ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (下)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)

「ところで、彼は幼少の頃から、不可思議な人間であった。というのも、彼は若い頃には、自分は何も知らないと言っていたが、しかし長じてからは、あらゆることを知っていると主張していたからである。また、彼はいかなる人にも師事しなかった。いな、彼は自分自身を探求して、すべてのことを自分自身から学んだのだと語っていた。」
(ディオゲネス・ラエルティオス 「ヘラクレイトス」 より)


ディオゲネス・ラエルティオス 
『ギリシア哲学者列伝 (下)』 
加来彰俊 訳
 
岩波文庫 青/33-663-3

岩波書店 
1994年7月18日 第1刷発行
385p 人名索引19p
文庫判 並装 カバー
定価670円(本体650円)
カバー: 中野達彦



DIOGENIS LAERTII: VITAE PHILOSOPHORUM
全三冊。


ギリシア哲学者列伝 下


カバーそで文:

「三世紀前半の著。古代ギリシアの哲学者八二人の生活、学説、エピソードなどを紹介する。本巻には、ピュタゴラス、エンペドクレス、ピュロン、エピクロスら、我々になじみ深い人物も登場、貴重な史料であるとともに描かれた人間像が無類に面白い。(全三冊完結)」


目次:

凡例

第八巻
 第一章 ピュタゴラス
 第二章 エンペドクレス
 第三章 エピカルモス
 第四章 アルキュタス
 第五章 アルクマイオン
 第六章 ヒッパソス
 第七章 ピロラオス
 第八章 エウドクソス
第九巻
 第一章 ヘラクレイトス
 第二章 クセノパネス
 第三章 パルメニデス
 第四章 メリッソス
 第五章 ゼノン(エレアの)
 第六章 レウキッポス
 第七章 デモクリトス
 第八章 プロタゴラス
 第九章 ディオゲネス(アポロニアの)
 第十章 アナクサルコス
 第十一章 ピュロン
 第十二章 ティモン
第十巻
 第一章 エピクロス

訳注
解説
人名索引




◆本書より◆


「ピュタゴラス」より:

「さて、ポントスのヘラクレイデスが述べているところによれば、この人(ピュタゴラス)は自分自身のことについて、つねづね次ぎのように語っていたとのことである。すなわち、彼はかつてアイタリデスという名前の人間としてこの世に生まれたのであるが、ヘルメス(神)の息子だと信じられていた。そしてヘルメスは彼に、不死以外のことなら何でも、望みどおりのことを選んでよいと言ったので、そこで彼は、生きている間も死んでからも、自分の身に起った出来事の記憶を保持できるようにしてもらいたいと頼んだ。こうして彼は、生きている間は、あらゆることをはっきりと記憶にとどめることができたし、また死んでからも、その同じ記憶を保っていたのである。しかしその後、時が経って、彼(の魂)はエウポルボスという人のなかに入って生まれ変ったのだが、あるときメネラオスによって傷つけられた。ところで、このエウポルボスは、自分はかつてアイタリデスという名前の人間であったことや、ヘルメスからどんな贈物を授かったかということ、また、自分の魂の遍歴(転生)がどのようにしてなされて、どれだけ多くの動物や植物に自分は生まれ変ったかということ、さらには、自分の魂はハデス(冥界)においてどれだけの苦難を味わったかということや、他の人たちの魂もどんな苦難を耐え忍ぼうとしていたかということなどを、つねづね語っていたのだった。
 しかし、このエウポルボスが死ぬと、その人の魂はヘルモティモスという人のなかに移って行った。そしてこの人自身もまた、自分の記憶が保持されている証拠を示そうとして、(アポロンの神託所を管理する)ブランキダイ一族のところ(ディデュマ)へ出かけて行った。そしてアポロンの神殿に入って行って、メネラオスが奉納していた盾を証拠として示したのである。――というのも、その盾は、メネラオスがトロイアからの帰航の折に、アポロンに奉納したものだと彼は言っていたからである。――ただし、その盾はもうすっかり腐蝕してしまっており、ただ象牙の外装だけが保たれているにすぎなかったのであるが。
 ところで、このヘルモティモスが死ぬと、その人は今度は、デロス島の漁夫のピュロスとして生まれ変った。そしてこの人もまたすべてのことを記憶していたのである。つまり、自分はかつてはアイタリデスであったこと、それからエウポルボスに、ついでヘルモティモスに、さらにはピュロスに生まれ変った次第を覚えていたのである。
 そしてピュロスが死ぬと、その人はピュタゴラスに生まれ変ったのであり、そしてこのピュタゴラスは、これまでに述べられてきたことのすべてを記憶していた、というのである。」

