『定本 柳田國男集 第二十六卷 日本の昔話 日本の傳説 他』 (新裝版)

「むかし能登國の萬行の三郎兵衞といふ人は、或晩便所に行つて歸つて來て見ると、部屋に自分の女房が二人をりました。どちらか一人は化け物に相違ないのですが、姿から言ふことまでも寸分の違ひがなく、色々難題をかけて見ましたが、雙方共にすらすらと答へるので、どうすればよいのかに困つてしまひました。」
(柳田國男 「狐女房」 より)


『定本 柳田國男集 
第二十六卷 (新裝版)』

日本の昔話 日本の傳説 他

筑摩書房 
昭和45年7月20日 第1刷発行
602p 目次2p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 26 (8p):
柳田学との出会い(神島二郎)/柳田先生と郷土染色(後藤捷一)/柳田先生の思い出(松平斉光)/方言と民俗(大田栄太郎)/秋元安民伝(松岡約齋口授・松岡國男筆記)/次回配本他



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


本書「あとがき」より:

「○「日本の昔話」は、昭和五年三月、アルスから日本兒童文庫11「日本昔話集(上)」として出版。後「日本の昔話」と改題し、春陽堂少年少女文庫本として刊行され、更に昭和十六年九月、三國書房から出版。昭和三十五年五月、角川書店から文庫本で改訂版が出版された。」
「○「日本の傳説」は、昭和四年、アルスの日本兒童文庫8「日本神話傳説集」と題して出版。(中略)後「日本の傳説」と改題して春陽堂少年少女文庫本が出版され、更に昭和十五年十二月、三國書房から出版されている。
○「竹馬餘事」は、十三歳の折の自筆詩文集である。假名づかい、誤字その他不統一ではあるが、著者の最初の著書として、原文のまゝ記載した。
○「松楓集」には、和歌十一首があるが、「しがらみ草紙」その他と重複しているのは省いた。
○「自選歌集」は、大正九年一月、著者の自筆による歌集である。すでに發表されたものは省いた。
○「日記より」は、著者の日記中の短歌を御遺族がまとめられたものである。」



柳田国男集 二十六


内容 (初出):

日本の昔話
 昭和三十五年版の序
 新訂版の始めに
 はしがき
 猿の尾はなぜ短い
 海月骨無し
 雀と啄木鳥
 鳩の孝行
 時鳥の兄弟
 時鳥と百舌
 梟染め屋
 蝉と大師樣
 鷦鷯も鷹の仲間
 狸と田螺
 狢と猿と獺
 猿と猫と鼠
 猿と蟇との餅競走
 猿聟入り
 山の神の靭
 鷲の卵
 弘濟和尚と海龜
 猿正宗
 春の野路から
 黄金小臼
 はなたれ小僧樣
 松子の伊勢參り
 水蜘蛛
 泥鼈の親方
 やろか水
 御辛勞の池
 米良の上漆
 蟹淵と安長姫
 龍宮の鐘
 山父のさとり
 飯食はぬ女房
 牛方と山姥
 天道さん金ん綱
 鬼と神力坊
 金剛院と狐
 俄か入道
 小僧と狐
 片目の爺
 比治山の狐
 芝右衞門狸
 山伏の狸退治
 湊の杙
 狐が笑ふ
 夢を買うた三彌大盡
 蛸島の虻
 だんぶり長者
 藁しべ長者
 炭燒小五郎
 二十騎が原
 長者の寶競べ
 會津の鶴塚
 湖山の池
 梅木屋敷
 本取山
 鶯姫
 瓜子姫
 米嚢粟嚢
 山姥の寶蓑
 竈神の起り
 矢村の彌助
 狐女房
 盲の水の神
 爺に金
 大歳の焚き火
 笠地蔵
 團子淨土
 瘤二つ
 奧州の灰まき爺
 海の水はなぜ鹹い
 八石山
 犬頭絲
 狐の恩返し
 聽耳頭巾
 雀の宮
 黑鯛大明神
 蜥蜴の目貫
 長崎の魚石
 瓜の大事件
 死後の占ひ
 乞食の金
 拾ひ過ぎ
 山賊の弟
 力士と産女
 女の大力
 大い子の握り飯
 日田の鬼太夫
 稻妻大藏
 藤抜き喜内
 阿波の大力熊野の大力
 仁王とが王
 旦九郎と田九郎
 分別八十八
 二反の白
 無言くらべ
 古屋の漏り
 淸藏の兎
 鳩の立ち聽き
 杖つき蟲
 首筋に蒲團
 知つたかぶり
 やせ我慢
 慾ふか
 物をしみ
 盗み心
 聟の世間話
 下の国の屋根
 博奕の天登り
 空の旅

