陣内秀信 『ヴェネツィア ― 水上の迷宮都市』 (講談社現代新書)

陣内秀信 
『ヴェネツィア
― 水上の迷宮都市』
 
講談社現代新書 1111 

講談社 
1992年8月20日 第1刷発行
1994年12月21日 第6刷発行
278p 「図版出典」1p
新書判 並装 カバー
定価650円(本体631円)
装幀: 杉浦康平+赤崎正一



本文中図版(モノクロ)多数。


陣内秀信 ヴェネツィア 01


カバー文:

「内海(ラグーナ)に浮かぶ「アドリア海の花嫁」。四季折々の呼吸がたちのぼる大運河(カナル・グランデ)、路地(カッレ)に感じる街の体温、光と闇を彩る祝祭(フェスタ)。足で識(し)り五官でつかむ、水の都へ道案内。」


カバーそで文:

「獅子の帰還――セレモニーを行うのに、これ以上の舞台はない。……
広場の東側には壮麗なゴシック様式の総督宮殿、
西側には古典的なマルチアーナ図書館が建つ。
共和国時代とまったく同じ趣向で設営された演劇空間に我々はいるのだ。
紐が引かれ、白い布が移動して、獅子の姿が現れてきた。
ところがいかにもイタリアだ。布が引っ掛かって動かなくなってしまった。
いささか慌てて逆に引っ張ってみても、うまくいかない。
人々の間に溜め息がもれる。
ヴェネツィアの未来に暗雲がただよいかけたその時、
紐を切ったことによって、白布は無事にはずれ、
獅子の美しい姿が円柱の上に浮き上がったのだ。
我がヴェネツィアの象徴は拍手とともに元の位置に戻った。――本書より」



目次:

はじめに

1 浮島
 アックア・アルタの襲来
 水都の形成と「海との結婚」
 ラグーナというエコロジカル装置
 ジュデッカ島の漁師たち
 〈内〉と〈外〉の両義構造
 「浮島」の基礎構造
 運河を行き交う渡し舟
 ゆったりとリズミカルに流れる時間

2 迷宮
 地中海をとりまく迷路都市
 寄せ木細工のような島々
 とっておきの抜け道
 イスラム都市と似た〈袋小路〉と〈中庭〉
 生活を彩る屋上テラス「アルターナ」
 秩序と混沌の多様性

3 五感
 ヴェネツィアの四季
 一日の移ろい
 サウンドスケープが語るヴェネツィア

4 交易
 コスタ・クラッシカ号の船出
 国際的な港湾都市として
 「海の税関」と「陸の税関」
 四つの穀物倉庫
 オリエント文化を反映した商館建築
 〈異人〉が生み出す〈都市〉
 街角に立つムーア人たち
 「ゲットー」の誕生
 ギリシャ人とスラボニア人
 現代に蘇る巡礼施設「神の家」
 各地からきた奴隷と娼婦

5 市場
 リアルトの朝の〈祝祭〉
 市場の構成と衛生管理
 権力装置としても機能したリアルト
 水辺の華やかな商空間
 モニュメントとしてのアーチ橋
 ヴェネツィアの「仲見世」メルチェリーア
 通りの名にもなった居酒屋(オステリア)
 娼婦たちの「乳房の橋」

6 広場
 ヴェネツィアっ子たちの舞台
 自然発生的な広場の形成
 貯水機能を担うカンポ
 庭園ブームと緑への志向
 リアルト橋からアカデミア橋への「カンポ通り」
 「広場の中の広場」ピアッツァ・サン・マルコ
 獅子の帰還

7 劇場
 広場のパフォーマンスがBGM
 十六世紀の都市改造プロジェクト
 〈劇場〉と化したサン・マルコ小広場(ピアッツェッタ)
 水上(ラグーナ)に浮かぶ「世界劇場」
 カナル・グランデ沿いに並ぶ舞台装置
 貴族の館で楽しまれた演劇
 民衆のための喜劇の隆盛
 「テアトロ」をめぐる異界空間
 オペラの世紀の始まり
 水のアプローチをもつフェニーチェ劇場
 〈リドット〉と〈カジノ〉

