ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (中)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)

「この人は自分の著作を火中に投じながら、こう言ったとのことである。
  これらは地下の世界に住む人たちの見る幻だ。」

(ディオゲネス・ラエルティオス 「メトロクレス」 より)


ディオゲネス・ラエルティオス 
『ギリシア哲学者列伝 (中)』 
加来彰俊 訳
 
岩波文庫 青/33-663-2

岩波書店 
1989年9月18日 第1刷発行
1989年11月10日 第2刷発行
412p
文庫判 並装 カバー
定価620円(本体602円)
カバー: 中野達彦



DIOGENIS LAERTII: VITAE PHILOSOPHORUM
全三冊。


ギリシア哲学者列伝 中


カバーそで文:

「ふんだんにちりばめられた哲学者たちの挿話は無論、残された言葉がまた面白い。「教育の根は辛いが、その果実は甘い」「教養は順境にあっては飾りであり、逆境にあっては避難所である」「幾人も友人をもっている人には、一人の友もいない」(アリストテレス)」


目次:

凡例

第五巻
 第一章 アリストテレス
 第二章 テオプラストス
 第三章 ストラトン
 第四章 リュコン
 第五章 デメトリオス
 第六章 ヘラクレイデス
第六巻
 第一章 アンティステネス
 第二章 ディオゲネス
 第三章 モニモス
 第四章 オネシクリトス
 第五章 クラテス
 第六章 メトロクレス
 第七章 ヒッパルキア
 第八章 メニッポス
 第九章 メネデモス(キュニコス派の)
第七巻
 第一章 ゼノン
 第二章 アリストン
 第三章 ヘリロス
 第四章 ディオニュシオス
 第五章 クレアンテス
 第六章 スパイロス
 第七章 クリュシッポス

訳注




◆本書より◆


「ヘラクレイデス」より:

「彼は子供の頃から、そして大人になっても、一匹の蛇を飼っていた。そして死が間近に迫ったとき、彼は信頼していた召使の一人に、自分の遺骸はこっそりと埋葬して、その代りに蛇を棺台の上におくようにと命じた。それは、神々のもとへ立ち去って行ったのだと思われるようにするためだったのである。」


「ディオゲネス」より:

「また彼は、ある人に手紙を出して、自分のために小屋をひとつ用意してくれるように頼んだが、その人が手間どっていたので、メートローオン(キュベレの神殿で、公文書の保管所)にあった大甕(酒樽)を住居として用いた。」

「ある日、プラトンが、ディオニュシオス(王)のところからやって来た友人たちを自分の家に招待していたとき、ディオゲネスは敷いてあった絨緞を踏みつけて廻りながら、「プラトンの虚飾を踏みつけてやっているのだ」と言った。」

「また、ある人が彼を豪奢な邸宅に案内して、ここでは唾を吐かないようにと注意したら、彼は咳払いをひとつしてから、その人の顔面に痰を吐きかけて、もっと汚い場所が見つからなかったものだから、と言ったのだった。」

「あるとき彼は、小さな子が両手で(水をすくって)飲んでいるのを目にして、「簡素な暮らしぶりでは、わたしはこの子に負けたよ」と言いながら、頭陀袋のなかからコップを取り出して投げ捨てた。また同じように、小さな子が皿をこわしてしまったあとで、パンの凹みにレンズ豆のスープを容れているのを見ると、彼はお椀も放り出したのだった。」

「彼はまた、悲劇のなかで聞かれる呪いは、自分の身に実際に実現していることだとつねづね語っていた。とにかく自分は、
  祖国を奪われ、国もなく、家もない者。
  日々の糧をもの乞いして、さすらい歩く人間。
なのだからと。」

「食事はどんな時刻にとるべきかと訊ねた人に対して、「金持ちなら、とりたいと思う時に、しかし貧乏人なら、とることのできる時に」と彼は答えた。」

「彼はまた、アテナイ人たちから愛されてもいた。事実、ある若者が彼の(住居にしていた)大甕をこなごなに壊したとき、アテナイ人はその若者に鞭打ちを加えたが、彼には別の甕を提供してやったからである。」

