『定本 柳田國男集 第六卷 口承文藝史考 昔話と文學 他』 (新裝版)

「我々の親たちは靈の自由を信じて、身がらが無爲の境に休息して居る間に、心は外に出て色々の見聞をして來るものと思ひ、又未知の世界からの音信に接することが、出來るものとも思つて居た。從つて平凡なる社會の光景に觸れても、それは看過し聽きのがして語り傳へようと努めないが、何か思ひまうけぬ異常の夢であつた場合には、其印象が遙かに我々の受けるよりは強烈であつて、通例は是を次に起るべき事件の、豫報の如くにも解して居たのである。」
(柳田國男 「夢と文藝」 より)


『定本 柳田國男集 
第六卷 (新裝版)』

口承文藝史考 昔話と文學 昔話覺書

筑摩書房 
昭和43年11月21日 第1刷発行
512p 目次1p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 6 (8p):
柳田先生の周辺(中村哲)/柳田先生と秋田(奈良環之助)/表象の骨格(斎藤清衛)/追想断片(飯島衛)/沖繩を愛された柳田先生(島袋盛敏)/次回配本/図版(モノクロ)1点



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


本書「あとがき」より:

「○「口承文藝史考」は、昭和二十二年一月、中央公論社より發行。
○「昔話と文學」は、昭和十三年十二月、創元社より創元選書の一冊として刊行。」
「○「昔話覺書」は、昭和十八年四月、三省堂より初版發行。昭和二十一年九月、「再版の序」を加えて再版發行。更に昭和三十二年十月、修道社より「改版序」と追記を附して、改訂版を出版した。」



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内容 (初出):

口承文藝史考
 序
 口承文藝とは何か (昭和七年四月、岩波講座「日本文學」)(原題、「口承文藝大意」)
  一 新名稱
  二 綺語
  三 傳承の二樣式
  四 讀と誦と
  五 作者意識
  六 臺本の問題
  七 所謂讀者文藝
  八 口碑零落
  九 採集と分類
  一〇 命名技術
  一一 新語と新句法
  一二 諺の範圍
  一三 譬へと格言
  一四 謎とあかしもの
  一五 唱へごと
  一六 童言葉
  一七 手毱唄の經驗
  一八 子守唄變遷
  一九 仕事唄と戀歌
  二〇 酒盛作業
  二一 踊とくどき
  二二 舞の本
  二三 芝居のもと
  二四 旅の語部
  二五 昔話と神話
  二六 ハナシと御伽
  二七 話の種
  二八 跋語
 昔話と傳説と神話 (昭和十年五月~昭和十一年四月、昔話研究一號~十二號)(原題、「昔話覺書」)
  昔話の範圍
  童話といふもの
  説話とハナシ
  傳説は説話か 
  傳説の教へること
  三種の昔話
  昔話出現の順序
  説話の派生
  説話の可笑分子
  神話と笑話)
  動物と人
  智巧譚
  昔話の英雄
  昔話の近世史
  統一研究への途
 夢と文藝 (昭和十三年、革新一卷三號)
 文藝と趣向 (昭和十五年四月、日本評論十五卷四號)
 文藝とフォクロア (昭和七年四月、文學十一號)

昔話と文學
 序
 竹取翁 (昭和九年一月、國語・國文四卷一號)
 竹伐爺 (昭和十一年三月、文學四卷三號)
 花咲爺 (昭和十二年三月、文學五卷三號)(原題、「昔話覺書」)
 猿地藏 (昭和十一年八月、九月、昔話研究二卷四號、五號)(原題、「猿地藏考」)
 かちかち山 (昭和十年四月、文鳥六)
 藁しべ長者と蜂 (昭和十一年七月、國文學論究三)
 うつぼ舟の王女――ペルヴォントとワ゛ステラ (昭和六年七月、朝日グラフ十七卷一號)(原題、「うつぼ舟の話」)
 蛤女房・魚女房 (昭和十一年六月、七月、昔話研究二卷二號、三號)(原題、「蛤の草紙によつて」)
 笛吹き聟 (昭和十二年十月、昔話研究二卷十一號)
 笑はれ聟 (昭和十三年五月、文學六卷五號)(原題、「昔話覺書」)
 はて無し話 (昭和四年十二月、遊牧記一)
 放送二題
  一 鳥言葉の昔話 (昭和十二年七月、昔話研究二卷九號)
  二 初夢と昔話 (昭和十二年二月、旅と傳説十卷二號)

