G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 上』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)

「それより興味深い光景は、平地に無数に散らばった動物の墓の内部だ。猫の墓もある。鰐や朱鷺の墓もあった。砂や埃を吸いこみながらその中へ入ってゆくのは、きわめて困難だった。時には、膝まづかなければ通れないような通路で難渋することもあった。そのあとは広々とした地下室に出る。そこには、エジプト人がご苦労にも防腐処置を施して人間と同じように埋葬した動物たちがきちんと整理されて、無数に積み重ねられている。猫のミイラはそれぞれ数オーヌの包帯で巻かれ、端から端まで象形文字が書きこまれている。おそらくはその動物の生涯と美徳が書いてあるのだろう。鰐についても同じである………。朱鷺のほうはテーベの素焼きの壷に入れられ、どこまで続くかわからないくらい遠くまで並べられている。まるで田舎家の納戸に置かれたジャムの瓶のように。」
(ネルヴァル 『東方の旅』 より)


G・ド・ネルヴァル 
『東方の旅 上』 
篠田知和基 訳
 
世界幻想文学大系 31 A 

国書刊行会 
昭和59年1月25日 印刷
昭和59年1月30日 初版第1刷発行
400p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,200円
造本: 杉浦康平+鈴木一誌
挿画: 渡辺冨士雄

月報 40:
旅の書物、書物の旅(有田忠郎)/サバの女王と二人の求婚者(藤田衆)/幻想文学の冒険④差異と幻想の旅立ち――サミュエル・ディレーニィ『アインシュタイン交点』(巽孝之)/次回配本/図版4点



下巻「あとがき」より:

「これはジェラール・ド・ネルヴァル(一八〇八年―一八五五年)畢生の大作『東方の旅』(一八五一)の全訳である。」
「なお、思うところがあって解説的な注は付さなかった。」



全二冊です。
本来は函にカバーが付いていて、いろいろ文字が書いてあるのですが、紛失しました。


ネルヴァル 東方の旅 上 01


目次:

ある友への序章――東方へ
  I ジュネーヴ街道
  II 駆けだし外交官
  III スイス風景
  IV コンスタンツ湖
  V ミュンヘンの一日
  VI ウィーンの恋
  VII 日記(つづき)
  VIII 日記(つづき)
  IX 日記(つづき)
  X 日記(つづき)
  XI アドリア海
  XII 多島海
  XIII ウェヌスのミサ
  XIV ポリフィルスの夢
  XV サン=ニコロ港
  XVI アプルノリ
  XVII パレオカストロ
  XVIII 三格のウェヌス
  XIX キクラデス諸島
  XX 聖ゲオルギス教会
  XXI シラの風車

カイロの女
 第一部 コプト式結婚
  I 仮面とヴェール
  II 松明と婚礼
  III 通訳アブダラ
  IV 独身者の問題
  V ムースキー
  VI ベセスタインの冒険
  VII 危険な家
  VIII 媒酌人
  IX ロゼッタの園
 第二部 女奴隷たち
  I 日の出
  II ムッシュー・ジャン
  III ホワール
  IV ハヌーム
  V フランス領事訪問
  VI デルヴィシュ
  VII 煩わしき家事
  VIII ジェラブの奴隷宿
  IX カイロの劇場
  X 理髪師の店
  XI メッカ帰りの隊商
  XII アブド=エル=ケリム
  XIII ジャワ娘
 第三部 ハーレム
  I 過去と未来
  II ハムシーンの季節の日々
  III 世帯の苦労
  IV アラブ語事始め
  V 美しい通訳
  VI ロッダ島
  VII 副王のハーレム
  VIII ハーレムの謎
  IX フランス語のレッスン
  X シューブラ
  XI 魔神
 第四部 ピラミッド
  I 登攀
  II 展望台
  III 試練
 第五部 川舟
  I 舟旅の準備
  II 家族の祝宴
  III 割礼者
  IV シラフェ
  V 石の森
  VI 隔離食
 第六部 サンタ=バルバラ号
  I 道づれ
  II マンジラー湖
  III ボンバルド船
  IV 海行かば
  V 牧歌
  VI 航海日誌
  VII 事件
  VIII 脅迫
  IX パレスチナの岸辺
  X 検疫隔離
 第七部 山並み
  I プランシェ神父
  II 昼寝(キエフ)
  III 午餐
  IV パシャの宮殿
  V バザールと港
  VI サントンの墓



ネルヴァル 東方の旅 上 02



◆本書より◆


「カイロの女」より:

