近藤恒一 『ペトラルカ研究』

「ただでさえ、かれは、まるで生まれつきのように、無常感をいだいていたのである。」
(近藤恒一 『ペトラルカ研究』 より)


近藤恒一 
『ペトラルカ研究』
 

創文社
昭和59年2月25日 第1刷印刷
昭和59年2月28日 第1刷発行
xix 441p 66p
A5判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価6,800円



本書「あとがき」より:

「本書は、すでに発表した論文に新しく数章を書き加えてまとめたものである。」
「このたび、本書に収めるにあたり、どの論文にもかなり手を加えた。」



本書「序論」より:

「本書は大きく二つの部分からなっている。第一部は、ペトラルカのほぼ前半生について、いわば伝記的「歴史的」考察を試みている。そして第二部は、ペトラルカ思想の重要な諸テーマや諸相についての問題別研究を試みており、そこでは基本的に、いわば「非歴史的」考察がなされている。」
「私自身は、ペトラルカに親しむうちに、ある意味ではかれの後半生には歴史がないとみなしてよい、と思うようになった。(中略)じっさい、かれの思想の基本的立場や方向、かれの基本的発想や感じかた、かれの問題意識の型といったものは、三〇歳代の著作から晩年の著作にいたるまで、ほぼ一貫しており、ほとんど変わっていないように思われるのである。」



近藤恒一 ペトラルカ研究


目次:

まえがき
引用原典表

序論 「歴史なきペトラルカ」とペトラルカの歴史
 一 ヒューマニズムの父
 二 「歴史なきペトラルカ」
 三 「歴史なきペトラルカ」とペトラルカの歴史
 四 根本資料

第一部 ペトラルカにおけるヒューマニズムの形成
 第一章 少年期の教養形成(一三〇四―二〇)
  第一節 おいたち
  第二節 最初の学習
  第三節 キケロとの出会い
  第四節 モンペリエ遊学
  第五節 無常感
 第二章 ボローニァ遊学(一三二〇―二六)
  第一節 ボローニァ遊学の「三か年」
  第二節 歌声とおとめらの踊りと
  第三節 法学研究
  第四節 修辞学研究と古典文学研究
  第五節 俗語文学研究
  第六節 栄光を夢みて
 第三章 リウィウス復元の試み――古典研究(一)
  第一節 俗語詩と古典研究
  第二節 リウィウス研究と『ローマ史』復元の試み
   一 リウィウス写本(Harleian Ms. 2493)の作成
   二 古典主義と文献学的・批判的方法
  第三節 リウィウス復元の文化史的背景
  第四節 リウィウス復元の文化史的意義
 第四章 古典収集活動――古典研究(二)
  第一節 コロンナ邸を足場に
  第二節 古典の再発見
   一 北への旅
   二 南への旅
  第三節 古典の「再創造」
  第四節 古典収集熱をかきたてるもの
   一 精神の糧をもとめて
   二 人間的対話をもとめて
   三 歴史的使命感
 第五章 ヒューマニズムの成立――「愛読書」目録とその意味するもの
  第一節 「愛読書」目録
   一 「わが愛読書」(Libri mei peculiares)
   二 目録の作成時期
   三 目録の見出しの意味するもの
  第二節 「愛読書」目録の構成と内容
   一 目録全体の構成
   二 「世俗文学」
   三 「宗教文学」
  第三節 「愛読書」目録の意味するもの
   一 古典主義
   二 原典志向
   三 ラテン文学と俗語文学
   四 古典文学と宗教文学
  第四節 ヒューマニズムの成立――結びにかえて
 第六章 キリスト教的ヒューマニズム
  第一節 宗教文学への接近
  第二節 古典文化とキリスト教との統一
  第三節 古典的ローマとキリスト教的ローマとの統一
   一 ローマの「再発見」 
   二 古典的ローマ「再生」のために――史書『著名人伝』と叙事詩『アフリカ』
   三 キリスト教的ローマ「再生」のために――教皇庁のローマ帰還
   四 古典的ローマとキリスト教的ローマとの統一――聖俗両世界の中心としてのローマ
  第四節 古典文化とキリスト教との融合統一の「場」としての「ローマ」
 第七章 人間の「人間化」
  第一節 人間形成
   一 「動物的」人間から「人間的」人間へ
   二 「フマニタスの人」
   三 倫理的教養と人間愛
   四 「世俗的」教養と「宗教的」教養との統一
   五 「人間的」と「非人間的」――フマニタスにおける調和
   六 内なる戦い
  第二節 具体的人間への志向――人間「抽象化」の拒否
  第三節 哲学と修辞学との統一
 第八章 結論と展望

