『定本 柳田國男集 第十四卷 木綿以前の事 食物と心臟 他』 (新裝版)

「よく老人たちが古い仕來りだ改めるわけには行かぬと力んで居るものゝ中にも、文化文政の百年以後、甚だしきは新たに明治の初年頃から初まつたものが幾らもある。少なくとも古く行はれて居るから保守しなければならぬといふものなどは、決してさう澤山には無いのである。」
(柳田國男 「昔風と當世風」 より)


『定本 柳田國男集 
第十四卷 (新裝版)』

木綿以前の事 食物と心臟 他

筑摩書房 
昭和44年7月20日 第1刷発行
511p 目次1p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 14 (8p):
柳田國男先生のこと(きだ みのる)/柳田先生(瀬川清子)/柳田國男先生と「稲作史研究会」(盛永俊太郎)/獄中で読んだ柳田先生の本(志賀義雄)/柳田先生の二枚のお葉書(黒田郁男)/次回配本/図版(モノクロ)4点



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


本書「あとがき」より:

「○「木綿以前の事」は、昭和十四年五月創元社より刊行。」
「○「食物と心臟」は、昭和十五年四月創元社より刊行。」



柳田国男集 十四


内容 (初出):

木綿以前の事
 自序
 木綿以前の事 (大正十三年十月、女性)
 何を着て居たか (明治四十四年六月、斯民家庭)(原題「私共の祖先は何んな著物を著て居ましたか」)
 昔風と當世風 (昭和三年三月、彰風會講演)
 働く人の着物 (昭和十一年七月、旅と傳説)
 國民服の問題 (昭和十四年五月、被服)
 團子と昔話 (昭和十一年三月、ひだびと)(原題「團子淨土」)
 餅と臼と擂鉢 (昭和九年一月、社會經濟史學)
 家の光 (大正十五年二月、家の光)(原題「學問の爲に」)
 圍爐俚談 (昭和十年三月、文學)
 火吹竹のことなど (昭和十四年四月、知性)
 女と煙草 (同年二月、ひだびと)
 酒の飲みやうの變遷 (同年二月、改造)(原題「民俗と酒」)
 凡人文藝 (昭和九年二月、短歌研究)(原題「凡人文藝の歸趨」)
 古宇利島の物語 (昭和八年五月、短歌民族)
 遊行女婦のこと (昭和九年四月、俳句研究)
 寡婦と農業 (昭和四年十月、農業經濟研究)(原題「農業と婦女兒童」)
 山伏と島流し (昭和七年八月、俳句講座)(原題「神釋と俳句」)
 生活の俳諧 (昭和十二年十二月、第一高等學校講演)(原題「文藝と民衆生活」)
 女性史學 (昭和十一年三月、民間傳承)(原題「女性と歴史」)

食物と心臟
 序
 食物と心臟 (昭和七年一月、信濃教育)
 米の力 (昭和十五年三月、新女苑)
 生と死と食物――採集記録の前に (昭和八年七月、旅と傳説)
 モノモラヒの話 (昭和十年六月、同誌)
 酒もり鹽もり (昭和十一年三月、口承文學)
 身の上餅のことなど (昭和十一年六月、近畿民俗)(原題「ブンダイ餅その他」)
 トビの餅・トビの米 (昭和十二年四月、旅と傳説)
 餅なほらひ (昭和十一年一月、一橋新聞)
 午餉と間食 (昭和十年十一月、高志路)
 幸福の木 (昭和十二年一月、東京朝日新聞)
 田作りまな祝ひ (同年二月、近畿民俗)
 のしの起原――日本のフオクロア (昭和十三年十一月、因伯民談)(原題「日本人のフオクロア」)

手拭沿革 (昭和十八年一月~四月、民間傳承)
 緒言
 一 手拭の用途
 二 名稱の異同
 三 ユテといふ名稱
 四 揚げ被り
 五 はねかつぎ
 六 置き手拭
 七 輪手拭
 八 かんめぼし
 九 長手拭
 一〇 長たな
 一一 タナ又はタンナの分布
 一二 手綱・手繩・手布
 一三 子負ひたな
 一四 五尺手拭
 一五 はんこたな
 一六 四半手拭
 一七 手拭帶
 一八 ひろ手の帶
 一九 しゆきん帶
 二〇 ボシと帽子
 二一 ボウシの種類
手巾序説 (昭和二十四年四月、暮しの手帖)
風呂の起原 (大正四年五月、郷土研究)
臼の歴史 (昭和二十五年二月、民間傳承)