「かなり不満のまま探検から戻ってきたあとは、入口の大理石の洞穴のところでひと休みしなければならなかった。――そこで、一体全体、あの深淵で隔てられた二本の大理石のレールだとか、その先の底を見ることさえできなかった不思議な井戸がある四つ辻だとか、要するに、出てきたばかりの地下道にはいったいどんな意味があるのかたずねあった。
プロシャ士官は思い出を整理しながら、この建造物の用途について、かなり論理的な説明を与えてくれた。ドイツ人以上に古代の神秘に強いものはいない。彼の説によれば、われわれがあれほど苦労して下りていってまた登ってきたレールの敷かれた地下道の用途は、つぎのとおりだ。まず、入門秘儀の試練を受けようとするものをトロッコに乗せる。トロッコは下り坂の急な傾斜にしたがって下ってゆく。ピラミッドの中央に着くと、入門者は下級祭司によって迎えられる。祭司は彼に井戸を示して、そこへ飛び込むように言う。
新参者は当然のことながらためらうが、それは慎重さの表われとして評価される。すると、火のついたランプを載せた兜のようなものが持ってこられる。入門者はその道具を身につけて、慎重に井戸の中へ入っていかなければならない。その中にはあちこち鉄の枝が出ていて、足を乗せるようになっている。
入門者は、頭上のランプのかすかな明りを頼りに、どこまでも下りてゆく。百段ばかり下りたところで、地下道の入口に出る。そこには格子がはまっているが、すぐ目の前で開く。そして、犬神アヌビスの顔を模したブロンズのマスクをつけた三人の男が現われる。しかしその脅迫に怯まず、彼らを地面に投げ倒して進んでいかなければならない。次いで一里(リュウ)ほど行くと、暗く密生した森がかなりの面積にわたって広がっているように見えるところに出る。
そこを貫通する路に足を踏み入れるやいなや、すべてのものが燃えあがり、大火事のような効果を生ぜしめる。だがそれは人工的な演出であり、鉄の枝にかけたタール質のものが燃えるだけなのだ。新参者は、多少の火傷を負っても森を突っきらねばならない。これは大抵うまくゆく。
その先には川があって、泳いで渡らなければならない。中ほどまで泳いでゆくと、ふたつの巨大な水車をかき回しているところにぶつかり、水の渦に押し戻される。まさにそこで力が尽きようとするとき、鉄の梯子が目の前に現われて、水に溺れる危険から救ってくれる。これが三番目の試練である。入門者が梯子の段に足をかけると、今まで乗っていた段がはずれて水に落ちる。かかる厳しい状況のもと、さらに苛酷なことには恐ろしい風が吹いてきて、梯子もろとも受験者の身体を揺する。全身の力がもうなくなってしまうというときになって、目の前に二つの鉄の輪が下がってくるから、精神力をふるいおこしてそれを掴まえなければならない。その輪に腕だけでぶらさがって待っていると、やがて扉が開くのが見えるから、そこまで全力を尽くしてたどりつく。
それが四つの基本試練の最後である。入門者は神殿にたどりつき、イーシス像のまわりを回って祭司たちに迎えられ、祝福される。

われわれはそんな思い出で、あたりの威圧的な孤独感を払いのけようとしていた。まわりのアラブ人たちは、夕暮れの微風が大気を冷やすまで大理石の洞穴の中にとどまるつもりなのか、ふたたび眠りこんでいる。われわれは、現実に確認された古代からの言い伝えに、さまざまな憶測をつけ加えた。この奇妙な入門式は、それが繰り広げられるのを見たギリシャの作家たちによって何度も描かれているが、その物語が現場の様子と完全に一致しているのを見ると、われわれの興味もいやがうえにもかきたてられた。」