第二部 ペトラルカの思想
 第一章 モラリスムとしてのヒューマニズム
  第一節 「われらの研究」――序にかえて
  第二節 修辞学と弁証学
  第三節 人間形成
  第四節 モラルの哲学(道徳哲学)
  第五節 モラリスム文学における「雄弁」
  第六節 フマニタス研究――結びにかえて
 第二章 モラリスム哲学の伝統とその継承――プラトニズムの問題をめぐって
  はじめに
  第一節 プラトン讃歌
  第二節 アリストテレス派攻撃
  第三節 プラトンの優位
  第四節 プラトニズムの伝統
  第五節 新しい思想家像へ
  おわりに
 第三章 古代文学の「再生」と継承
  第一節 古代文学「再生」のために
  第二節 古代文学の擁護
   一 内容面からの擁護
   二 形式面からの擁護
  第三節 文学的競合
   一 「近代」文学との競合
   二 古代文学との競合
   三 競争意識と不安のはざまで
 第四章 法学批判――時代批判(一)
  第一節 文学と法学のあいだで
  第二節 法律とその運用
  第三節 ボローニァ学派の法学研究
  第四節 ペトラルカの法学観
  第五節 法学批判の内包するもの
 第五章 アヴェロイストの虚像と実像――時代批判(二)
  はじめに
  第一節 アラビア文化とアラビア作家
  第二節 アヴェロエスとアヴェロイスト
  第三節 アヴェロイスト
  第四節 「近代風哲学者たち」
  第五節 〈アヴェロエス派〉攻撃の意味するもの
 第六章 アラビア文化排撃――時代批判(三)
  第一節 アヴェロエス論駁のために
  第二節 十字軍意識
  第三節 古代文化とアラビア文化
  第四節 古代文化と「近代」文化
  第五節 「近代派」攻撃をうながすもの――結びにかえて
 第七章 自然科学論争――時代批判(四)
  第一節 序論――自然科学論争の思想史的意義
  第二節 自然研究と人間研究
  第三節 認識論的批判
  第四節 方法論的批判と研究領域の確定――医学批判を中心に
  第五節 権威主義批判――文献学的主体の確立
  第六節 宗教的批判
  第七節 結論
 第八章 「開かれた学」としてのヒューマニズム
 
あとがき


研究文献
年譜
人名索引
イタリア語目次




◆本書より◆


「第1部 第2章 ボローニァ遊学」より:

「学友たちと連れだって田園に遠出したり、おとめたちの踊りに加わったり、歌声に唱和したりするときにも、それらにたいする無常の意識が、かれの心に、ふっと頭をもたげなかったであろうか。とにかく、かれのペシミズムは学友たちにはたわごとと思われ、かれは頭がおかしいのではないかとさえ疑われた。
 「私は同年輩の者たちのみならず年長者たちとも違っていました。かれらには人生そのものが確かで長いものと思われていたのですが、私には、はかなく短いものに思われました。そこでよく議論や激しい口論が起こったものです。そうしたさい年長者たちの権威が勝ちをしめ、私は頭がおかしいのではないかと疑われそうになりました。じっさい私は、心に思っていることをよく言いあらわせなかったし、またもし言いあらわせたとしても、私の若さと考えの奇抜さゆえに、いささかも受けいれられはしませんでした。ことばで敗れた私は、沈黙の砦にひきこもるのでした。でも、おたがいに黙ってはいても、めいめいがどちらの見解にくみしているかは、その態度ふるまいからしてわかるのでした」。」



「第1部 第3章 リウィウス復元の試み」より:

「父の死という悲しむべき事件は、同時に解放の機会でもあったのである。こうしてペトラルカは、法学研究をしりぞけ、好きな文学研究という、ただひとすじの道を歩みはじめる。」

「「……多くの研究活動のうちでも、私はとくに古代を知ることに没頭しました。この現代はつねに私の気にいらなかったからです。……そこで私は歴史家たちを愛好しました」」



「第1部 第4章 古典収集活動」より:

「「地上のさすらい人」と自称したペトラルカの生涯は、ほとんど旅から旅への連続であった。かれの旅には、むろん、さまざまな動機がはたらいていた。が、古典の再発見と収集――これもまたその動機の一つだったのである。」

「このような書物への渇望、飽くことを知らぬ書籍収集熱によって、三〇歳すぎのペトラルカはすでに、当時としてはかなり豊かな蔵書を所有するにいたっていた。そのころかれが自分の一写本に書きつけた「愛読書」目録も、そのことを確証している。この「愛読書」目録は五〇あまりの著作家名や作品名をあげているが、その時点でのかれは、ほかにも少なからぬ書物を所持していたと思われる。さきの書簡でも、「私はおそらく必要以上に多くの書物をもっています」と述べられている。この告白もまた、かれが当時としては異例なほど豊かな蔵書をもっていたことを示唆している。かれは自分の書籍収集に一種のうしろめたさを感じているかのようでさえある。」

