『中島敦全集 2』 (ちくま文庫)

「恐らく僕の幽霊は、書かれなかった原稿紙の間をうろつき廻ることでしょう、」
(中島敦 「書簡Ⅰ」 より)


『中島敦全集 2』
南島譚 わが西遊記 古俗 ほか
ちくま文庫 な-14-2 

筑摩書房 
1993年3月24日 第1刷発行
560p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,100円(本体1,068円)
装幀: 安野光雅
カバー装画: 土方久功「雲」



「編集付記」より:

「一、作品は著者生前刊行の作品集の形に準拠して配列した。
一、決定版『中島敦全集』未収録の書簡を新たに収める他、習作、遺稿、歌稿、日記等を収録し、著者の全貌が見られるように集成した。
一、本文には新漢字・新仮名づかいを採用した。また、ルビを多く付して読みやすさを配慮した。
一、東西古今、多方面にわたる人名、故事、難語句には小口注を付して鑑賞の資とした。」



本書「解題」より:

「第二巻には、中島敦の生前に刊行された二冊めの作品集『南島譚』(「新鋭文学選集 2」昭和十七年十一月十五日、今日の問題社)に収録された作品を、配列も元の形を踏襲して収め、それに〔日記・書簡〕を付した。」


著者肖像写真1点。「日記・書簡」は二段組です。


中島敦全集 二


目次:

南島譚
 幸福
 夫婦
 雞
環礁
 寂しい島
 夾竹桃の家の女
 ナポレオン
 真昼
 マリヤン
 風物抄
わが西遊記
 悟浄出世
 悟浄歎異
古俗
 盈虚
 牛人
過去帳
 かめれおん日記
 狼疾記

〔日記・書簡〕
 日記
  昭和十六年九月十日―昭和十七年二月二十一日
 書簡
  書簡Ⅰ 大正十五年―昭和十七年
  書簡Ⅱ(南洋からわが子へ) 昭和十六年七月―十月
   書簡Ⅰ 受信者索引

解説 (群ようこ)
解題 (勝又浩)




◆本書より◆


「幸福」より:

「この男は、夢が昼の世界よりも一層現実であることを既に確信しているのであろう。」


「夾竹桃の家の女」より:

「夾竹桃が紅い花を簇(むらが)らせている家の前まで来た時、私の疲れ(というか、だるさというか)は堪え難いものになって来た。私は其の島民の家に休ませて貰おうと思った。家の前に一尺余りの高さに築いた六畳敷ほどの大石畳がある。それが此の家の先祖代々の墓なのだが、其の横を通って、薄暗い家の中を覗き込むと、誰もいない。太い丸竹を並べた床(ゆか)の上に、白い猫が一匹ねそべっているだけである。猫は眼をさまして此方を見たが、一寸咎(とが)めるように鼻の上を顰(しか)めたきりで、又目を細くして寝て了(しま)った。(中略)勝手に上(あが)り端(ばな)に腰掛けて休むことにした。」
「何処からか強い甘い匂の漂って来るのは、多分この裏にでも印度素馨(そけい)が植わっているのだろう。其の匂は今日のような日には却(かえ)って頭を痛くさせる位に強烈である。 
 風は依然として無い。空気が濃く重くドロリと液体化して、生温い糊(のり)のように ねばねば と皮膚にまといつく。生温い糊のようなものは頭にも浸透して来て、そこに灰色の靄(もや)をかける。関節の一つ一つがほごれた様にだるい。
 煙草を一本吸い終って殻を捨てた拍子に、一寸後を向いて家の中を見ると、驚いた。人がいる。一人の女が。何処から何時の間に、はいって来たのだろう? 先刻迄は誰もいなかったのに。白い猫しかいなかったのに。そういえば今は白猫がいなくなっている。ひょっとすると、先刻の猫が此の女に化けたんじゃないかと(中略)、そんな気がした。」



「真昼」より:

