若桑みどり 『イメージを読む ― 美術史入門』 (ちくまプリマーブックス)

「実際、私は子どものころから子どもらしくなく、暗く、怠惰で、憂鬱な人間で、人びとにきらわれていました。友だちも少なく、孤独でいつもひとりで空想にふけっていたので、家族からも「屋上の狂人」とよばれていました。いつも屋根の上にのぼって空を見ていたからです。」
(若桑みどり 『イメージを読む』 より)


若桑みどり 
『イメージを読む
― 美術史入門』

ちくまプリマーブックス 69

筑摩書房 
1993年1月10日 第1刷発行 
1999年9月15日 第11刷発行 
iii 208p 
B6判 並装 カバー 
定価1,200円+税



本文中図版(モノクロ)67点+4点。

本書は後に ちくま学芸文庫版が出ていますが、プリマーブックス版は本書の姉妹編『絵画を読む』(NHKブックス)と同じサイズなので、内容のアップデートより本棚に並べた時の整合感を優先してこちら(旧版)を購入してみました。学芸文庫版は参考書一覧が増補され、著者による文庫版あとがきが新たに付されています。


若桑みどり イメージを読む


目次:

はじめに
講義にあたって

第一日 ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画について
第二日 レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」について
第三日 デューラーの「メレンコリア1」について
最終日 ジョルジョーネの「テンペスタ(嵐)」あるいは「絵画の謎」について

あとがき
図版リスト
参考書一覧




◆本書より◆


「ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画について」より:

「ところが、私自身の解釈は、また少し別な局面を示しているのです。ちょっとびっくりするような結論ですが、私の考えでは、中景の沈(しず)みかかっているテントがカソリック教会なのです。」
「ミケランジェロがまだ十代のときに、フィレンツェでサヴォナローラという僧侶(そうりょ)が熱烈(ねつれつ)な教会改革の運動をおこしました。彼は物質的な快楽や豪奢(ごうしゃ)をむさぼっている当時の教皇アレクサンデル六世とローマ教会をはげしく攻撃(こうげき)し、その堕落(だらく)への神の刑罰(けいばつ)として、イタリアの滅亡(めつぼう)を予言しました。そして、やがてフランスの軍隊がやってきて国を滅(ほろ)ぼすことを予告し、その軍隊をノアの大洪水(だいこうずい)にたとえました。」
「しかし、サヴォナローラは、一四九八年に、アレクサンデル六世によって火あぶりになってしまいました。」
「ミケランジェロが、法皇庁の礼拝堂においてノアの大洪水(だいこうずい)を描(えが)きながら、サヴォナローラの予言を描いたという推測はなりたつのです。」
「でも、彼はとうていそのことをはっきりということはなかったと思うのです。(中略)いまでも、私がいっていることはあいかわらずある種の人にとっては危険きわまりないことなのです。ある友人は、そういう学説は発表しないほうが無難だ、と忠告したくらいです。ときには、ひとは命がけで描いたり、書いたりしてきたのです。それはいまでも同じことです。でも、たとえ危険があったとしても、真実は追求しなければなりません。いちばん恐(おそ)ろしいのは自分のいっていることが真実ではないということだけです。」

「ミケランジェロのソネットのなかにも、天国にだれがいけるのか、悔(く)い改(あらた)めた罪人(ざいにん)なのか、傲慢(ごうまん)な善人なのか、という意味のものが残っています。彼(かれ)自身もモラルの上では、同性愛など、いろいろ問題が多かったので、公式的な救いの教えでは自分自身とうてい天国へいけないと思っていたふしがあります。」



「レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」について」より:

「まず第一次資料としていちばん基本的な、彼(かれ)の芸術を理解するいちばんのテキストは彼自身でした。もし理解する目さえ持っていれば、偏見(へんけん)さえ捨てれば、レオナルドを理解するのは不可能ではないというのが私の考えです。」
「たぶん彼は自分の考えは同時代の人間たちにはわからないと思っていたのでしょう。」

