『現代の俳句 4 自選自解 阿波野青畝句集』

「なつかしの濁世の雨や涅槃像」
(阿波野青畝)


『現代の俳句 4 
自選自解 
阿波野青畝句集』


白凰社 
昭和43年9月25日 第1刷発行
229p 口絵(モノクロ)2p
18.8×14.4cm
丸背布装上製本 貼函
定価650円



口絵は著者近影と自筆句です。
「葛城の山懐に寝釈迦かな」が収録されていないので残念です。


阿波野青畝句集 01


目次:

自句自解 〈二〇〇句〉
 虫(むし)の灯(ひ)に読(よ)み昂(たかぶ)りぬ耳(みみ)しひ児(ご)
 緋連雀(ひれんじやく)一斉(いつせい)に立(た)つてもれもなし
 口(くち)開(あ)いて矢大臣(やだいじん)よし初詣(はつまうで)
 壺焼(つぼやき)や障子(しやうじ)汐風(しほかぜ)に飛(と)ばむばかり
 鴟尾(しび)今日(けふ)の日(ひ)を失(うしな)へば夕牡丹(ゆふぼたん)
 今朝(けさ)からの日和(ひより)うしなふ時雨(しぐれ)かな
 穴(あな)出(い)でむ虫(むし)のほのめきあきらかに
 道(みち)に敷(し)く花吹雪(はなふぶき)とはなりにけり
 さわさわと水輪(みなわ)やまずよ代蛙(しろかはづ)
 かげぼふしこもりゐるなりうすら繭(まゆ)
 大阪(おほさか)やけぶりの上(うへ)にいわし雲(ぐも)
 枝(えだ)下(お)りて追(つ)けゐぬ小鳥(ことり)二羽(には)
 狩(かり)うどの背(せ)にぐつたりと獲物栄(えものばえ)
 をかしさよ銃創(じゆうさう)吹(ふ)けば鴨(かも)の陰(ほと)
 行年(ゆくとし)や這入(はひ)りて見(み)たる邸鶴(やしきづる)
 一(ひと)つ扨(さ)て生(う)まれてさみし蘭(らん)の蠅(はへ)
 山吹(やまぶき)に枕(まくら)とり出(だ)す仮寝(かりね)かな
 閑(しづ)かさにひとりこぼれぬ黄楊(つげ)の花(はな)
 さみだれのあまだればかり浮御堂(うきみだう)
 月涼(つきすず)し鳥不宿(とりとまらず)の刺(はり)のかげ
 星(ほし)のとぶもの音(おと)もなし芋(いも)の上(うへ)
 達磨(だるま)掘(ほ)つて火(ひ)を起(おこ)さする柚味噌(ゆみそ)かな
 念力(ねんりき)もぬけて水洟(みづばな)たらしけり
 しろしろと畠(はたけ)の中(なか)の梅一木(うめひとき)
 大阪(おほさか)の煙(けぶり)おそろし和布売(わかめうり)
 椎(しひ)の花(はな)餅(もち)を搗(つ)く蚊(か)のこぼしけり
 あとじさる足踏(あしふ)みあひぬ荒神輿(あらみこし)
 木(こ)がくれて望(もち)のいざよふけしきかな
 入営(にふえい)の十津川村(とつがはむら)を出(で)て来(き)たる
 なつかしの濁世(ぢよくせ)の雨(あめ)や涅槃像(ねはんざう)
 国原(くにはら)や桑(くは)のしもとに春(はる)の月(つき)
 ふるさとや障子(しやうじ)にしみて繭(まゆ)の尿(しと)
 あばら屋(や)の閨(ねや)照(てら)さるる夜振(よぶり)かな
 隠栖(いんせい)に露(つゆ)いつぱいの藜(あかざ)かな
 狐火(きつねび)やまこと顔(がほ)にも一(ひ)とくさり
 探梅(たんばい)やみささぎどころたもとほり
 立春(りつしゆん)の鳶(とび)しばしあり殿(との)づくり
 炷(た)き古(ふ)れば目(め)しひたまひぬ閻魔王(えんまわう)
 芋(いも)の葉(は)の雀(すずめ)の答(こた)ふ囮(をとり)かな
 凹(くぼ)みたる藁屋(わらや)の上(うへ)の雁(かり)の空(そら)
 魂(たま)ぬけの小倉百人(をぐらひやくにん)神(かみ)の旅(たび)
 夕(ゆふ)づつの光(ひか)りぬ呆(ほ)きぬ虎落笛(もがりぶえ)
 露(つゆ)の虫(むし)大(おほ)いなるものをまりにけり
 けふの月(つき)長(なが)いすゝきを活(い)けにけり
 十六夜(いざよひ)のきのふともなく照(てら)しけり
 晩翠翁(ばんすゐをう)障子(しやうじ)のうちとなりにけり
 いりあひの鵆(ちどり)なるべき光(ひかり)かな
