『四つのギリシャ神話 ― 『ホメーロス讃歌』より』 逸身喜一郎・片山英男 訳 (岩波文庫)

「キュッレーネーの神なるマイアの息子よ、お前はけっして大人へと、成長してはなるまいぞ。」
(「ヘルメースへの讃歌」 より)


『四つのギリシャ神話
― 『ホメーロス讃歌』より』 
逸身喜一郎・片山英男 訳
 
岩波文庫 赤/32-102-6 

岩波書店 
1985年11月18日 第1刷発行
1987年5月20日 第3刷発行
251p
文庫判 並装
定価400円



本書「凡例」より:

「本書は、ホメーロスの名の下に伝わる『讃歌』集の中から、(中略)四篇を訳したものである。この四篇は、全体で三十三篇からなる『讃歌』集の中心を成す大作であり、一括して四大讃歌と総称されることもあるが、それぞれ独立した別個の作品である。」
「原文は詩であるが、一行ごとに訳しわけ改行することはせず、原文で数行程度のまとまりごとに段落わけして訳した。」
「翻訳の分担は、訳注・内容紹介・解説を含め、『デーメーテールへの讃歌』『ヘルメースへの讃歌』が片山、『アポローンへの讃歌』『アプロディーテーへの讃歌』が逸身である。」



各篇冒頭に図版(モノクロ)1点と訳者による「内容紹介」1頁が付されています。


四つのギリシャ神話


帯文:

「人間の男を恋してしまった愛の女神アプロディーテーの物語など、神話に名だかい四人の神々の物語を歌ったギリシャ神話の小品集。」


目次:

凡例

デーメーテールへの讃歌
アポローンへの讃歌
ヘルメースへの讃歌
アプロディーテーへの讃歌

訳注
解説




◆本書より◆


『アポローンへの讃歌』より:

「そこよりさっさと山の尾根をめざし、あなたは雪いただくパルナッソスの麓(ふもと)、西風の方に顔を向けた高台で、断崖が上方にそそり立ち、険しい谷間がえぐるように走っているクリーサにたどりついた。その地にポイボス・アポローンは美しい神殿を設けることとし、こう言った。
 「人間どもへの神託の場として、私はここに美しい神殿を設けたい。人間どもは、豊かなペロポンネーソスを治める者たちも、またエウローペーや、さらには海の流れに囲まれた島々を治める者も皆、ことあるたびに神託を受けんがため、非のうちどころのない百頭の牛の犠牲(ヘカトンベー)の儀を執り行なうこととなろう。その者たちの誰に対しても、私は誤謬を知らぬ判断を告げることにする。神託は豊かな神殿にあってこそ下したい。」」
「そのかたわらには流れの美しい泉があった。そこでゼウスの御子たる神は、力強い弓から矢を放ち、太りきった、長大な雌蛇を射殺した。この荒々しい怪物は、血の色もまがまがしい災いで、大地の上なる人間に、人間そのものにも、歩み大きな家畜にも、悪事を多くなしつづけていたのだ。
 しかもその昔この雌蛇は、黄金の座もつヘーラーから、苦しみもたらす恐ろしいテューポーンを預かって、人間たちの禍(わざわい)となるように育てたことがあった。
 テューポーンは、クロノスの御子ゼウスがその頭の中に誉れ高いアテーナーを宿し産んだその時に、ヘーラーが父なる神ゼウスに腹をたてて、産みおとしたもの。」
「「今こそ私の願いを聞きとどけてくれたまえ、大地よ、上方広がる天空よ、また大地の下、巨大なタルタロスのあたりに住む、人間と神々の祖であるティーターンの神々よ。あなたがた皆が、今こそ必ず、私の願いを聞いていただきたい。そうしてゼウスと結ばれずとも、子供をひとり、私にめぐんでいただきたい。その子供の力はゼウスにけっして劣らぬばかりか、遠くまで雷鳴轟かすゼウスがその父クロノスに勝ったほどの差をつけて、ゼウスより強き者たらしめよ。」
 こう女神は声を上げ、手のひらで大地を強く叩きつけると、生命うみだす大地は揺れ動いた。女神はそれを見て、心に喜んだ。願いが果たされるとばかり思ったのだ。」
「一年がめぐり季節がすぎ月日が満ちると、女神は神々にも人間にもおよそ似たところのない、まがまがしく恐ろしいテューポーンを、人間にとっての禍となるべく産みおとした。牝牛の目をした女神ヘーラーは、ただちにそれをつかむと、まがまがしきものはまがまがしきものにと、雌蛇のもとに運び与えた。雌蛇はそれを受けとった。それ以来テューポーンは、人間たちの名高き種族に多くの災害をなし始めたのであった。
 この雌蛇に出遇った者は皆、その命を奪われた。しかし今ついに、遠矢射る神アポローンが雌蛇に力強い矢を射た。雌蛇は鋭い痛みに引き裂かれんばかり、息を喘(あえ)がせ、その場をのたうちまわった。たとえようもなくすさまじい声があたりをつんざいた。雌蛇は森の中を、こちらまたあちらと激しく身をくねらせたが、ついに血にまみれた最後の息を吐きだし死んでしまった。」



「訳注『アポローンへの讃歌』」より:

「以下に述べられるテューポーンの物語は、表面上、この讃歌の本筋から逸脱している。しかし神話の類型概念の観点からみると、テューポーンと「雌蛇」とは互いに補完する関係にある。父クロノスを長とするティーターン一族を倒し覇権を確立したゼウスではあったが、最後にテューポーンと闘わねばならなかった。この怪物の姿は、あるいは「百の頭を持つ」(ピンダロス『ピューティア競技祝勝歌』一番ほか)と描写され、あるいは上半身は人間、下半身は大蛇として描かれるが、きわめて手強い、恐ろしい敵であり、ゼウスは最終的には雷を投げることで倒しはしたものの、その途中には危うい場面もあった。(中略)テューポーンは世界を混沌に陥れる破壊的な暴力を体現している。ゼウスが世界を支配するには、この力を倒さねばならなかった。テューポーンの倒された様はこの讃歌の中では歌われていないが、その代理をつとめるかのようにアポローンによる雌蛇退治が描写される。いわばこの場面では、ゼウス―アポローン、テューポーン―雌蛇が二重写しされ、アポローンの雌蛇退治にも、世界を混沌に陥れる邪悪な力を破って覇権を確立するという、枠組みが見てとれる。大地と蛇(竜)との結びつきや、見張りをしている蛇を退治する英雄・神というモティーフはギリシャ神話に広くみられるが、ここではこれ以上ふれる余裕はない。」


『ヘルメースへの讃歌』内容紹介より:

「ヘルメース(ローマ神話ではメルクリウス、その英語形がマーキュリー)は牧畜・窃盗・発明・音楽・幸運・伝令・利得・予言・取引・弁舌・体育といった多様な人間活動を守護する神として知られるが、人格化されてオリュンポス神の仲間に迎え入れられたのは比較的遅く、街道などの要所に守護神として設けられた塚という原初の形態を、長く保っていたと推定される。古典期に門柱として門口に据えられ、家を守っていたヘルメー(頭部と陽根のみが付加された柱)は、その残存といえよう。神話的にもこの事情は反映していて、ヘルメースはギリシャの神々の中のトリックスターとして、由緒正しい出自は持たないかわりに、才気煥発な口八丁手八丁の詐欺師めいた姿に描かれることが多い。」


『ヘルメースへの讃歌』解説より:

「四大讃歌のなかで『ヘルメースへの讃歌』は他から孤立した特異な作品である。ヘルメースという主人公もオリュンポスの十二神の中でやや孤立した存在だし、その「冒険」を語る『讃歌』の滑稽な語り口も異色だが、それにもまして言葉遣いに特徴がある。(中略)稀語が頻繁に出てくるだけでなく、よく知られた単語や成句も本来の意味から外れて転用される。また、ギリシャ語の発音からは既に消失していたものの、叙事詩の韻律ではその存在が意識されることが多かった字母ディガンマも、『ヘルメースへの讃歌』では四大讃歌の中で最も頻繁に無視されている。一言で言えば、英雄叙事詩の表現を、ほとんど「パロディー」と称してよいほどに転用もしくは濫用した作品なのである。」


『アプロディーテーへの讃歌』より:

「黄金ゆたかな女神、キュプリス・アプロディーテーの御業(みわざ)を、ムーサよ、私の心に歌いこめ――神々に甘い情熱をたきつけるばかりか、死すべき人間の種族、空飛ぶ鳥、はてはおよそ大地と大海が育(はぐく)むありとあらゆる動物をも支配する、女神の業を。この女神、冠の美しいキュテレイアの力は、あらゆる生きものを圧倒せずにはおかない。
 しかしただ三人の女神だけは例外で、説きふせようと騙そうと、心を動かすことがかなわない。そのひとりはアイギス振るうゼウスの娘、輝く目をしたアテーナー。黄金ゆたかなアプロディーテーの業を楽しまず、アレースの業なる戦争や、戦闘、殺戮と、輝かしい工芸に心くだくことをこそ喜ぶ。
 馬車や、青銅の車輪もまばゆい戦車のつくり方を、地にある人間の匠(たくみ)に最初に教えたのはこの女神で、また家の奥深く柔肌たもつ乙女たちにも、一人ひとりの心に深く、輝かしい技芸を学ばせた。
 黄金の矢もつ、狩りの雄叫びも勇ましいアルテミスも、微笑を愛(め)でるアプロディーテーの恋の力に屈伏しない。この女神が楽しむものは、矢、山野をかけて獣を狩ること、竪琴、踊りの輪、耳を聾する女たちの讃美の声、蔭深い聖なる森、心正しい人々の住む町。
 畏(おそ)れおおき処女ヘスティアーも、アプロディーテーの業を喜ばない。曲がった知恵もつクロノスの長女にして、しかしアイギス振るうゼウスの考えにより、もっとも年下でもあるこの女神に、ポセイドーンとアポローンがかつて求婚したことがある。だが女神は結婚を望まず、きっぱりと拒絶し、神々の父、アイギス振るうゼウスの頭にふれて、いつまでも乙女のままでありましょうと、厳かな誓いをたてた。そして誓いは成就した。
 神々の父ゼウスはこの女神に、結婚のかわりとして、栄えある権能を授けた。つまり女神は家の中心に座を占め、肉の脂身を選びとる。どの神殿にあっても、崇(あが)めまつられ、人間たちは皆、位高き神々の中に数える。
 以上三人の女神の心を、アプロディーテーは、説きふせることも騙すこともならない。」



















































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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