日本の傳説
 再び世に送る言葉
 はしがき
 咳のをば樣
 驚き淸水
 大師講の由來
 片目の魚
 機織り御前
 御箸成長
 行逢阪
 袂石
 山の背くらべ
 神いくさ
 傳説と兒童
 傳説分布表

辭書解説原稿
 一 日本文學大辭典 (昭和七年~十年、新潮社版)
  朝日夕日
  阿曾沼の鴛鴦
  あまのじやく
  粟袋米袋
  石芋
  和泉式部
  打出の小槌
  うつぼ舟
  姥皮
  産女の怪
  瓜子姫
  うるかの歌
  大話
  大人彌五郎
  お銀小銀
  御伽噺
  鬼ヶ島
  竈神の本地 (以上第一卷)
  庚申講と昔話
  口碑
  米倉米倉
  山莊太夫
  酒泉傳説
  頭白上人
  炭燒長者
  大太法師
  寶競べ
  たけくらべ
  長者屋敷
  沈鐘傳説
  傳説 (以上第二卷)
  虎が石
  何故話
  白米城
  羽衣
  橋姫
  八百比丘尼
  花咲爺
  話の種
  咄の者
  人柱
  文福茶釜
  紅皿缺皿
  松山鏡
  民譚
  昔話
  餅と白石
  桃太郎
  山爭ひ
  山姥
  落語
  笑ひ話
  椀貸穴 (以上第三卷)
  伊勢や日向の物語
  縁起
  お竹大日 (以上別卷)
 二 世界文藝大辭典 (昭和十一年、中央公論社版)
  口碑
  道祖神
  山窩
  山嶽
  獅子舞
  氏族神
 三 大百科事典 (昭和七年、八年、平凡社版)
  カンジョーノキ(勸請の木)
  キジヤ(木地屋) (以上第六卷)
  クダギツネ(管狐)
  クチヨセミコ(口寄巫女)
  クツガケ(沓掛) (以上第七卷)
  ゲダウ(外道)
  ケボーズ(毛坊主) (以上第八卷)
  コーヒ(口碑)
  コーボーシミヅ(弘法淸水)
  コーヤヒジリ(高野聖)
  コシカケイシ(腰掛石) (以上第九卷)
  コブトリセツワ(瘤取説話)
  コメクラセツワ(米倉説話) (以上第十卷)
  スミヤキチョージャ(炭燒長者)
  セキカントー(石敢當) (以上第十四卷)
 四 日本家庭大百科辭彙 (昭和五年、冨山房版)
  ナ(名)
 五 國史辭典 (昭和十五年、冨山房版)
  うじがみ(氏神)
  うぶすながみ(産土神)
 六 日本地理大系 (昭和四年、五年、改造社版)
  塔の澤 (關東篇)
  八瀨村聚落 (近畿篇)
  雪の東北 (奧羽篇)
  行德河岸 (關東篇)

竹馬餘事
 詩之部
 歌之部
 文之部
 附録
「しがらみ草紙」より (明治二十三年十一月~同二十七年六月、十四號、二十號、二十七號、三〇號、三十二號、五十七號)
第一高等學校「校友會雜誌」より (明治二十六年十月、二十七年三月、五月、十月、三十號、三十五號、三十七號、三十九號)
松楓集より (明治四十二年四月)
自選歌集
日記より
にひ草 (明治三十一年五月、帝國文學四卷五號)

連句手帖
 問題
 叢隱居唱和
 熱海新年兩唫
 熱海新年兩唫 (昭和十七年一月十一日)
  その二 (昭和十七年一月十二日)
 千枝女追善三吟 
 伊東三唫の一
  其二
 永瀧三趣
 伊東夏三吟
 昭和十九年十月一日連句
 明治神宮奉獻連句
 出石三吟
 出石三吟の二
赤頭巾の歌仙 (昭和二十二年八月、「俳諧評釋」、民友社)
靑城亭五唫歌仙
文化・自由放談の折 (昭和二十三年一月一日、時事新報)

栗の花 (明治三十五年六月、やまびこ二號)
歌評 (明治二十九年五月、めざまし草五號)
獨唑記 (明治三十年、友人囘覽誌)
小生ノリゝク (同)
小バーンス (同)
干潟の霜 (明治三十一年一月、帝國文學四卷一號)
西樓記 (明治三十二年十一月、帝國文學五卷十一號)
すゞみ臺 (明治三十四年七月、太平洋二卷二十九號、三十號)
旋風 (大正十五年五月、アサヒグラフ六卷廿二號)