「古典研究によって過去の人びとと親しく交わることは、ペトラルカにとって、しばし「現代の諸悪」を忘れ、時代の現実を忘れるためでもあった。その意味では一種の現実逃避とみられてもしかたがなかった。が、自己の内面にひきしりぞき、自己の内奥の孤独においてなされる古代人との対話は、じつはまた、現代の人間関係の欺瞞性を拒否し、より高い次元での人間的交わりをもとめることでもあった。つまり、現実との無媒介的な一体化や同化を拒否しつつ、なおかつ積極的に現実にかかわろうとする強烈な現実否定のモメントをも含んでいたのである。このような現実否定は、けっして現実逃避ではない。現実否定というモメントなしには、現実へのかかわりは現実への埋没となり、現実変革的であることはできない。」

「ペトラルカは書物を精神の糧としてもとめ、書物との「対話」をつうじて深い人間的交わりをもとめた。そしてこの面からみれば、ある時期からのかれは「おそらく必要以上に多くの書物をもって」いた。自己の精神の糧として読むには余計とおもわれるほどの書物をもっていたのである。しかもなお書物をもとめてやまなかった。
 しかしこれは、すでに見たとおり、けっして物欲や貪欲のせいでもなければ、書物を囲いこんで私物化したいためでもなかった。むしろ、書物を「牢獄」から解放するためであった。」
「こうしてかれは、「現代」にあってはかえりみられない古典作家たちに、すすんで宿りを提供しようとする。かれらが行き暮れて、永久に忘却の夜の闇に呑みこまれてしまうことのないように。そして、いつかは良き時代が、かれらをふたたび喜び迎えることのできるように。――」



「第1部 第5章 ヒューマニズムの成立」より:

「目録全体の見出し語になっている《Libri mei peculiares》ということばは、「私のとくにたいせつにしている所蔵本」というほどの意味であろう。ところで、この見出し語につづく文章、すなわち、
  Ad reliquos non transfuga sed explorator transire soleo. (「自余の書物へと私が移っていくのは、逃亡者としてではなく偵察者としてであるのをつねとする」)
 という文章は、なにを意味するのであろうか。この文章は、じつは、セネカのつぎの一文を下敷きにしたものと思われる。
  soleo enim et in aliena castra transire, non tamquam transfuga, sed tamquam explorator. (「じっさい私は他陣営にも移っていくのをつねとしておりますが、いわば逃亡者としてではなく偵察者としてそうするのです」)
 この一文は、セネカがその友ルキリウスあてに読書の心得を説き、自分もそれを日々実行している旨を述べた書簡にみいだされる。その箇所でセネカは、エピクロスのことばに賛同してこれを引用しているが、その弁明をも兼ねて、読書における自分の習慣の一つを語っているのである。すなわち、エピクロスのような著作家の属する「他陣営」つまり「敵陣営」(aliena castra)にも、自分はつねづね「偵察者」としてはいりこみ、そこに見いだされるかぎりの有益な思想やことばはこれを積極的に利用するのだ、と。」
「要するにかれは、目録に記載の書物はこれをくりかえし愛読しているが、自余の書物はただ一時的関心から読むだけなのである。」

「ペトラルカにおいては、異教の古典作家もキリスト教的著作も、ともに愛読書として同一陣営に属しえた。(中略)かれの作品評価においては、キリスト教的か異教的かという図式的枠組みは根底においてくずれている。そのような図式的枠組みをこえた別の判断基準にもとづいて、作品評価がなされるのである。しかも、この独自の判断基準は、キリスト教的著作にたいしても異教的著作にたいしてもひとしく適用される同一の基準であったと思われる。この同一の判断基準にもとづく批判的選択のふるいにかけられて、特定の古典作品と特定のキリスト教的著作のみが、愛読書となりえたのである。」
「ペトラルカの古典主義を語るとき、私たちはそこに、あくまでもかれ独自の古典主義を認めるべきであろう。」



「第1部 第7章 人間の「人間化」」より:

「要するにかれは、「人間的」とおもわれるかぎりのものは、これをすべて願望し、何ひとつ断念できないのである。そのため、かれの心はつねに、深い満たされなさの意識にひたされる。「私はいつも心の深みに何かしら満たされなさを感じるのです」。満たされなさの意識は、不幸の意識と区別できない。かれは終生、不幸の意識から解放されることがなかったのである。
 すべてを願望するがゆえに、かれはまた、ときとして何を意欲すべきかを決定できない。願望相互の葛藤のうちに、無気力で憂鬱な憔悴状態におちいることもある。かれの精神の持病ともいうべき「鬱病(accidia)」は、ここにその根をもっていたといえよう。」

