荒井献 『原始キリスト教とグノーシス主義』

「グノーシス主義は元来、歴史的文脈とは無関係に、いつ、どこででも生起しうる、反宇宙的・二元的実存理解による現存在の解明なのである。」
(荒井献 『原始キリスト教とグノーシス主義』 より)


荒井献 
『原始キリスト教とグノーシス主義』


岩波書店
1971年9月25日 第1刷発行
1990年11月5日 第8刷発行
xvi 402p 
A5判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価3,800円(本体3,689円)



本書「序」より:

「本書は、既刊の拙著 Die Christologie des Evangelium Veritatis. Eine religionsgeschichtliche Untersuchung, Leiden 1964 の原稿脱稿(1963年)以後、1971年1月に至るまでの間に、わが国において、元来単独の形で公刊された19の論文から成り立っている。その意味で、本書はいわゆる論文集に過ぎない。しかし、われわれは各論文を本書の統一テーマに従って配列しただけではなく、それらに新しく手を加え、更に未発表の二つの論文を付加することによって、本書全体に一貫性を持たせたつもりである。」


横組み左開きです。


荒井献 原始キリスト教とグノーシス主義 01


目次:

はしがき
記号
略号
序: 本書の課題と構成

第Ⅰ部 原始キリスト教
 1 原始キリスト教の成立
  (1) 後期ユダヤ教
  (2) パレスチナ教団の成立
  (3) ヘレニズム教団の成立
  (4) 地域教会の成立
  (5) 初期カトリシズムの成立へ――結論にかえて
 2 エルサレム原始教団におけるいわゆる財産の共有制について
 3 エルサレム原始教団におけるいわゆる「ヘブライオイ」と「ヘレーニスタイ」の問題をめぐって――使徒行伝6章1―6節に関する教会史的考察
 4 義人ヤコブの殉教に関する新資料について
 5 原始キリスト教における教育思想の展開

第Ⅱ部 グノーシス主義
 第1章 いわゆる「グノーシス」とその発展
  1 反異端論者の「グノーシス」観――エイレナイオスの場合を中心として
  2 「魔術師」シモンとその伝承について
  3 バルベロ・グノーシス派とオフィス派について
  4 ヴァレンティノスの教説
  5 プトレマイオス派のグノーシス神話――その展開と構造
 第2章 ナグ・ハマディ文書のグノーシス主義
  1 ナグ・ハマディ文書の発見とグノーシス主義研究史上におけるその意義
  2 『アダムの黙示録』におけるフォーステール
  3 『ヨハネのアポクリュフォン』におけるソフィア・キリスト論
  4 いわゆる『この世の起源について』における創造と無知
  5 古代教会の伝承における使徒トマス――その宣教と神学
  6 『トマスによる福音書』――特に福音書正典との関係について
  7 『トマスによる福音書』におけるイエス
  8 『ピリポによる福音書』におけるイエス・キリスト
  9 『真理の福音』におけるキリスト論
 第3章 グノーシス主義の問題点
  1 グノーシス主義のイエス理解――いわゆる「グノーシス救済者神話」批判
  2 グノーシス主義の本質と起源について

引用文献
英文要約(Summary in English)
付記



荒井献 原始キリスト教とグノーシス主義 02



◆本書より◆


「グノーシス主義の本質と起源について」より:

「とにかく、動機史的方法が特定の宗教史的モチーフを史的に遡って説明しようとする限り、それは一種の regressus in infinitum のアポリアに陥らざるをえないであろう。」

「この意味で、ヨナス(H. Jonas)がグノーシス主義研究に導入した「実存論的」(existenzial)方法は、いままでの方法の持つアポリアを越えるものである。ヨナスは、グノーシス主義を、その内側からではなく、外側からとらえることに満足しない。彼によれば、グノーシス主義は決して単なる宗教混交現象ではなく、古代末期に固有な「反宇宙的」(akosmisch)「現存在の姿勢と、それに担われた根元的存在の説明」(Daseinshaltung und eine von dieser her getragene ursprüngliche Seinsdeutung)である。しかし、このようなヨナスによるグノーシス主義の実存論的解釈は、決してグノーシス主義の成立に関する既存の方法を排除するものではない。現にヨナス自身、グノーシス的 Daseinshaltung 成立の背景に、社会的「危機」に由来する人間の「不安」と「自己疎外」を想定しており、また、動機史的には明らかに「オリエント」の陣営に身を寄せているからである。」

「いずれにしても、われわれは現在、グノーシス主義に関する実存論的研究の成果を高く評価しなければならない。特に、それはたとえばビアンキ(U. Bianchi)による今日の宗教史的、なかんずく比較宗教学的研究の成果によっても支持されるからである。つまり、ビアンキによれば、グノーシス主義は、いつ、どこででも、お互いに史的な関係なしに自己を主張できる、反宇宙的・二元的 Geisteshaltung に基づく宗教思想運動であり、その意味でこれは、他の宗教思想から動機史的に導入できない、特定の実存理解なのである。シュンケが、「グノーシスはもともと導入できない」と言うとき、この場合のグノーシス」とは、グノーシス主義に固有な実存理解のことを指しているのであろう。
 しかし、ここでわれわれが注意しなければならないことは、グノーシス的 Geisteshaltung または Daseinshaltung が、それだけでグノーシス主義の全体を覆うものではないということであろう。それは、ヨナスが言うように、Daseinshaltung と、それによって担われた Seinsdeutung をも含むのである。そしてグノーシス主義者が、彼に固有な Daseinshaltung によってその Sein を deuten するとき、その客観化としての Seinsdeutung に当然用いられる宗教的諸モチーフは史的に導入できる、否、歴史家にとって、それは導入されなければならぬのである。ここで、あの動機史的方法が新しくその意味を持ってくるであろう。」

