大貫隆 訳・著 『グノーシスの神話』

「するとその雲が輝いた。その雲の中に一つのヌースが現れた。(中略)そのヌースは生まれざる霊に向かって突進した。それにはその霊との類似性が備わっていたからである。」
(「シェームの釈義」 より)


大貫隆 訳・著 
『グノーシスの神話』


岩波書店 
1999年1月27日 第1刷発行
307p 参考文献表5p
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,300円+税
装丁: 司修
カバー: ナグ・ハマディ文書写本Ⅶのパピルス断片



本書「あとがき」より:

「グノーシス主義は古代末期から近代に至るまで、地中海およびヨーロッパ文化の実にさまざまな領域(中略)において、表の文化に対する裏の文化として見え隠れしながら、連綿とその影響を及ぼし続けた。」
「グノーシス主義が有するこのような思想史的・文化史的な重要性にもかかわらず、わが国ではこれまで、グノーシス主義が生み出した本文そのもののまとまった形での紹介が立ち遅れていた。」
「しかし、今やこの欠も(中略)邦訳『ナグ・ハマディ文書』全四巻(中略)によって埋められることとなった。」
「その多種多様なナグ・ハマディ文書の本文を、多くのグノーシス主義教派がそれぞれ依拠した基礎神話を準拠枠として可能な限り整理した上、マンダ教とマニ教の神話も加え、必要最小限の解説を添えて読みやすい読本の形で提供することが本書の役割である。」



本書は2011年11月に「岩波人文書セレクション」版、2014年5月に「講談社学術文庫」版として再刊されています。
本文中図版(モノクロ)25点。


大貫隆 グノーシスの神話 01


帯文:

「人間の起源と終末を語る、もう一つの宗教的思考
ナグ・ハマディ文書、マンダ教・マニ教神話のエッセンス
アンソロジー: グノーシスとは何か」



帯背:

「グノーシス
入門」



目次:

Ⅰ グノーシス主義とは何か
 一 グノーシス主義の世界観と救済観
 二 グノーシス主義の系譜学
  1 史料
  2 歴史
  3 社会学的根拠

Ⅱ ナグ・ハマディ文書の神話
 一 世界と人間は何処から来たのか
  トポス1 否定神学
  トポス2 神々の流出
  トポス3 ソフィアの過失
  トポス4 造物神
  トポス5 造物神による世界の創造
  トポス6 造物神の思い上がり
  トポス7 造物神による人間の創造
  補論・シェームの釈義
 二 世界と人間は何処へ行くのか
  トポス8 啓示者の到来
  トポス9 仮現論と反仮現論
  トポス10 世界史
  トポス11 世界の終末
 三 今をどう生きるか
  トポス12 自己の認識と霊的復活
  トポス13 性的禁欲
  トポス14 洗礼
  トポス15 殉教か禁欲か
  トポス16 個々人の運命(個人的終末論)

Ⅲ マンダ教の神話
 一 マンダ教について
 二 『ギンザー(財宝)』の神話
  1 光の世界
   至高神
   第二、第三、第四の神々
   その他の神々(ウトラ)
  2 闇の世界
  3 世界(この世)の創造
  4 人間の創造
  5 救済論(終末論)

Ⅳ マニ教の神話
 一 マニとマニ教について
 二 マニ教の神話
  二つの原理・光と闇(§1)
  光の大地(『学術書目録』のみ)(§2)
  闇の大地(『学術書目録』のみ)(§3)
  サタンの生成(『学術書目録』のみ)(§4)
  二つの原理の闘い(§5)
  原人の出現(§6)
  原人が闇に呑み込まれる(§7)
  第二の召命「光の友」(§8)
  天と地の創造(§9)
  「光の船」の創造、光の濾過装置(§10)
  第三の召命(『評注蒐集』のみ)(§11)
  「光のアダマス」の派遣(『評注蒐集』のみ)(§12)
  闇の娘たちの出産(『評注蒐集』のみ)(§13)
  アダムとエバ(ハヴァー)(§14)
  イエスの派遣(§15)
  カインとハービール(アベル)(『学術書目録』のみ)(§16)
  シャーティール(セツ)の誕生と成長(『学術書目録』のみ)(§17)
  個々人の運命(『学術書目録』のみ)(§18)
  終末時の原人の再臨、楽園と奈落(『学術書目録』のみ)(§19)
  光の回収、世界大火(『学術書目録』のみ)(§20)
  図表・神々の系譜

結び グノーシス主義と現代
 グノーシス主義の終焉と残された傷痕
 移植されたグノーシス主義とその克服
 新霊性運動とグノーシス主義
 「終りなき日常」とグノーシス主義
 グノーシス主義のメッセージ
 グノーシス主義を超えて

あとがき
参考文献表



大貫隆 グノーシスの神話 02



◆本書より◆


「グノーシス主義の世界観と救済観」より:

「ストアでは宇宙万物と人間がマクロコスモスとミクロコスモスとして、(中略)大小の同心円として対応する。」
「ところが、このような同心円的な世界観と人間観が、ある日ある時、古代地中海とオリエントの世界の一隅で突如として破綻し、宇宙万物と人間の肉体が一転して暗黒の牢獄に見え始めたのである。」
「人間は自分が肉体と魂、すなわち本来の自己に分裂していること、その本来の自己がこの世界の何処にも居場所を持たないことを発見する。この世界に対する絶対的な違和感の中で、本来の自己がそれらを無限に超越する価値であると信じる。これこそグノーシス主義の世界観に他ならない。
 肉体の死こそは魂が解放される瞬間に他ならない。しかし、解放された魂は何処へ行くのか。その行く先は、(中略)魂の「いにしえの故郷」である。当然その在り処は惑星を超え、黄道十二宮を超え、目に見える宇宙万物を超えた彼方、ストアの哲人には思いも寄らなかった「世界ならざるもの」、すなわち世界の外でなければならない。」



「ナグ・ハマディ文書の神話」より:

「一口にナグ・ハマディ文書に含まれるグノーシス主義の救済神話と言っても、(中略)さまざまなグループによって生み出されたものの集まりであって、内容的には部分的に似たものはあっても、全く同じものは二つとして存在しない。」


「マンダ教の神話」より:

「マンダ教の人間観は強烈に二元論的である。人間の身体は地上の世界に由来し、魂は光の世界から来る。はじめに人間の身体が創造されるが、闇の世界の存在によって造られた肉体は、まだ魂が入っていないので、起き上がることができない。そこで光の世界からマーナー(魂)を連れてきて、その肉体の中に入れる。ゆえに、魂は地上の世界では捕らわれの身なのである。」
「従って、死こそ魂が肉体から解放され、光の世界へ帰還(上昇)すること、すなわち救済の出来事として捉えられる。とは言え、魂はただ死ぬだけで光の世界へ帰ることができるわけではない。その資格を得るためにこそ、マンダ教徒はさまざまな儀礼を遵守するのである。その中でも主要な儀礼は洗礼と死者儀礼の二つである。洗礼は生きている間から身を清め、活ける水、すなわち流水と接触することで光に触れ、光の世界出自の者にふさわしい状態を保つように務めるためのものである。死者儀礼は、マンダ教徒が死んだ後、その魂が光の世界への上りの道行を安全に乗り切り、無事光の世界へ到着できるように、地上に残された者たちが支援するための儀式である。」
















































































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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