ペトラルカ 『わが秘密』 近藤恒一 訳 (岩波文庫)

「ある致命的な魂の悪疫(ペスト)がきみをとらえている。近代人はこれを鬱病とよび、古代人は煩悶(はんもん)とよんだ。」
(ペトラルカ 『わが秘密』 より)


ペトラルカ 
『わが秘密』 
近藤恒一 訳
 
岩波文庫 赤/32-712-2 

岩波書店 
1996年3月18日 第1刷発行
348p
文庫判 並装 カバー
定価670円(本体650円)
カバーカット: アンドレア・ボナイウーティ「ドミニコ会の伝道活動と勝利」(部分)



本書「凡例」より:

「本書はフランチェスコ・ペトラルカのラテン語対話篇『わが秘密』(Secretum)の全訳である。」
「原著の叙述内容に即して各巻に題名をつけた。また各巻をいくつかの章にわけ、それぞれに題名をつけた。各巻の題名も章わけも原著にはないが、読者の便宜を考えて訳者がこころみたものである。」



本書「解説」より:

「このようにペトラルカにおいては、ほとんどいつも、複数の相反する主導的関心や思想傾向が併存していた。そのどれもが、ときにより強弱の差こそあれ、真実のペトラルカ思想なのである。(中略)しかもかれは、相反する関心や思想傾向を、しばしば自覚的に、矛盾するままに共存させ、生活次元や実存次元において調和させようとする。これもまた、きわめてペトラルカ的な生きかたといえよう。(中略)つまり、対話者アウグスティヌスからみれば相容れない二つの願望を、どちらも満足させようとするのである。」
「しかしそのため、しばしばどの願望も充分に満足させることができないし、願望相互の葛藤のうちに憔悴することもある。あるいは何ひとつ根本的決断ができないこともある。――ここに詩人の慢性的な「鬱病」はおもに起因していた。したがって対話篇の最終的解決は、むしろ解決ではなく、詩人がついに「鬱病」から解放されないだろうことを示唆し、その意味では自己救済の試みの徒労を暗示している。」
「にもかかわらず、この徒労は、たんなる徒労ではないようにおもわれる。――内面の葛藤や悩みをむしろ自己の個性的でしかも普遍的な現実として受けいれ、この現実を積極的に生きぬこうとする自覚的決意と不可分にむすびついているようにおもわれる。『わが秘密』は、このことの自己確認の書でもあろう。それはつまり、内面の葛藤を葛藤のままに調和させようとすること。あるいは、自分の苦悩や悲しみをも自分固有の〈伴侶(とも)〉として受けいれ、この〈伴侶〉をおのれの宿命ともよろこびともすること。」



口絵(モノクロ)1点。巻末地図2点。


ペトラルカ わが秘密 01


カバー文:

「アウグスティヌスの『告白』を座右の書としていたペトラルカ(1304-74)が、精神的な危機に直面していた自己を救済するために自分とアウグスティヌスとの対話形式で、人間の不幸、罪、救いなどを論じた書。ペトラルkの散文の最高傑作といわれ、徹底した自己分析がなされたこの書物は、ペトラルカという人物やその文学の秘密を解き明かす鍵となるものとしても興味ぶかい。」


目次:

凡例


第一巻 人間のみじめさと救い
 一 救いの根源
 二 幸不幸と意志
 三 死の省察
 四 省察を妨げるもの――ファンタスマの病気
第二巻 魂の病気
 一 高慢
 二 妬み・貪欲
 三 野心・大食・怒り
 四 情欲
 五 鬱病
第三巻 愛と名誉欲
 一 二つの鉄鎖
 二 愛とその実相
 三 愛の治療法
 四 名誉欲

訳註
解説
地図



ペトラルカ わが秘密 02



◆本書より◆


アウグスティヌス だから、あらゆる欲望という欲望――それらを絶滅するのはむろんのこと、いちいち数えあげるだけでもたいへんなことだが――それらをすべて絶滅し、自分の心を理性の手綱にゆだね、そしてつぎのように言える人、そういう人はどんなに稀(まれ)なことだろう。「わたしはもう肉体とはなんのかかわりもない。この肉眼にみえるものはすべて、いとわしいかぎりだ。わたしはもっと幸福なものに憧れている」。
フランチェスコ そのような人はごく稀です。さきほどおっしゃった困難というのが、やっとわかってきました。
アウグスティヌス もちろん、これらの欲望がなくなっても、あの熱望はまだ完全でも安全でもないだろう。魂が高貴な本性ゆえに天上をめざしてのぼってゆけばゆくほど、とうぜん、それだけ肉体の重みや地上の誘惑はひどくなってくるからね。こうしてきみたちは、のぼることを切望したり、低きにとどまることを切望したりしているうちは、その双方にひきさかれ、どちらも成しとげることができない。
フランチェスコ では、魂が地上の足枷(あしかせ)を打ちくだき、ひたすら天上的なものをめざして高まっていくには、どうすべきだと思われますか。
アウグスティヌス この目標へと導いてくれるのは、むろん省察にほかならない。わたしがまっさきに勧めておいたあの省察。つまり、きみたちが死すべきものであることを絶えず思いおこすこと。」

アウグスティヌス これに加えて、野獣ばかりか人間の凶暴があり、戦争の暴威がある。(中略)さらに、不吉な星のために起こる大気の変動、天界のおよぼす有害な影響、そして数えきれないほどの海陸の危険。――いたるところ、こうした危険に取りかこまれているので、どこを向いてもきみたちの目に映るのは、きみたち自身の死の似姿にほかならない。」

