『定本 柳田國男集 第十八卷 蝸牛考 方言覺書 他』 (新裝版)

「正しい正しくないは要するに一時代限りのものであつた。」
(柳田國男 「方言周圏論」 より)


『定本 柳田國男集 
第十八卷 (新裝版)』

蝸牛考 方言覺書 國語史新語篇 標準語と方言 他

筑摩書房 
昭和44年11月20日 第1刷発行
608p 目次1p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 18 (8p):
民俗学への興味開眼時代(高崎正秀)/シューパーヒューマンとヒューメイン(小林英夫)/天皇と柳田先生(金関丈夫)/柳師追想(今井善一郎)/「方言」のころ(高藤武馬)/次回配本/図版(モノクロ)1点



全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


本書「あとがき」より:

「○「蝸牛考」は、はじめ昭和二年四月、五月、六月、七月、人類學雜誌四十二卷四號、五號、六號、七號に連載され、後、昭和五年七月、刀江書院より言語誌叢刊の一冊として増補訂正して刊行された。更に昭和十八年二月、創元社より創元選書104として、卷末の蝸牛異名分布表を附して改訂版が出版された。本書は、創元社版を原本とした。
○「方言覺書」は、昭和十七年五月、創元社より創元選書90として刊行。」
「○「方言と昔」は、(中略)昭和二十五年一月朝日新聞社から、朝日文庫9「方言と昔他」と題して出版された。
○「國語史新語篇」は、昭和十一年十二月、刀江書院より國語史第十二卷として刊行。」
「○「標準語と方言」は、昭和二十四年五月、明治書院から出版された。」



柳田国男集 十八


内容 (初出):

蝸牛考
 改訂版の序
 初版序
 言語の時代差と地方差
 四つの事實
 方言出現の遲速
 デンデンムシの領域
 童詞と新語發生
 二種の蝸牛の唄
 方言轉訛の誘因
 マイマイ領域
 その種々なる複合形
 蛞蝓と蝸牛
 語感の推移
 命名は興味から
 上代人の誤謬
 單純から複雜へ
 語音分化
 訛語と方言と
 東北と西南と
 都府生活と言語
 物の名と知識
 方言周圏論
 蝸牛異名分布表
  一 デデムシ・デンデンムシ系
  二 マイマイツブロ系
  三 カタツムリ系
  四 ツブラ・ツグラメ系
  五 蛞蝓同名系
  六 蜷同名系
  七 新命名かと思はるゝもの
  八 系統明かならぬもの

方言覺書
 自序
 故郷の言葉 (昭和十年五月、兵庫縣民俗資料十七號)(原題、「方言心覺え」)
 煕譚日録 (昭和十五年一月、科學知識二十卷一號)
 唾を (昭和四年七月、岡山文化資料五號)
 阿也都古考 (昭和五年五月、土の香二十號)
 鍋墨と黛と入墨 (昭和六年四月、信濃教育五三四號)
 おかうばり (昭和十二年八月二十八日、東京朝日新聞)
 福引と盆の窪 (昭和九年一月、旅と傳説七卷一號)
 末子のことなど (昭和二年九月、民族二卷六號)(原題、「末子を意味する方言」)
 ヅグリといふ獨樂 (昭和六年十月、むつ二號)(原題、「ヅグリの事その他」)
 燐寸と馬鈴薯 (昭和三年三月、民族三卷三號)(原題、「方言の小研究」)
 玉蜀黍と蕃椒 (昭和三年五月、民族三卷四號)
 家具の名二つ三つ (昭和十年五月、「ことばの講座二」日本放送出版協會)(原題、「家具に關する日本語」)
 感動詞のこと (昭和十年五月、「ことばの講座二」日本放送出版協會)(原題、「感動詞の歴史」)
 牛言葉 (昭和六年十一月、國語教育十六卷十一號)
 犬言葉 (昭和九年一月、改造十六卷一號)(原題、「犬と言葉」)
 南佐久郡方言集 (昭和六年十一月、方言一卷三號)
 更級郡方言集 (昭和七年十月、方言二卷十號)
 石見方言集 (昭和七年五月、方言二卷五號)
 長門方言集 (昭和十二年十二月、重本多喜津著「長門方言集」序、防長文化研究會)
 土佐の方言 (昭和十年五月、土井八枝著「土佐の方言」序、春陽堂)
 豐後方言集 (昭和九年三月、市場直三郎著「豐後方言集2」序、國文會)
 對馬北端方言集 (昭和七年二月、方言二卷二號)
 肝屬郡方言集 (昭和十七年四月、野村傳四著「大隈肝屬郡方言集」序、中央公論社)
 寶島方言集 (昭和七年一月、方言二卷一號)
 喜界島方言集 (昭和十六年八月、岩倉市郎著「喜界島方言集」序、中央公論社)(原題、「喜界島方言集を第一編とした理由」)
 北海道の方言 (昭和八年十月、方言三卷十號)
 採集と觀測 (昭和六年九月、國語教育十六卷九號)