8 祝祭
 「アドリア海の花嫁」の春の婚礼祭
 レデントーレの舟祭り
 大運河でのゴンドラ・レガッタ
 舟を仕立ててレガッタ見物
 政治的・社会的装置としての祝祭
 橋がかりの「サルーテ」祭り
 仮面カーニバルの享楽
 復活した「コンパニア・デッラ・カルツァ」

9 流行
 盛んだったファッション産業
 靴職人たちのスクオラ
 シンボル・マークを掲げた工房(ボッテーガ)
 ファッションを支える周辺地域
 見本市(フィエラ)という祝祭
 コンスタンチノープルから来たカフェ
 横丁の「酔っ払い天国」

10 本土
 ブレンタ川のヴィッラ巡り
 フォスカリ家の「不満の別荘」とピザーニ家の別荘
 本土とセットになった田園生活
 東方貿易から本土経営への経済転換
 統一的かつ多様な貌(かお)をもつヴェネト地方
 一対の市(コムーネ)をつくるヴェネツィアとメストレ
 水都の国際センターとして



陣内秀信 ヴェネツィア 02



◆本書より◆


「浮島」より:

「ヴェネツィアでは、運河がまさに普通の街の道路にあたっている。そのことをよく物語るものがある。ヴェネツィアの本島から南のキオッジャまで、ラグーナを巡(めぐ)る運河を舟で進むと、途中、何ヵ所かで、水上に杭(くい)を立て、小さなマリア像を祀(まつ)っている感動的な光景に出会えるのだ。ちょうど大陸の街で道端や辻にマリア像などの祠(ほこら)をおいているのと、まったく同じ意味をもつ。海の上を生活圏とする漁師が、安全や豊漁を祈り、願をかける対象でもあっただろう。
 ヨーロッパの都市には、日本やアジアの都市のような、水が異界につながるという発想や、水に聖なる意味を見出すといった考え方はあまりない。だが、自然との緊密な交流の中に人間を置いて考える古代のギリシャ人やローマ人は、水に畏敬(いけい)の念や聖なる意識をもち、水辺に神殿を建設した。こうして都市の中にゲニウス・ロキ(地霊)が成立したが、キリスト教の価値観が支配的になるにつれ、自然のもつ霊的な力は色あせ、水辺の特別な意味合いは薄れたものと思える。
 ところが水とともに生きるヴェネツィアには、こうした異教的ともいえる聖なる水のイメージが強く残ってきた。今も漁業が活発なキオッジャの街の海からの入口の近くに、十三世紀に創設された重要な信仰の場、サン・ドメニコ教会がある。内陣の奥に十字架にかけられたキリスト像があるが、その木彫の苦痛にゆがんだ荘厳な顔は、海から流れついたと信じられているのだ。ちょうど、隅田川で漁師の網にかかった観音像を祀ったという浅草寺(せんそうじ)の場合とよく似ている。」
「宗教行列の際には、このキリスト像を舟に乗せ、水上でのパレードも行われる。また奥の部屋の壁には、嵐に巻き込まれ難破した漁船をキリストが救っている場面を描いた絵馬のような絵がたくさん掛けられており、水への祈りのような敬虔(けいけん)な気持ちがよく表現されている。
 どこか異教的な水との結び付きを示す象徴儀礼が、中世の早い時期からヴェネツィアの水上を舞台に行われてきた。「海との結婚」(スポザリーツィオ・デル・マーレ)と呼ばれる、官能的なこの水の都にふさわしい華麗なる祭礼だ。
 キリスト昇天祭(中略)の日に、サン・マルコの岸辺からお召し船(ブチントーロ)に乗った総督がリドの海まで行き、金の指輪を海に投げ、「海よ。永遠の海洋支配を祈念してヴェネツィアは汝(なんじ)と結婚せり」と唱(とな)えた。」