稗の未來 (昭和十四年五月、農村更生協會)
米櫃と糧と菜 (昭和十六年一月、日本評論)
親の膳 (昭和十七年五月、民間傳承)
影膳の話

民俗覺書 (昭和十年三月、維新)
小豆の話 (昭和十七年四月、スヰート)
鹽雜談 (昭和十年八月、専賣協會誌)
民間些事 (昭和二年七月~九月、近代風景)
 故郷の路に
 ヘヤに住む人
 恥隱しといふこと
 世の中と家
 出居の變化
 接客法の革命
 昔はまだ殘る
 をかしな物忘れ
 馴れるといふこと
 酸いとあまいと
 目分量の歴史

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『木綿以前の事』「昔風と當世風」より:

「ところが我々の同胞國民は、其癖隨分眞似のすきな人種であつた。人のモダーン振りなどは笑はれた義理では無いのである。今日固守して居る所の昔風の如きも、實に遠からぬ昔に支那から朝鮮から採用したものが多く、食物を始めとし住宅などにも大なる中世以來の變化がある(中略)。又必ずしも外國から模倣したのでは無くとも、近代に入つてから變更せられなかつた生活方法といふものは、探しても見つからぬ程しか殘つて居ない。よく老人たちが古い仕來りだ改めるわけには行かぬと力んで居るものゝ中にも、文化文政の百年以後、甚だしきは新たに明治の初年頃から初まつたものが幾らもある。少なくとも古く行はれて居るから保守しなければならぬといふものなどは、決してさう澤山には無いのである。」

「獨り副食物のみでは無い。日本人とは切つても切れぬ因縁のある米の飯、是すらも夙に變化してしまつて居る。今我々の食ふのは、昔の日本人のいふ飯(いひ)では無く、粥即ちカタカユといふものである。イヒは甑(こしき)でふかすこと今日の赤飯の如くであつたが、そんな方法を以て飯を製することは節供の日ばかりになつた。(中略)自分などは昔風であるのか、この舌切雀の話を思ひ出すやうな米のジャムには感心せぬので、毎度かの有名なる蜀山人の、
   三度たく飯さへこはし柔らかし心のまゝにならぬ世の中
の歌を思ひ出し、全體いつ頃からこんな不如意が始まつたものかと考へて見るのであるが、その又三度の食事といふことさへ、やはりある時代の當世風であつて、本來は朝け夕けの二度を本則とし、日中の食事は田植の日、又は改まつた力仕事の日に限つて、幾返り供與したばかりであつた。それを自分等如き朝寢坊までが、必ず三度食ふべしとなると、誠に食ふのに忙しくてこまる。もし復古をして再び朝夕の二度になつたら、學校なども九時から二時といふやうになつて、殘りの時間がもつと有意義に使はれるかも知れぬ。」



同「女と煙草」より:

「女が煙草を吸ふといふことは、さう古く始まつた風習ではないにきまつて居るが、奇妙に日本人の生活とはなじんで居る。このあひだも舊友の一人に逢つて、其細君が小娘の頃、ひらひらの簪などを插して、長煙管をくはへて居たことを思ひ出してをかしかつた。此婦人の里は村の舊家で、廣々とし圍爐裏の間(ま)にめつたに人も來ず、そあれにおかあさんが心配の多い人で、始終煙草で憂ひを忘れようとして居たらしいから、そのお相手をして居て覺えたのかと思はれる。今一つの記憶は、これももう老婆になつて居る親類の家内が、嫁に來た時には私の家を中宿にした。どんなお嫁さんかと思つて挨拶に出て見ると、それはそれは美しい細い銀煙管で、白い小さな齒を見せて煙草をのんで居た。斯ういふ光景はもう恐らくは永久に見ることが出來ぬだらうと思ふ。
 數年前に私の家のオシラ樣を遊ばせに、奧州の八戸から來てくれた石橋おさだといふイタコは、何がすきかと聽いたら煙草だと即座に答へた。此女は十五の年にはもう煙草を吸つて居た。段々と眼が惡くなつて來たとき、何とか院の法印さんが祈禱をしてやるから、煙草を斷ちますといふ願掛けをせよと教へてくれたけれども、私は見えなくなつてもようござんすからと謂つて止めなかつた。さうして終に巫になつたのだから、此女などは少しかはつて居る。」
























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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