 かりそめに住(す)みなす飾(かざり)かゝりけり
 宇治川(うぢがは)をばたばたわたる雉(きじ)のあり
 壺(つぼ)一(ひと)つのりたる棚(たな)の新茶(しんちや)かな
 座(ざ)について庭(には)の万両(まんりやう)憑(つ)きにけり
 紺青(こんじやう)の蟹(かに)のさみしき泉(いづみ)かな
 秋(あき)の風(かぜ)丙(ひのえ)に家(いへ)を見(み)つけけり
 山繭(やままゆ)のひとつづつ居(ゐ)て垂(た)れさがる
 臥龍梅(ぐわりようばい)磴(とう)は畳(たた)みに畳(たた)みたる
 大(おほ)いなる幅(ふく)解(と)けて来(き)て涅槃変(ねはんへん)
 蟻地獄(ありぢごく)ゝ(ちゆ)とゐる蠅(はへ)によろこばず
 欝々(うつうつ)と蛾(が)を獲(え)つつある誘蛾燈(いうがとう)
 住吉(すみよし)にすみなす空(そら)は花火(はなび)かな
 老人(らうじん)のヘルンを語(かた)る秋(あき)の宿(やど)
 立(た)つ鴫(しぎ)を言吃(ことども)りして見送(みおく)りぬ
 穴惑(あなまどひ)芦(あし)にからまる日和(ひより)かな
 河豚宿(ふぐやど)は此許(ここ)よ此許(ここ)よと灯(とも)りをり
 病人(びやうにん)の故人(こじん)となるや羽子(はご)の春(はる)
 夜業人(やげふびと)に調帯(ベルト)たわたわたわたわす
 目(め)つむれば蔵王権現(ざわうごんげん)後(のち)の月(つき)
 猟(れふ)の沼(ぬま)板(ばん)の如(ごと)くに轟(とどろ)けり
 灯(ひ)の宮(みや)の春日明神(かすがみやうじん)年(とし)の豆(まめ)
 恋猫(こひねこ)に月(つき)の葛城(かつらぎ)醜(みにく)けれ
 大空(おほぞら)に長(なが)き能登(のと)ありお花畑(はなばた)
 戸(と)の前(まへ)に太刀(たち)の雪渓(せつけい)さかしまに
 水(みづ)澄(す)みて金閣(きんかく)の金(きん)さしにけり
 蜆舟(しじみぶね)弓張(ゆみは)るごとくいそしめり
 やはらかな芦(あし)にあやめは咲(さ)いてをり
 曽(かつ)てなき端居語(はしゐがた)りの夜(よ)を得(え)たり
 よき月(つき)の行(ゆ)くこと遅(おそ)し芋(いも)に露(つゆ)
 久米(くめ)の子(こ)の礫(つぶて)をなぶる春鴉(はるがらす)
 一(いち)の字(じ)に遠目(とほめ)に涅槃(ねはん)したまへる
 石楠花(しやくなげ)や雲(くも)の巻舒(けんじよ)を目(ま)のあたり
 籾(もみ)かゆし大和(やまと)をとめは帯(おび)を解(と)く
 六甲(ろくかふ)を低(ひく)しとぞ凧(たこ)あそぶなる
 花篝(はなかがり)魍魎(まうりやう)肩(かた)を摩(す)りにけり
 苗札(なへふだ)がひとりたふるることありて
 鉄扉(てつぴ)して大岩(おほいは)がねの氷室(ひむろ)かな
 はづしたる花(はな)の障子(しやうじ)や夜(よ)に入(い)りぬ
 ひらひらとまぬがれし蛾(が)の露(つゆ)の空(そら)
 恐(おそろ)しきほど町(まち)高(たか)き下(くだ)り簗(やな)
 わが膝(ひざ)に立(た)ちたまふなれ納雛(をさめびな)
 道(みち)照(て)りてはなはだ暗(くら)き飼屋(かひや)かな
 跫音(あしおと)の通天(つうてん)冬(ふゆ)に這入(はひ)りけり
 鵯(ひよどり)の言葉(ことば)わかりて椿(つばき)落(お)つ
 いさざ舟(ぶね)もやひて花(はな)の二三軒(にさんげん)
 須磨(すま)涼(すず)し今(いま)も昔(むかし)の文(ふみ)のごと
 神楽笛(かぐらぶえ)ひよろひよろいへば人(ひと)急(いそ)ぐ
 この書屋(しよをく)美(よ)しとさだまる破魔矢(はまや)かな
 飯(めし)にせむ梅(うめ)も亭午(ていご)となりにけり
 十五万石(じふごまんごく)の城下(じやうか)へ花(はな)の坂(さか)
 金剛(こんがう)の滝(たき)ならび落(お)つ雲(くも)の間(あひ)
 枯桜(かれざくら)国(くに)亡(ほろ)びむとにはあらず