方言と昔 (昭和二年四月~十月、アサヒグラフ八卷十五號~九卷十七號)

國語史 新語篇
 序
 新語論 (昭和九年七月、國語科學講座Ⅶ國語方言學)
  一 問題の範圍
  二 方法と用語
  三 地方言語事實
  四 訛語の種別
  五 同語意識の崩壊
  六 古語保留
  七 複合保存の例
  八 限定保存と意識分化
  九 新物新語
  一〇 舊物新語
  一一 音興味と語形興味
  一二 異名と戲語と隱語
  一三 無形名詞の成長
  一四 動詞増加
  一五 形容詞の缺乏
  一六 癖と能力
 新語餘論

標準語と方言
 自序
 標準語の話 (昭和十六年七月、國語文化講座國語問題篇)(原題、「標準語と方言」)
 方言問題の統一 (昭和十五年十月十五日~十七日、東京朝日新聞)
 言語生活の指導 (昭和十四年十二月、コトバ一卷三號)(原題、「言語生活の指導に就いて」)
 是からの國語教育 
 話せない人を作る教育 (昭和十五年三月、コトバ二卷三號)
 國語教育とラジオ 
 東京語と標準語 (昭和十五年九月、「標準語と國語教育」岩波書店)(原題、「東京語批判」)
 歌と國語(試論) (昭和十六年一月、短歌研究十卷一號) 
 國語史の目的と方法 (昭和二十二年八月、日本の言葉一卷三號)
 標準語普及案(日本方言學會講演)
 日本方言學會の創立にあたりて (昭和十六年二月、方言研究二號)

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『蝸牛考』「單純から複雜へ」より:

「しかし私は其詳細に入つて行く前に、今少しく蝸牛をツブロ又はツブリと謂ふことの、至つて自然であつたわけを述べて見たい。人が最初に此語によつて聯想するのは、圓といふ漢字を日本語のツブラに宛てたことで、なるほどあの蟲の貝も圓いからと、簡單に片付けてしまふ人も無いとは言はれぬが、二者の因縁は決してそれだけには止まらぬのであつた。紡績具の錘を北國の田舎などでツンボリと謂ふのは、或は圓いといふ形容詞からこしらへた語とも考へられようが、全體から言つて圓さといふ通念が、個々の圓い物よりも早くから名を持つて居た筈は無い。さうしてツブラ又は之に近い語を以て、言ひ現はされて居る「圓い物」は、今でも幾つかの實例があつて、何れも一定の約束をもつて居るのである。最も有りふれて居るのは人間の頭をオツムリといふこと、元はあんまり上品な語とも認められなかつたかも知れぬが、それでもさう新しい變化では無かつたと見えて、沖繩の群島でも北は大島に始まり、南は八重山の端の島に至るまで、ほとんど一樣に頭をツブリ・チブル又はツブルと呼んで居る。歐羅巴の諸國にも例のあることだといふが、日本でも是は瓢の名から出た一種の隱語もしくは異名の如きものであつたらしい。」
「蓋し轆轤といふものゝ使用をまだ知らなかつた時代の人が、土器をツブラにする術は渦巻より他には無かつた。即ちツブラといふのは單に蝸牛の貝の如く圓い物といふだけでは無く、同時に又粘土の太い緒をぐるぐると卷き上げること、恰かもかの蟲の貝の構造の如くにしなければならなかつたのである。ツボといふ語がもとツブラといふ語と一つであつたことは、現に地中から出て來る一片の壺のかけを、檢査して見ただけでもわかることであるが、この上代の製作技術の、今日まで其儘に保存せられて居るのがツグラであつた。ツグラは東北などではイヅメと謂ひ、又イヅコと謂つて居る。東京では單にオハチイレなどゝ稱して、今はただ冬の日の飯を冷さぬ爲に使用するのみであるが、甲信野越の國々を始めとして、ほとんど日本の田舎の半分以上に於ては、米の飯よりもなほ何層倍か大切なもの、即ち人間の幼兒を此中に入れて置いたのである。日本國民の最も強健朴直なるものは、いつの世からとも無く、皆此ツグラの中に於て成長したのであつた。それを作るの法は至つて簡單で、何れも轆轤以前の陶作りと同樣に、藁の太い繩を螺旋状に卷き上げて、中うつろなる圓筒形を作るのが即ちツグラであつた。(中略)一たび斯ういふ工作の順序を熟視した者ならば、我々の祖先が蝸牛をマイマイと呼び、又はカサパチと名づけた以前に、之をツグラ又はツブラと名づけずに居られなかつた事情を、解するに苦しまぬことゝ思ふ。(中略)たとへば東京などでは、藁のツグラをもう忘れてしまつた人々が、「蛇がトグロを卷く」といふ言葉だけは常に使つて居る。蛇の蟠まつて丸くなつて居ることを、肥前の平戸あたりではツグラ、佐渡の島でもツグラカクと謂つて居た。尾張の戸崎ではワヅクナルといふ。ワダカマルといふ動詞もウヅクマルといふ動詞も、中間にツクネル・ツクナルなどゝいふ俗言を置いて考へて見ると、やはり此ツグラに關係があつたのである。」