「「怠惰でも無為でも構わない。本当にお前が何の悔も無くあるならば。人工の・欧羅巴(ヨーロッパ)の・近代の・亡霊から完全に解放されているならばだ。」」
「「現実を恐れぬ者は、借り物でない・己の目でハッキリ視る者は、何時どのような環境にいても健康なのだ。」」



「風物抄」より:

「海岸から折れて一丁も行かない中に、目指す石の塁壁(るいへき)にぶつかる。鬱蒼たる熱帯樹に蔽(おお)われ苔(こけ)に埋もれてはいるが、素晴らしく大きな玄武岩の構築物だ。
 入口をはいってからが仲々広い。苔で滑り易い石畳路が紆余曲折して続く。室の跡らしいもの、井戸の形をしたものなどが、密生した羊歯(しだ)類の間に見え隠れする。塁壁の崩れか、所々に累々(るいるい)たる石塊の山が積まれている。到る所に椰子の実が落ち、或るものは腐り、或るものは三尺も芽を出している。道傍(みちばた)の水溜には鰕(えび)の泳いでいるのが見える。」
「巨大な榕樹が二本、頭上を蔽い、その枝といわず幹といわず、蔦葛(つたかずら)の類が一面にぶらさがっている。
 蜥蜴(とかげ)が時々石垣の蔭から出て来ては、私の様子を窺う。ゴトリと足許の石が動いたのでギョッとすると、その蔭から、甲羅のさしわたし一尺位の大蟹が匍(は)い出した。私の存在に気が付くと、大急ぎで榕樹の根本の洞穴に逃げ入った。
 近くの・名も判らない・低い木に、燕(つばめ)の倍ぐらいある真黒な鳥がとまって、茱萸(ぐみ)のような紫色の果を啄(ついば)んでいる。私を見ても逃げようとしない。葉洩陽(はもれび)が石垣の上に点々と落ちて、四辺(あたり)は恐ろしく静かである。」

「断崖の白い・水の豊かな・非常に蝶の多い島。静かな昼間、人のいない官舎の裏に南瓜の蔓(つる)が伸び、その黄色い花に、天鵞絨(ビロード)めいた濃紺色の蝶々どもが群がっている。

 島民の姿の見えないソンソンの夜の通りは、内地の田舎町のような感じだ。電燈の暗い床屋の店。何処からか聞えて来る蓄音機の浪花節(なにわぶし)。わびしげな活動小屋に「黒田誠忠録」がかかっている。切符売の女の窶(やつ)れた顔。小舎の前にしゃがんでトーキイの音だけ聞いている男二人。幟(のぼり)が二本、夜の海風にはためいている。」



「悟浄出世」より:

「其の頃流沙河の河底に栖(す)んでおった妖怪(ばけもの)の総数凡(およ)そ一万三千、中で、渠(かれ)ばかり心弱きは無かった。渠(かれ)に言わせると、自分は今迄に九人の僧侶を啖く)った罰で、其等(それら)九人の骸顱(しゃれこうべ)が自分の頸の周囲(まわり)について離れないのだそうだが、他の妖怪(ばけもの)等には誰にもそんな骸顱(しゃれこうべ)は見えなかった。「見えない。それは儞(おまえ)の気の迷だ」と言うと、渠(かれ)は信じ難げな眼で、一同を見返し、さて、それから、何故自分は斯(こ)うみんなと違うんだろうといった風な悲しげな表情に沈むのである。(中略)又彼等は渠(かれ)に綽名(あだな)して、独言悟浄と呼んだ。渠(かれ)が常に、自己に不安を感じ、身を切刻む後悔に苛(さいな)まれ、心の中で反芻される其の哀しい自己苛責が、つい独り言となって洩れるが故である。(中略)「俺は莫迦(ばか)だ」とか、「どうして俺は斯(こ)うなんだろう」とか、「もう駄目だ。俺は」とか、時として「俺は堕天使だ」とか。」