「彼が信条(戒律)としていたのは、次のようなことであった。すなわち、
  刃物で火をかき立てぬこと。
  秤竿(はかりざお)を跳び越えぬこと。
  一コイニクス(の量の穀物)の上に坐していてはならぬ。
  心臓は食べてはならぬ。
  荷物は、背負うのを手伝うのではなく、降ろすのを手伝うこと。
  寝具はつねにたたんでおくこと。
  指輪に神の像を刻んではならぬ。
  灰のなかに土鍋の痕を残さぬこと。
  松の小枝でお尻を拭いてはならぬ。
  太陽に向かって小便をしてはならぬ。
  大通りから逸れて歩かぬこと。
  気軽に握手しないこと。
  軒下に燕を来させないようにすること。
  鉤(かぎ)爪をもつ鳥は飼わぬこと。
  切り取った爪や刈り取った髪の毛の上に、放尿したり、その上に立ったりしないこと。
  鋭利な刃物は切っ先の向きを変えること。
  国外へ出かけようとしているときには、国境(くにざかい)で振り向かぬこと。」



「エウドクソス」より:

「彼はまた犬たちの対話を記した書物も著したという。」


「ヘラクレイトス」より:

「そして彼は、アルテミスの神殿へ引きこもって、子供たちと骰子(さいころ)遊びに興じていたのだが、あるとき、エペソスの人たちが彼を取り巻いて立っていると、「このろくでなし者めが! 何をいったい、お前たちは驚いているのか。お前たちといっしょになって政治のことにかかわるよりは、ここでこうしている方がよっぽどましではないかね」と彼は言ったのだった。
 そして最後には、彼は人間嫌いになって、世間から遠のいて山のなかにこもり、草や葉を食糧としながら暮らしていた。しかしまた、そのことのゆえに、彼は水腫症に罹(かか)ったので、町に戻り、そして医者たちに、洪水を旱魃に変えることができるかどうかと、謎をかけるような形で問いかけた。しかし医者たちには、その問いの意味が理解できなかったので、彼は牛舎へ行って牛の糞のなかに身体を埋めて、糞のもつ温もりによって体内の水分が蒸発してくれることを期待した。しかし、そんなふうにしても何の効き目もないまま、彼は六十歳で死んだのである。」

「ところで、彼は幼少の頃から、不可思議な人間であった。というのも、彼は若い頃には、自分は何も知らないと言っていたが、しかし長じてからは、あらゆることを知っていると主張していたからである。また、彼はいかなる人にも師事しなかった。いな、彼は自分自身を探求して、すべてのことを自分自身から学んだのだと語っていた。」



「ピュロン」より:

「また彼は、(中略)世間から退いて、孤独に暮らしていたので、家人も彼の姿を見ることは稀にしかなかった。(中略)また彼は、いつもつねに同じ平静な態度を保っていた。だから、彼の話している途中に、誰かが彼を置き去りにすることがあっても、彼は自分を相手に最後まで話をつづけたのだった。」

「また、(中略)彼は助産婦であった妹と仲むつまじく一緒に暮らしていて、時によっては自分で、ひな鶏でも、小豚でも、市場へ持って行って売っていたし、また家の中を綺麗に片づける仕事も、彼は少しも気にすることなしに行なっていたという。そして彼は、そういった無頓着さのゆえに、豚までも自分の手で洗ってやったという話も伝えられている。」




こちらもご参照下さい:

ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (上)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)
ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝 (中)』 加来彰俊 訳 (岩波文庫)





























































































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