『定本 柳田國男集 第九卷 妹の力 巫女考 他』 (新裝版)

「國は申さば耻かしけれど
元は源氏の公卿の娘
少しばかりの身の誤りで
うつろ舟から島流された。
(中略)
うつろ舟から流されたから
二度た我家に還りはならの」

(柳田國男 「うつぼ舟の話」 より)


『定本 柳田國男集 
第九卷 (新裝版)』

妹の力 巫女考 毛坊主考 他

筑摩書房 
昭和44年2月20日 第1刷発行
465p 目次2p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 9 (8p):
旅行のこと(井伏鱒二)/壱岐の島にお迎えした柳田先生(山口麻太郎)/畏き人(保田與重郎)/ゆでたまご(森銑三)/国府津の一夜(西角井正慶)/編集後記/次回配本/近刊予告/図版(モノクロ)4点



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


本書「あとがき」より:

「○「妹の力」は、昭和十五年五月創元社より刊行。」


柳田国男集 九


内容 (初出):

妹の力
 序
 妹の力 (大正十四年十月、婦人公論)
 玉依彦の問題 (昭和十二年七月、南島論叢)
 玉依姫考 (大正六年三月、郷土研究)
 雷神信仰の變遷――母の神と子の神 (昭和二年五月、民族、原題「若宮部と雷神」)
  道場法師の孫娘
  靈安寺の縁起
  天滿大自在
  老松と松童
 日を招く話 (同年七月、同誌、原題「日置部考」)
 松王健兒の物語 (同年一月、同誌)
  築島と長柄の橋
  松王といふ童名
  母一人子一人
 人柱と松浦佐用媛 (昭和二年三月、民族)
  化粧坂の故跡
  旅人の拜む神
  小松大夫の土著
 老女化石譚 (大正五年八月、九月、郷土研究)
 念佛水由來 (大正九年四月、新小説)
  發端
  念佛を感ずる池
  うはなりの池
  姥甲斐無い
  影取山の縁起
  姥ヶ火と勘五郎火
  尼子氏
  せきのをば樣
  築地の老女石像
  三途河の婆
  關寺小町
 うつぼ舟の話 (大正十五年四月、中央公論)
 小野於通 (大正十四年五月、文學)
 稗田阿禮 (昭和二年十二月、早稻田文學)

巫女考
 ミコと云ふ語 (大正二年三月、郷土研究)
 神の口寄を業とする者 (同年四月、同誌)
 託宣と祭 (同年五月、同誌)
 夷下し、稻荷下し (同年六月、同誌)
 オシラ神 (同年七月、同誌)
 池袋の石打と飛騨の牛蒡種 (同年八月、同誌)
 蛇神犬神の類 (同年九月、同誌)
 箱石と笈の塚 (同年十月、同誌)
 賴政の墓 (同年十一月、同誌)
 神子の夫、修驗の妻 (同年十二月、同誌)
 筬を持てる女 (大正三年一月、同誌)
 結論 (同年二月、同誌)

テテと稱する家筋 (大正六年三月、郷土研究)
立山中語考 (大正三年九月、郷土研究)
一言主考 (大正五年四月、郷土研究)
西行橋 (大正五年十月、郷土研究)
細語の橋 (大正三年十二月、郷土研究)

毛坊主考
 毛坊主考 (大正三年三月、郷土研究)
 念佛團體の變遷 (同年四月、同誌)
 實盛塚 (同年五月、同誌)
 ネブタ流し (同年七月、同誌)
 聖と云ふ部落 (同年八月、同誌)
 鉢叩きと其杖 (同年九月、同誌)
 茶筅及びサゝラ (同年十月、同誌)
 夙の者と守宮神との關係 (同年十一月、同誌)
 法師戸 (同年十二月、同誌)
 護法童子 (大正四年一月、同誌)
 結論 (同年二月、同誌)

鬼の子孫 (大正五年六月、郷土研究)
唱門師の話 (大正五年五月、郷土研究)
俗山伏 (大正五年十二月、郷土研究)

桂女由來記 (大正十四年五月、女性)

内容細目
あとがき




◆本書より◆


「妹の力」より:

「最近に自分は東北の淋しい田舎をあるいて居て、はからずも古風なる妹の力の、一つの例に遭遇した。盛岡から山を東方に越えて、よほど入込んだ山村である。地方にも珍らしい富裕な舊家で、數年前に六人の兄弟が、一時に發狂をして土地の人を震駭せしめたことがあつた。詳しい顛末は更に調査をして見なければならぬが、何でも遺傳のあるらしい家で、現に彼等の祖父も發狂してまだ生きて居る。父も狂氣で或時佛壇の前で首を縊つて死んだ。長男がたゞ一人健全であつたが、重ね重ねの悲運に絶望してしまつて、屡〃巨額の金を懷に入れ、都會にやつて來て浪費をして、酒色によつて憂を紛らさうとしたが、其結果は是もひどい神經衰弱にかゝり、井戸に身を投げて自殺をしたと云ふ。村の某寺の住職は賢明な人であつて、何とかして此苦悶を救ひたいと思つて、色々と立入つて世話をしたさうだが無效であつた。此僧に尋ねて見たらなほ細かな事情がわかるであらうが、六人の狂人は今は本復して居る。發病の當時、末の妹が十三歳で、他の五人は共に其兄であつた。不思議なことには六人の狂者は心が一つで、しかも十三の妹が其首腦であつた。例へば向ふから來る旅人を、妹が鬼だと謂ふと、兄たちの眼にもすぐに鬼に見えた。打殺してしまはうと妹が一言謂ふと、五人で飛出して往つて打揃つて攻撃した。屈強な若い者がこんな無法なことをする爲に、一時は此川筋には人通りが絶えてしまつたと云ふ話である。」