「事実、渠は病気だった。
 何時(いつ)の頃から、又、何が因(もと)でこんな病気になったか、悟浄はそのどちらをも知らぬ。ただ、気が付いたら其の時はもう、此のような厭わしいものが、周囲に重々しく立罩(たちこ)めておった。渠は何をするのもいやに成り、見るもの聞くものが凡て渠の気を沈ませ、何事につけても自分が厭わしく、自分に信用がおけぬように成って了うた。何日も何日も洞穴に籠って、食も摂(と)らず、ギョロリと眼ばかり光らせて、渠(かれ)は物思いに沈んだ。不意に立上って其の辺を歩き廻り、何かブツブツ独り言をいい又突然坐る。その動作の一つ一つを自分では意識しておらぬのである。どんな点がはっきりすれば、自分の不安が去るのか。それさえ渠には解らなんだ。ただ、今迄当然として受取って来た凡てが、不可解な疑わしいものに見えて来た。今迄纏まった一つの事と思われたものが、バラバラに分解された姿で受取られ、その一つの部分部分に就いて考えている中に、全体の意味が解らなくなって来るといった風だった。
 医者でもあり・占星師でもあり・祈祷者でもある・一人の老いたる魚怪が、或時悟浄を見て斯う言うた。「やれ、いたわしや。因果な病にかかったものじゃ。此の病にかかったが最後、百人の中九十九人迄は惨めな一生を送らねばなりませぬぞ。」」

「何故、妖怪(ばけもの)は妖怪であって、人間でないか? 彼等は、自己の属性の一つだけを、極度に、他との均衡(つりあい)を絶して、醜い迄に、非人間的な迄に、発達させた不具者だからである。或るものは極度に貪食で、従って口と腹が無闇に大きく、或るものは極度に淫蕩で、従ってそれに使用される器官が著しく発達し、或るものは極度に純潔で、従って頭部を除く凡ての部分がすっかり退化しきっていた。彼等はいずれも自己の性向、世界観に絶対に固執していて、他との討論の結果、より高い結論に達するなどという事を知らなかった。他人の考の筋道を辿るには余りに自己の特徴が著しく伸長し過ぎていたからである。それ故、流沙河の水底では、何百かの世界観や形而上学が、決して他と融和することなく、或るものは穏やかな絶望の歓喜を以て、或るものは底抜けの明るさを以て、或るものは願望(ねがい)はあれど希望(のぞみ)なき溜息を以て、揺動く無数の藻草のようにゆらゆらとたゆとうておった。」