「あるとき、神殿を管理する役人たちが、宝物のなかから灌奠用の盃を盗んだ男を引き立てて行くのを見て、「大泥棒たちが、こそ泥を引き立てて行くよ」と彼は言った。」

「あるとき、何人かの女がオリーブの樹で首をつっているのを見て、「どの樹にも、こんな実がなっておればいいのになあ」と彼は言った。」

「〔ある人から、「君にはディオゲネスはどのような人だと思えるかね」と訊かれたとき、彼(プラトン)は、「狂えるソクラテスだ」と答えた。〕」

「なぜ人びとは、乞食には施しをするが、哲学者にはしないのかと訊ねられると、「それは彼らが、いつかは足が不自由になったり、目が見えなくなったりするかも知れぬとは予想しても、哲学者になるだろうとは決して思わないからだよ」と彼は答えた。」

「アレクサンドロス大王があるとき彼の前に立って、「余は、大王のアレクサンドロスだ」と名乗ったら、「そして俺は、犬のディオゲネスだ」と彼は応じた。」

「彼が無花果の木から実をとっていたら、番人が、「その木で、つい先日、人が首をつったんだよ」と言ったので、「それではぼくが、この木を祓い清めてやろう」と彼は応じた。」

「哲学から何が得られたかと問われて、「他に何もないとしても、少なくとも、どんな運命に対しても心構えができているということだ」と彼は答えた。」

「「君は哲学をしているくせに、何も知らないね」と言った人に対して、「たとえぼくが知恵のあるふりをしているだけだとしても、そのことだってまた哲学をしていることなのだ」と彼は応じた。」

「彼は劇場へ入って行くときには、ちょうど出て来る人たちと鉢合せになるようにしたものだった。それで、どうしてそんなことをするのかと訊かれると、「これこそぼくが、ぼくの全生涯を通じてなそうと心がけていることなのだ」と彼は答えた。」

「下手な射手を見て、「ここなら当らないだろう」と言いながら、彼は標的のそばに腰を下ろした。」

「世のなかで最もすばらしいものは何かと訊かれたとき、「何でも言えること(言論の自由、パルレーシアー)だ」と彼は答えた。」

「彼は九十歳近くで生涯を閉じたと言われている。そしてその死については、いろいろと異なった説が伝えられている。すなわち、ある人たちの説では、彼は生(なま)の蛸を食べてコレラにかかり、それがもとで死んだということだし、また別の人たちの説では、自分で息をつめて死んだということになっている。」
「なお、このほかにも、彼は犬どもに蛸を分け与えようとしていたところ、足の腱を咬みつかれて、それで命を落としたと言っている人たちもいる。」

「彼は死が迫っていたときに、死んだ後は埋葬しないで、どんな野獣の餌食にでもするように投げ捨てておくか、それとも、坑のなかへ押し込んで僅かの土をその上に盛っておくかするようにと、(だが、また別の人たちによると、イリソス河に投げ込むようにと、)命じたということである。」

「さて、われわれのこの哲学者は、アテノドロスが『散策』第八巻のなかで述べているところによると、香油を身体に塗っていたので、いつもつやつやして見えたということである。」



「メトロクレス」より:

「この人は自分の著作を火中に投じながら、こう言ったとのことである。
  これらは地下の世界に住む人たちの見る幻だ。」



「ヒッパルキア」より:

「ところで、メトロクレスの妹のヒッパルキアもまた、この派の人たちの学説の虜になった人である。」
「そして彼女は、クラテスの話にも暮らしぶりにもすっかり惚れこんでいて、求婚者たちの誰にも目をくれようとはしなかった。つまり、彼らの財産にも、家柄のよさにも、また美しさにも心を向けようとはしないで、彼女にとってはクラテスがすべてであった。その上また、もしクラテスと結婚させてもらえないなら、自殺するといって両親を脅してさえいたのである。それでクラテスは、彼女の両親から娘をあきらめさせてくれるように頼まれたので、できるだけのことはすべてやってみたが、結局は、彼女を説得することができなかったので、立ち上って、彼女の目の前で自分のまとっていた衣服を脱ぎ捨てて、「ほら、これがあなたの花婿だ。そして財産はここにあるだけだ。さあ、これらのことをよく見て、心を決めなさい。それにまた、あなたが私と同じ仕事にたずさわらないかぎり、私の配偶者にはなれないだろうから」と言ったのであった。
 だが、この娘は、(即座にクラテスを夫にすることを)選んだ。そしてその後は、同じ衣服をまとって、夫と一緒に歩き廻ったし、また人前で公然と夫と交わったり、宴席にも共に出かけたりしたのであった。」
「ところで、『書簡集』と題されたクラテスの書物が現存しているが、そのなかで彼は、(中略)全く見事な哲学を述べているのである。また彼は悲劇作品も書いたのであるが、それらもきわめて高遠な哲学的性格をそなえたものである。たとえば、次のような詩句もその一例である。
  わたしの祖国は、城郭の一つの塔や、館の一つの部屋にかぎられるのではない。
  大地全体のどの町、どの家も、そのなかに住まいするようにと、
  わたしたちには用意されているのだ。」



「メネデモス(キュニコス派の)」より:

「この人は、ヒッポボトスが述べているところによれば、自分はエリニュス(復讐鬼)の姿をとって歩き廻っているのであって、犯された罪の見張り人としてハデスからやって来たのであり、それはもう一度地下の世界に降りて行って、それらの罪をあの世の神霊たちに報告するためなのだと語っていた、というそれほどまでに異様な振舞いをしたとのことである。また、彼の身なりはこんなふうであったという。つまり、足までとどく灰色のガウンをまとい、その廻りを深紅色のベルトで締め、頭の上には黄道帯の十二宮が縫いこまれているアルカディア風のフェルトの帽子をいただき、悲劇役者が用いる半長靴をはき、たいへん長いあご髭を生やし、手にはトネリコの杖をたずさえている、というようなぐあいだったのである。
 さて、以上述べてきたのは、キュニコス派にぞくする人たちそれぞれの生涯である。」

「また彼らは、身を養うに足るだけの食物をとり、下着だけを身につけて、簡素な生活を送るように説いており、そして富も名声も家柄のよさも軽蔑しているのである。事実、彼らのなかのある者たちは、野菜だけを食べ、いつも冷たい水ですませ、またそのときどきに見つけた小屋や樽を住いとしていたのである。ディオゲネスはこのような生き方をしていたのであるが、この人は、「何ひとつ必要としない」のが神々の特質であり、また、少ししか欲しがらないのが神々に似た者たちの特質であると言っていたのである。



「ゼノン」より:

「彼はまた、人が大勢集まっているところが嫌いであった。それで、席につくときには一番端の方に坐ることにしていたが、そうすることで、彼は少なくとも煩わしさの半分は避けたということである。」

「また、文法的な誤りを犯していない人たちの正確な文章は、アレクサンドロスの鋳造した銀貨に似たところがある。それらの文章は、たしかに見た目には美しいし、あの通貨と同じように見事な丸みをもっているが、しかしそれだからといって、よりすぐれたものだというわけでは決してない、と彼は言っていた。他方、これとは反対の文章を、彼は、無雑作にそして粗略に鋳造されたアッティカの四ドラクマ貨幣になぞらえていたが、しかしその方が、美しく飾り立てられた文章よりもまさっている場合がしばしばあると語っていた。」

「友人とは何かと訊ねられたとき、「もう一人のわたしだ」と彼は答えた。」



「クリュシッポス」より:

「もっとも、ある人たちによれば、彼は笑いすぎたために発作をおこして、そのために死んだのだとも言われている。すなわち、驢馬が彼の無花果を食べてしまったので、彼は(世話をしてくれている)老婆に向かって、「さあ、その驢馬に、無花果を飲み下してしまうように、水を割らないぶどう酒をやってくれ」と言ったのだが、そのときあまりにも笑いすぎたので、そのために死んだというわけである。
 ところで、彼は尊大な人であったように思われる。とにかく彼は、あれほども数多くの書物を著したのに、どの王にも献呈しなかったからである。そして彼は、(中略)ただひとりの年老いた召使女を満足させるだけで充分としていたのである。」




こちらもご参照下さい:

ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (上)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)
『マルセル・シュオッブ全集』 大濱甫・多田智満子ほか訳
























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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