「うつぼ舟の話」より:

「うつぼ舟は空洞の木を以て造つた舟、即ち南方の小さい島々に於て、今尚用ゐられて居る所の、刳舟(くりふね)丸木舟のことで無ければならぬが、多くの日本人はもう久しい間、その元の形を忘れてしまつて居る。我々の親たちの空想の「うつぼ舟」には、潜水艦などのやうに蓋が有つた。斯うしなければとても荒海を乘切つて、遙々遣つて來ることは出來ぬものと、思ふ者が次第に多くなつた爲であらう。(中略)享和三年二月廿二日の眞晝頃、常陸の原やどりとか云ふ濱に、引上られたと傳ふるうつぼ舟などは、其形たとへば香盒の如くに圓く、長さは三間あまり、底には鐵の板金を段々に筋の如く張り、隙間は松脂を以て塗り詰め、上は硝子障子にして内部が透き徹つて隱れ無く、覗いて見ると一人の生きた婦人が居り、人の顏を見てにこにこして居たとある。
 此話は兎園小説を始めとして、當時の筆豆人の隨筆には幾らも出て居る。何れも出處は一つであるらしく、疑ひも無く作り事であつた。その女は年若く顏は桃色にして、髪の毛は赤いのに、入れ髪ばかりが白く且つ長かつた。敷物二枚の他に瓶に水二升ほどを入れ、菓子樣の物及び肉を煉つたやうな食物もあつたとある。又二尺四方の一箇の箱を、寸刻も放さず抱へ持ち、人に手を觸れしめなかつた。浦人の評定では、多分蠻國の王の娘などで、密夫あつて其事露顯に及び、男は刑せられたが王女なれば殺すに忍びずして、此の如くうつろの舟の中に入れ、生死を天に任せて突き流したものであらう。然らばその大切にする木の箱は、定めて愛する男の首でゞもあらうかなどゝ、言語は不通であつたと謂ふにも拘らず、驚くべき確信を以て説明する者があつたと記して居る。
 實際海邊に住む人民にしては、出來過ぎた斷定には相異ないが、以前も此近くの沿岸に、同じやうな蠻女を載せて漂著したうつぼ舟があつて、それには俎板の如きものに一箇の生首をすゑて、舟の中に入れてあつたと云ふ口碑があつたさうである。」

「うつぼ舟に關して一二の著しい例を説くならば、臺灣東岸のパイワン族の中に、美女を朱塗りの箱の中に入れて、海に流したといふ傳承が多く、知本社と呼ばれる部落が之を拾ひ上げたと謂つて居る。」
「又パイワン種の諸蕃社には、殊に人が樹木の中から出たといふ傳説が多い。或は竹の中から卵が轉げ出して、最初の男女と爲つたとも謂へば、又壺の中もしくは瓠(ひさご)の中からも、人の出現したと謂ふことを信じて居る部落があるのである。異人卵生の古傳は印度にも例乏しからず、佛典を通じて日本にも知られて居た。」



「鬼の子孫」より:

「吾邦には或る特殊の家筋で鬼の後裔と稱する者のあつたことは、自分も毛坊主考の結論に於て既に之を述べて居る。即ち漢の歸化人の末と傳へらるゝ豐後日田(ひだ)の大藏氏は其一例で、大和大峯の五鬼(ごき)は其第二の例である。此以外に於て近い頃まで鬼の子孫であることを自認して居た一大部落は、京都に近い八瀨の一村である。」
「京師巡覽集卷十五 八瀨の條に曰く、「當村の男女ともに強氣はげし、男も女の如く髪を卷き、女も男の如く脚絆して、言訛りて暹國(せんこく)の人かと疑はる云々」。彼等は自ら稱してゲラと謂うた(東海道名所記)。ゲラは下郎の意の謙稱であらうとのことであるが、外部の人も彼等をゲラと呼んで居る。年老いる迄前髪を剃らず頭の上で一所に束ねて居た。それが「男も女の如く」と言はれた所以である。山城名跡巡行志卷三には、「頭に油を用ゐず、惣髪にて人相言語世に類せず」とあり、皇都午睡第三編上には「惣髪にて曲も結はず、髪をくゝりて卷立て公卿の冠下に同じく、齒は鐵漿(かね)を黑々と染め云々、女を外に働かせ、己は内に居て飯を炊き世帶を爲す云々」とある。或は中古以前は髪を結ばず首に被つて居たと云ふが(近畿歴覽記)、それは出來齋の京土産に、「八瀨の里人は比叡の童子の末なれば、今も四方髪に鐵漿つけ、四月初辰の日、此里天神の祭の日には殊さら假粧して、うつくしく袵さしたる帷子に色々の帶を褓(たすき)に掛け、拜殿に入りて幸(さい)あれあれと云うて聲の限り踊りつゝ御輿を渡し云々」とあるのが正確で、或る儀式の時ばかり斯んな頭をしたのを意味することであらう。要するに彼等は職掌がらとして年老いる迄童子を以て呼ばれ、又童子相應の風をして居ただけだと見ることが出來る。」



「桂女由來記」より:

「以前、京都の初春を艷ならしめたものに、桂女(かつらめ)と稱する、一團の女性があつた。類を同じくする、他の多くの部曲が、夙に漂遊の途に上り、果知らぬ旅を續けて居たに反して、不思議な愛着を以て、故郷の土に親しみ、桂川の水の流の、千年の變化をよそに眺めつゝ、靜かに傳統の生活を送つて居た。」


柳田国男集 九 月報


月報より。「書斎にて――昭和十年」






































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

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