「噂によれば、坐忘(ざぼう)先生は常に坐禅を組んだまま眠り続け、五十日に一度目を覚まされるだけだという。そして、睡眠中の夢の世界を現実と信じ、たまに目覚めている時は、それを夢と思っておられるそうな。悟浄が此の先生をはるばる尋ねて来た時、やはり先生は睡っておられた。何しろ流沙河で最も深い谷底で、上からの光も殆ど射して来ない有様故、悟浄も眼の慣れる迄は見定めにくかったが、やがて、薄暗い底の台の上に結跏趺坐(けっかふざ)したまま睡っている僧形がぼんやり目前に浮かび上って来た。外からの音も聞えず、魚類も稀にしか来ない所で、悟浄も仕方なしに、坐忘先生の前に坐って眼を瞑(つむ)って見たら、何かジーンと耳が遠くなりそうな感じだった。
 悟浄が来てから四日目に先生は眼を開いた。すぐ目の前で悟浄があわてて立上り、礼拝をするのを、見るでもなく見ぬでもなく、ただ二三度瞬きをした。暫く無言の対坐を続けた後悟浄は恐る恐る口をきいた。「先生。早速でぶしつけでございますが、一つお伺い致します。一体『我』とは何でございましょうか?」「咄(とつ)! 秦時(しんじ)の轆轢鑽(たくりゃくさん)!」という烈しい声と共に、悟浄の頭は忽ち一棒を喰(くら)った。渠(かれ)はよろめいたが、又座に直り、暫くして、今度は十分に警戒しながら、先刻の問を繰返した。今度は棒が下りて来なかった。厚い脣を開き、顔も身体も何処も絶対に動かさずに、坐忘先生が、夢の中でのような言葉で答えた。「長く食を得ぬ時に空腹を覚えるものが儞(おまえ)じゃ。冬になって寒さを感ずるものが儞(おまえ)じゃ。」さて、それで厚い脣を閉じ、暫く悟浄の方を見ていたが、やがて眼を閉じた。そうして、五十日間それを開かなかった。悟浄は辛抱強く待った。五十日目に再び眼を覚ました坐忘先生は前に坐っている悟浄を見て言った。「まだ居たのか?」悟浄は謹しんで五十日待った旨を答えた。「五十日?」と先生は、例の夢を見るようなトロリとした眼を悟浄に注いだが、じっと其の儘ひと時ほど黙っていた。やがて重い脣が開かれた。
 「時の長さを計る尺度が、それを感じる者の実際の感じ以外に無いことを知らぬ者は愚かじゃ。人間の世界には、時の長さを計る器械が出来たそうじゃが、のちのち大きな誤解の種を蒔くことじゃろう。大椿(だいちん)の寿も、朝菌(ちょうきん)の夭(よう)も、長さに変りはないのじゃ。時とはな、我々の頭の中の一つの装置(しかけ)じゃわい。」
 そう言終ると、先生は又眼を閉じた。五十日後でなければ、それが再び開かれることがないであろうことを知っていた悟浄は、睡れる先生に向って恭々しく頭を下げてから、立去った。」

「師の蒲衣子は一言も口をきかず、鮮緑の孔雀石(くじゃくいし)を一つ掌にのせて、深い歓びを湛えた穏やかな眼差で、じっとそれを見詰めていた。
 悟浄は、此の庵室に一月ばかり滞在した。その間、渠も彼等と共に自然詩人となって宇宙の調和を讃え、その最奥の生命に同化することを願うた。自分にとって場違いであるとは感じながらも、彼等の静かな幸福に惹かれたためである。
 弟子の中に、一人、異常に美しい少年がいた。肌は白魚のように透きとおり、黒瞳は夢見るように大きく見開かれ、額にかかる捲毛は鳩の胸毛のように柔かであった。心に少しの憂がある時は、月の前を横ぎる薄雲ほどの微かな陰翳(かげ)が美しい顔にかかり、歓びのある時は静かに澄んだ瞳の奥が夜の宝石のように輝いた。師も朋輩も此の少年を愛した。素直で、純粋で、此の少年の心は疑うことを知らないのである。ただ余りに美しく、余りにかぼそく、まるで何か貴い気体ででも出来ているようで、それがみんなに不安なものを感じさせていた。少年は、ひまさえあれば、白い石の上に淡飴色(うすあめいろ)の蜂蜜を垂らして、それで ひるがお の花を画いていた。
 悟浄が此の庵室を去る四五日前のこと、少年は朝、庵を出たっきりで戻って来なかった。彼と一緒に出て行った一人の弟子は不思議な報告をした。自分が油断をしているひまに、少年は ひょい と水に溶けて了ったのだ、自分は確かにそれを見た、と。他の弟子達はそんな莫迦な事がと笑ったが、師の蒲衣子はまじめにそれをうべなった。そうかも知れぬ、あの児ならそんな事も起るかも知れぬ、余りに純粋だったから、と。」

「女偊氏は又、別の妖精のことを話した。之は大変小さなみすぼらしい魔物だったが、常に、自分は或る小さな鋭く光ったものを探しに生れて来たのだと云っていた。その光るものとはどんなものか、誰にも解らなかったが、とにかく、小妖精は熱心にそれを求め、そのために生き、そのために死んで行ったのだった。そして到頭、其の小さな鋭く光ったものは見付からなかったけれど、其の小妖精の一生は極めて幸福なものだったと思われると女偊氏は語った。斯く語りながら、しかし之等の話のもつ意味に就いては、何の説明もなかった。ただ、最後に、師は次のような事を言った。
 「聖なる狂気を知る者は幸(さいわい)じゃ。彼は自らを殺すことによって、自らを救うからじゃ。」」