「具体的人間への志向は、(中略)人間の不完全性についての自覚をともなう。ある人間を完全視したり絶対視したりすることは、ほとんどつねに、その人間を一面化し抽象化することによって可能となる。」
「人間を一面化し「抽象化」することは、人間をいびつにし不具にすることである。」
「これにたいし、ペトラルカはかれらを、かれらが生きた歴史的現実のなかに置きもどし、その人間としての全存在において理解しようとする。こうしてかれらは「生ける」具体的人間としてよみがえる。そのかれらは、依然として敬愛されるが、もはや絶対視されることはない。」
「それぞれの分野で絶対的権威を享受していた著作家たちを具体的人間としてよみがえらせることは、かれらの権威から解放されることでもあった。人間「抽象化」と結びついた権威主義の呪縛から解放されることでもあったのである。」



「第2部 第2章 モラリスム哲学の伝統とその継承」より:

「では、プラトンとアリストテレスはひとしく偉大だとしても、なぜプラトンのほうに、ペトラルカはいっそうひかれるのであろうか。」
「「ふたりのうち一方は王侯貴顕によってたたえられ、他方は一般民衆によってたたえられています。プラトン讃美者はより偉大な人びとであり、アリストテレス讃美者はより多数の人びとなのです」。」
「この歴史的〈事実〉は、ペトラルカにとっては、プラトンのほうがより高貴で偉大であることの有力な証拠となりうる。かれによれば、稀少性や独自性にこそ価値は存するのだからである。「事物や人間の大きな価値は稀少性にあり、独自性は大きな栄誉なのです」。そして真理は、つねに少数者の側にある。だから、大衆によって踏みかためられた道をさけ、少数者のたどった道をこそとるべきである。少数者の道をたどるのは哲学者にふさわしく、多数者の道にしたがうのは普通人のすることである。(中略)このような大衆嫌悪、稀少性や高貴性の尊重は、たんにペトラルカの貴族主義的気質の現われにすぎないのではなく、時代にさきがけてめざめた者の孤立感の現われ、その孤立感情への甘美な自己陶酔の一面でもあった。」



「第2部 第8章 「開かれた学」としてのヒューマニズム」より:

「「開かれた学」としてのヒューマニズムは、根本的にはこのように、人間へと開かれた学でなければならなかった。それはむろん、人間とその世界へ、つまり人間社会へと開かれてあることを意味する。しかし、より根本的には、具体的人間としての人間へと開かれてあること、つまり、その全存在における人間へ、人間存在の核心へと、根底的に開かれてあることでなければならない。すなわち、人間が「より人間的」になろうとするその自己創造性のもっとも深い根源へと開かれてあることでなければならない。そこにおいては、人間へと開かれてあることは、じつは、人間存在をこえたものへ、人間存在の根拠であるものへと開かれてあることである。つまり、世界へ、神へと開かれてあることである。そのような人間のありかたが、ペトラルカのいう「孤独」にほかならなかった。」
「このように、人間へと開かれてあることは、自己の存在のうちに深まることであるとともに、同時にまた、他のあらゆる具体的人間へ、そして社会へ世界へ神へと深く開かれてあることにほかならなかったのである。
 そのような「開かれた」学としてのヒューマニズムにおいては、「開かれて」あるというその根本性格そのもののゆえに、「学」が完結することは原理的にありえない。この「学」はつねに人間へと開かれているばかりか、探究主体としての人間の生と一体であり、生きることと一体であるからである。生が完結するとき、生はもはや生でありえないように、この「学」も、完結せる体系のうちに閉じこめられるとき、もはやヒューマニズムとしての「学」ではありえない。たんに知的次元の知識体系にすぎなくなる。だが、どのように壮大な知識体系も、「生」の立場からみれば、不断に生成し自己創造的である「生」の一モメントいがいの何ものでもない。ヒューマニズムが「生」の立場にたち、「生きる」立場にたつということは、「生」そのものがそうであるような不断の力動・生成・形成の立場にたつことにほかならない。「生」も、真に「生ける」ものも、つねに固定化や完結をこばむのである。
 だが、真に「生ける」ものはまた、つねに内的統一性をもち、また求める。(中略)固定的体系化の拒否と一体の、内的体系性の追求。そこに、「生」の立場にたつ哲学的探究者の誠実さがある。したがって、哲学的探究も哲学書も、本質的に「試み(エセー)」でなければならない。」(中略)体系的叙述とは縁遠いペトラルカの「断片的」叙述も、やはり、そのような誠実さに根ざしていたのである。」
「それは、つねに真理へと開かれてあることであり、あらゆる「知」の固定化やそれへの安住を打破してやまない懐疑精神に生きることであった。だからかれは、あらゆる学派に学びつついかなる学派にも拘束されないという自由な態度をとり、誠実な懐疑者であろうとしたのである。」




こちらもご参照下さい:

『ペトラルカ ルネサンス書簡集』 近藤恒一 編訳 (岩波文庫)
ペトラルカ 『わが秘密』 近藤恒一 訳 (岩波文庫)

















































































































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