『定本 柳田國男集 第二十一卷 こども風土記 火の昔 他』 (新裝版)

「もとは火が燃えて居るといふことは、人が起きて居るといふのと同じ言葉だつたのです。」
(柳田國男 『火の昔』 より)


『定本 柳田國男集 
第二十一卷 (新裝版)』

こども風土記 なぞとことわざ 火の昔 村と學童 村のすがた

筑摩書房 
昭和45年2月20日 第1刷発行
479p 目次1p 口絵(モノクロ)1葉
菊判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価980円

月報 21 (8p):
柳田先生の思出(坪田譲治)/「近世諸家日記」の刊行計画(平山敏治郎)/「土俵」のある書斎(渋川驍)/柳田先生(野口義恵)/ある挿話(大藤時彦)/續刊予告/図版(モノクロ)4点



「村のすがた」に挿絵16点。
全31巻・別巻5巻。本文正字・正かな。


柳田国男集 二十一


内容 (初出):

こども風土記 (昭和十六年四月一日~同年五月末日、朝日新聞/昭和十七年二月、朝日新聞社)
 小序
 鹿・鹿・角・何本
 あてもの遊び
 かごめ・かごめ
 中の中の小佛
 地藏あそび
 鉤占ひの話
 ベロベロの神
 おもちやの起り
 木の枝の力
 念木・ねんがら
 燈臺もと暗し
 ねぎごと
 弓太郎と念者
 大人から子供へ
 小兒の役目
 鳥小屋の生活
 祝ひ棒の力
 力あることば
 ゆの木の祝言
 千艘や萬艘
 猿ちご問答
 公認の惡戲
 左義長と正月小屋
 こども組
 女兒のまゝまごと
 精靈飯
 盆と成女式
 こどもの新語
 くばりごと
 おきやく遊び
 ゴコトンボ
 鬼事言葉
 狐あそび
 子買ほ問答
 國語と子供
 鹿遊び
 遊戲の進化
 兒童文藝
 ネンガラの鉤
 鹿遊びの分布 (昭和十六年六月、民間傳承六卷九號)

なぞとことわざ (昭和二十七年十月、筑摩書房)
 なぞとことわざ (昭和二十一年七月、八月、九月、教育改造二號、三號、四號)(原題「謎と諺」)
  小學校の朝
  常とちがふ言葉
  なぞのおこり
  なぞかけの作法
  分類と比較
  爐ばたとなぞ
  新しい事物と新しいなぞ
  耳の文藝
  ことわざと天氣うらなひ
  生産計畫の指導
  わかりやすく覺えやすく
  季節とことわざ
  海で働く人のため
  必要な生活の知識
  日本國民の技能
 ことわざの話 (昭和五年一月、アルス)
  一 話し上手
  二 爲事と警句
  三 人の噂
  四 笑ひの練習
  五 言葉爭ひ
  六 物まねと比較
  七 謎と只言
  八 智慧と悟り
  九 秀句の聖
  一〇 伊呂波だとへ
  一一 諳記術
  一二 輕口と機嫌取り
  一三 諺と兒童

火の昔 (昭和十九年八月、實業之日本社)
 自序
 闇と月夜
 挑燈の形
 蠟燭の變遷
 炬火の起り
 盆の火
 燈籠と蠟燭
 家の燈火
 油と行燈
 燈芯と燈明皿
 油屋の發生
 ランプと石油
 松のヒデ
 松とうがい
 屋外の燈火
 火の番と火事
 火を大切にする人
 火を作る法
 ほくち及びたきつけ
 硫黄附木と火吹竹
 民の煙
 柴と割木
 火を留める
 榾と埋火
 爐端の作法
 下座と木尻
 火を焚く樂しみ
 火正月
 爐の鈎のいろいろ
 鈎から鐵輪へ
 御竈とへつひ
 庭竈の變遷
 焜爐になるまで
 漁樵問答
 藁と藁灰
 木炭時代
 風爐と焜爐
 町の燃料
 燃料の將來
 火の文化

