内田善美 『星の時計の Liddell ②』

「幽霊に似ている――」
(内田善美 『星の時計の Liddell』 より)


内田善美
『星の時計の Liddell ②』
 

集英社 
1985年10月9日 第1刷発行
1985年10月25日 第3刷発行
194p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価880円


「first published in BOUQUET
October issue 1982 - November issue 1982
January issue 1983 - March issue 1983」



カラー口絵4p。


内田善美 星の時計のLiddell 02 01


帯文:

「人間の深層心理に迫る大型ミステリー
ヒューが例の“夢”をみている間、
彼は呼吸をしていない。
心臓すらも、鼓動をとめていた!!」



内田善美 星の時計のLiddell 02 02


目次:

イラスト&ポエム Snow Blue

星の時計のLiddell ②

星の時計の Liddell 扉絵コレクション
単行本のおしらせ



内田善美 星の時計のLiddell 02 03



◆本書より◆


ウラジーミル: 「魂を――
私は…
魂を病んでいる……か…」

「その夜(よ)のうちに
死にゆく少年と
枕をならべたことがある――」

「空気が凍るような夜

その貧相な肉体から
澄みきった魂が離れていった
その時にさえ

私という人間は

涙さえ流すことも
できないのだ――」



睡眠時無呼吸状態で夢をみるヒューのことが気がかりで、ウラジーミルは本を読んだり学者に話をききにいったりします。


シカゴ大学のグレイ助教授: 「アーティスは

まあ
ごく平均的な
十三歳の少年でしたけどね
性格も明るくて
今の他の子供たちと
ちがうところといえば
ちょっと信じがたいほど
無垢(むく)な精神(こころ)を持っている
ということですか」

「その少年が
しばしば
夜寝るのを
嫌がりましてね」

「いやな夢を
みるんだそうです

それも
極(ごく) たまに
なんですが…

別に
夢の内容が
少年(アーティス)にとって
脅いとかおぞましいとか
いったものではなく

むしろ
好ましくさえ
思えるようなもの
らしいんですが

ただ
その夢をみることによって
(中略)
やがては完全に
現実世界から
離脱してしまうに
ちがいないという

強迫観念が
あったんですね」

ウラジーミル: 「その少年は
仮死状態に陥ると
聞いたのですが

その
たまにみるという
夢は…

その状態の
時に?」

助教授: 「…まったく…

そういうこと
だったんです

仮死というよりは

“死”といっても
いいかもしれない」

「その死の間に
経験した現象を――
(中略)
少年(アーティス)は
夢と呼んだのです」

ウラジーミル: 「いったい…
その
少年のみた
“夢”というのは
どういったもの
だったのですか?」

助教授: 「彼はあまり
語りたがりませんでした」

「語る言葉が
なかったのですよ

彼の持ってる
言葉では
語ることができなかった

我々の言語では
表現し得ない世界

そういうものを
彼は見ていたのだと
思います」

ウラジーミル: 「その子に
会わせては
いただけませんか」

助教授: 「死にました」

「彼は今度は
蘇生(そせい)しなかったのです」



内田善美 星の時計のLiddell 02 04


ウラジーミル: 「いったい
この“夢”たちは何なのだろう

生命さえ奪いとるほどの
力(エネルギー)をもった
この
奇妙な“夢”とは!?