 早春(さうしゆん)の鳶(とび)を放(はな)ちて宝寺(たからでら)
 芽柳(めやなぎ)に焦都(せうと)やはらぎそめむとす
 芽(め)ぐむかと大(おほ)きな幹(みき)を撫(な)でめぐり
 朝夕(あさゆふ)がどかとよろしき残暑(ざんしよ)かな
 追(お)ひながら尼(あま)の秋(あき)の蚊(か)物語(ものがたり)
 門川(かどがは)や冬菜(ふゆな)洗(あら)へば用(よう)なささう
 岸(きし)の梅(うめ)魚(うを)獲(と)る舟(ふね)を行(や)らしめず
 北窓(きたまど)を開(あ)け父(ちち)の顔(かほ)母(はは)の顔(かほ)
 ミサの鐘(かね)すでに朝寝(あさね)の巷(ちまた)より
 激流(げきりう)を鮎(あゆ)の竿(さを)にて撫(な)でてをり
 涼(すず)しさや鳶笛(とびふえ)ならぶ師団址(しだんあと)
 夜燕(よつばめ)はものやはらげに羽(は)ばたきぬ
 守宮(やもり)立(た)つ泰山木(たいさんぼく)の宝座(はうざ)かな
 我(われ)老(お)いて柿の葉鮨(かきのはずし)の物語(ものがたり)
 浜畠(はまばたけ)螺鈿(らでん)となりて良夜(りやうや)かな
 瑠璃色(るりいろ)にして冴返(さへかへ)る御所(ごしよ)の空(そら)
 魚(うを)は今(いま)鳥(とり)に似(に)て和布(め)を過(す)ぎゆきし
 蟹(かに)の舎利(しやり)水(みづ)澄(す)みきつてゐたりけり
 ルノアルの女(をんな)に毛糸(けいと)編(あ)ませたし
 紅(こう)ほのぼの白(はく)ほのぼのと桜菓子(さくらぐわし)
 師(し)の駕(かご)とともにあるなり花疲(はなづかれ)
 嵯峨御所(さがごしよ)の橘(たちばな)かをる泊(とま)りかな
 領巾(ひれ)振(ふ)りし昔(むかし)の浜(はま)の草桔梗(くさききやう)
 朝夕立(あさゆだち)観世音寺(くわんぜおんじ)の鐘(かね)は今(いま)
 水(みづ)ゆれて鳳凰堂(ほうわうだう)へ蛇(へび)の首(くび)
 寝待月(ねまちづき)雲(くも)より落(お)ちて照(てら)しけり
 旧皇居(きうくわうきよ)梅(うめ)の山家(やまが)と異(こと)ならず
 十三夜(じふさんや)当年男(たねを)は窯(かま)を守(まも)るらむ
 ♨(ゆじるし)のたくさんなこと山(やま)眠(ねむ)る
 海女(あま)涼(すず)し玉依姫(たまよりひめ)の血(ち)あるかや
 流(なが)し雛(びな)日本(にほん)の国(くに)の磯(いそ)を去(さ)らぬ
 牡丹(ぼたん)百(ひやく)二百(にひやく)三百(さんびやく)門(もん)一(ひと)つ
 蟻地獄(ありぢごく)聖(ひじり)はめしひたまひけり
 滝壺(たきつぼ)の怒濤(どたう)の岩(いは)に嗽(くちすす)ぐ
 雪(ゆき)の上(うへ)杉(すぎ)の実(み)落(お)ちぬとぶらはむ
 角巻(かくまき)のもたれあひつつ二人(ふたり)行(ゆ)く
 をちこちに夜紙漉(よがみすき)とて灯(とも)るのみ
 夕焼(ゆふやけ)の極(きは)みのはてに浅間(あさま)見(み)ゆ
 即(つ)く月(つき)よ離(はな)るる月(つき)よ歩危(ぼけ)下(くだ)り
 冬(ふゆ)を待(ま)つ馬頭観世音(ばとうくわんぜおん)一(ひ)とかたまり
 国原(くにはら)を繞道(ねうどう)の火(ひ)のはしりをる
 わがゆめにありしがごとき山火(やまび)とも
 マーガレツト東京(とうきやう)の空(そら)よごれたり
 石人(せきじん)の嘆(なげ)きの蟆子(ぶよ)のおびただし
 月(つき)の山(やま)大国主命(おほくにぬしのみこと)かな
 磔像(たくざう)の全身(ぜんしん)春(はる)の光(ひかり)あり
 花烏賊(はないか)のいでいる息(いき)の墨(すみ)の泡(あは)
 赤(あか)い羽根(はね)つけらるる待(ま)つ息(いき)とめて
 紅葉(もみぢ)の賀(が)わたしら火鉢(ひばち)あつても無(な)くても
 旅(たび)淋(さび)し薺(なづな)咲(さ)く田(た)の涯(はて)しらず