「「その地下の道は、メンフィスの市内のところにある神殿まで通じていたのです。その神殿のあとが展望台から見えましたね。試練が済むと、入門者は昼の光をまた拝むのですが、イーシスの神像は彼に対してはなお覆われたままなのです。というのは、今度はまったく精神的な試練を経なければならないからなのです。それについては一切予告はされませんし、その目的も隠されています。祭司たちは彼を、あたかも彼らの一員になったかのように胴あげし、合唱や奏楽でその勝利を祝いはしたものの、実は、オシーリスの未亡人である大いなる〈女神〉を眺めることができるようになるには、まだ四十一日間の断食で身を浄めなければなりません。日没とともにこの断食を中断して、何オンスかのパンとナイルの水一杯とで力を回復することは許されてはいました。その長い苦行のあいだも、きめられた時間には、一生を地下の街ですごす祭司や女祭司と話を交わすこともできます。彼には祭司に質問したり、あるいは、この、外世界を捨てた神秘的な人々の生活ぶりを観察する権利があるのです。これは、〈無敵の女王セミラミス〉を、その厖大な数で驚かせた地下の種族です。彼女は、エジプトのバビロニア(カイロ)に礎石をすえさせたときに、彼ら生ける死者たちによって住まわれた地下都市の天井が一ヵ所抜け落ちるのを目撃したのです」
「それで四十一日たつと、入門者はどうなるのです?」
「そのあとまた四十八日間引き籠って、完全な沈黙を守らなければなりません。許されているのは読むことと書くことだけです。それまでの生涯の全行為の検討と批判の試験を受けさせられます。それがさらに十二日間。そのあとイーシス像の後ろで九日間寝かされますが、その前に、女神に向かって、夢の中に現われて知恵を授けてくれるように、祈っておくのです。そしておよそ三ヵ月後、試練が終ります。女神への新参者の渇望は、読書や、学習や、断食によって、極度の熱狂状態に導かれ、やがて目の前で、女神の聖なる覆いが落ちるのを見るにふさわしい境地にまで達します。そのとき、突然、その冷たい彫像は、彼がもっとも愛していた女、あるいはもっとも完全な美しさをもとに思い描いていた理想の女の似姿をとって動きだします。それを見て彼の驚きは頂点に達するのです。
ですが、それをとらえようとして腕をさしのべると、彼女は一抹の香煙のように消えてなくなります。祭司たちが盛大に入ってきて、入門者は神に等しいものと宣告されます。ついで彼は「賢者」たちの宴に列なり、そういう祭りに欠かすことのできない世にも甘美な食物を味わい、地上の神酒に酔うことが許されるのです。ただひとつだけ心残りなのは、彼に微笑んでくれた神々しい幻が、ほんの一瞬しか姿を見せてくれなかったことです……。しかし夢がまたその姿を返してくれます。おそらく宴の席で、彼の盃に蓮の霊液がしぼり落とされるのでしょう、彼は眠りに落ち、その間に祭司たちは、彼をメンフィスから数里離れた、今でもカルーン(渡し守カロン)の名をとどめる名高い湖のほとりまで運びます。彼は相変わらず眠ったまま、川舟に乗せられ、今なお薔薇の国である甘美なオアシス、ファユームの州に運ばれます。そこには深い谷があって、片側は山で囲まれ、片側は人間の手で穿たれた深淵によってほかの土地から隔たっています。そこには祭司たちの手によって、自然の中にちらばっている富が集められています。インドやイエーメンの木々の豊かな茂みや不思議な花も、エジプロの地の色とりどりの植物と妍を競います。
目もあやなその舞台装置には、飼いならされた動物たちが賑わいをそえています。寝たまま芝生の上に下ろされた入門者が目を覚ますと、あたりは、地上の自然の中にそれ以上完璧なものはない世界です。彼は起きあがって朝のさわやかな空気を吸い、久しく拝まなかった太陽の光を浴びて生き返るような心地がします。鳥たちのリズミカルな歌声が聞こえ、香りのよい花が目を楽しませてくれます。パピルスに囲まれた静かな水面には紅蓮(べにはす)が点々と咲いており、そのあいだにフラミンゴや朱鷺が優美な姿で佇んでいます。しかしこの孤独な世界に生気を与えるには、まだ何かが不足しています。そう、女です、朝の清純な夢から脱けでたかのような、若々しく汚れない処女です。そのあまりの美しさに近寄ってよく見れば、雲の切れ目に垣間見たイーシスの美しい顔と同じであることがわかります。それこそ伴侶となるべき聖なる女性であり、勝利を克ち得た入門者への報酬なのです」
そこまで聞いた私は、ベルリンの学者の空想にひとこと言っておこうと思った。
「あなたがお話しになっているのは、アダムとイブの物語じゃありませんか」
「だいたいそのとおりです」と彼は答えた。」



ネルヴァル 東方の旅 上 03



こちらもご参照下さい:

G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 下』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)
アプレイウス 『黄金のろば』 呉茂一・国原吉之助 訳 (岩波文庫) 全二冊
ユルギス・バルトルシャイティス 『イシス探求』 有田忠郎 訳 (バルトルシャイティス著作集 3)
根井浄 『観音浄土に船出した人びと ― 熊野と補陀落渡海』 (歴史文化ライブラリー)










































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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