その夢を
容易にみてしまう(引用者注: 「みてしまう」に傍点)
この奇妙に
明るい目をした
人間たちは…?」



内田善美 星の時計のLiddell 02 05


ウラジーミル: 「君は
僕の探している
“夢”の傍(そば)に
いつもいる」

葉月: 「私が探しているのは
“予感”なの」



内田善美 星の時計のLiddell 02 06


ウラジーミル: 「…君は

ときどき
そんな目をする

何がそんなに
哀しい?」

葉月: 「人間に
生まれたこと」

「あの地中海地方の
赤茶けて
荒廃しつくした土地にさえ
夜のような緑が
あったんだと思うと

あの大陸(ヨーロッパ)の森林を
破壊しつくしてしまった
人間という生物の存在に
驚愕(きょうがく)してしまう」

「ええ
確かに

今ある自然林は
200年におよぶ
人間の手による
復元によって
存在しているけど」

「200年前

理解できないまでも
その危機を危機として
感じとることが
できなかったら

取り返しのできない惨劇を
自らの手で
招いていたでしょうに…」

ウラジーミル: 「まあね
植物に寄生しているのは
他ならない人間だからね

それに
よっぽど
植物(かれら)の方が
生命力がある

破壊されても
人の十世代分ほどの
時間があれば
また自らを必ず復元する」

葉月: 「人間が
いなければね」

「何が哀しいって

風景が

人間の手によって
嫌な方へ嫌な方へと
変造されてしまう
そのことだわ」

ウラジーミル: 「ずいぶん
過激な感傷だね」



このあと、看過できないエコロジーの話が続きますが、はしょります。

一方そのころ、ヒューはまた謎の少女リドル(リデル)の夢をみていました。
夢のなかのヴィクトリアン・ハウスの庭には、金木犀が植えられています。


リデル: 「思い出は
香りと同じね

花が
消えてしまっても

いつまでも
いつまでも
香りだけが残ってる

あなたも同じ

私をおいて
突然消えちゃうものね

幽霊だから
しょーがないか…

だけど

私は
いつだって いつだって
ここに取り残される」



リドル(リデル)は子どものくせにポーの詩「幻の郷(Dream-Land)」を阿部保訳で諳んじます。
本書のタイトルの「星の時計」も、同じく阿部保訳によるポーの詩「ユラリウム」より取られています。

ヒューは幽霊として自分の夢のなかの幽霊屋敷に住みついていて、少女は夜になるとヒューの夢のなかの幽霊屋敷に遊びにくる、ということのようです。


ウラジーミル: 「しかし
まあ夢とはいえ
たいした子だね

夜の夜中
脳をおかされそうな
月夜に――
かりにも幽霊屋敷に

幽霊と遊ぶために
やってくるなんて

そーいうのが
潜在意識における
誰かさんの趣味なわけ?」

ヒュー: 「あいにくだね

俺は
人間に対して

傾倒するような
趣味はないんだ」

「それに
あれは
俺の造りだした(引用者注: 「造りだした」に傍点)
少女じゃないぞ

あの子が勝手に
俺の夢の中に
出てくるだけだ」



内田善美 星の時計のLiddell 02 07


リデル: 「話しかけちゃ
だめ!


死んでるの

もうすぐよ


幽霊になるの」



ウラジーミル: 「キー・ワードが
多すぎる――

どれもが真実を語り
どれもが真実にいきつかない

それほど
人間(わたしたち)の思考(おもい)は
不明確で雑多だ

キー・ワードが多すぎる…

ただ
夢だけが奇妙に現実的(リアル)で
ゆっくりと…

ゆっくりと
どこかに向かって進んでいる…」



冬の夜の街を歩くウラジーミルと葉月。街頭テレビがスペースシャトルの二度目の打ち上げを伝えています。


葉月: 「でも…

あれも
兵器だから…

どうして
私たちの精神は
純粋に志向することが
できずに

この頭脳は
こんなふうにいつも
不鮮明なものを
作ってしまうのかしら

世界中の人たちが
うらやむほど
幸せな恋人たちだって

この夜を
どんなに素敵に
すごせたって

明日の朝
新聞一部読めば

自分の中で
眠っている不安を
わけもなく
かきたてられるわ

あてのない苛(いら)だち
あてのない悲しみ

それほど
この惑星(ほし)は哀しいわ

人類(わたしたち)を
もってしまったために…

そうね

そして
そのことが
私たち自身を
不安にさせる」

ウラジーミル: 「45億の不安だね」

葉月: 「そう…

こんな
巨大なエネルギーが
何かを
生みださないはずがないわ」



このころはまだ世界人口は45億人だったのですが、今はもう70億をこえているのではないでしょうか。


葉月: 「そう…

昔の人って
夢をね
心理的な現象と考えずに
肉体から分離した魂が
本当に経験するものとして
考えたんですって」

「…幽霊に似ている」



一方そのころ、ヒューは道を歩いていて、バッドトリップした男に刺されますが、リドル(リデル)に呼ばれて振り返ったので、危ういところを助かります。
ヒューは夢の世界へリドル(リデル)をさがしに行きます。眠るヒューと見守るウラジーミル。


ヒュー: 「この屋敷の
外か…

あの子は
この外で
僕を呼ばなければ
ならなかったのか…?