 紅葉(もみぢ)照(て)る山塊(さんくわい)醜(みに)くかりけるよ
 一輪(いちりん)の龍胆(りんだう)餐(う)けよ鶴(つる)の墓(はか)
 ひとの陰(ほと)玉(たま)とぞしづむ初湯(はつゆ)かな
 金髪(きんぱつ)のごとく美(うつく)し木(こ)の芽(め)伸(の)ぶ
 剥(む)く土筆(つくし)ベルナデツタの墓(はか)のもの
 泰山木(たいさんぼく)博士(はくし)鋳像(ちうざう)と成(な)りたまふ
 紀(き)の野火(のび)は旅(たび)の疲(つか)れの目(め)に燃(も)えて
 土用波(どようなみ)白緑(びやくろく)と映(は)え土佐(とさ)涼(すず)し
 常滴(とこしたた)り石筍(せきじゆん)ひとしからざりき
 菊目石(きくめいし)店内(てんない)霜(しも)のごときかな
 寒波急(かんぱきふ)日本(にほん)は細(ほそ)くなりしまま
 死(し)の雨(あめ)か摘(つ)まれし苺(いちご)やはらかに
 灯(ひ)一(ひと)つコタンの秋(あき)の夕(ゆふべ)かな
 登山道(とざんみち)なかなか高(たか)くなつて来(こ)ず
 あをぞらに外套(ぐわいたう)吊(つる)し古着市(ふるぎいち)
 七千巻(しちせんくわん)見(み)てまくなぎの道(みち)帰(かへ)る
 寒(さむ)き今日(けふ)母校(ぼかう)の厠(かはや)にほひせり
 腰架(こしかけ)の角(かど)並(なら)びたり受難節(じゆなんせつ)
 山吹(やまぶき)の三(み)ひら二(ふた)ひら名残(なごり)かな
 大磯(おほいそ)の月(つき)にさそはれ父子(ふし)旅寝(たびね)
 大茶盛(おほちやもり)蝶(てふ)ちらちらの西大寺(さいだいじ)
 一死刑囚(いちしけいしう)の句(く)選(えら)み明易(あけやす)し
 奈良坂(ならざか)の葛(くず)狂(くる)ほしき野分(のわき)かな
 般若櫃(はんにやびつ)うつろの秋(あき)のふかさかな
 豆腐(とうふ)干(ほ)す半日村(はんにちむら)が凍(い)てにけり
 春暁(しゆんげう)の雲(くも)とびとびや桜島(さくらじま)
 突風(とつぷう)や喪服(もふく)黒白(くろしろ)春(はる)うたた
 流燈(りうとう)の帯(おび)のくづれて海(うみ)に乗(の)る
 赫奕(くわくえき)として火(ひ)の玉(たま)や夜半(よは)の咳(せき)
 はたた神(がみ)夜半(よは)の大山(だいせん)現(あ)れたまふ
 秋天(しうてん)の釣橋(つりばし)は人つづかざり
 大噴水(だいふんすゐ)羽(は)うつ白鳥(はくてう)さながらに
 みのむしの此奴(こやつ)は萩(はぎ)の花衣(はなごろも)
 モジリアニの女(をんな)の顔(かほ)の案山子(かがし)かな
 こがらしやゼーゲル錐(すゐ)の蠟(らふ)びかり
 蝶(てふ)の昼(ひる)棺(くわん)の木乃伊(みいら)になりたしや
 漁港(ぎよかう)涼(すず)しタンクアポロの顔(かほ)描(ゑが)く
 狐火(きつねび)に消(け)ぬべく女形(をやま)息(いき)とめぬ
 晴(は)れわたり寒(かん)の太陽(たいやう)西(にし)に行(ゆ)く
 舟(ふね)たでる火(ひ)の動(うご)きをる梅雨(つゆ)の浜(はま)
 宗長(そうちやう)を食(く)ひし蚊(か)と見(み)てたゝきけり
 きりぎりす亡(な)き児(こ)の声(こゑ)の謡(うたひ)かな
 明(あけ)ぼのの芥(あくた)とや見(み)む浮寝鳥(うきねどり)
 満面(まんめん)に汗(あせ)して酬(むく)ひもとめざる
 地吹雪(ぢふぶき)に天狼(てんらう)呆(ほ)けて失(う)せにけり
 大雪(おほゆき)や山毛欅(ぶな)のもろ枝(え)のどこか揺(ゆ)れ
 空(くう)・寂(じやく)の小墓(こばか)二(ふた)つやいとざくら
 春空(しゆんくう)に虚子(きよし)説法図(せつぱふづ)描(ゑが)きけり
 山刀伐(なたぎり)の深雪(みゆき)の中(なか)に炭(すみ)を焼(や)く
 三伏(さんぷく)やひそと身(み)を折(を)りまげ禱(いの)る
 秋嶺(しうれい)の寝釈迦(ねしやか)の頭(あたま)胸(むね)足(あし)あり