村と學童 (昭和二十年九月、朝日新聞社)
 はしがき
 母の手毬歌 (昭和二十年一月、週刊少國民四卷一號)
  一 正月の遊び
  二 手毬と木綿絲
  三 母と手毬
  四 あれ見やれ向ふ見やれ
  五 寺と椿の花
  六 しよんがい婆々
  七 傳承者といふこと
 親棄山 (昭和二十年二月、三月、少女の友三八卷二號、三號)
  一 有名な昔話
  二 四通りの話し方
  三 老人の智惠
  四 七曲の玉の緒その他
  五 外國で作つた昔話
  六 接穗と臺木
  七 日本で出來た昔話
  八 昔話と和歌
  九 母の愛情
 マハツブの話
  一 遊戲と觀察
  二 苧積み宿の夜
  三 農家と麻布
  四 かせ掛け蚯蚓
  五 女の工藝
  六 孝行な雀の昔話
  七 島の女性と勞労働
 三角は飛ぶ
  一 屋根の形
  二 三角の二つの種類
  三 板葺きの變化
  四 一種のピラミッド
  五 ユヒに屋根葺く
  六 藁の一つ屋
  七 古代瓦と今瓦
  八 新式の藁屋
  九 天井と鼠
  一〇 昔の屋根縫ひ
  一一 新しい三角
  一二 江戸の三角
  一三 經驗と實驗
  一四 帝都の美觀と安全
 三度の食事
  一 人生の宿題
  二 お晝とは何か
  三 ケドキは飯時
  四 飯時と茶時
  五 臨時食物のある日
  六 狩と伐木と旅行
  七 農業と屋外の食事
  八 三つの變遷
  九 晝飯と晝寢
  一〇 小晝飯とコバサマ
  一一 間食といふ言葉
  一二 お茶の始まり
  一三 砂糖の魅力
  一四 お菓子の歴史
  一五 遲い朝飯
 棒の歴史
  一 風呂敷包み
  二 歴史は單純でない
  三 荷造りと入れ物
  四 女と運搬
  五 水を運ぶ技術
  六 額を使ふ負ひ方
  七 駄荷と歩荷
  八 連尺あきなひ
  九 かるひの改良
  一〇 背なかうち
  一一 棒の始め
  一二 桙と朸
  一三 棒の分類
  一四 サスとノメシ棒
  一五 天秤棒の特色
 千駄焚き (昭和二十四年十二月、「母の手毬唄」所收)
  一 地名の起り
  二 雨乞のさまざまの方法
  三 雨たもれの松明行列
  四 村の協同
  五 敬神といふ意味
  六 千燈籠と千本幟
  七 祭禮と幟
  八 日中機
  九 子供の欲しい家
  一〇 神社合祀
  一一 個人祈願といふこと
  一二 千垢離
  一三 見舞參り
  一四 千社參り
  一五 勢祈禱
  あとがき

村のすがた (昭和十九年六月~九月、昭和十九年十一月~昭和二十年六月、週刊朝日四十五卷二十四號~四十六卷十一號、四十六卷十九號~四十七卷二十三號/昭和二十三年七月、朝日新聞社)
 著者の言葉
 わさ植ゑの日
 ゆひ仲間
 大足と水下駄
 手杵の變遷
 さばらひ行事
 人形祭
 ねぶた流し
 盆棚のさまざま
 村と淸水
 イタダキの風習
 井戸と川戸
 秋晴
 掛稻風景
 鳰と藁鳰
 藁細工
 爐のまはり
 薪用意
 霜月祭
 煤男
 みたまの飯
 年の餅
 つむの鉢と喰積
 注連と飾り
 初山入
 鉤曳神事
 山人の好み
 毛皮と生活
 毛ぼかひ毛祭
 古夫知と少年
 秋葉の常夜燈
 道祖と御山木
 個人祈願
 沓掛と杓奉納
 足手荒神
 祭禮の記念
 餅撒き
 卯月八日
 村のばん木
 自然の隣組
 もらひ湯
 タバの村

内容細目
あとがき




◆本書より◆


『こども風土記』「地藏あそび」より:

「「中の中の小坊さん」は、私などは弘法樣のことかと思つてゐた。これを小佛と唱へてゐた子供の、近所にあることも知つてゐたのである。山梨縣ではそれを又、
   中の中の地藏さん
とうたひ、その「中の地藏」が後で周圍の子の頭を叩きまはつて、
   外の外の小僧ども なぜ背が小さいな云々
といつてゐたさうである。茨城縣で地藏遊びといつたのもこれで、一人をまん中にかゞませて目かくしをさせ、周圍の輪の子供が廻りながら、やはり「なぜに背が低い」を唱へる。さうしてその運動を止めるや否や、中の地藏が一人をとらへてだれさんと名をあてる。それが的中すると地藏が代ることは盲鬼の一種とよく似てゐる。福島縣海岸地方の地藏遊びのことは、前に「日本の傳説」の中にも述べておいた。これは輪の子供が口を揃へて「中の中の」の代りに、
   御乘りやァれ地藏樣
といふ言葉を唱へる。乘るとはその兒へ地藏樣に乘り移つて下さいといふことであつた。さうするうちにまん中の兒は、次第々々に地藏樣になつて來る。すなはち自分ではなくなつて、色々のことを言ひ出すのである。さうなると他の子供は口々に、
   物教へにござつたか地藏さま 遊びにござつたか地藏さま
と唱へ、皆で面白く歌つたり踊つたりするのだが、元は紛失物などの見つからぬのを、かうして中の中の地藏樣に尋ねたこともあつたといふ。
 古い人類學雜誌に出てゐたのはもとは仙臺附近の農村で、田植休みの日などに若い男女が集つて、大人ばかりでこの地藏遊びをしてゐたさうである。これとても遊びで、信心からではなかつたが、まん中にやゝお人よしといふやうな若い者を坐らせ、ほかの者が輪になつて何か一つの文句をくりかへしくりかへし唱へてゐると、しまひには今いふ催眠状態に入つて、自分でなくなつて色々の受返事をする。いづれ男女の問題などの、罪もない笑ふやうなことを尋ねて、それに思ひがけない答へがあるので面白かつたのであらうが、それが今一つ山奧の村へ入つて行くと、まじめな信心者だけで集まつて、この中座(なかざ)のいふことを聽いてゐた。それが昔の世にひろく行はれた神の口寄せといふものゝ方式だつたので、つまりは子供がその眞似をくりかへして、形だけでも、これを最近まで持ち傳へてゐてくれたのであつた。」



『なぞとことわざ』「なぞとことわざ」より:

「いつか私はアフリカのカフィルといふ土人のあひだを旅行した人の紀行を讀んだことがあるが、その多くの寫眞のなかに「なぞなぞの出る時刻」といふのが、おもしろかつたのでよく覺えてゐる。これは部落のなかの年とつたのばかりで、よく日のあたる丘のかげのやうなところに、立つたりしやがんだり、ころんだりして、笑ひ顏で話をしてゐるのが寫されてゐた。」


『火の昔』「炬火の起り」より:

「村に生まれた人たちなら、今でもまだ折々は見ることが出來る炬火行列は蟲送りであります。害蟲が田畠に發生した時に、火を焚いてそれを驅除するのは理窟に合つたことで、たゞ以前は少しお呪禁(まじなひ)のやうな心持も混へて、それが實行されてゐたのであります。たとへば藁で人形をこしらへて害蟲の親方と見立てたり、これを馬に乘せ食べ物を持たせ、もしくは苞や芋の葉の中へ害蟲を集めて入れたものを、この人形にしよはせたりして、それを先頭に立てゝ松の火をたくさんともし、時によつて村中總出で鉦太鼓をたゝいて送つて行き、しまひには村境の塚の上でもやしたり、又は海川の中へその人形も炬火も、一切がつさい流してしまふのであります。私等の小さい頃は、夏も終りに近くなる頃、どこの村でもこの松明行列を代り番こにして居ました。眞暗な晩だと、田舎では殊にそれが美しく感じられ、いつまでも人がよく覺えて居るのであります。
 近頃でもまだ少しは見ることが出來た今一つの炬火行列は、雨乞ひの時の行事であります。これは通例附近の山の一番高いてつぺんに行つて火を焚くので、遠くから眺めた景色は蟲送りよりも、また一層美しく子供の眼に映りました。これには二種の方法があつて、その一つは燃料をかついで山のてつぺんへ持つて行つてから大きな火を焚くもので、千駄焚(せんだた)きとか千把萱とか謂つて、多勢の手で大きな火を焚くことが、一つのまじなひの力にもなると思つて居たのであります。今一つは山が低いか道が近いかすると、もう村から火を焚いて出て行きます。二本か三本づゝめいめいが松明を背中にしよつて、消えるとちよつと後へ下つてつけて、前のを捨てゝ又もとの列へかへつて來ます。それが村の靑田の眞中を通つて行くのが大變綺麗でした。」