あの子を
捜さなければ…

あの子のところに
行ってやらなければ…

外へ…

外へ」

ウラジーミル: 「遅い…

このまま
還(かえ)って来なかったら…

あの少女に
とらわれたまま

彼の魂が
この肉体に還(かえ)って来なかったら…」

「この肉体は
完全に死ぬだろう

腐敗(ふはい)し
朽(く)ちはてる」

「あの魂は…

“虚(ゆめ)”の宇宙(せかい)を
彷徨(さまよ)うのか…」

「あの魂は…

あの魂は

二度と
還(かえ)って来ない…

ここに
還(かえ)って来ない」

「ヒュー!」

ヒュー: 「…なぜ
呼んだ…」



ヒューはたまたま通りかかったアンティークショップの店先に、「Liddell 1879」と記された一枚の古い写真をみつけます。

リドル(リデル)の写真が存在するからには、彼女はかつて実在していたのにちがいない。ヒューは仕事をやめて、夢に出てくるヴィクトリアン・ハウスを探す旅に出ることにしました。


ヒュー: 「合衆国を
ひとまわりさ

3、4年で
なんとかなるかな」

ウラジーミル: 「そんな
ノーマルな顔して
しゃべることか!?

常軌(じょうき)を
逸(いっ)してる!」

ヒュー: 「探さなければ
ならない」

ウラジーミル: 「ああ!
わかった

探すがいい
それで
気がすむんならな

だがな

無駄な手間ひま
かけないためにも
いっとくがね

探す場所を
まちがえるな

いいか
“合衆国”じゃない

君の
夢の中だ

夢の中だ」

ヒュー: 「呼んだんだ

あの子が
俺を呼んだんだ

あの日

俺は
間に合わなかった

あんなに
悲痛な声で

俺を呼んだのに

あの子が
俺を必要とした時に

俺は傍にいて
やれなかったんだ」

ウラジーミル(心の声): 「彼は
何を……

何を
しゃべっているのだ」


ヒュー: 「少女が
死地に陥ってる…

そう

そうなんだ
あの子の身に何か
とんでもない事が
起こったろうことは
確かなんだ

ただ

それが
問題(引用者注: 「問題」に傍点)じゃあ
ないんだ

…あの子にとって
俺だけだった
ってことさ

あの子は
俺を呼んだんだ

あの子の住む世界の
誰でもなく

あの子には

俺だけしか
いなかったんだ」

ウラジーミル(心の声): 「彼(ヒュー)が

何をいおうと
私は
慣れているはずだった」


ウラジーミル: 「言ってしまえば
幻影(イリュージョン)だ

実の世界じゃない」

ヒュー: 「…そうだな

…それなのに

そこが在ることを
精神は知覚する

魂(エネジイ)は
流れてゆく

精神(いしき)の
他次元への移行

創造

変異

それは
やっぱり何かがそこ(引用者注: 「何かがそこ」に傍点)に
“存在”してしまうことだろ

“虚”であることが

”存在”を
否定することには
ならないよ」


ウラジーミル(心の声): 「彼(ヒュー)は
降る雪を見ていた

私は

降る雪が
苦手だった

見ていると
上へ上へと私は上天する

過去へ 千年の過去へ 無量の過去へと
私は消滅する

有らぬ世へ 有らぬ空間へ 有らぬ宇宙(じげん)へと
私は透過する

私は
降る雪が苦手だった

見ていると
気が狂う」


ヒュー: 「ほら
いつだったか
中国の思想家の
夢の話してたろ

たとえば
蝶になってしまうことぐらい
俺には
何のことはないような
気がするんだ」

「ただ
ゆっくり目を閉じて
眠るだけさ

それで もう
俺は蝶だ

蝶の俺は
二度と再び

人間になった夢を
みないだけさ」



内田善美 星の時計のLiddell 02 08


ウラジーミル(心の声): 「なぜ
彼は
狂わないのだろう

誰も見たりしないものを見
誰も信じたりしないものを信じ
誰も語らないようなものを語り

容易(たやす)く蝶になってしまえる
我身を知りながら

こうも悠然と
自然な仕草で

正気を
保っていられるのか」



内田善美 星の時計のLiddell 02 09


「少女は……

少女はたどり着いた…

幾千の月夜を
万の昼を 数えながら
光年におよぶ距離を彷徨(さまよ)い

この
星の時空(じくう)に等しい闇黒の中――

少女はたどり着いた」

「この
星の時空(じくう)に等しい闇黒の中に
放り出されながら

少女のおそれを知らぬ魂は
疑いはしなかったろう

彼の手にいだかれる――そのことを…

これはまさに夢だ
夢に近すぎる

なんという夢だろう

なんという夢だろう」



内田善美 星の時計のLiddell 02 10


「………見ていると

気が狂う」




こちらもご参照下さい:

内田善美 『星の時計の Liddell ①』
阿部保 訳 『ポー詩集』 (新潮文庫)




























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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