「彼は手記の中で、どうしてひとつの生命の中にもうひとつの生命が宿り得るのか。妊婦(にんぷ)というのはひとつの魂(たましい)プラスもうひとつの魂だと不思議がっています。ふつうでしたら凡人(ぼんじん)というのはすごくあきらめが早くて、ああこういうものなんだと納得して次へいってしまうものですが、こういう人たちは、まあエジソンの場合もそうだったそうですけれど、こだわる。(中略)レオナルドはその手記の中で、ひとつの霊魂(れいこん)にもうひとつの霊魂がどうして共存できるのか、子どもの霊魂と母親の霊魂とはどういうふうにして交信しているのか、執拗(しつよう)に問題にしている。
 それで母体を解剖(かいぼう)し、胎盤(たいばん)であるとか、へその緒(お)であるとか、それを全部調べあげて横断面に切って、桃(もも)の花の花弁のような血管を出して、これで何が伝わるんだろうとやっていたわけですね。今私たちはそれをおもしろいと思うけれど、夜中に蝋燭(ろうそく)かなんかで照らしながら、妊産婦(にんさんぷ)を切っているというのはかなりすごい状態だったと思います。それで多くの人が彼を魔法使いだと思い、気持ち悪いと思ったのは当然のことなんですが、あえてそういうことをやっていたレオナルドの心の中を思うと非常におもしろい。
 おそらく彼は世間の人から見ると、魔法使いだったり悪魔だったり、冷血の男だったりするでしょう。多くの人は彼には感情がないと思ったかもしれないのです。レオナルドについて書いた人がたくさんいます。レオナルドの心の奥底(おくそこ)が知れない。(中略)けして泣いたことも驚(おどろ)いたことも笑ったこともない人だというふうに、非常に謎(なぞ)めいているわけです。彼の無表情さというのは有名で、彼の日記帳というのが残っていますけれど、だいたいお金の計算だけなのです。およそうれしいとか悲しいとか、彼の感情はいっさいない。」
「死んだ胎児(たいじ)も冷静に観察できたという、それから、生命がどこにあるかということを胎盤(たいばん)を切って調べたという、こういう精神が恐(おそ)らく人びとに非常に冷たい、冷血動物のように見えていたと思うのです。それはあるひとつの見方からすればそうなんですけれども、別の面から見ると大変よく理解できます。彼は人びととちがう眼鏡(めがね)でちがう世界を見ていたのです。そして人びとに自分が何を見てるかをわからせるのを止めただけなのです。」

「この聖アンナのほほえみを見てください。たいていのものはわかっているといっているようにも見えます。すべてを知るグレートマザー(大地母神)というのは地球の神秘を体現しているのです。」



「デューラーの「メレンコリア1」について」より:

「たしかに現代のわれわれでも、ある人が陽気な性格で人好きがよく、仲間にも愛されているのに、ある人は憂鬱で暗い性格であるのはなぜだろうと思います。それにはいろいろその人の育ちや環境(かんきょう)や状況(じょうきょう)が作用しているのは当然ですが、それでももって生れたものがあるのではないかとおもうほど、人の性格はばらばらで変化に富んでいます。」
「感じやすい成長期には、自分自身の性格がいやでたまらない時期があるものです。いまから思うと、私自身、自分の性格でずいぶん思い悩みました。それは、のちに美術史をやって、このメランコリーという性質が、中世以来もっとも不吉で暗い性格だとされていたのに、一五世紀末になって、もっとも天才的で英雄的になりうる性格だと解釈されるようになったということを学んだときに、もっと早くそれを知っていたらよかったのにと思ったほどです。
 実際、私は子どものころから子どもらしくなく、暗く、怠惰(たいだ)で、憂鬱(ゆううつ)な人間で、人びとにきらわれていました。友だちも少なく、孤独(こどく)でいつもひとりで空想にふけっていたので、家族からも「屋上の狂人(きょうじん)」とよばれていました。いつも屋根の上にのぼって空を見ていたからです。もっともそれだからといって、私に天才とか英雄とかの萌芽(ほうが)があったというわけではありません。ただ、私は西欧人(せいおうじん)が、人それぞれの個性をとにかく認めるという哲学(てつがく)をもっていた、という事実を重大なことに考えます。」





こちらもご参照ください:

高階秀爾 『ルネッサンスの光と闇 ― 芸術と精神風土』 (中公文庫)































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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