ユゴー 『ライン河幻想紀行』 榊原晃三 編訳 (岩波文庫)

「わたしは、異教徒の町ハイデンシュタットの廃墟にほど遠からぬ、ヴィト湖近くの〈黒い森〉に住んでおります。金銀の鉱山を持っておりまして、夜になると、山と積まれた柘榴石(ざくろいし)を手でかきまわします。でも、たいして趣味のない人間だものですから、退屈して、気分がさっぱり晴れません。毎日毎日、湖の澄んだ水の中でみずすましやいもりが遊んでいるのをながめたり、岩のあいだに蓼(たで)が生えているのをながめたりしては、一日を過ごしております。」
(ユゴー 『ライン河幻想紀行』 より)


ユゴー 
『ライン河幻想紀行』 
榊原晃三 編訳
 
岩波文庫 赤/32-531-9 

岩波書店 
1985年3月18日 第1刷発行
1985年4月22日 第2刷発行
283p
文庫判 並装 
定価500円



本書「編訳者あとがき」より:

「本書はヴィクトール・ユゴーの書簡体紀行文学『ライン河』 Le Rhin (初版は一八四二年)の抄訳です。」
「ユゴーはデッサン画家としても確かな腕を持っていた人ですが、おそらく初めてわが国に紹介されるユゴーのデッサンのいくつかを本訳書に収めることができました。本文中、ユゴー画としてあるものがそれです。その他の挿画はドイツの古版画から取りました。」



本文中図版(モノクロ)多数。


ユゴー ライン河幻想紀行 01


帯文:

「ラインの河面をいろどる無数の伝説や故事。ロマン派の巨匠ユゴーがつづる神秘をひめた幻想的ラインの印象記。スケッチも収録。」


目次:

Ⅰ ライン・伝説の河
Ⅱ アーヘン
 カルル大帝の礼拝堂
 悪魔と修道士の伝説
 カルル大帝の墓
Ⅲ ザンクト・ゴアール
 猫城(カッツェ)・鼠城(マウス)・ローレライ
 床屋の村の伝説
Ⅳ ロルヒからビンゲンへ
 ゾンの森
 ファルケンブルクの斬首された騎士
 鼠の塔の伝説
Ⅴ ハイデルベルク
 ネカー河畔の黄昏
 厄病神ブリッガーの伝説
 古城・お化け樽・道化師ペルケオ
Ⅵ 美男ペコパンと美女ボールドゥールの物語

編訳者あとがき



ユゴー ライン河幻想紀行 03



◆本書より◆


「悪魔と修道士の伝説」より:

「お偉方は目を見張って、他国者(よそもの)にお尋ねなすったものだ。
 「いったいあなたはどなたですか?」
 「わたしはお金を持っているもの、これだけでもう十分ではありませんか、みなさん? わたしは、異教徒の町ハイデンシュタットの廃墟にほど遠からぬ、ヴィト湖近くの〈黒い森〉に住んでおります。金銀の鉱山を持っておりまして、夜になると、山と積まれた柘榴石(ざくろいし)を手でかきまわします。でも、たいして趣味のない人間だものですから、退屈して、気分がさっぱり晴れません。毎日毎日、湖の澄んだ水の中でみずすましやいもりが遊んでいるのをながめたり、岩のあいだに蓼(たで)が生えているのをながめたりしては、一日を過ごしております。いや、くだくだした話はこれくらいにいたしましょう。とにかく、わたしは財布のひもを緩(ゆる)めたのです。これをご利用になってください。さあ、この百万のお金はみなさんのものです。お入り用なんでしょう?」
 「それはもう!」とお偉方は言いなすった。「何しろ教会を完成させねばなりませんから」
 「それでは、どうぞお取りください。でも、条件が一つあります」
 「どんな条件で?」
 「教会を完成させなさい。このお金は全部差し上げます。そのかわりに、鐘や組み鐘(カリヨン)が開堂を知らせる日に、真っ先に教会に入るものの魂をわたしにください」
 「あなたは悪魔なんだな?」とお偉方は大声を出しなすった。」



「鼠の塔の伝説」より:

「日が傾いてしまうと、わたしの頭にはもう一つのことしかなかった。ビンゲンに到着する前、ナーヘ河との合流点の少し手前で、一つの風変わりな建物にぶつかるのを知っていたのだ。河が二つの高い山にはさまれて流れるそのまんなか、葦の茂みの中に立っている無気味な廃屋のことだ。この廃屋こそ、〈鼠の塔(モイゼトゥルム)〉なのである。
 少年時代、わたしのベッドの上には、黒い額入りの小さな絵がかかっていた。そのころわが家にいたドイツ人の女中が壁にかけたものである。その絵には、ぽつんと孤立した古塔が描いてあった。塔は苔(こけ)に覆われて、荒廃し、黒々とした深い河の水と山々がまわりを取り囲み、河水は靄(もや)で、山々は影で塔を包みこんでいた。塔の上の空は陰鬱で、無気味な雲に閉ざされていた。夜分、神さまにお祈りをすませて眠る前に、わたしはいつもこの絵をながめたものだった。夜中になると、再び、この絵を夢の中で見た。夢の中の塔も恐ろしげだった。塔は大きくなり、河水は煮えたぎり、稲妻が雲間からひらめき、風が山の中で猛り狂って、しばしば、ごうごうと鳴り渡った。ある日、わたしは女中に、その塔の名を尋ねてみた。女中は胸に十字を切りながら、「鼠の塔」と答えた。」



「ネカー河畔の黄昏」より:

「別の日の夕方、黄昏(たそがれ)どきに、わたしは樹木のない高く黒々とした山の頂きを眼前にしていた。頂きは全地平線をふさぎ、てっぺんには大きな塔の廃墟が載っている。塔はルイツの谷間のマクシミリアンの塔のように一つぽつんと立っている。塔の四つの大きな銃眼は、時のために摩滅し角が欠けて三角に変形していて、塔の姿をますます陰鬱なものにし、鋭くとがった花型装飾をつけた王冠に変えていた。現在、この廃墟に住んでいる農民たちが、内部ではでに焚火をしたところ、その火焰は、今は三つしかついていない廃墟の口、すなわち階下の一つの戸口と階上の二つの窓から外に噴き出した。こうして火焰に照らし出されたところは、もはや塔ではなかった。火の燃えさかる大口を開け、燠火(おきび)のように真っ赤な眼で丘の上をにらみすえている、恐るべき冥府神プルートーの奇怪な黒い頭部だった。
 太陽は沈んでも月はまだ昇っていないこの時刻には、奇怪な廃墟の残骸が一面に散らばっている谷間に出くわすものである。まさしく、岩は廃墟に似て、廃墟は岩に似る時刻なのだ。
 ときには、わたしの中にひそんでいる詩人のたぐいが、やはりわたしの中にいる考古学者にうち勝ち、わたしはこうした幻想に満足するのである。」



ユゴー ライン河幻想紀行 02



こちらもご参照下さい:

『Shadows of a Hand : The Drawings of Victor Hugo』 (The Drawing Center, 1998)
G・ド・ネルヴァル 『東方の旅 上』 篠田知和基 訳 (世界幻想文学大系)
モーパッサン 『水の上』 吉江喬松・桜井成夫 訳 (岩波文庫)





















































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