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『日本の昔話』より「水蜘蛛」:

「むかし奧州の半田山の沼で、夏の頃に或人が釣りをしてゐますと、珍らしくその日は澤山の魚が釣れて、僅かな間に魚籃が一杯になりました。ひどく暑い日であつたので、その人は跣になつて足を沼の中に浸してゐましたが、何處から出たものか一匹の水蜘蛛が、水の上を走つて來て、その足の拇指に絲を引懸けて行つた。さうして間もなく又來ては同じ所に絲をかけるので、不思議に思つてその絲をそつと拇指からはづして、傍にあつた大きな柳の株に卷きつけて置きました。さうするとやがて沼の底で、次郎も太郎も皆來いと大きな聲で喚ぶ者がありました。それにびつくりしてゐたら、魚籃の中の魚が、一度に皆飛び出して逃げてしまひました。その中に沼では大勢の聲で、えんとえんやらさあといふ懸け聲と共に、その蜘蛛の絲を引つ張り始め、見てゐる前で太い株根つ子が、根元からぽつきと折れてしまつたさうです。その時から後は誰一人として、今にこの沼へ釣りに行く者はないさうであります。(岩代伊達郡)」


同「金剛院と狐」:

「昔々ある所に、金剛院といふ山伏の修驗者がありました。旅をしてゐて久しぶりに、元氣よく自分の村に還つて來ましたが、村の入り口の岡の陰に、大きな狐が一匹いゝ心持ちさうに晝寢をしてゐるのを見つけました。金剛院はそつと抜き足をして、寢てゐる大狐の傍へ近より、手に持つてゐた法螺の貝を、狐の耳元で聲高に吹き鳴らしました。さうすると狐はびつくりして飛び上がり、轉がるやうにして逃げて、遠くの草の中に隱れてしまひました。
 これが狐には餘程くやしかつたと見えて、いつの間にか讐討ちをたくらんでゐたのであります。ちやうどこの次の日の晩に、町に修驗者の寄り合ひがあつて、昨日還つて來た金剛院も出て來ることになつてをりました。村々の山伏たちは、方々から集つて來まして、連れだつて町へ出ようとする途で、實に珍らしいものを見ました。一匹の狐が人の通るのも氣が付かぬらしく、池の端に立つて水鏡を見ながら、しきりに草や木の枝を頭に載せ、肩に掛けてゐます。何をするのだらうとそつと見てをりますと、やがてぶるぶると身を振はせて、忽ち金剛院の姿になりました。さうして足早に何處へか隱れてしまひました。憎い狐ぢやないか。ああして今に遣つて來て、我々を騙すつもりであらう。來たら引つ捕へて松葉いぶしにしてやらうと相談して、山伏たちは待ち構へてをりました。本物の金剛院は、そんなことなどは夢にも知らず、少し遲れて集會の席へ出て來ますと、やあ金剛院よく來られたと言つて、一同が手を取つてまん中へ押し出しました。若い山伏が尻を探つたり耳を引つ張つたりします。何をするのかといふ間もなく、はや誰かゞ繩を持つて來てぐるぐる卷きにしてぶちました。さうして青松葉をうんと焚いて、息が出來ないほど燻したり敲いたりしました。金剛院は狐が化けて來たのだと疑はれてゐることを知つて、決して狐ではないといふ證據を、色々として見せましたから、漸くのことで繩を解いてもらふことが出來ました。實は昨日外から歸つて來るときに、罪もない狐を法螺貝で驚かしたから、狐がそれを怨んでわざと化るやうな風を見せて、かうして皆にいぢめさせて、し返しをしたものであらう。もう是からは晝寢をしてゐる狐を見つけても、決して法螺貝などを吹かぬやうにしようといふことになつたさうであります。(紀州西牟婁郡)」



同「狐女房」より:

「むかし能登國の萬行の三郎兵衞といふ人は、或晩便所に行つて歸つて來て見ると、部屋に自分の女房が二人をりました。どちらか一人は化け物に相違ないのですが、姿から言ふことまでも寸分の違ひがなく、色々難題をかけて見ましたが、雙方共にすらすらと答へるので、どうすればよいのかに困つてしまひました。そのうちに一人の方に、ほんの僅かな疑ひがあつたので、それを追い出してしまつて今一人の方を家に置きました。それから家が繁昌して二人まで男の子が生れました。その二人の子が少し大きくなつて家で隱れんぼをして遊んでゐて、ふと母親に尻尾のあることを見つけました。正體を見られたからにはもうをることが出來ない。實は私は狐であつたと言つて、二人の子を殘して泣いて歸つて行きました。」


同「犬頭絲」より:

「昔々三河國に、二人の女が隣りどうしに住んで、毎年蠶を飼つて暮しを立てゝゐました。ところが一方の女の飼ふ蠶は、いつもよく出來て澤山の絲が取れるのに、もう一人の女の家では、どうも思ふやうに育たなくて、段々に貧乏になりました。下女や下男もいやになつて、追々に遁げて歸つてしまひました。最初に澤山に飼つてゐた蠶が、一つづつ死んで行つて、いつの間にかたつた一匹になつてゐました。ところがその一匹の蠶がよく桑を食つて、毎日々々大きくなつて來ますので、一匹ばかりでは仕樣がないと思ひましたけれども、それを大切に育てゝをりましたら、後には珍らしく大きな蠶になりました。或日その一匹の大蠶を表に出して、桑を遣らうとしてをりますと、家に飼つてゐた白犬が尾を振つて前に見てゐたのが、うつかりしてゐるうちにその蠶を取つて食べてしまひました。折角これまで一しやう懸命に大きくしたたつた一匹の殘りの蠶まで、犬に食べられてしまふといふは、よくよく運の惡いことだと悲しみましたが、犬のしたことだからなんともいたし方がありません。犬は平氣な顏をしてそこに寢ころんでゐます。(中略)そのうちに犬がくしやみをしたので氣を付けて見ますと、その鼻の穴から白い絲が雙方一筋づつ一寸ばかりも垂れてゐるのが、まるで絹絲の通りでありました。あまり不思議なので、絲の端を持つて引いて見ますと、二筋ともどこまでも長く續いてゐます。そこで試みに わく に掛けて繰つて見たところが、二百三百の わく を卷いても、まだ其絲が切れません。大よそ四五貫目も絲が出たかと思ふ頃に、その白犬は倒れて死んでしまひました。これは神樣のお使ひだつたかも知れぬと思つて、犬を裏の畠の桑の木の下に埋めてやりました。その頃ちやうど京都には御大禮があつて、天子様の御服を織る絹絲を、土地の役人が尋ね求めてをりましたが、今一人の女の家では、養蠶は當つたけれども絲が黑くて、節が多くつて御用になりません。ところが此方の絲を庭にかけてさらしてゐるのを見ると、眞白で光が美しくてまことに結構な品であつたので、早速それを御用に立てました。白犬を埋めた裏の桑の木には、その翌年から蠶が自然に生れて繭を作り、これも同じやうな好い絲になりました。」


同「蜥蜴の目貫」:

「昔ある一人のすぐれた彫物師が、まだ一向世の中にも名を知られずに、貧乏で暮してゐた頃の話ださうであります。或日庭に下りて一匹の蜥蜴の、石の間に遊んでゐるのを見付けました。その蜥蜴の形が如何にも美しいので、いつ迄もぢつと見てゐるうちに、ふとこれを彫刻して見ようといふ氣になつて、その形を寫し取つて、程なく一つの銀の目貫を作り上げました。我ながら好く出來たと思つて、それを道具屋に持つて行きますと、直ぐに買ひ取つてくれたばかりでなく、後から又一つ又一つと、次ぎ次ぎの注文がありました。いづれも上作と賞められて、それが評判になりまして、幾つ拵へても賣れぬといふことはなく、次第に收入も多くなつて、豐かな暮しが出來るやうになりました。たゞ奇妙なことには、この目貫を作り出すやうになつてから、何時庭前へ出て見ても、夏でも冬でも石の間から、必ず同じ蜥蜴が出てゐて、目の前で遊んでゐるのださうです。始めのうちは別になんとも思ひませんでしたが、段々に後にはそれが氣になつて、なんだか氣味の惡いやうにも感じられて來ました。それも他人の目には少しも見えず、只自分だけに見えるのでいよいよ我慢が出來なくなつて、或時思ひ切つて小石を打ち付けて、その蜥蜴を殺してしまひました。さうしたところがその時から、評判の細工が急に下手になつて、たまたま作つても誰も買はうといふ人がなく、蜥蜴の目貫の注文はさつぱり絶えてしまつて、いつの間にか又元の通りの、貧乏な彫物師になつてしまつたさうであります。」


同「下の國の屋根」より:

「昔ある村で井戸を掘つたら、いくら掘つても掘つても水が出て來ません。それでももつと掘れと毎日々々掘り下げて行くと、おしまひに黑く燻つた藁が出て來ました。それを取り除けて尚掘らうとすると、下から大きな聲でどなり付けられました。上の國のやつ等は何をするか。それはおれの家の屋根の藁だ。それを剥いで行つてどうするかと、非常に怒られたといふ話。」
















































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー

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