「悟浄歎異」より:

「猿は人真似をするというのに、これは又、何と人真似をしない猴(さる)だろう! 真似どころか、他人から押付けられた考えは、仮令(たとい)それが何千年の昔から万人に認められている考え方であっても、絶対に受付けないのだ。自分で充分に納得できない限りは。
 因襲も世間的名声も此の男の前には何の権威も無い。」

「三蔵法師は不思議な方(かた)である。実に弱い。驚く程弱い。変化の術も固(もと)より知らぬ。途で妖怪に襲われれば、直ぐに掴まって了う。弱いというよりも、まるで自己防衛の本能が無いのだ。」
「外面的な困難にぶつかった時、師父は、それを切抜ける途を外に求めずして、内に求める。つまり自分の心をそれに耐え得るように構えるのである。いや、其の時慌てて構えずとも、外的な事故に依って内なるものが動揺を受けないように、平生から構えが出来て了っている。何時何処で窮死しても尚幸福であり得る心を、師は既に作り上げておられる。だから、外に途を求める必要が無いのだ。我々から見ると危くて仕方の無い肉体上の無防禦も、つまりは、師の精神にとって別に大した影響は無いのである。悟空の方は、見た眼には頗(すこぶ)る鮮やかだが、しかし彼の天才を以てしても尚打開できない様な事態が世には存在するかも知れぬ。併し、師の場合には其の心配は無い。師にとっては、何も打開する必要が無いのだから。」

「凡そ対蹠(たいしょ)的な此の二人の間に、しかし、たった一つ共通点があることに、俺は気が付いた。それは、二人が其の生き方に於て、共に、所与を必然と考え、必然を完全と感じていることだ。更には、その必然を自由と見做していることだ。(中略)この「必然と自由の等置」こそ、彼等が天才であることの徴(しるし)でなくて何であろうか?」



「かめれおん日記」より:

「幼い頃、私は、世界は自分を除く外みんな狐が化けているのではないかと疑ったことがある。父も母も含めて、世界凡てが自分を欺すために出来ているのではないかと。そして何時かは何かの途端に此の魔術の解かれる瞬間が来るのではないかと。
 今でもそう考えられないことはない。それを常にそうは考えさせないものが、つまり常識とか慣習とかいうものだろう。が、其等も私のような世間から引込んでいる者には、もはや、そう強い力をもっていない。」



「狼疾記」より:

「三造の考えは再び「存在の不確かさ」に戻って行く。
 彼が最初に斯ういう不安を感じ出したのは、まだ中学生の時分だった。丁度、字というものは、ヘンだと思い始めると、――その字を一部分一部分に分解しながら、一体此の字はこれで正しいのかと考え出すと、次第にそれが怪しくなって来て、段々と、其の必然性が失われて行くと感じられるように、彼の周囲のものは気を付けて見れば見る程、不確かな存在に思われてならなかった。それが今ある如くあらねばならぬ理由が何処(どこ)にあるか? もっと遥かに違ったものであっていい筈だ。おまけに、今ある通りのものは可能の中での最も醜悪なものではないのか? そうした気持が絶えず中学生の彼につき纏うのであった。」



「書簡Ⅰ 九九 中島田人宛(置手紙―父上様)」より:

「全く考えれば考える程、僕は愚かな男です、(中略)実際、何もかも、おしまいになって了ったようです、(中略)恐らく僕の幽霊は、書かれなかった原稿紙の間をうろつき廻ることでしょう、全く何もかも目茶苦茶です、こんな事を書いたって判って頂こうなどとは、少しも思いませぬ。決して思ってはおりませぬ、人間がひとりぼっちだなどということは今更、判りきったことです、顔を付合わせていても実際は、別々の星に住んでいるのですね、横浜とパラオとの距離どころの話ではないのです、」