昔話覺書
 改版序
 再版の序
 第一版自序
 昔話採集者の爲に (昭和六年四月、旅と傳説四卷四號)
  一 昔話の意味
  二 昔話の範圍
  三 話法の特徴
  四 昔話の結語
  五 昔話の合の手
  六 保存部分と自由部分
  七 昔話の發生順序
  八 童話と昔話
  九 採集の協力
 昔話の發端と結び
 猿と蟹 (昭和十四年三月、國文學論究九)
 續かちかち山 (昭和十四年一月、學鐙四十三卷一號)
 天の南瓜――中河與一君の天の夕顏を讀みて (昭和十六年四月、六月、文藝世紀三卷四號、六號)
 俵藥師 (昭和十四年四月、博浪沙四卷四號)
 峠の魚 (昭和九年五月、河と海四卷五號)(原題、「江湖雜談」)
 鯖大師 (昭和十七年八月、民間傳承八卷四號)
 片足脚絆 (昭和十五年二月、野鳥七卷二號)(原題、「片足脚絆の昔話」)
 食はぬ狼 (昭和十四年九月、民間傳承四卷十二號)
 味噌買橋 (昭和十四年二月、四月、民間傳承四卷五號、七號)
 「壹岐島昔話集」 (昭和十年六月、山口麻太郎著「壹岐島昔話集」序文、郷土研究社)
 「島原半島民話集」 (昭和十年五月、關敬吾著「島原半島民話集」序文、建設社)
 「二戸の昔話」を讀む (昭和十三年一月、旅と傳説十一卷一號)
 昔話解説 (昭和三年四月、「日本文學講座16」、新潮社
  話を好む心
  話と形式
  子供らしさ
  童話と昔話
  記録性と現實味
  實生活の需要
  幸運の法則
  笑話零落
  話術と滑稽

内容細目
あとがき




◆本書より◆


「夢と文藝」より:

「少なくとも二つの忘れられかけて居た精神生活の變遷が、こゝに幽かなる銀色の筋を引いて、遠い昔の世まで我々を囘顧せしめる。其一つは夢を重んずる氣風である。孔子が周公を夢に見なくなつたことを、心の衰へとして悲しまれたやうに、夢が何等かの隱れたる原因無しに、起るべき人生の現象でないことを、最も痛切に古人は認めて居た。さうして今とても之を疑ひ得る者は無いのである。(中略)我々の親たちは靈の自由を信じて、身がらが無爲の境に休息して居る間に、心は外に出て色々の見聞をして來るものと思ひ、又未知の世界からの音信に接することが、出來るものとも思つて居た。從つて平凡なる社會の光景に觸れても、それは看過し聽きのがして語り傳へようと努めないが、何か思ひまうけぬ異常の夢であつた場合には、其印象が遙かに我々の受けるよりは強烈であつて、通例は是を次に起るべき事件の、豫報の如くにも解して居たのである。(中略)人をして夢みしむる不思議の力を、或は枕神と謂つて居る土地もある。さうで無くとも日頃の神佛に願を掛けて、進んで夢を念じ夢を待ち、それが應驗の有つた場合も多かつたことは、前期の文藝に親しむ程の人は皆知つて居る。それが悉く現代に於ては排斥せられて居るのである。(中略)人生の不安はまだ若干は殘つて居て、古來之を慰撫して居た有力なる一つの手段は、既に忘却の淵に臨んで居るのである。」


「はて無し話」より:

「むかしむかし長崎の港に、多くの鼠が住んで居た。ひどい飢饉の年に難儀をして、もしか薩摩へでも行つたら食物が得られようかと、大勢打揃うて舟に乘り、岬を廻り廻つて不知火の海へ漕ぎ出した。さうすると遙か向ふの方から、薩摩の國の鼠たちが、是もあんまり世の中が惡いので、長崎へ行けば少しは食ふ物があるかも知れぬと、一同相談をして舟を漕いで遣つて來た。長崎の鼠の舟と、薩摩の鼠の舟とが、海のまん中で出會うて、互ひに聲を掛けて何處へ行くのかと尋ねる。さうして詳しく雙方の樣子を話し合つて、それでは折角渡つて行く甲斐も無い。いつそ此海へ入つて死んだ方がよいと言つて、先づ長崎の鼠が一疋、チュウチュウと泣いてドンブリと海に飛び込む。さうすると今度は薩摩の鼠が一疋、チュウチュウと泣いてドンブリと舟から身を投げる。其次には長崎の方の鼠が又一つ、チュウチュウと泣きながらドンブリと飛び込む。……
 大よそ斯んな風に何十疋でも、小さな聽き手がもう止めてくれといひ出す迄、二箇所の鼠が海に入つて行くといふ昔話が、この不知火灣の岸に沿うた、肥後の上益城の村々にあつたさうである。普通には之をチュウチュウドンブリと名づけて、如何なる話好きの少年でも、是に辟易せざるは無かつたといふことである。私などの在所の方では、今一つの稍〃手輕なものが行はれて居た。昔或川のほとりに藪があつて、其後に大木の櫧の樹があつた。といふ話が始まると子供はもう諦らめて寢てしまふことになつて居た。若しふんそれからとでも言はうものなら、其團栗の實が一粒づゝ、落ちてはサハリと笹の枝を滑つて、次には石垣の石にカチリと當り、それから水の中へドブンと沈んで、夜が明けても又次の晩になつても、とても落ち盡しさうには思はれぬからである。」