同「訛語と方言と」より:

「蛇と蝸牛との關係には、何かまだ我々の心付かぬものがあるやうである。八重山の石垣島には眞乙姥(まいつば)の墓といふ石棺が露出した處があるが、土地では是を又ツダミバカ(蝸牛塚)とも謂つて、石の下には此貝の殻が一杯入つて居る。蛇が蝸牛をくはへて此中に出入するのを常に見るといふことであつた。」


同「物の名と知識」より:

「是等の事例を綜合して見ると、前からあつた語は古臭いといふだけで無く、又單に意味が把へにくいといふに止まらず、概して其範圍が不精確であつた。物の名は符號だから意味などは構はぬやうなものだが、前代人の知識の修得には、今日の如き教科書も無く、文字も無く又繪も無かつた。現實に其物を手で押へて居る場合を除くの外、名を知ることが唯一つの物を支配する手段であつた。それ故に人は各自の實名を隱し又は諱んだのである。それ故に又甲乙人の交通に際しては、少しでも具體的に、又印象の深い名を知つた方が、常に有利な地位を占め得たのである。人に綽名が付くと忽ちにそれが流布したり、土地には誰がきめるとも無く、次々に細かな地名が付くと同じ樣に、人と物との關係が濃厚又密接になる程づゝ、いよいよより適切なる名が求められることになつたのである。蝸牛は内地に於てはいつ迄も單に兒童の遊び相手に過ぎなかつた爲に、其名の變化も幾分か氣まぐれな方向を取つたが、(中略)小兒が蝸牛に對する場合も亦、大人は省みないがやはり言語の最も活き活きとしたものを、常に選擇して行く念願はあつたのである。それを後世の長者の立場から、彼是批判することは到底出來ない。故に概括して之を「井蛙kつの要求」といふことは少しも差支が無く、過去も將來と同じやうに、世の中の事情が進展する以上は、言語は結局いつも變遷しなければならなかつたわけである。」


同「方言周圏論」より:

「たとへば小兒の物を愛するの情が成長し、天然を觀察する力が精細になつて、假に私などの想像して居るやうに、蝸牛の卷き目を笠縫ひの手業に思ひ寄せ、新たに又一つのあどけない名を付與する者があつたとしても、もし單なる各自の趣向であつたならば、到底斯くまでの偶合は見ることが出來ぬ筈であり、又一旦は之を採用するにしても、それが若干の轉訛を經て後まで、保存せられて居るわけは無かつたのである。だから發生の機縁はどんなつまらぬ事であつたにせよ、必ず或期間それがほゞ全國中の生眞面目なる人たちにも、一度は最も正しい日本語なりとして、公認せられて居た時代があつて、程無く又次に現れたものに、其地位を讓つたと解するの他は無いのである。近代の言語生活に於ては、小兒の發案などは通例は省みられず、殊に漢字が教育の唯一つの手段となつてからは、一種新式の「成年用語」の如きものが出來て、追々に彼等を疎隔することになつたが、此點にかけては前代人はより多くの「子供らしさ」を持つて居た。子供が大人となる境に、改めて採用しなければならぬ語は限られて居て、其他は在り來りのものを踏襲することを便としたのであつた。始めてツブラがツブリと化し、乃至はカタツブリと呼ばるゝを耳にして、許し難く感じた人々の感覺は、恐らく中一代を隔てゝ容易に忘れられたことゝ思ふ。正しい正しくないは要するに一時代限りのものであつた。」


『方言覺書』「故郷の言葉」より:

「是と似よつた内容の變化は、又ウタテといふ言葉にも現れて居る。文學上のウタテも時代によつて、かなり色々にちがつて居るやうだが、現在でも東北では「いやだ」といふ意味にウタテを使ふ處が多く、或は其感を強めてダッテナといふ例もあり、九州では大分縣などに、「きたない」といふ代りにウタチイ、和歌山縣の海岸地帶では「うるさい」又は「大儀な」をウタトイ、北陸でもほゞ私などの故郷の如く、「困つたものだ」の意味にウタチヤを使ふ土地があるのに、獨り岐阜縣と滋賀縣の一部だけに、やはり感謝の意を表する語としてウタテイを用ゐる人が居る。この方は或は物を貰つてオショウシナと謂つたり、又はコマッテシマフワと謂つたりすると同じく、あまり思ひ掛けない好意なので、心が混亂するといふことを表示したのかも知れぬが、とにかくに本来は憂愁又は歎息を意味した一語が、轉じてこの包み兼ねたる嬉しさを敍するものとなつたといふ迄は同じである。」




「ウタテ」に関しては、こちらもご参照下さい:

岡谷公二 『殺された詩人 ― 柳田国男の恋と学問』




































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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将来の夢: 石ころ。

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