「ヴェネツィアの人々はよく、「世界に一つしかない都市だ」といって自分の街を誇る。現代人の常識から逸脱したような特異な場所に都市を築くのに、最初から困難をたくさんしょいこんだ。だが、それを克服する努力の積み重ねで、逆に他にはないユニークな技術が育(はぐく)まれ、それがまた環境に対する人々の独自の美的感覚を生み出したのだ。」

「この街には独特のゆったりした〈時間感覚〉がある。この心地よい時の流れは、いつの時代にも変わることのない水の存在からもたらされているのだろう。」

「自由と独立を誇り、華麗な文化を開花させたヴェネツィアは、いつの時代にも人々の憧(あこが)れの的(まと)だった。」
「十六世紀に、フィレンツェがメディチ家の独裁におちいり、ローマが外国軍隊に蹂躙(じゅうりん)され、自由を失った頃も、ヴェネツィアだけが輝かしき共和制を貫(つらぬ)き、自由と独立を謳歌(おうか)していた。この都市は表現の自由を求める思想家や芸術家にとって、ある種の逃避の場ともなったのである。都市全体が海の上に浮かぶ巨大なアジール空間(保護区または解放区)だったともいえよう。」



「迷宮」より:

「迷宮のような街をつくることは、地中海の古い都市文明に共通した知恵だったともいえよう。紀元前二〇〇〇年頃に繁栄したメソポタミアのウルの都市が、中世以後のイスラム都市の迷路と同じ構造をもっていたことが、考古学の調査でわかっている。外敵から身を守るのに都合がよく、住民にとって居心地のいい縄張(なわば)りをつくりやすい迷宮空間というのは、都市の普遍的なモデルだったのである。」

「土木の技術力と経済力がついてくると、人間は運河をまっすぐ整えたがる。しかし、中世の早い時期にできたヴェネツィアの古い都市部分では、すべての運河が面白い形で湾曲している。都市の形を決める最も重要な運河網がまず曲がったり複雑に歪(ゆが)んだりしているのだから、全体が巨大な迷宮になるのは当然だった。
 この街では、都市を開発する全体計画は存在しなかったし、それは不可能だった。ラグーナの水上にわずかに顔を覗かせる小さな陸地(島)の集合体に人が住みつき、開発が進められたから、そもそもが寄せ木細工のような都市なのである。」

「混沌とし、わかりにくい都市のように見えて、ヴェネツィアには実は逆に、理にかなった全体の秩序がある。異なる多くの要素を複合化させ、お互いに矛盾なく見事に機能させる巧みな知恵が働いていたのである。」



「市場」より:

「ヴェネツィアには男色がおおいに流行(はや)った。(中略)それを憂慮した政府は、十五世紀の終わり頃、法律を制定して男色を厳しく禁じ、各コントラーダには二人の監視人を置いた。それでも摘発された者には、サン・マルコ小広場の二本の円柱の間での絞首刑が待っていた。」


「祝祭」より:

「自由都市ヴェネツィアであっても、カーニバルにつきものの仮面の使用をめぐっては、為政者と民衆の間の長い争いがあった。十三世紀の中頃から、この街では仮面の使用が認められていたが、しばしばそれが乱用され風紀が乱れたので、その使用を制限する政令が継続的に出された。一四五八年、男が女装して女子修道院に行くことを禁じたのに続き、一四六一年にはすべての仮面が禁止された。だがそれも空文化していたようで、十六世紀には、仮面をつけた人々の姿がしばしば絵に描かれている。カーニバルの期間中の仮面の使用が正式に認められるのは、十七世紀に入ってからだが、実際にはそれ以前からカーニバルにおいて仮面が広く使われていたのである。なお、ヴェネツィアで仮面がカーニバルの時以外にも一般に用いられるようになるのは、十八世紀のことだ。」
「カーニバルで使われる仮面はそもそも、日常的秩序を破るものであり、普段の社会的ヒエラルキーや階級差を消し去って、匿名(とくめい)性を獲得し、自由と混沌の中に身を置くことを可能にするものだったのである。」



陣内秀信 ヴェネツィア 03


































































































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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