「續かちかち山」より:

「何かどうしても書かねばならぬといふことになつて、Mrs. Leslie Milne の "Shans at Home (1910) を出して見る。此中には最も人に知られないシャン族の昔話が二十ばかり載せてあつて、その一つは日本のかちかち山の後半と同じ話である。兎が小屋を建てようぢやないかと虎を誘つて萱刈りに行く。苅つた萱を虎の背に負はせ、自分は加減が惡いと僞つて萱の上に載せてもらひ、燧石で火を打つて其萱に火を付けるのである。今のは何の音だと虎が訊く、と、寒む氣がするので齒がかちかちいふのだと答へる。虎は大火傷をして苦しみ、兎はちやつと逃げて何食はぬ顏で、大きな蜂の巣のかゝつた木の下にしやがんで居る。そこで何をして居るか。おぢい樣の釣鐘の番をして居る。おれに一つ撞かせてくれ。そんならきいて來てやると謂つて逃げてしまつた跡で、虎は一人で鐘をついて見ると、蜂だから飛出して來てうんとからだ中を螫す。斯ういふ風に何度でも騙されてはひどい目に遭ひ、おしまひには泥沼の中に二人で入つて、兎は虎の頭を踏んで自分だけ飛出して助かるといふ話である。」


「天の南瓜」より:

「をかしいことだが私などは幼年の頃、こんな茄子の大木の話でも、まだ一部分だけは信じて居た。或は何かの本に出て居たので無いかと思ふが、八丈の島は暖いから、秋になつても茄子の木は枯れない。それで高い梯子を掛けて登つて採るやうな大木が幾らでもあるといふことを、可なり大きくなるまで事實かと思つて居た。僅かな海を隔てただけでも、南の方の島ならばそんな珍らしいことが、有るかも知らぬと思ふことが出來たのである。ましてや「昔」は不思議の世界であり、子供は一樣に物を信じ易かつた。神話の時代がさう手の裏を返すやうに、全體に一度に改まつてしまふことはない筈である。おとなは忘れたり笑つたりする世の中になつても、なほ片隅には古い幻を守つて居る者が、絶えなかつたといふことは想像し得られる。」


「片足脚絆」より:

「廣島市の附近では、梟は「要七來い」と謂つて鳴くといふことが、「安藝國昔話集」に出て居る。要七の母はたつた一人の大事な兒が、夕方遊びに出たまゝ見えなくなつたので、捜しまはつてたうとう氣が狂ひ、死んで梟になつたといふ話である。(中略)この話は實によく全國に行渡つて居る。さうしてその數多くのものを比べて見ると、結局は鳥は何鳥ときまつたことは無く、たゞ人間が最愛のものを奪はれて、歎き悲しんで命を終り、魂が鳥に化して永くさまよひあるくといふことを、最も判りやすく説かうとするのが目的だつたやうに思はれる。從つて又同じうらさびしい一つの節で、同じ言葉を際限も無くくり返す鳥、殊に晩方から宵にかけて、里近くを鳴きめぐる鳥が、説話の主人公として迎へられたものらしいのである。」


「味噌買橋」より:

「飛騨の高山に斯ういふ名の橋が今でも有るかどうか。いろいろ捜して見たが少なくとも書いたものには無いやうだ。(中略)澤田博士の續飛騨採訪日誌の附録で、最近に集められた丹生川の昔話には、その味噌買橋の話といふのが出て居る。話者は婦人で母から聽いたといふのだから、新しい輸入ではない。其筋をざつといふと、
 むかし丹生川の澤上(さうれ)の長吉といふ正直な炭燒が夢を見た。高山の味噌買橋に行けば好い事があるといふ夢で、早速出かけて來て橋の上にいつまでも立つて居ると、そこへ橋の袂の豆腐屋の親爺が、遣つて來てどうしたと尋ねる。長吉の答へを聽いて豆腐屋は大いに笑ひ、夢をまに受けるとはおろかなことだ。わしはこの間から乘鞍の麓の澤上の長吉の屋敷の杉の樹の下に、金銀が埋まつて居るといふ夢を見るけれども、夢だと思ふから氣にも止めないと謂つた。長吉はそれを聽いて、歸つて我家の杉の根をほつて忽ち大金持になつたといふ。」





































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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