同「盆の火」より:

「以前の人たちには、自分があかり無しに夜道をあるくことがつらいので、眼に見えない神樣でも靈でも、すべてが同樣だらうといふ考へ方があつたと見えまして、旱魃の神や蟲の神を送るのにも火を焚いたやうに、盆に遠くから家の御先祖が歸つて來られるのにも、松明をともして迎へなければならぬといふ心持が普通でした。それが盆の火といふものゝ起りであり、さうして又家の外で焚く火の中の、一番大切な又美しいものとせられて居たのであります。
 東京の眞中でもつい近い頃までは、麻幹の僅かばかりを迎へ火送り火と謂つて、盆のあとさきに一度づゝ、門口で燃やしてゐました。田舎では此火の美しさを喜ぶ心持も手傳つて、大變數多く且つ熱心に焚き續けてをります。盆の迎へ火を焚くときには、關東東北の田舎でも又山陰地方の村々でも、どこでも同じやうな言葉を子供たちがとなへてゐました。
   ぢいさんばあさん
   このあかりで
   おでやれおでやーれ
 盆が終つて精靈の歸られる時にも、「このあかりでおいきやれおいきやれ」と言ひました。」
「同じ信州でも中央線の田舎などでは又ドンブヤと謂つて子供たちが、盆の一つの樂しみとしてゐるものがあります。山の小高いところへ火を持つて上つて、藁でこしらへた多くの炬火に、火をつけてふりまはしたり投げたりするので、是も本來は少年の樂しみの爲では無く、やはり夜の大空から、盆の祭に歸つて來られる先祖たちの、道案内のあかりでありました。それが段々と花やかなものになつて來たのであります。大抵の土地の魂迎へは、墓場の前とか河の流れの岸とか又は家の門口とか、こゝを通つて歸つて來られると思ふ所に火を焚きます。魂送りの時は御先祖の霊以外に、ほかの多くの無縁佛がゐると思ふので、殊に燈火を賑やかにして送りました。東京でも近頃まで隅田川の流燈會と謂つて、薄い板の上に蠟燭を立てゝ、風に消えぬやうに都鳥の形に切つた紙の覆ひをかけて、川上から無數にこのあかりを流しました。他の地方では多くは之を精靈送りと謂つて、小舟の形を作り、之に盆の供物を載せ、火をともして水に流しますが、その舟には西方丸だの極樂丸だのといふ舟の名をつけて、今では半ば遊びのやうになりかけて居ます。」



同「ランプと石油」より:

「この石油ランプから電燈へ移つて行く中間に、都會地だけには更に今一種、瓦斯燈といふあかりの方法が行はれました。是は石油燈に比べると、更にずつと短い歴史しかもつて居ませんが、三府五港といふやうな大きな市街では、一時は街燈が全部このガス燈になつて居て、夕方になると人夫が長い竿に火の附いたものを持つて、この街燈の瓦斯に火をともしにあるきまはつて居ました。」


同「火を大切にする人」より:

「世界人類の火の歴史を尋ねて見ると、如何なる未開人でも、今日はもはや火を利用せぬ者が無いと言つてもよいのですが、なほ其中には自ら火を作る技術を知らず、たゞ現在あるものを後生大事に保存して居るだけといふ者が、相應に有るといふことであります。彼等の火の起源は神話でありますが、それでも詳しく調べたら、どうして手に入れた火か判つて來ると思ひます。隣に住む異種族から貰つたとか、又は前には造り方を知つて居たのが忘れられたとか、或は遠い處から天然の火、たとへば火山の火を持つて來たとか、又は雷火に燃えて居る木の枝を、神の御授けとして戴いたものも有るかと思ひます。」


































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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