一日中、この糧(かて)を断つことにいたそう」
 ぼくは言った。「結構ですね。今日あなたが誓って狂気を捨てるならば、いっしょに食事をしましょう」」

「(エウモルポスは言った)「わしの遺言状の中で遺産をおくられている者はみな、わしの解放奴隷を除外し、わしの与えたものはすべて受けとることができる。ただしそれには、わしのからだを細かく刻み、それを衆人環視の中で食べるならば、という条件がついているのだ」
        *
 「いくつかの民族において、今日でもなお次のような法律が温存されていることはわしらも知っているとおりである。すなわち死人はその近親者によって食べられるべし、と。そのために病人はたしかに、近親者から、自分らの食べる肉はまずいと、しばしば非難されることになる。そこでわしの友人にこう忠告しておく。わしの命じていることを拒否するな。生前わしの長命を呪っていたと同じ気持で、わしの肉を食(くら)いつくせ」……」
「(エウモルポスは言った)「そなたの胃の拒絶反応については、わしは何も恐れる理由を持たないのだ。もしそなたが胃に向かって『嘔吐をもよおす一時間を辛抱したら、あとからたくさんのおいしい御馳走で報いてやるよ』と約束してやるなら、胃も命令に従うことだろう。
 目を閉じているだけでよいのだ。人間の肉ではなく、百万セステルティウスを食べているのだと想像したらよいのだ。
 その上に人肉の味を変えるような何か調味料でも見つけることだって可能なのだ。じっさいどんな肉でも、それ自体はおいしいものではないな。料理の仕方如何(いかん)で味も変るし、嫌悪する胃にも受け入れやすくなるものさ。しかしもしそなたが実例によってもまた、わしの考えを証明してもらいたいと願うならば申し上げよう。
 サグントゥムの市民はハンニバルから兵糧攻めにあったとき、人間の肉を食ってやろうと待ち望んでいたが、それは遺産としてではなかった。
 ペテリアの町の人も、極度の飢餓におちいったとき同じことをやった。そしてこの食事に求めていたものは、ただ餓死しないことだけであった。それ以外に何の目的もなかった。
 ヌマンティアがスキピオに占領されたときには、自分の子供を半分食べ、残りを懐ろにかくしていた母親が見つかったものさ」」



































































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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