「さて、このような性格を持つグノーシス的 Daseinshaltung が、ユダヤ教―キリスト教という歴史的文脈の中で自己を客観化して、一つの歴史的形体としてのいわゆるキリスト教的グノーシス主義を成立せしめるとき、われわれはその中に、その本質を形成すると思われる三つのモチーフを確認できるのである。
 その第一は、究極的存在と人間の本来的自己がその本質において一つであるという認識(グノーシス)に救済を見出すという、救済的自己認識のモチーフである。人間がどこから来て、どこへ行くか、人間の本来的自己は何か、という問いへの答が、グノーシス主義におけるいわば「福音」である。そしてこの福音は、ナグ・ハマディ文書全体に共通する根本モチーフであるが、これは、なかんずくいわゆる『真理の福音』の主題を形成する。」
「ここでは明らかに、人間の起源と目的、つまり本来的自己を「認識する」(saune=γινώσκειν)ことが、「自己自身」(ûaleef=έαυτός)に帰ること、「自己に属するもの」(ïnnetenûf=τά ἑαυτοῦ)を回復すること、すなわち、人間の救済であることが告知されている。」

「さて、ここで人間の本来的自己の認識が救済であるとみなされている限り、救済さるべき人間の現実は、非本来的倒錯状況にあることが前提されている。つまりここには、本来的自己と非本来的自己という二元的人間観が前提されているのである。ここから当然、もし本来的自己が究極的存在に直接由来するとすれば、非本来的自己は何に由来したのであろうか、という問が起こってくるであろう。それは、宇宙そのものの創造者に由来する。そして、この創造者は究極的存在に対して敵対関係に立つのである。ここにわれわれは、グノーシス主義の本質を形成する第二のモチーフとして、反宇宙的二元論をあげることができるであろう。」
「しかし、『真理の福音』の主題は、このような人間観に即応する宇宙論そのものではない。従って、われわれはそれをむしろ、人間論・宇宙論をテーマとする『ヨハネのアポクリュフォン』の中に確かめるべきであろう。」
「究極的存在(父)の末端(ソフィア)が「無知」によって degradieren した結果、創造神(ヤルダバオト)が生じる。人間の魂(ψυχή)とからだ(σώμα)はこの創造神と彼に属する「諸力」(δυνάμεις)または「アルコーンたち」に由来するが、その「霊」(πνεύμα)は究極的存在に遡源する。つまり、人間は霊・魂・からだという三つの実体から成立しているが、現実には創造神とそれによって遣わされた「模倣の霊」(άντίµιµον-πνεύµα)の支配下にあって、本来的自己(霊)の由来と目的に関して無知になっている。究極的存在はその女性的属性である πνεύµα、ἐπίνοια、なかんずくソフィアを人間に遣わして、人間を救済する認識をもたらす――。ここにわれわれは、父とヤルダバオト、霊と模倣の霊、霊とからだという、二元論的宇宙論・人間論を確認できるであろう。」

「以上要約すれば、グノーシス主義はそれに固有な Daseinshaltung に基づく創作神話を伴うが、その本質は次のような三つのモチーフによって形成されている。(1)究極的存在と人間の本来的自己は本質において一つであるという救済の認識。(2)その前提としての反宇宙的二元論。(3)その結果として要請される、「自己」の啓示者または救済者。」

「以上の考察から、グノーシス主義の起源に関してわれわれは次のような結論を導き出すことができるであろう。グノーシス主義の本質を形成する第一のモチーフの素材はプラトニズムに、第二、第三のモチーフの素材はユダヤ教に遡源される。この二つの素材が出会いえたのは、ヘレニズム・ユダヤ教の領域において――ヨナスと共に注意深く言えば、「ユダヤ教に隣接し、それに自己をさらしている領域において(in a zone of proximity and exposure to Judaism)」――であろう。この領域において――おそらく社会的・心理的原因に誘発されて――反宇宙的・グノーシス的 Daseinshaltung が突発した。人々はこれによって、この領域に属するテクストを解釈して、彼らに固有なグノーシス主義を形成した。その時期がキリスト教成立以前であったか否かを正確に確かめることはできないが、しかし、グノーシス主義は少なくともキリスト教とは無関係に成立した。ナグ・ハマディ文書で見る限り、その成立地はエジプトであろう。そして、それがキリスト教と接触し、それに固有な救済者(たとえば「ソフィア」)を「キリスト」化することによって、いわゆるキリスト教グノーシス主義が成立したのである。」



























































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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