「書簡Ⅰ 一四五 中島たか宛(封書)」より:

「ヤルート滞在中、一人の役人と仲良くなった。竹内という、実に気持の良い男。僕より三つ四つ年上だが、上役と衝突ばかりしてそのため出世できないでいる男だ。(中略)僕は、この竹内っていう男が好きなんだよ。どうして、こんな竹を割ったような気性の男が、人から憎まれるのかなあ。」
「島民管理に直接、当っているんだが、大変島民に慕われているらしい。最近ヤルート島の土人に音楽隊を作らせ(土人は音楽が好きだからね)、それを率いて、東の方の離れた島々を廻って歩くんだそうだ。僕も、それについて行きたくて、し方がないんだが、もう予定が決っているので駄目だ。彼の話によると、東の島々の のどかさ は何ともいえないらしい。竹内氏が一人、朝、島へ着くね、そうすると、島中の土人が、一日がかりで、彼一人のため歓迎の準備をするんだとさ。そして夕方になると、酋長の家の庭に、村中の青年や娘が、歌を唱いながら集まってくる。そして女達はそれぞれ今日作った花輪を持ち、一人一人、竹内君の所まで来ては、プレゼント(この辺は英国人が来ていたので、英語をつかうんだ)といって頭や肩や膝(ヒザ)に花輪をかけてくれるので、しまいに、花で埋まっちまうんだという。それから篝火を炊いて、豚や雞や魚や、タロ芋の料理が山程出るんだというから、堪らないねえ。竹内氏も日本人よりは島民が好きだというし、島民も竹内氏が好きらしい。竹内氏はこう言っていた。「たとい、世界がどうなっても、私は、太平洋の真中のマーシャルの小島へ行けば、絶対に自分を支持し、世話してくれる土人達がある。それを考えると何だか心強い」とさ。」




◆感想◆


引用はしなかったですが、「古俗」は、カフカの影響下に書かれたとおぼしい、世界の「悪意」によって滅ぼされる男の話ですが、結果として晩年のボルヘスを思わせるハードボイルドな歴史小説になっているところが、たいへん興味深いです。

ところで、ちくま文庫の全集ものでいつも思うのは、語注が邪魔だということです。事典から引き写したような一般的な情報が断片的に列挙してあるだけで、本文の理解にはあまり役立たないからです。

たとえば、本書 p. 215 の本文、

「目の前のカメレオンの顔が、ルイ・ジュウベエ扮する所の中世の生臭坊主に見えた。」

の「ルイ・ジュウベエ」に注が付されているので参照してみると、

「Louis Jouvet (一八八七―一九五一)。フランスの俳優・演出家。パリ劇壇隆盛期の中心的存在。コクトーの『地獄の機械』の舞台、映画『舞踏会の手帖』などに出演。」

とあります。実に紙面の無駄使いというべきでありまして、「ルイ・ジュウベエ」が俳優であることは本文から分ることだし、注を付けるとしたら、読者が具体的なイメージにアクセスできるように、ルイ・ジューヴェが「中世の生臭坊主」に扮したというその作品名を挙げるべきなのではないでしょうか(それはジャック・フェデーの『女だけの都』ですが、この映画の日本公開年月を調べれば(ウィキペディアによれば昭和12年3月)、それによって本篇「かめれおん日記」のこの部分の執筆時期が少なくともそれ以降であることが明らかになります)。

それと、「解説」も必要ないです。注と「解説」でページ数をとるくらいなら、文庫版全集では割愛されてしまったノート類や卒論、カフカの翻訳などを収録してくれたほうがありがたかったです。




こちらもご参照下さい:

『中島敦全集 3』 (ちくま文庫)
岡谷公二 『南海漂泊 ― 土方久功の生涯』






























































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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