歩んだ道は――その主張

年譜
収録句索引



阿波野青畝句集 02



◆本書より◆


「なつかしの濁世の雨や涅槃像

 飽くことなしに私は涅槃とか寝釈迦とかを多く詠んだ。実際に涅槃像のかかった寺をたずねて写生もしているのだが、中でも子供心に見せられたときの涅槃像が大変異様な印象をうけた、その久しい影響が句材になるというばあいも稀ではない。私は華美な明るさよりも何か神秘のささやくような陰翳のふかいところを選んで詠もうとする。そのころの私の境遇上の心象もそれに適したわけである。
 涅槃は陰暦の二月十五日、しんとした静かな本堂は雨にふりこめられて暗い。線香の火だけ目立つ。「あちらでおうす一服いかがですか」と住持が私を別の居間へよんだ。苔の庭が雨に一層さえて眺められた。濁世とすぐいうけれど、かようなおちついた気分で一切を忘れるのも、生きている娑婆、浮世がなつかしいからだ。なに末世であるもんか。思いようでこの浮世はありがたくなるような気がする。音楽を聞くような雨のひびきがする。
       *なつかしの濁世(ぢよくせ)の雨(あめ)や涅槃像(ねはんぞう) (一九二六年作) 『万両』所載。」


「水ゆれて鳳凰堂へ蛇の首

 梅雨が上がると緑の宇治の山々はふくらみを増して迫ってきた。平等院を訪ねてあの静かな鏡のような池を一周する私は、池を隔てて赤い鳳凰堂を美しく眺めやる位置に杖をとどめた。池の岸べに少し藻のひろがりがあって、そのところだけ堂の倒影はうつらないが、美観には差しさわらなかった。
 ふいと見たら蛇の首が動いている。けんめいに泳いで鳳凰堂にたどり着こうとする。池全体は静かで波がないのだが、注目する鋭い目には蛇の首のほとりに波が生まれる。すぐ消える波であるが、力強く早くゆれるのである。ハッと驚きを感じた私は、ただ蛇の首しか目につかない気持であった。ルナールは蛇が長過ぎると書いているけれど、私は短い鎌首だけだったと思う。
       *水(みづ)ゆれて鳳凰堂(ほうわうだう)へ蛇(へび)の首(くび) (一九五〇年作) 『春の鳶』所載。」











































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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