アウグスティヌス きみがつぎのような人を見かけるとしよう。すなわち、自分の理性をよく用いて、理性によって自分の生をつくりあげ、自分の欲望を理性にのみ従属させ、心の動きを理性の手綱で制御(せいぎょ)している。そして自分はただ理性のゆえにのみ野獣の獣性から区別されるということ、自分が人間という名にあたいするのはただ理性的に生きるかぎりにおいてだということを理解している。さらに、自分が死すべきものであることをよく自覚して、日々これを見つめ、これに照らして自己自身を統御している。また、はかないこの世のものを蔑視して、あの別の生、そこでは理性が圧倒的に増大して人間は死すべきものであることをやめるだろうが、そのような別の生を憧れもとめている。――このような人を見かけたなら、そのときはじめて言うがいい。この人こそ人間の定義について有益な真の認識をもっていると。」

アウグスティヌス では聞きたまえ。きみの霊魂が天上的な善いものとしてつくられていることは否定できないが、肉体のうちに閉じこめられ、肉体と接触することによって、もとの高貴さからひどく堕落してしまったことも疑えない。いや、ただ堕落したばかりではない。すでに長いあいだ無感覚になり、自己の起源をも至高の創り主をもいわば忘却している。」
「可視的事物の形姿や像が無数に取りあつめられ、肉体のあらゆる感覚をとおってはいりこみ、つぎつぎに内部に受けとられたのち、魂の奥底にぎっしりと溜まる。すると魂は、もともとこのために創られているのではないし、これほどたくさんの異物を受けいれることもできないので、圧迫されて混乱してしまう。ここから想念(ファンタスマ)の悪疫(ペスト)が生じて、きみたちの思考をずたずたにひきさき、唯一最高の光へと昇りゆくための明晰な省察にいたる歩みを、致命的な多様錯綜(さくそう)によって、さえぎってしまう。」

アウグスティヌス 絶望はあらゆる悪のうちでも究極のもので、絶望した人はみな早まったことをしたことになる。だから、なによりもまず知っておいてほしいが、絶望すべきことはなにひとつない。」

アウグスティヌス きみが人間共通の自然本性を考えてみさえすれば、それはわずかなもので満足できるものだということがわかろう。さらに、わが身をふりかえって自分自身の天性を考えてみればわかるだろうが、もし大衆の迷妄にまどわされさえしなければ、きみほどわずかなもので満足できる人はめったにいない。(中略)なのに、どうして苦しむのか。きみ自身の天性に照らせば、きみはとうのむかしから富んでいた。大衆の賛同を尺度にすれば、けっして裕福であることはできないだろう。いつも何かしら欠乏していて、それを追いもとめつつ欲望の断崖をひきずりおろされていくことになろう。」

アウグスティヌス この地上的関心こそはいわば、有害な魂の重荷だ。いいかね、これを振りおとしたまえ。それに、これを振りおとすのは、たいして骨の折れることではなかろう。ただしそのためには、きみは自分を自己の天性に合わせ、俗衆の狂気にではなく自己の天性にしたがって自分を導き治めなければならない。」

アウグスティヌス ある致命的な魂の悪疫(ペスト)がきみをとらえている。近代人はこれを鬱病とよび、古代人は煩悶(はんもん)とよんだ。
フランチェスコ この病気は名前をきくだけでもぞっとします。
アウグスティヌス もっともだ。きみは長いあいだ、この病気にひどく苦しめられてきた。
フランチェスコ そのとおりです。そればかりではありません。およそわたしを苦しめるあらゆる病気は、なにかしら甘美さ、たとえにせものにもせよ甘美さが混じっているのがつねなのに、この憂鬱においては、すべてがにがく、みじめで、おそろしく、そして道はつねに絶望へ、不幸な魂を破滅に追いやるものへと開かれているのです。そればかりか、わたしがほかの情念で経験する発作は、ひんぱんではあっても短く一時的なのに、この悪疫(ペスト)はときどき非常にわたしをとらえて放さないので、わたしはそのとりこになって夜となく昼となく苦しめられます。そういうとき、わたしの一日は、およそ光や生とは無縁で、地獄の夜や冷酷な死も同然です。しかも、これこそ不幸のきわみといえますが、わたしは涙や悲嘆でわが身をやしないつつ何かしら暗い快楽にひたるので、これからのがれるのがいやなのです。
アウグスティヌス きみは自分の病気がよくわかっている。すぐに原因もわかるだろうよ。それでは答えてくれたまえ。きみをこれほど滅入(めい)らせるものは、なんなのだろう。この世の無常か。からだの苦痛か。それともなにか、苛酷な運命のふるう暴威か。
フランチェスコ それらのひとつだけなら、どれもそれほど強力ではないでしょう。個々の試練には、わたしもきっと耐えられましょう。ところが今は、それらがすべて一団となって襲いかかってきているのです。」

アウグスティヌス わたしは答えよう。きみはもはや長たらしい忠告など必要としない。ただ、きみの霊に耳をかたむけたまえ。霊は絶えずきみに呼びかけ、きみを励まして語りかけている。「ここに母国への道がある」。」




,こちらもご参照下さい:

『ペトラルカ ルネサンス書簡集』 近藤恒一 編訳 (岩波文庫)
近藤恒一 『ペトラルカ研究』




























































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